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2018年1月19日以降の紫レガと国際プロ

今日は休日でした。

一昨日買って来た『Gスピリッツ』(参照:私にとっての国際プロレス)を、

ゆっくり読む時間に恵まれました。
fc2blog_20180117224536619.jpg

読前に書いた国際プロレスへの思いは変わらず、

されど心に残った言葉も実に数多く…。

ラッシャー木村のご子息が語った、

ファンとしてのプロレスラー・R木村と、

次男としての父・木村政雄。

Gスピリッツ46表紙
 Gスピリッツ Vol.46 より

【特集】
1981年8月9日以降の国際プロレス

[次男が語る国際プロレス崩壊後の28年9ヵ月]
秘話―「ラッシャー木村」と「木村政雄」
[証言]木村宏


まず、血がつながらない父子というのは、

私は初めて知りました。

それも元々プロレスファンで、

贔屓のレスラーがラッシャーその人だった、と。

これ…私だけかも知れませんが、

少年時代思った事ありますよ、

『あ~あ、猪木がお父さんだったらなぁ』って。

それが実際に起こってた訳ですから、

ある意味プロレスファンとして夢の様な人生ですよね。

でも国際~新日本~旧UWF~全日本~ノア、と、

とにかく流浪のプロレスラー人生には、

常に“金”と“人間関係”のしがらみがついて回ったんですね。

でも人間関係については、

巡り巡って良縁に恵まれてたんじゃないでしょうかね?

利用されたり、苦虫を噛む思いもあったでしょうけど、

吉原社長、浜口、S奄美、米村、ジョー樋口、大熊、そして三沢社長、

濃い関係を築いてきた事でしょう。

何より奥様とお子さんとのつながりは、

ある意味「水よりも、さらには血よりも濃い」家族関係だったと思います。

そして酒…ですよね。

私も人生において、

酒と上手に付き合って行きたいものです。

木村宏
「でも、今となれば新日本で猪木さんとやっていた頃が親父に一番光が当たった時代であることは間違いないんですよね。僕は国際プロレスのラッシャー木村が大好きだし、親父も国際プロレスが愛おしかったと思うけど、プロレスラーのラッシャー木村のキャリアで一番光が当たったのは、新日本に行ってUWFに移るまでの2年数ヵ月だと思います」


あの時代のプロレスラーたちは、

プロレスというジャンルを真剣に考えていたんですね。

そしてラッシャー木村というレスラーは、

関わった仲間たちのことを、

常に気にかけていたんでしょうね。
木村は頭突き

あと、もう一つ気になっていたインタビューが、

[特別企画]
1974年3月19日以降のストロング小林


これ…読んでて思ったんですけど、

記憶違いだったらすみませんが、

ストロング小林って歴代のインタビューごとに、

猪木戦に関するコメントが違っていませんかね?

ちょっとこれ時間のある時にでも調べてみます。

日本プロレス界に燦然と残る名勝負の事なので。
小林必殺のカナダ式背骨折り

最後にこの話です。

[旧UWF事務所で“燃える闘魂”と遭遇]
マッハ隼人


もう何年も姿を見かけなかったマッハ隼人

何となく幸せそうな現在でホッとしました。

マッハ
「私は35歳でプロレスは辞めようと思っていたんです。その時点で33歳でしたけど、もう身体はガタガタでしたからね。UWFは人間関係も良かったし、居心地が良かったんで、ここで終わろうと決めたんです」

「最後の2シリーズは日本人選手との対戦が増えて、蹴りをたくさん食って左腕が上がらなくなりました。両手で止めて流すような受け方を知らなかったですからなあ。頭も蹴られて、左の眼球内に血が落ちて…その後遺症で、今はほとんど左目は見えないです。引退試合は佐山さんがパートナーでしたよね。ある意味、最後に組めてラッキーでした」


柳澤氏の本や、その他のUWF関連本を読んで、

Uの歴史を網羅したかの様な気分に浸ってる方には、

こういうプロレスラーが存在したことも、

今日の総合格闘技の礎となっていることを、

知っておいて頂きたいのです。

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tag : ラッシャー木村 ストロング小林 マッハ隼人 新日本プロレス80'S 新日本プロレス70'S 旧UWF

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No title

私もまだR木村(息子)、マイティ井上とマッハ隼人の途中までしか読んでいませんが、あまり触れられてこなかった?話が多いような気がします。
それこそ、ムック本などで
「知ったような気になってる」
というものも、だいたいは新日・全日側からの目線であったり、勝手な憶測だったりするんですよね。


例えば、武藤時代の全日本の人間から『団体保険の解約』の話がありましたが、それにしてもムック本であればそこを太字にして、それに関する記述や質問が多くなるのでしょうが、
こちらの知りたいのはそんなことではないんですよね・・・
そういうのが知りたい人は恐らく、ここにはコメントすることはないでしょうけど(笑)

>ナリさん

あまり触れられてこなかった?話が多いような気がします<まず本人ではなく家族に聞くというパターンは少ないですよね。さらに言うとラッシャー木村というレスラーの熱狂的ファンであったという事も貴重な話に繋がっていると思いました。

「知ったような気になってる」というものも、だいたいは新日・全日側からの目線<私も含めて基本的に80~90年代は新日全日が主観となりますよね。

武藤時代の全日本の人間から『団体保険の解約』の話…ムック本であればそこを太字にして、それに関する記述や質問が多くなる<ある時期からはそれがプロレスの楽しみ方の一つになってしまったんですよね。
でも新日本を見るとわかりますが、リング上が充実してしまえば、そうじゃない方のファンが凌駕してしまうんですよね。病原菌と一緒で弱っている団体ではスキャンダルというウィルスがどんどん増幅してしまう様です。

こちらの知りたいのはそんなことではない<私もナリさんと同じマインドでプロレスに接していたいです。
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紫レガ 

Author:紫レガ 
46歳のプロレス話


「紫レガのブログは少し滑る感じになってるんです。ですから今、スライディングしながらね。下ネタも使ってですね、巧く腕極めましたね」

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