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追悼・雷手

また一人、昭和の新日マットを彩ったファイターが、

天国に旅立っていきました。

元WKA全米クルーザー級王者、ドン・中矢・ニールセンです。
目が泳ぐニールセン

 イーファイト より
【訃報】前田日明と戦ったドン・中矢・ニールセンが死去

かつて前田日明と新日本プロレスで異種格闘技戦を戦い、日本の総合格闘技ブームのルーツとなった、日系三世の元キックボクサー、ドン・中矢・ニールセン(米国)が8月15日、バンコクにて亡くなった。58歳だった。

死因について、弟のジョン・ニールセンに取材をしたところ「脚が感染症にかかって、それが非常に悪化したんです。血液に毒素が入って腎不全になってしまいました。それで脚の手術を受けたのですが、手術中に心臓発作が起こって昏睡状態となり、再び心臓発作を起こして亡くなりました」とのこと。


よりによって脚からの感染症って…。

あの前田日明を苦しめて、
ハイキック

藤原喜明山田恵一をKOした脚からですか。
押せ押せのナカヤ

リンク先の記事にも書かれていますが、

前田vsニールセン(参照:歴史は10月に作られる~昭和編~)から80年代中盤の格闘技ブームが始まり、

一斉に月刊格闘技雑誌が刊行されて、

のちの総合格闘技やK-1の隆盛に繋がった訳です。

ここら辺は柳澤史観では情報操作されていますが、

当時を知るファンならほぼ異論ないと思います。

とにかくあの試合は凄かった。

あの日以上に魅力ある前田氏の姿はなかったですし、

あの試合があったから前田氏は時代を作れた訳です。

伝説になれたのです。
出た!!ゴンタ顔

その前田氏も訃報を知って、

相当なショックだった様子です。

前田日明氏、ニールセン死去に「言葉が出ないよ…」

前田日明氏はイーファイトの取材に応え、「先ほどネットニュースで知ったばかりでビックリした。ただただ驚くばかりで言葉が出ないよ…」と、かつてのライバルの訃報に言葉を失った。

(略)「ニールセンは思い出深い選手の一人だね。あの試合も今から思えば2人ともよくやったと思う。ニールセンは身長が190cmくらいあったから、手を伸ばせばリング中央で寝かせても簡単にロープに手が届いた。寝かせてもすぐにロープエスケープという訳の分からないルールでやって。ニールセンも俺に両腕を抱えられて投げられたり、いろいろされたからね」

試合で最も印象深いのは、1Rにもらった左ストレートだという。「当時はアメリカのマーシャルアーツ(当時、アメリカンキックボクシングのことを日本ではこう呼ばれていた)ってどんな競技かもよく知らなかったし、ニールセンは現役のチャンピオンだったからね(WKA全米クルーザー級王者)。あの左ストレートは効いた」

(略)「驚きしかない。言葉が出ないよ、本当に」と言った前田氏。「いつかタイへ行くことがあったら会いに行こうかなって考えていた。ゆっくり話をしてみたいなって思っていたからね」と存命中に再会できなかったことを悔やんだ。

ニールセンもまた、昨年に親戚を訪ねて来日した際に「いつか前田にも会いたいね」と話していたという。


コメントの中にある1ラウンドで決まった左ストレート、

前田氏の首が後方に折れ曲がっていましたからね。
強烈な左ストレート!!

逆に前田氏の投げ=サルトですね、
サルト①

普段、受け身を必要としないニールセンに対して、
サルト②

あまりにも危険な仕掛けですよね。
サルト③

それは当然で、件の左ストレート以降、

前田氏は意識飛んだまま最後まで闘っていたのですから。
反る

今振り返って観ても、

MMAとは違う異種格闘技戦ならではの緊張感です。

…あ、比較しちゃってごめんなさい。



そしてニールセンがプロレス界に残したものは、

重大な“勝ち逃げ”です。

前田戦以降ニールセンは2度、

新日のリングで異種格闘技戦を行ないました(参照:元祖プロレスハンター)が、

そのいずれもKO及びTKO勝利。
ナカヤの猛ラッシュ

これによって新日の強さの概念は片減りしていき、

結局キック団体に引き抜かれた様な形で、

最終的に佐竹雅昭のかませ犬となって、

そこから正道会館の天下に繋がっていった訳です。
佐竹vsニールセン

しかも藤原はホームリングにおいてのリベンジも失敗、

この苦い経験以降、

他種格闘技のプロレスハンターが増幅して、

のちのミルコ・クロコップヒクソン・グレイシーという存在に発展していった。

…と言ったら考えすぎですかね? こじらせすぎ?

そして今ではもう誰もそんなことを口に出す者もいない。

…なんてことをいまだに言ってること自体がアレか。

もう今さら、そういうのはプロレス界に関係ないですからね。
20160718G1開幕戦5

とにかく日本に総合格闘技の礎を作った一人、

ドン・中矢・ニールセンさんに感謝と敬意を込めて、

心からご冥福をお祈りします。
元祖プロレスハンター、D・N・ニールセン

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tag : 訃報 ドン・中矢・ニールセン 前田日明

comment

Secret

No title

実は亡くなるちょっと前に、急に前田戦が見たくなって見たばかりだったんですよ。アキレス腱固めされたとき踵で蹴ったのを見て、そういう回避の仕方があるんだ!!と当時中学生の自分は衝撃受けました。今見ても新鮮に見えました。しかし・・・あれは虫の知らせだったのかなぁ・・・

プロレスラーでないのに、プロレスファンにここまで印象を残した人はいないですよね。そして格闘技界にもです。心からありがとうと言いたいです(T_T)

合掌!

レガさん!いつもお世話になります!
実は自分もちょうどその日書店にて発売されたばかりの「逆説のプロレス(9)」を昼間立ち読みしたばかりで、本当にビックリしました。本の冒頭には「前田日明」選手のインタビュー、真ん中には「ドン・中矢・ニールセン」選手のインタビュー共にあの「異種格闘技戦」について語っておりました。レガさん仰る通りあの「異種格闘技戦」がなければ、現在の日本の総合格闘技の流れはないと自分も思っています!ドン・中矢・ニールセンさんのご冥福をお祈りします。
P.S 後の柴田選手VS武蔵選手の異種格闘技戦の会見で武蔵選手が「前田VSニールセン」のフィニッシュホールドを「裏アキレス」と間違えたのを柴田選手がすぐさま「逆片エビ」と訂正してくれたのを何故か嬉しかった記憶があります。

No title

前田戦は、中2の2学期-中間テスト直前でしたが、知るか!という感じで見てました。

当時のプロレスファンの中高生って、そんなもんですよね。

これ、シリーズ開幕戦の生と格闘技戦の録画の二元中継でしたよね、確か。

Sウィリアムスのパワースラムで猪木がノビてマズいとなり返された様に誤魔化したウィリアムスの下手さが印象深いです。

藤原戦は、前田や高田相手によくやっていた自らコーナーに下がりキックを出しずらくする戦法が通じなかったのが哀しかったです。

>流星さん

ズバリ言って、それこそが虫の知らせでしょうね。

アキレス腱固めされたとき踵で蹴ったのを見て<脚を振り上げてかかと落としみたいに蹴るのはニールセンが初めてだったかも知れません。
あと、あのシューズ(?)ですねユキーデとかモンスターマンと一緒で、あれこそマーシャルアーツのイメージです。

プロレスラーでないのに、プロレスファンにここまで印象を残した人はいない<負けからスタートして、最後は勝ち逃げしたっていうのはある意味快挙ですね。
あの試合がなければ前田氏に“新格闘王”の称号はついていなかったですから、大変な功労者だったと思います。

>タキトさん

お久しぶりです。こちらこそ、いつもありがとうございます。

「逆説のプロレス(9)」…真ん中には「ドン・中矢・ニールセン」選手のインタビュー共にあの「異種格闘技戦」について語っておりました<今現在の写真なのかどうか不明ですが、目の周りが黒々としていて見るからに体調悪そうに感じました。
内容はわかりませんが、数年前のkamiproでも同じ様なニュアンスで、当時、イチャモンつけてきた永田に対して「ぶっ飛ばす」って言っていました。

武蔵選手が「前田VSニールセン」のフィニッシュホールドを「裏アキレス」と間違えたのを柴田選手がすぐさま「逆片エビ」と訂正<先日、カクトウログさんでも取り上げられていましたが、そういう部分を黙っていられないところに柴田のプロレスファン魂をビンビン感じますよね。

>aliveさん

シリーズ開幕戦の生と格闘技戦の録画の二元中継<そうです。月曜8時移行の一発目でした。
ある意味、武藤の凱旋帰国コスチュームも衝撃的でした。ヘルメットは翌週からでしたが。

Sウィリアムスのパワースラムで猪木がノビて<ヒギンズのもありましたが、当時の猪木はガイジンパワーに対抗出来なくなりつつありましたね。

藤原戦は、前田や高田相手によくやっていた自らコーナーに下がりキックを出しずらくする戦法が通じなかったのが哀しかった<セオリーが通じなかったというか、藤原は案外異種格闘技戦の戦績が悪いんですよね。
U-COSMOS以外はチャンガニー戦とか、二度目のニールセン戦とか、勝てていないですよね。

No title

私が前田日明選手のファンになり
いくつか観た試合の1つにドン・中矢・ニールセン選手
の試合もありました。

VS前田日明選手
VS山田恵一選手

の試合は観ていましたが、藤原組長(選手)
佐竹選手の試合を2日に観ました。

…佐竹選手のかませ犬とは?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ドン・中矢・ニールセン選手
素晴らしい試合を残してくれましたね。

合掌。

No title

お久しぶりです。
実は2週間ほど入院しておりました。
昔サッカー日本代表の高原選手がなったエコノミークラス症候群(肺塞血栓症)というものでして、激しい動悸と息切れ・・・名前がアレなんで甘く見ていましたが死亡率10~30%だったとかで。

わたしく事ですみません(苦笑)



ドン・中谷・ニールセンは対戦後、何年かして初めて見たのですが
「ローキックは使わないのね」
と思ってみていました。
それでも攻撃は厳しく、よく勝てたものだなぁと感じました。
藤原、山田と撃破していきましたが彼も後のトニー・ホームのようにその後プロレスラーにしていきたかったのでしょうか??

思い出したのが、藤原組で藤原に勝利した後、リングスに上がる予定があったんですよ。
長井と対戦が決まっていたのですがドタキャン。
その後改めて組まれたものの再度キャンセルして、リングスファンからは
「逃げた」
と思われたものでした。

>ナリさん

実は2週間ほど入院しておりました…エコノミークラス症候群(肺塞血栓症)というもので<それは! 大変な思いをされましたね。病後しばらくはご無理なされず、どうかご自愛下さい。

「ローキックは使わないのね」<確か当時のマーシャルアーツではベルトより下への攻撃が認められていなかったと思います。そこをついて後半、前田のローが入り出したときの興奮ったら本当に。

藤原、山田と撃破していき…トニー・ホームのようにその後プロレスラーにしていきたかったのでしょうか??<どうしょう? サイズ的に当時ならジュニアですかね。古くはルスカ、アレン方式でしょうか。
スター性は十分過ぎるくらいに持っていたんですけどね。

藤原組で藤原に勝利した後、リングスに上がる予定があった…リングスファンからは
「逃げた」と思われたものでした<リングスに関しては多々ありますよね。小川とヤマヨシの件も実現していませんし、200パーセントの件…はアレか(笑)。
交渉以前に前田氏がフライングしちゃうとこもありましたし…そこが魅力ですかね(???)。
紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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