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“公共放送”で高田が語ったヒクソンのこと

今朝は早起きして、

充分なウォーミングアップを終えて、

NHK総合テレビの『ここから』を視聴しました(参照:国営放送の高田ヒクソン回想)。

外は濃い朝靄、


これ当時も確か出発時にこういう天気で、

新千歳からの飛行機が遅れたんじゃなかったかな?

…ん? あれは10.9の方だったかな?

とにかく期せずして、

記憶が当時に戻っての視聴となりました。

高田延彦のPRIDE.1回想がメインでしたね。

特にヒクソン・グレイシーへの想い。


東京ドームは高田という格闘家にとって、

大きな…とてつもなく大きな意味を持つ場所。

もちろん高田を応援してきた我々にとっても。


PRIDEのリングに幾多の“男の中の男”たちが集結しましたが、

ヒクソンはまさに“匠の中の匠”!!

最大級の敬意をもって語っていました。


当時を知る方なら、

よく活字で目にしたでしょう。

何人もの格闘家や関係者たちが、

PRIDE.4で返り討ちにあった高田に対して、

『十字が来るのはわかってるんだから…なぜあんな簡単に』って。

端から見てりゃいくらでも言えるんですよ。

私らも含めて。

日本人で“ああいう舞台”で闘ったのは、

高田と船木の二人しかいないんだから。

その高田が語る言葉が全てだし、

それ以上に重いものはない、と。


朝から良いもの見せてくれました。

“公共放送”…ですね?

ありがとうございました!!

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tag : 高田延彦

comment

Secret

No title

仕事が終わって速攻帰って観ました。

レガさんがおっしゃられる通り、日本人選手でヒクソンと大舞台で真っ向から挑んだのは高田と船木(ヤマヨシはまたちょっとケースが違う気がしますね)、この事実だけでも充分重いものだと今なら理解できます。

ふと思い出したのは、今年だったと思うのですが、笑ってコラえて!のはしご酒の旅の花見編で高田が出たとき、あるグループがたまたま現役の格闘家(残念ながら存じ上げない人たちでしたが一人はキックの日本チャンピオンだったと思います)で。

高田を見るなり自分たちの席に案内し、席に着いたと同時に正座しだしたんですよ。酔ってる時だから少しは気が大きくなっててもおかしくないのに、高田に対してそう礼を尽くそうとした姿を見て、少なくともその場にいた格闘家の方たちにはきっと高田の凄さと言うか良さがわかってたんでしょう。

多分それってプロレス界であれだけの地位を築いた選手が、強さを求めてたとえ負けて無様に見えようとも挑戦し続けてきたことの価値を少なからず現場の人たちはわかってらっしゃるんじゃないかと解釈しました。こんなこと僕なんかが言うまでもなくレガさんは深く存じ上げてるだと思いますが。

今日のインタビューを見て高田は自分の生き方に負けなかったんだなと思いました。言葉足らずかも知れませんが。

No title

こんにちは!
朝から見ましたよ。
よく見ると、前は高田・・老けたな~と思ってたんですがヒゲ剃って若干絞ればあんま変わってないっすね。
これ20年後なんだよな~って思うとこんなに変わってない人もいるんだな~と朝から思ってしまいましたよ。
まぁギックリ腰の人はあんな綺麗な十字できないな~とか(笑
やっぱ身体が柔らかいよな~とか
朝から色々思ってみてましたよ
負けたのは事実ですがPRIDE4に関しては匠の中の匠にあのルールで3戦目の男が後もう一歩だったというのは私の中では変わりません。
近藤と漫画家が何を言おうと(笑


No title

20年たっても書籍やテレビで取り上げられる格闘技の試合は「猪木vsアリ」と「高田vsヒクソン」だけでしょう。それだけの大舞台で勝負した高田は誰が何と言おうとかっこよかったです。

No title

何度も目にした話もありましたが「ドームの前に来ると一瞬、思考が止まる」これ97.10.11と見たり聞いたりした時の我々高田ファンも同じですよね。
「格闘家やっていたらヒクソン、タイソンと闘ってみたいと絶対思うよ」やっぱり自分が今でも大好きなのは、この部分です。
時間は短かったけれども、素晴らしい番組でした。

No title

レガさん・・
一応方向までになるにですが・・。
近藤本・・いつか気がむいたら購入してほしいとは思いますが
PRIDE4の高田の入場曲がトレモンと書かれてましたからね~。本当ちゃんとあの場にいたのか?と問いたくなりますよ(汗

>ささのっちさん

ヤマヨシはまたちょっとケースが違う気がします<ヤマヨシも西、中井両先生も会場の規模から何から、諸々の状況が違いますよね。
高田は積み重ねてきたすべてを賭けた訳ですし、船木は選手生命を賭けてた訳ですから。

はしご酒の旅の花見編で高田が出たとき、あるグループがたまたま現役の格闘家…高田を見るなり自分たちの席に案内し、席に着いたと同時に正座しだした<そうですか。その番組は見たかも知れませんが、その場面は覚えていませんでした。けっこう酔ってて、ハリセンボン春菜の頬にキスしてたのまでは覚えていますが(笑)。
ブログ立ち上げ時に、よく総合格闘技業界に詳しい方から非公開コメント等でいろいろ教えて頂いたのですが、高田やその周囲の選手たちの実力を知る方はUインターやキングダムを馬鹿にする人はいないそうです。

強さを求めてたとえ負けて無様に見えようとも挑戦し続けてきたことの価値を少なからず現場の人たちはわかってらっしゃる<私も一ファンにすぎませんが…難しい事抜きに目の前に高田が現れたらみんな正座するでしょ(笑)。

言葉足らずかも知れませんが<???

>Fさん

こんばんわ。

朝から見ました<やはり見ましたか(笑)。

前は高田・・老けたな~と思ってたんですがヒゲ剃って若干絞ればあんま変わってない<昨年末のRIZIN時は驚く程に若返っていましたよね。PRIDEでの現役後期以上に体が仕上がっていたという。

まぁギックリ腰の人はあんな綺麗な十字できないな~とか<ギックリ腰…ありえないでしょうね。あんな一族郎党従えて何日間も合宿して調整して…ベストコンディションもいいとこでしょう。

負けたのは事実ですがPRIDE4に関しては匠の中の匠にあのルールで3戦目の男が後もう一歩だったというのは私の中では変わりません<激しく同意致します。
欲を言えばVT3戦目の男ではなく、キャリア15年のプロレス王として臨んでもらいたかった!

近藤と漫画家が何を言おうと<たかおちゃんは無視!(笑)

いやFさん、今日いろんなサイトを回っていたんですよ。そしたら私とFさんの最初の出会い…もう11年以上前になるんですね~!! いやぁ年取る訳だ~(笑)

>BPHさん

20年たっても書籍やテレビで取り上げられる格闘技の試合は「猪木vsアリ」と「高田vsヒクソン」だけ<確かにそうなんですよ。“世紀の”と名打たれたのは、この二つだけだったと記憶しています。

それだけの大舞台で勝負した高田は誰が何と言おうとかっこよかった<見た目だけのかっこ良さでもなく、虚勢を張るだけの強さでもなく、本当の意味での強さとかっこ良さを教えてもらった気がします。

>aliveさん

「ドームの前に来ると一瞬、思考が止まる」これ97.10.11と見たり聞いたりした時の我々高田ファンも同じ<そうかも知れませんね。実際、私たちそう頻繁にドームに行く機会はないですけど、東京ドームって聞くと、私にとっては野球場でも大物アーティストのライブ会場でもなく、高田とプロレス界の『歴史的敗戦の地』という印象です。

「格闘家やっていたらヒクソン、タイソンと闘ってみたいと絶対思うよ」やっぱり自分が今でも大好きなのは、この部分<『絶対思う』事が素晴らしいですし、両方に乗り出して一方ではありますけど実現までもっていったのは高田と師の猪木だけですもんね。
平成以降のレスラーにもそういう夢を描く選手がいて欲しいものです。

>Fさん

近藤本・・いつか気がむいたら購入してほしい<う~~ん…ブックオフで200円くらいで並んでたら、しばし立ち読みして考えましょうか(笑)。

PRIDE4の高田の入場曲がトレモン…本当ちゃんとあの場にいたのか?<ツッコミ要素満載なんですよね、彼氏の著書は。思い込みが激しいし…って私も人のこと言えないけど(笑)。

それよりFさんのところでは今日辺りから『変態座談会』本も出てるんじゃないでしょうか?

まさに…

1997年、私のプロレスファン元年でした。
そしてPRIDE元年。
青春でした。
ヒョードル夜明け前までのPRIDEはまさに「ごった煮るつぼ」で最高に面白かったです。

高田ヒクソン、今さらああだこうだとU界隈の論争のように言うのは野暮なのでアレですが、ひとつ確実に言えることがあるなと思いました。

過去を受け止め前を向いて生きていくということです。
色々と20年、高田延彦を取り巻く状況、彼自身の発言やらなにやらありましたが、あの充実した表情見たらそんなのどうでもいいなって。

「負けたことがいつか財産になる」

山王工業堂本監督の名言ですが、高田延彦は大きな財産を得たようですね。

いやあ、ほんとにいい顔してた。
元気がもらえましたよ!

>駒シバさん

1997年、私のプロレスファン元年…そしてPRIDE元年。青春でした<あーー!! 駒シバさん若いなぁーー。羨ましい限り。

今さらああだこうだとU界隈の論争のように言うのは野暮<いやぁ今さらでもいまだにでもああだこうだ言われるうちがプロとして華なんですよ。「実はあの試合って…」みたいに。
それがまた10年経って真逆の真相が出てきたりしてエンドレスに生き続ける、と。

過去を受け止め前を向いて生きていくということ…あの充実した表情見たら<今この時代において、プロレスという一ジャンルにとどまらない“一文化”を背負って闘いに行く選手を観ることなんて不可能ですからね。
その最後(?)の試合を目撃した幸運は私にとって宝です。

「負けたことがいつか財産になる」<私もそうですけど、実生活においては勝つことより圧倒的に負ける事の方が多いはずです。
スポーツ選手なら一流と呼べる人は勝ち続ける事や、記録を更新していく事でみんなにエネルギーを与えてくれる訳ですけど、一流のプロレスラーは負けるところから観る人の心にいろいろなものを与えてくれるのが本物でしょう。

だから柴田勝頼は今、壮大な溜めに入ってるんでしょうね。

No title

ささのっちさんの言う笑ってコラえての動画を見たのですがシューターだった方もいて、それでも最大限に敬意を払っていました。ぜひご視聴を。世代によって高田あるいはプロレスに対する思いは違うんですかね。ルミナなんかボロクソ言ってましたからね。
実は私はUインターの時のスーパースター時代よりもPRIDEの時の元スーパースター時代の方が好きなんですよ。泥の中でもがきながらも生き抜こうとしている感じが不思議と惹き付けられた。あんなに思い入れを持てるプロレスラーは、もう出て来ないんだろうなぁ。

>aliveさん

動画を見たのですがシューターだった方もいて、それでも最大限に敬意を払っていました<RIZINの会見などを観ていても、若い選手たちの方が高田に対して敬意を払ってる印象あるんですよね。30代前半くらいの選手はUWFとPRIDEの狭間世代なのか、前田氏や高田に対して単にプロデューサーやバイザー的な捕らえ方してるんじゃないですかね? あくまで私見ですが。

ルミナなんかボロクソ言ってました<そこもある意味立場的な部分あるんでしょうね。流星さんから聞きした秘話だとルミナも案外プロレスファンなんだなぁ…と思いました。

Uインターの時のスーパースター時代よりもPRIDEの時の元スーパースター時代の方が好き…泥の中でもがきながらも生き抜こうとしている感じが不思議と惹き付けられた<もちろん私も好きです。しかしながらPRIDE時代はUインター時代ありきのものだとも思います。
近年、「この試合、こっちが勝った方が嬉しいなぁ」という類の感情はあるのですが、「何があっても、インチキしてもいいから、勝つ姿が見たい!」と思ったのは高田だけかも知れません。…あとは田村かな。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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