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暴風雨の中の風車 Vol.7~ロングホーンとイチバン~(1980~1990)

Vol.6からの続きです。

スタン・ハンセンが新日で暴れた時代、

タッグマッチのパートナーは次々と変わりましたが、

最も印象深く記憶に残っているのは、

“超人”ハルク・ホーガンです。
ハンセン、ホーガン組

ハンセンにとってのホーガンは、

弟分でありながら良きライバルでもあり、

意識し合って切磋琢磨していく事で、

互いを高め合う関係でした。
ハンセンとホーガン

二人が初めて顔を合わせたのが、

1980年春の『第3回MSGシリーズ』。

ハンセンは前年度準優勝者として、

バリバリの大本命としてフル参戦。

一方、初来日のホーガンは、

リーグ戦に参加せず後半戦のみの特別参戦枠。

巨体を持て余すホーガンもまた、

新日マットにおいては“でくのぼう”でしたが、

最初にシンと出会ったハンセン同様に、

ホーガンもスーパースターへの道を、

歩み始めるきっかけを掴むのです。

Gスピリッツ46表紙
 Gスピリッツ Vol.46 より

ハンセン
「もちろん完成度という点ではまだまだ課題があったが、彼は初めて日本に来た時点で『ハルク・ホーガン』というユニークなパーソナリティをすでに持っていた。だから、私に頼っていたということはないと思う。ホーガンは私にとっていいパートナーであり、私も彼にとっていいパートナーだったと思っているよ」


ハンセンもまたかつての自分を見る様に、

ホーガンの個性を尊重していた様ですね。

このシリーズの最終戦、

1980年6.5 蔵前国技館

第3回MSGシリーズ優勝戦

アントニオ猪木vsスタン・ハンセン
は、

ハンセンの暴走によって猪木は終始防戦となり、

反則勝ちによる優勝という不完全燃焼の結果となりましたが、

敗れたハンセンの方は試合後もホーガンと一緒になって、

水を得た魚ならぬ“並走車を得たダンプカー”の如く、

リングを占拠してのやりたい放題。
第3回MSGシリーズ優勝戦1

ここから二人がガイジン勢の中心となり、

アントニオ猪木のライバルとして、

このリングで暴れまくるという予告編を見る様でした。
第3回MSGシリーズ優勝戦2

ハンセンとホーガンが本格的にタッグチームを結成したのが、

その年の暮れ『第1回MSGタッグリーグ戦』です。
第1回MSGタッグリーグでのハンセン、ホーガン組

“パワーコンビ”の二人は、

総当たりリーグ戦を6勝2引分けの無敗で2位通過し、

トップ通過の“日米帝王コンビ”猪木、ボブ・バックランド組と、

覇を争う事になりました。

1980年12.10 大阪府立体育会館

第1回MSGタッグリーグ優勝戦

アントニオ猪木、ボブ・バックランドvsスタン・ハンセン、ハルク・ホーガン

第1回MSGタッグリーグ優勝戦5

試合は白熱の攻防となり、

終盤にはロープワークの中でハンセンが見せた、

リープフロッグからサッと振り返っての、

ロープの反動で返って来た猪木にウェスタン・ラリアート!!
第1回MSGタッグリーグ優勝戦1

これは衝撃的でした。

ハンセンのコンディションが最高潮に達していた時期ではないでしょうか。

思わず櫻井康雄さんもお得意のフレーズです。

櫻井さん
「いやぁ危なかったですねぇー。凄いタイミングでねぇ、ラリアートが入りましたからねぇ!」

さらにハンセンがバックランドを場外に誘い出して、

グロッキーとなった猪木の仕留め役を、

若いホーガンに任せます。
第1回MSGタッグリーグ優勝戦6

ホーガンはここぞとばかり勝負に出て、

当時の必殺技、カリフォルニア・クラッシュでフォールを狙います!!
第1回MSGタッグリーグ優勝戦2

これを猪木はカウント2.5でキックアウト!

一瞬の隙をついての逆さ押さえ込みにより、

大逆転のカウント3を奪いました。
第1回MSGタッグリーグ優勝戦3

結局、下馬評通り帝王コンビが優勝を飾りましたが、

勝った猪木はハンセン一人のみならず、

ホーガンの急成長ぶりに倍以上のダメージを負った様でした。
第1回MSGタッグリーグ優勝戦4

そしてハンセンとホーガンの二人は翌年、

シングルマッチで初対決を迎えます。
ハンセンvsホーガン初対決

1981年5.10 後楽園ホール

第3回MSGシリーズ公式戦

スタン・ハンセンvsハルク・ホーガン
は、

名作『プロレス・スーパースター列伝』にもあった様に、

猪木の決断でノーTVマッチとして行われた訳ですが、

激しい肉弾戦となり、

最後はハンセンがリングアウト勝ち。

作品ではこの一戦をきっかけに二人は意気投合。
列伝の名シーン

…という設定でしたが、

実際には対戦前から公私ともに仲良しだった様です。

ハンセン
(ホーガンとの仲は)良かったよ。日本のサーキット中も行動を共にしていたし、81年1月から私が再びニューヨークテリトリーに行った時にはアパートメントの部屋をシェアしていた。彼がブレイクする直前の時期だよ…そういえば、誰かがホーガンに“シルベスター・スタローンから電話が来てる”と言いに来た時も、レストランで一緒に食事していたんだ。“そんなわけないだろう。誰かのイタズラに違いない”と言っていたんだが、確認したら本当にオフィスにスタローンから連絡が来ていて、それが『ロッキー3』への出演に繋がったんだ(笑)」


へぇ~、ホーガンにとって人生の一大転機となった、

映画『ロッキー3』への出演。
ロッキーvsサンダーリップス1

そのオファーが来た歴史的瞬間にも、

ハンセンは一緒だったというのが凄いですね。
ロッキーvsサンダーリップス2

ホーガンはこの映画出演を足掛かりに、

全米に名を轟かせる国民的英雄に、

成り上がっていった訳ですからね。
ホーガンwithシンディ・ローパー@グラミー賞

しかし前年末のMSGタッグ途中から、

『一番』ギミックを身に着けていたホーガンは、

急激にベビーフェースとしての人気が大爆発していき、

二人がリングに並ぶシーンも見られなくなっていきます。
「イチバーン!!」

まさに“両雄並び立たず”。

さらに新日と全日の激しい引き抜き合戦で、

ハンセンに大きな転機が訪れます。

1981年5.8 川崎市体育館での、

“黒い呪術師”アブドーラ・ザ・ブッチャー衝撃の新日マット登場です。
ブッチャー新日登場1

ハンセン
「今でも川崎のことは憶えている。私とホーガンは、ブッチャーが突然現れたのをドレッシングルームの外に出て見ていたよ。思わず顔を見合わせて、“ワオ!”と言い合った。何も知らされていなかった私は“このカンパニーは私とホーガンをプッシュするのではなかったのか?”、“私たちだけでは満足せずに、今度はブッチャーをプッシュするのか?”など、いろんなことを考えさせられたよ」

「ブッチャーが新日本にジャンプしてきて悟ったことが一つある。それは、この業界ではいつ、いかなる時も自分のポジションは決して安定していないということだ」


ハンセンもタイガー・ジェット・シン同様(参照:血で血を洗う信頼感・੭~18年目の再会~)、

ブッチャー電撃移籍によって、

“猪木のライバル”としての自尊心に、

突然、傷をつけられた様な思いだったのです。
ブッチャー「お前は誰だ?」

結局、1981年暮れにハンセンは、

全日マットへと戦場を移します。
ハンセン全日登場

その後、1982年からは、

ウェスタン・ラリアートをアレンジしたアックスボンバーによって、

ホーガンはハンセンに変わるトップガイジンに躍り出ます。
「アックスボンバー!!」

特に1983年6.2 蔵前国技館

IWGP決勝リーグ優勝戦

アントニオ猪木vsハルク・ホーガン
の結末は、
猪木舌出し失神事件3

rascalさんのコメントにもありましたが、

ハンセンがNWFを奪取した試合(参照:Vol.4)の再現の様でもあります。

しかし『NWFを封印し世界統一の為のIWGP』という見立てならば、

間接的にこのシーンは、

『ホーガンがハンセンを超えた瞬間』だった様にも思えますね。



そこから時間が過ぎていき、

ハンセンが一番最初にブレイクした団体WWFにおいて、

地球上で最も有名なプロレスラーとなったホーガンは、

ハンセンとの出会いからちょうど10年後に、

日本のリング上で再会を果たします。

それも対角線上の対戦相手として。
日米レスリングサミットinTOKYO DOME

1990年4.13 東京ドーム

WWF日米レスリングサミット

ハルク・ホーガンvsスタン・ハンセン


実に9年ぶりのシングルマッチは、

WWF、全日本、新日本という3大メジャー集結のビッグショーにおける、

メインエベントでの大一番でした。
ホーガンvsハンセン1

初対戦時とは立場が真逆となり、

さらに主催団体がWWFという事もあって、

格付け上はホーガンが上位にありました。

しかしホームである日本の観客を前に、

ハンセンが一切妥協せずハードヒットした事で、

予想以上の好勝負となり、

最後は“恩返し”の様なアックスボンバーでホーガン勝利。
ホーガンvsハンセン2

そのリングに猪木の存在はありませんでしたが、

二人の関係を知る日本のファンにとって、

こんなにドラマティックな再会はなかったと思いますね。
ホーガンvsハンセン3

さて猪木とハンセンのストーリーに戻りましょう、

Vol.8へ続きます。

関連記事

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン ハルク・ホーガン ボブ・バックランド WWWF~WWF~WWE

comment

Secret

No title

うわ!
実はハンセン&ホーガンって大好きなんですよねぇ~。
いや、超獣コンビももちろん大好きであんなに胸がときめいたコンビはいなかったんですが、
ハンセン&ホーガンもたまらないんですよ!
実はオラ、N.Y時代のホーガンより新日時代のホーガンの方が断然好きなのです!
それもやはりハンセンと一緒の頃のホーガンに妄想を膨らませていました・・・。

オラがプロレスを観始めた頃、猪木ーホーガンの初対決がありました。
結果はハンセンの乱入、猪木の反則勝ちでしたが、
この頃のオラは知識もなく、初心者ファンでしたので、
ホーガンの事を
”このレスラーが列伝に出てきたブロディなんじゃないのか?だったら猪木もあぶないんじゃないか?”
なんて思ったんですよねぇ~。
ハンセンと仲がいいからと言う理由だけで
ホーガン=ブロディだと思っちゃったんですよ。
なんてかわいらしい・・・。

ホーガンは日本来るとファイトが硬くなりますよね。このハンセン戦然り、天龍戦然り。
ドームでのハンセン戦の後、ホーガンは”イカ天”にゲスト出演する予定だったらしいのですが、
試合のダメージがあり過ぎてキャンセルしたんですよね。

ノンタイトル戦だったのもよかったのかもしれません。
でもWWF&AWAダブルタイトルマッチででも観たかったかな・・・。

二人が変わらず仲がいいんだなと思ったのはホーガン初主演映画
「ゴールデンボンバー」
にハンセンが出演した時でしたね。
何か嬉しくなったのを覚えてます。

ここまでハンセンシリーズ読んできてますが、この頃のオラはプロレス少年になる直前の出来事・・・この頃の記憶がある人はちょっとうらやましいです。
オラが猪木ーハンセンで最初に観た記憶は・・・MSGの決勝戦です。
次の記事に出るのかな?

楽しみにしてます!

>HBKさん

実はハンセン&ホーガンって大好きなんです<強さの表れというか、圧倒的なものを感じましたよね。この二人とアンドレの三人がいれば、全日のガイジンよりも全然上だと思っていました。

N.Y時代のホーガンより新日時代のホーガンの方が断然好き<『一番』ホーガンの人気はテリーに迫るくらいのものがありましたよね。
ベビーフェースでいながら猪木に肉薄するくらい強い…ってこれまでにない立ち位置でしたもんね。

猪木ーホーガンの初対決がありました。結果はハンセンの乱入、猪木の反則勝ち<ローデスも入って来て収集着かなくなった試合ですね?

ホーガンの事を”このレスラーが列伝に出てきたブロディなんじゃないのか?だったら猪木もあぶないんじゃないか?”<ビジュアルがかなり違いすぎますが、そう思わせる勢いが梶原マジックにはありましたよね。
これはのちの『プロレススターウォーズ』におけるキマラとミッシング・リンクの強さなんかも同様だったと思います。こっちは原康史マジックか??

ホーガンは日本来るとファイトが硬くなりますよね…”イカ天”にゲスト出演する予定だったらしいのですが、試合のダメージがあり過ぎてキャンセル<日本をよく知るホーガンならではです。ギロチンドロップで試合が終わる事を日本では押し切らなかったですもんね。
イカ天? ということはラッシャーとの共演だったのでしょうか?

変わらず仲がいいんだなと思ったのはホーガン初主演映画「ゴールデンボンバー」<原題は『NO HOLD BARRED』ですか。ホーガンはハリウッドスターレスラーの草分けですね。

この頃の記憶がある人はちょっとうらやましい…最初に観た記憶は・・・MSGの決勝戦<最終章には出てくると思います。
ラストスパートです。どうぞ宜しくお願い致します。

No title

更新お疲れ様です。

私はハンセン選手好きです。

入場からどんな試合を魅せてく
れるのか期待が高まり、あの暴走姿は
ハラハラドキドキ妙な高揚感(笑)

(゚∀゚)このシリーズ楽しい♪


ラリアートが止まらない

この第1回MSGタッグリーグ戦の決勝の猪木へのラリアートもすごかったですよね!!振り向き様だったのでスイングがいつもよりかかったように見えて、強烈だったなぁ~。まさにタイミングですねぇ(^O^)

ホーガンもこの時代は成長期、見るたび成長していってましたね。エルボードロップやニードロップ、そしてのちに海外でのフィニッシュになったレッグドロップもハンセンと組むようになってから使うようになりましたよね。ハンセンって、こうして相手を引き上げる力というか、リードしていく力を持ってましたよね。

あ、前回のコメントの続きですが、レガさん推測にあるように全日本の練習環境の観点から、やっぱりヘーシング説はなさそうですね。でも今回の記事でふと思いました。第1回MSGタッグリーグ戦は、ルスカ、アレン組が出場しているんですよね!!ということで、こっちの方が可能性あり!?

「実はオランダに住む異母兄弟の柔道家と交流があって…その柔道家は8年後に東京ドームで猪木の弟子と闘って…的な妄想はダメですかね!?」

これ聞いたら、なぜかトニー・パルモラを思い出しました。なんでだろ(T▽T)?

No title

ハンセン、ホーガンっていうとスーパースター列伝のアレしか思い浮かばないなあ...と思っていたら。

いやあ懐かしいカットも載せて下さって有り難うございます。コアなお話しに突っ走る姿も良いですが、こうやってミーハーな自分にも分かる気配りがとても嬉しいです。はい。(別に気配りして下さっている訳じゃないのかな????)

続きも楽しみにしております!!

>みーさん

ありがとうございます。

私はハンセン選手好きです<うん、何となくわかります(笑)。

あの暴走姿はハラハラドキドキ妙な高揚感<痛い思いしたファンは当時たくさんいたと思いますが、それも含めてハンセンの魅力だと思います。

このシリーズ楽しい♪<最後まで読んで頂けると幸いです。

>流星さん

この第1回MSGタッグリーグ戦の決勝の猪木へのラリアートもすごかった<ノーモーションってこの事ですよね? それより何より当時のハンセン、ドロップキックのキレもさることながらリープフロッグまで難なくやっちゃってたんですよね。

ホーガンもこの時代は成長期…エルボードロップやニードロップ、そしてのちに海外でのフィニッシュになったレッグドロップ<明らかにハンセンから盗み取った部分が大きいと思います。ストンピングの打ち方なんて当初はドしょっぱい仕上がりでしたから。
あとはやっぱり当時ならカルフォルニア・クラッシュ!! 最高ですね。

全日本の練習環境の観点から、やっぱりヘーシング説はなさそう…第1回MSGタッグリーグ戦は、ルスカ、アレン組が出場…こっちの方が可能性あり!?<ほほう~。こういう話になると、本当に尽きませんよねぇ(笑)。
ルスカはハンセンの眼鏡を油性マジックで塗り潰したり、結構挑発的だったみたいですけど、ハンセンは無視してたそうですね。そこら辺がプロとしてハンセンの方が上だったと思います。アレンは性格的に教えてた様な気がしますよね~。
本当に当時のプロレス界は凄まじい実績のアスリートが集結していたんですよね。

なぜかトニー・パルモラを思い出しました<パルモラっすかぁ~(号泣)。ラムジン・シビエフと同じくらい爪痕の残らなかった格闘家でしたね~。
それならば、まだリチャード・バーンの方が…ってキリがないのでこの辺で(笑)。

>てつさん

ハンセン、ホーガンっていうとスーパースター列伝のアレしか思い浮かばない<やはりこのシーンと、ゲーセンでの腕相撲ゲーム破壊、アックスボンバー開発時のホテルの隣室でチョメチョメしてるカップル(笑)。これがホーガン編のハイライトでしょうね。

続きも楽しみにしております!!<ありがとうございます。
最後まで読んで頂けると幸いです。

No title

お返事ありがとう。

なんとなくわかりますか?

やっぱり好きなレスラーがバラバラ
かも(笑)

前田選手、ハンセン選手、カブキ選手、
初代タイガー選手テリーファンク選手に…あとは。。。

バラバラだ。

>みーさん

こちらこそ、ありがとうございます。

好きなレスラーがバラバラかも<…の様でいて、案外まとまってる感がありますよ。
テーマは“男っぷり”と“荒々しさ”でしょうかね?

あとは。。。<石井選手、柴田選手、レガ選手…他にも誰かいましたかね??
幅広くレスラーを評価されてるみーさんらしいですな。

元祖超獣コンビ?

ハンセン・ホーガンも魅力的なチームでしたね。
ハンセンが良き兄貴分として、ホーガンに新日のレスリングスタイルや日本の習慣等を公私にわたって教えてあげてた感じでした。

アックスボンバーを開発する前のホーガンは、カリフォルニアクラッシュでしたね~。自分のルーツに関する技名っていいですね。
当時はパリパリの若手の長州(byスーパースター列伝)もこれで秒殺でしたもんね。

この当時、ハンセンの試合にホーガンが乱入して試合を壊し、それに呼応してローデスやアンドレやバックランドも乱入してきたり絡んだりして、ちょっとしたバトルロイヤルみたいな混乱になる事が時々あって、それがエラく豪華で興奮しましたね。

あと・・・スーパースター列伝のホーガン編で、アックスボンバー開発時にホテルでチョメチョメしてたカップルの男の風貌が馳浩にそっくりだと思いました。どうでもいいですね(笑)。

>亀熊さん

ハンセンが良き兄貴分として、ホーガンに新日のレスリングスタイルや日本の習慣等を公私にわたって教えてあげてた感じ<そういう立ち位置の先達がいたかいなかったかで、その後のプロレス人生が変わったレスラーってたくさんいますよね。
またハンセンがホーガンを認めてたってのも大きかったですよね。

アックスボンバーを開発する前のホーガンは、カリフォルニアクラッシュでしたね~<実際はアバランシュホールドなんですけどね。ホーガンのそれは確かにカリフォルニアの名がしっくり来ました。
一方、後年のスティーブ・ウィリアムスのは何となくオクラホマスタンピートっていう感じがしました。

当時はパリパリの若手の長州<また新たな列伝言語ですな(笑)。

ハンセンの試合にホーガンが乱入して試合を壊し、それに呼応してローデスやアンドレやバックランドも乱入してきたり絡んだり…エラく豪華で興奮しました<最後は必ずローデスが流血している…みたいな(笑)。
あの雰囲気を出したかったのがZERO-ONE旗揚げ時の破壊王だったのかも知れませんよね。
のちの笑っていいとも最終回にも同じニオイを感じました。

チョメチョメしてたカップルの男の風貌が馳浩にそっくり<国政に携わる者として有るまじき行為ですね!

…いや!! 正体は神奈月でしょうかね?
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
46歳のプロレス話


「紫レガのブログは少し滑る感じになってるんです。ですから今、スライディングしながらね。下ネタも使ってですね、巧く腕極めましたね」

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