友情の『爆勝宣言』

プロレス界には様々な“ミスター○○”が存在していますが、

“ミスター・プロレステーマ”と言ったら、

鈴木修氏を置いて他にいないでしょう。
鈴木修氏

鈴木氏は元々『ワールドプロレスリング』のスタッフとして、

音響を担当していました。

その当時から熱いものを持ち続けていた様です。

1000のプロレスレコードを持つ男表紙
 1000のプロレスレコードを持つ男 より

鈴木氏
「音楽の方針に関しては、上司としょっちゅうケンカをしていましたよ。上の方たちに意見を言うと、当然『何言ってんだ、生意気な!!』となる。(略)だから僕、ずっと現場では印象が悪かったと思います。『お前は嫌なヤツだ』って言われてきたけど、お互い熱くなってしまうというのは適当にやっていないという裏返しでもあると思うんですよね。先輩は上の立場ですから、下の人間が意見を言うことに対して場をわきまえろって雰囲気がいつもありました」


そしてその熱さが、

橋本真也との出会いに繋がり、

上昇志向の強い二人の熱が、

名曲『爆勝宣言』を生み出しました。
橋本入場

鈴木氏
「その辺が、橋本真也さんと一緒に『俺たちでやっちゃおうぜ』って、オリジナル曲を作る流れに繋がっているんですけど。スマートで余裕のある馳さんや武藤さんに比べて、橋本さんはどっかで『一気に行くぜ!!』っていう気持ちが強かったですね」


しかし他のレスラーの何十倍もこだわりが強い破壊王ゆえに、

曲作りは一筋縄には行かなかった様です。

当時は余程の選手じゃない限り、

既製の曲をチョイスするのが当たり前の時代。

橋本に関しても当初は、

鈴木氏が選曲していく流れだったのですが、

これに橋本は真っ向から反発。
一時帰国の橋本、ふてぶてしい

鈴木氏
「俺のイメージじゃないと文句を言われたんですが、こっちだって考えて選んでるわけで。僕も若かったんでしょうけど、だったら自分で選んでみろ! って感じで橋本さんをテレビ朝日のレコードライブラリーに連れていきましたよ」


最初に引用した通り向こうっ気の強い鈴木氏は、

橋本に対して一歩も譲らず、

「それなら自分で選べばいいじゃない」と。

そこで橋本が選んだ一曲が…、

『ネバー』!!

そう…ドラマ『不良少女と呼ばれて』主題歌の、

洋盤の原曲だったのです。

鈴木氏
「どこかの地方の会場だったと思いますが、橋本さんが試合を終えて汗びっしょりのまま、僕がいる音響席まで来て『すまん』と謝ってくれまして。それで仲直りして一緒に作った新しいテーマ曲が『爆勝宣言』だったんです」


そりゃそうですよね。

破壊王の堂々とした入場シーンのバックに、

「♪ネバネバネバネバ、ネバネバネバネバ~」って(笑)、

どう考えてもおかしいですもんね。



橋本はその後、

この曲と共にメインエベンターに登り詰め、

こちらも“ミスターIWGP”と呼ばれるまでの存在となりました。
破壊王最強説

しかしたった一度だけ、

『爆勝宣言』を手放した時期がありました。

1997年1.4の長州力戦勝利後から、

のちに宿命の相手となった、

小川直也のプロ・デビュー戦までの4か月弱、

新テーマ曲『闘魂伝承』を使用したのです。

しかし小川戦では必殺技STOからの、
小川直也デビュー戦1

裸締めで、
小川直也デビュー戦2

惨敗を喫してしまいました。
小川直也デビュー戦3

試合後、坂口征二社長に涙で再戦を直訴し、
小川直也デビュー戦4

1か月後、大阪ドームでのリベンジマッチを迎えた橋本は、

迷う胸の内を鈴木氏に投げ掛けました。

鈴木氏
「僕は当日まで両方用意はしていたんです。ギリギリまで迷っていた橋本さんに呼ばれて『どうする?』と聞かれたので『どうするも何も戻したほうがいいと思います』と答えたら、橋本さんはしばらく考え込んだ後、叫ぶように『戻せーーー!!』って織田信長みたいに叫んでました。あの『戻せーー!!』は気持ちよかったですよ」


「戻せーーー!!」って…、

実に時代劇調セリフが大好物の橋本らしい。

鈴木氏の一言によって『闘魂伝承』に決別した橋本は、
橋本、小川にリベンジ1

冷酷に小川をKO。
橋本、小川にリベンジ2

このフィニッシュシーンは破壊王史に残る、

爆殺シュートっぷりでした。
橋本、小川にリベンジ3



鈴木氏はプライベートにおいても橋本と大の仲良し。

当時、橋本にとっての“児童館”とも言える、

野毛の道場がその舞台でした。

鈴木氏
「一緒に飯を食べたり、風呂に入ったり。まだ山本小鉄さんがお元気な頃で、小鉄さんが来るとみんなピリッとするんだけど、僕は小鉄さんとは中継でもお世話になっていたんで、ソファの隣に座らせてくれたし。そんな中で橋本さんには道場に泊まらせて頂いて、あんまり仲良くしてるもんだから、後藤(達俊)さんが『みんなにばっかり曲作ってないで、俺にも作ってよ!』なんて催促され続けて作ったのが『Mr.B.D』だったりします」


これまた名曲である『Mr.B.D』誕生の陰には、

橋本らと戯れる鈴木氏の姿にジェラシーを抱いた、

後藤達俊の懇願があったんですね。
後藤達俊

本題に入りますと、

“遊び”に対する橋本の熱意は、

リング上よりも凄まじいものがあり、

付き合う鈴木氏もさすがに面食らった様子です。

kamipro112表紙
 Kamipro no.112 より

鈴木氏
「ホント楽しいんだけどね、子どもに返ったような感じで。でも、これも被害者が多くて。ある日、天山選手を連れて投網に行ったとき、ナマズが獲れたんですよ。橋本選手は『ほら、獲れた』なんて喜んでたんですけど、その大きなナマズがスルスルッて網のあいだから逃げちゃって、川の窪みに隠れちゃったんです。それで手を伸ばしても届かないから『おい、山本! タモ買ってこい!』って言って」

「それで天山選手が『タっ、タモっすか? どこで売ってるんですか?』って聞いたら、『バカ野郎! 探せよ!』とか怒られて、天山選手は大急ぎで駅前を探し回ったらしいんですけど、1時間ぐらいして『すいません! タモ売ってませんでした!』って戻ってきたら、『バカ野郎~!』って凄い剣幕で怒られてね。だからボクも『もうそれぐらいにしてやんなよ』って言ったら、『バカ! こっちはナマズが獲れるかどうかの瀬戸際なんだよ!』って怒鳴られてね。なんの瀬戸際なんだって話ですけど(笑)。それで延々、説教したあと、時代劇みたいに『今日のところはこれで勘弁してやる』って吠えて帰りましたからね」


練習で食らわされるならまだしも、

遊び…しかもタモを見つけられない事に対する説教。

そしてシメはおなじみ時代劇調セリフ(笑)。

天山の根性と頑丈さが作られたのは、

橋本の存在によるところが大きい…のか???

さらに橋本は自宅にも鈴木氏を招き、

寝る事も忘れて一晩中熱く語り合っていた様です。

鈴木氏
「橋本さんの家に遊びに行ったときは、『世界最強の動物は何か?』とか『沢田研二の魅力について』一晩中語り合ったことも、よくありましたよ(笑)。ボクらは同い年ですから、やっぱり沢田研二に憧れた世代なんですよ。『“カサブランカ・ダンディ”はカッコいいよね』とか『やっぱり“勝手にしやがれ”は最高の名曲だよね』とか、とりとめのない話で夜通し語り合いましたねぇ(しみじみ)」


トークテーマは『ジュリーの魅力について』!!

本当の意味で、また良い意味で、“永遠の中二病”、

それこそが破壊王最大の魅力だった訳です。
ジュリー5

しかし突然、二人の友情は形を変えます。

新日は自社レーベルとも呼べる『ウッド・ベル』を立ち上げ、

主力選手それぞれに新たなオリジナルテーマを製作。

よって鈴木氏は徐々にフェードアウトしていったのです。

武藤、蝶野、健介、第三世代、

次々とアルバムが発売されていきました。

それでも橋本は鈴木氏にこう言いました。

鈴木氏
「ウッド・ベルの鈴木敏さんという方が新日本の音楽をやることになって、ボクは必然と新日本からは離れていったんですよ。ちょうど橋本さんがIWGPのチャンピオンだった頃なんですけど、橋本さんの自宅に遊びに行ったとき『残念だけど、もう俺は新日本の音楽をやる機会がなくなっちゃったんだよ』って伝えたら、『ほかの連中が(テーマ曲を)変えても、俺はずっと変えずに頑張るからな』って言ってくれてね」


IWGP王者ですから会社の看板です。

当然、橋本にもテーマ曲変更の話はあった事でしょう。

だが橋本はアレンジこそ加えましたが、

この曲に最後までこだわり続けました。
孤独な破壊王の入場

傍若無人に、無慈悲に蹴りまくる橋本の強さも、

歯を食いしばって砕け散り、大粒の涙を流す橋本の弱さも、

この曲の中には両方が詰まっています。

そしてもちろん鈴木氏との友情も。

私は、そんな『爆勝宣言』が大好きです。
破壊王のシャウト

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tag : 橋本真也 鈴木修

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闘魂伝承

おぉ〜闘魂伝承から爆勝宣言に戻すまでのエピソードは知りませんでした(^^;)破壊王はけっこうギリギリまで悩んでたんですね!最後の戻せェェ!のくだりなんか目に浮かびます(^^;)

豪胆だったり繊細だったりと不思議な魅力がありますよね。橋本は★

>オビワン三世さん

闘魂伝承から爆勝宣言に戻すまでのエピソード<私もこの清野アナの著書を読むまで知りませんで、再戦を直訴した時点で戻す気持ちだったと思っていました。
確かに違和感ありありでしたもんね。

豪胆だったり繊細だったりと不思議な魅力が<もうガキ大将がそのまま大人になったという表現は破壊王の為にあったといっても過言じゃないでしょうね。
人一倍寂しがり屋だったというのも、太く短く生きた橋本らしかったのかも知れません。

No title

闘魂伝承、サビ?のフレーズだけ覚えています。
テーマを変える前くらいに小川とのやりとりもあって、
「闘魂伝承もへったくれもないじゃん」
と思ってるところに、爆勝宣言に戻ったので
「そうそう、これでいいよ」
と思ったものです。

しかし、橋本の『遊び』とかをいつも聞いてると思いますが、プロレスラーになるのって頭の線がどっか切れてないとなれないな・・・と感じます。
私なんかはタモのことで怒られてたら、耐えれないです(笑)

>ナリさん

闘魂伝承、サビ?のフレーズだけ覚えています<マジすか? 私は全く記憶にないなぁ。これ橋本の場合、ウッド・ベルじゃなく別なレーベルでしたよね。
作曲したのも確か横浜銀蝿のリーダーでした。

「闘魂伝承もへったくれもないじゃん」と思ってるところに、爆勝宣言に戻ったので「そうそう、これでいいよ」<短かったですよね。でも橋本らしいのが、その後、爆勝宣言も前奏付け足して付け足して、ZERO-ONEの時なんか超ロングバージョンになっていましたからね。

プロレスラーになるのって頭の線がどっか切れてないとなれない<全く別のU系の新弟子だった方の言葉で「頭の中のリミッターを外さないとやってられない」というのがありますが、本当に出家と同じでしょうね。真の意味において、選らばれし者しか残れない世界です。
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