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追悼・闘魂の扇動者

ストロングスタイル記念日の8月8日(参照:ストロングスタイル記念日)、

新日旗揚げからアントニオ猪木を支えた功労者が、

また一人、天国に旅立ちました。

 東スポWeb より
元新日リングアナ・倍賞鉄夫さん死去

新日本プロレスでリングアナウンサーとして活躍した倍賞鉄夫さんが8日に亡くなっていたことが10日、分かった。68歳だった。倍賞さんは女優の倍賞千恵子、美津子姉妹の実弟で、新日プロ旗揚げ時に入社。営業部員やリングアナとして活躍した後、専務の要職に就いた。関係者によると数年前に、闘病生活を続けていたという。


元新日リングアナ・倍賞鉄夫さん告別式 充代夫人「充実した人生だった」

元・新日プロ副社長の倍賞鉄夫です。
倍賞リングアナ@猪木vsシン

訃報では様々な肩書きが並びましたが、

私らの少し前の世代のファンにとっては、

新日の2代目リングアナウンサーであり、


私らの世代にとっては新日よりも、

猪木事務所社長の印象が強いかも知れないですね。

さらに言うと新日の専務時代でしたか?

契約更改の席で見下す様な言い方をされた為に、

藤原喜明が新生UWFに移籍する決心をしたのは、

有名なエピソードでもあります。

他にもケンドー・カシンの一連の批判もあって、

ファンからはヒールのレッテルを貼られた倍賞氏でしたが、

端正なマスクとスラリとした長身で、

凛とした選手コールを発する若き日の姿は、

まぎれもなく正統派…ストロングスタイルそのものでした。
倍賞リングアナ@猪木vsアンドレ

時にはタイガー・ジェット・シンの凶行を受けながらも、

70年代中盤から80年代初頭にかけて、

倍賞氏がマイクを持った時代こそが猪木の全盛期であり、

幾多のライバルたちとたくさんの名勝負を残した濃密な時代、
倍賞リングアナ@猪木、古舘

猪木を内助の功で支えた美津子夫人同様、

その実弟にあたる鉄夫氏もまた、

表舞台で猪木の輝きを支えていました。

しかしながら…改めて知るにつけ、

倍賞家って凄い家族でしたね~!!

このブログの記事なら若い方に最も伝わるかな? と思い、

以下引用させて頂きました。

 戦後史の激動 より
倍賞鉄夫氏の訃報を受けて倍賞姉弟の凄さを改めて考える

それにしても、倍賞姉弟ってすごいです。

倍賞千恵子は、長らく松竹の屋台骨を支えてきた国民的映画『男はつらいよ』のさくらでおなじみ。

(略)夫は、私の世代ではおそらく青春ドラマの最高峰にあるといっても過言ではない『ゆうひが丘の総理大臣』の音楽を担当した小六禮次郎。

(略)倍賞明は、日大三高時代に甲子園準優勝。

(略)倍賞美津子も、姉の千恵子同様に松竹から女優人生をスタートさせましたが、姉とはタイプの違う女性像を演じました。

いちばんきれいで眩しいときに結婚しちゃいましたが、アントニオ猪木と結婚しなければ、女優としてどうなっていたでしょうか。

(略)倍賞姉弟の凄い所は、全く違う分野や世界観で、姉弟がそれぞれ自分のポジションを確立したことです。


姉弟揃って才能溢れる顔ぶれ。

美津子夫人は『アントニオ猪木と結婚しなければ、女優として…』とありますが、

猪木の方にも同じ事が言えると思うんですよね。
倍賞リングアナ@猪木、キムケン

話をリングに戻しますが、

猪木が挑戦してきたロマンの究極に位置する、

一連の格闘技世界一決定戦においても、

倍賞氏の姿と美声は欠かすことが出来ませんよね。

猪木が人生を賭けたあの“世紀のスーパーファイト”でも、

倍賞氏の声が世界中に響き渡ったのですから。
猪木アリ試合前

倍賞氏にとってのベストバウトは、

旗揚げ戦の猪木vsカール・ゴッチだそうです。

この日、倍賞氏は猪木からプロレスの本質をレクチャーされました。

 新日本プロレス20年史 より

倍賞氏
猪木のプロレスを周囲はストロング・スタイルの超過激なプロレスと称していますが、私は、この昭和47年3月6日のゴッチとの闘いに、そのすべてが集約されていたことを、改めて思いました。新しい団体を旗揚げしたばかりの心労は、それは計り知れないプレッシャーにもなる中で、アントニオ猪木という人は全身を使って、“自分のプロレス”を訴えていく、これは人間ワザではない様な気もします。

(略)猪木はいつも言っています。
「試合前、試合中、試合後いつでも俺は対戦者以外の敵と闘っているんだ。それは観客だよ。これは怖い敵だ。俺の一挙手一投足のどんな小さなことも見逃さすまいと迫ってくる。一点からの視線と違い、四方から俺は監視されているんだ。それによって、お客さんは感動もし、また落胆もする。この敵に勝った時、試合は90%以上いい試合になるよ」と。
(略)そうなんです。猪木はいつも背中でも試合をし、ファンに何かを語りかけているんです。私は、そのことをあとで聞いてみたことがあります。猪木は「そうか、わかったか。俺はゴッチ戦のあと、確かに、お前(倍賞)に安心しろよ、といったつもりだったがね。プロレスとは、そんなもんだよ」と話してくてました。


これが常に存在している以上、

ストロングスタイルはMMAとは違い、

パッケージングされた現状のプロレスとも違うのです。
猪木vsウィリー試合前

私たちは決して、「アントニオーいのーきーー!!」の美声を忘れません。

倍賞鉄夫リングアナのご冥福を、

心からお祈り致します。

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tag : 訃報 倍賞鉄夫 アントニオ猪木

comment

Secret

No title

倍賞さんは名前ぐらい程度かなあ?。倍賞姉妹の兄弟ぐらいで。
リングアナだと三代目の田中さんですから。
そういえば、先月のスカパー!無料放送でワールドプロレスリングクラシックスで聞いたような?。
ご冥福をお祈りします。

8月で享年68か・・・確か小鉄さんもでしたね。
命日ももう少しですし。

>スライディングDさん

倍賞さんは名前ぐらい程度かなあ?…リングアナだと三代目の田中さん<80~90年代直撃世代の私らにとっちゃ、やはりリングアナ=ケロちゃんです。その田中リングアナの師匠に当たるのが倍賞さんですね。

8月で享年68か・・・確か小鉄さんも<ちょうど息子の誕生日と一年違いなんですよ。毎年、小鉄さんを偲びながら息子を祝ってる私です。

No title

“神である″猪木の非道なロマン、新間寿の緻密にもほどがある勘ピューター脳、坂口征二の奥手と貫禄、長州力の傲慢に等しい責任感、そして倍賞鉄男の誠実な狡猾。
水と油を併せ飲む男たちが新日本の屋台骨を支えていたんだよなあ。

「1.4事変」のとき、辻アナが事の重大さを強調して「リングサイドには倍賞常務もいます」と言ってたっけ。それほどの大物だったんですよね。そりゃあカシンから目の敵にされるわ。

合掌と礼拝。


>ひなの冠者さん

初めまして…ですよね?
コメントありがとうございます。

水と油を併せ飲む男たちが新日本の屋台骨を支えていた<さらにその途中には小鉄さんや大塚氏やゴマシオやら…とにかく濃い顔ぶれでしたもんね。

「1.4事変」のとき、辻アナが事の重大さを強調して「リングサイドには倍賞常務もいます」と言ってた<あの頃は新日の方でしたか? それともUFO側? リング上にも門外漢がたくさんいましたし、あの日のリングこそがカオスでしょうね。
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Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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