ほとんど真実

『1984年のUWF』で納得いかないことがもう一個あります。

それはこの部分、

ターザン山本
「前田たちは典型的なプロレスラー。金と女とクルマにしか興味のない人間。UWFとは何か、UWFがどうあるべきか、UWFがどうあらねばならないか。そんなことを真剣に考えている人間は、新生UWFにはひとりもいなかった」


要するにUの理想とか概念なんていうのは選手に無く、

全ては週プロの敷いたレールの上に、

後から肉付けされたものである、という物言い。

言い換えれば、“強さ”よりも上位概念としてあるのは、

“金と女とクルマ”という欲望のみ…みたいな。

確かに数々の前田日明の回想を読めば、

“当時はみんなを食える様にしなきゃ…”というのをよく目にしますが、

実際に金銭以外に理想を求めてUWF入りしたレスラーはいます。

1984年の高田伸彦です。
悔しい表情の高田伸彦

この本でも話題になりましたが、

旧UWFでプロデュース面を手掛けた、

イラストレーターの更科四郎が、

8年前のインタビューで証言しています。
更科四郎@kamipro

kamipro130表紙
 kamipro No.130 より

更科
「では、なぜ前田さんと高田さんが藤原さんについていったかっていうと、藤原さんみたいな関節技を身につけたら強くなれるって本気で信じてたから。つまり、猪木さんに一番騙された二人なんですよ」


まず、間違いなく新日本における藤原組(80'S)は、

強さを求めて出来上がった集団だったのです。
藤原、高田UWF移籍会見

しかし更科氏の考えでは強さの概念として、

プロレスラーよりもアマチュア格闘技の選手を、

上位に位置付けしているんですよね。

更科
「僕はプロレスも観るけど、相撲とかボクシング、アマレスの仕事もしてたんですよ。そうするとね、中学や高校を出てプロレス団体に入っても、そう簡単には強くはならないっていうのが、もうハッキリしてる。ホントに強い人は、中学の頃からスポーツで高校に引っぱられて、大学はタダで入って合宿生活で強くなるためだけの生活を送るんですよ。新日本プロレスも厳しい練習はしてるけど、それは巡業の合間にやる練習でしょ。やっぱり四六時中、勝つための練習をしてる人とは違いますよ」


藤原喜明と前田氏、高田の3人は、

ともにプロレス入り前の格闘技の実績は無に等しく、

更科氏の定義では『本当に強い人ならばプロレスに入門する前に、

何らかの形で名前が表に出ているはずだ』と。

それを自分なりに理解した上で尚、

純粋に強さを追及していた若き日の前田氏、高田を見ていたのです。

更科
「でも、若い頃の高田さんたちはそれを知らなかった。ホントに新日本で練習をやってれば強くなれるって思ってたんだよね。プロレスはキング・オブ・スポーツ。最強の格闘技だっていうのは、猪木さんの宣伝文句なんですよ。若い高田さんや前田さんは、最初のうちはそれを純粋に信じていた。でも、プロレスラーの中でも競技の世界を知ってる人は、そうじゃないってわかってたんですよ」


よく言われる「アマチュアで実績を残した人間はプロレスにおいて強さを求めない」という部分。

新日においては坂口、長州、谷津あたりが例として挙げられます。

猪木も同じ意味の事は言っておりましたが、

それらのレスラーはゴッチイズムや藤原教室には無関心でした。

1984年のUWF移籍に際して、

藤原を慕っている大勢の若手の中から、

何人も同行するかと思われていましたが、

結局は若手のトップにいた高田一人のみ。

ほぼ将来が約束されている中での移籍は、

当時大きな驚きでした。

更科
「だから真に受けてなかった人は藤原さんについてこなかったんですよ。だからね、あのときは藤原さんについてきた高田さんは、一番純粋だったし、一番強くなりたいと思ってた人だよね。だって、新日本に残ってたら、エースになれたんだから」

「高田さんは『強くなりたい』っていう気持ちももちろんあったけど、むしろ強くないのに、強いかのようにシラをきってプロレスをやるのが嫌だったんだと思う。当時『恥ずかしい』ってことをよく言ってたから」


とにかく若き日の高田は上昇志向の塊で、

ターザンご指摘の「金とクルマと…」の部分も人一倍持っていましたが、

何よりも強くなることへの努力を惜しまない選手でした。

新日の前座における“最初のライバル”仲野信市は、

最も近くで高田の練習風景を見てきた一人です。
高田と仲野2

仲野
「ハイスパートは新日本プロレスでは教わらないですね。だからジャパンプロレスとして、全日本のリングに上がるようになって、マイティ井上さんに便所に呼ばれて『お前らそんなことも知らないのか』って怒られましたもん(笑)。
(略)だから同じプロレスでも全然ジャンルが違うんですよね、あの頃の新日本と全日本は。自分らは魂を込めて試合すれば、ハイスパートなんて必要ないと思うし。ハイスパートって強いとか関係ないし。だから全日本の人たちって、試合前にみんなでリングに上がって、ハイスパートの練習をしてるんですけど、それを見るのが嫌でしょうがなかったですね。お客さんは入れる前ですけど、警備員とかが観てる前であれをやるっていうのは、信じられなかった」


仲野は長州軍団の一員として全日に殴り込んだ際の、

自分が育った道場とのあまりに違う練習風景に、

嫌悪感さえも抱いた訳です。

その誇りは更科氏の概念をも軽く飛び越えるものでした。

仲野
「たとえば学生プロレスみたいなのが入門してきたら、練習でそいつが持ってるプライドを潰すところから始まりますからね。アスリートだってそう。谷津(嘉章)さんが鳴り物入りで入ってきたときも、みんな『そうはいかねえぞ』って、道場の基礎練習で潰しましたから。もちろんアマチュアレスリングをやったら敵わないですよ。だからリングに上がる前の基礎練習で潰して、リングに上げさせないようにして(笑)。
(略)やっぱりアマレスの基礎体力と違いますからね。それでヘバると『ざまあみろ』と。気持ちよかったですよね」


オリンピックレスラーでさえも基礎体力の部分で潰してしまう。

一般常識で考えたら、これこそ「パワハラ」というか、

才能を潰してしまう行為に過ぎないのですが、

私はこれこそがプロレスの仕組みだと思っております。

宴会の場では酒の面でも潰された谷津ですが、

そこのハッタリも乗り越えてこそ本当のプロなのかな、と。
カウント2でキックアウトされた高田はラクダ固め

話を高田に戻しましょう。

仲野
「やっぱり強くなりたいっていう執念が一番あったのは前田さんと高田ですよね。高田なんか6時半から試合が始まるのに6時20分ぐらいまで藤原さんとスパーリングやってましたからね。感心しましたね、あれは」

「強くなりたい。だから巡業にもサンドバッグを持参して蹴りの練習したり、いつも強くなるための練習をしてましたね」


強くなる事に対して最も貪欲だったのが、

前田氏と高田。

ここは更科氏と一致していますね。
高田引退試合煽りV12

高田の本当の強さを知る仲野は、

のちにPRIDEで苦闘を繰り広げた姿にも、

最大限の敬意を払ってこう言っています。

仲野
「だからね、僕らが若い頃に総合格闘技があって、高田がちゃんとそれ用の練習ができたら、PRIDEでも全然違う高田が観れたと思いますよ。受けが前提というプロレスをあれだけ長くやってきた高田が、ああいう勝負に出るだけで凄いことだと思います。そして、桜庭とか田村とか、自分を超えるレスラーを育てたんだから、たいしたもんですよ」


あの頃の新日本プロレス、

若手も中堅もスター選手も全員が全員、

総合格闘技というものが存在していれば、

そこに殴り込む気満々だったのです。
新日本最強軍団

そこにあるのはライオンマークと猪木に対する忠誠心。

実にこの高田と仲野は、

第一回IWGP優勝戦の翌日、

腹いせからやけ酒をあおり、

六本木で傷害事件を起こしてしまった間柄でもあります。
高田と仲野1

とにかく強さを求めてUWFに辿り着いた高田、

高田程ウェイトを占めていたかはわかりませんが、

前田氏をはじめとした他のレスラーたちも、

同じ様に強さが最優先だったと思います。



さて!! 本題はここから。

遂に発売ですね…というかもう早売りしてるとか?

とにかく、この顔ぶれ(ターザン山本twitter より)!!
UWF本の証言者たち@ターザンtwitter

素直に凄い。

証言UWF表紙
 証言UWF 最後の真実 より

本書は、新間寿が1984年3月に創立、85年9月に活動休止した第一次UWF(ユニバーサル・レスリング連盟)、
そして前田日明が88年5月に旗揚げし、90年12月に崩壊した新生UWFに所属、関係したレスラーおよび関係者、
17名による証言集である。内紛、確執、不和…プロレスと格闘技の間を漂流し続けた男たちの魂の叫び―。

第1章 「前田日明」の苦悩と怒り
前田日明「メシが食えるのなら、間違いなく佐山さんの言う通りにやった」

第2章 「U」創成期の真実
更級四郎、杉山頴男、ターザン山本
3人の“黒幕”が語る「UWFと『週刊プロレス』」全内幕

第3章 「U」に賭けた男たち
藤原喜明組長が語る「天才・佐山聡」の功罪と「メガネスーパー」
山崎一夫「前田さんの“暴言”をフロント陣はこっそり録音していた」

第4章 「U」に翻弄された男たち
新間寿「猪木、タイガー、ホーガン」招聘計画はどこで狂ったのか
上井文彦「『海外UWF』と書かれた水色の給料袋を忘れたことがない」

第5章 「新弟子」たちの叫び
中野巽耀「前田さんは力任せ、スパーリングで一番だったのは髙田延彦」
宮戸優光「前田さんと若手の分断を画策していた神社長が許せなかった」
安生洋二「前田さんが宮戸さんを『新弟子』と呼び続けたことがすべて」

第6章 「新生」を生き抜いた男たち
船木誠勝「『なんでやっちゃわないんだ?』と言われたが、できなかった」
鈴木みのる「前田さんへの確執はあったが存続させるためにウソをついた」
田村潔司「選手全員が神社長から興行の売り上げデータを見せられている」
垣原賢人「道場の練習をそのまま出してはいけないのか?」という葛藤

第7章 「崩壊」の目撃者たち
川﨑浩市「前田さんには伝えず、神社長は自分の給料を上げ続けていた」
尾崎允実「“解散宣言”直後に前田は涙声で『俺、どうしたらええんやろ』」


こっちの各証言を寄せ集めて、

柳澤氏のフィルターを通さずに、

UWFが何であったかを検証出来れば私はそれでいい。

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tag : 高田延彦 仲野信市 更科四郎 新日本プロレス80'S

comment

Secret

証言、買いました!

いつも素晴らしい記事、ありがとうございます。

読み始めて前田さんの証言の途中ですが、前田さんの口から高田さんについて出る内容が何とも好意的に感じられて、嬉しくて嬉しくてコメントしてしまいました。

後半はまた悪くいってるかもしれませんが、もう前半だけで満足してます。

本当に信頼していたんだなぁ、と。

No title

高田がプロレス界最強ですよね
船木選手や武藤選手よりも

>初めましてさん

初めまして(笑)。
コメント下さいまして、ありがとうございます。
また、こちらこそいつも読んで下さってありがとうございます。

証言の途中ですが、前田さんの口から高田さんについて出る内容が何とも好意的に感じられて、嬉しくて嬉しくて<そうですか!! 4万字インタビューでしたっけ? 聞き手も井上編集長とのことですので読むのが楽しみです。

後半はまた悪くいってるかもしれませんが、もう前半だけで満足<ンムフフフ…わかります。過剰な期待はアレですが、総決算的な内容を期待しています。

私は今日、書店に取りに行く事になっています。
あと、それに絡めて今、前田氏の過去インタビューからUWF回顧部分を再読してるところなんですよ。これも自分なりにまとめて記事にUp出来たら…と思っています。

>nwaさん

初めまして。
コメント下さいまして、ありがとうございます。

高田がプロレス界最強…船木選手や武藤選手よりも<比較する部分や時期は人それぞれになりますが、私も断然そう思っております。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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