続々・僕の好きなノブさん

格闘技ライターの堀江ガンツさんとグラスをご一緒させて頂き(参照:掟破りの“逆”変態座談会)、

お聞きしたお話の中で、

私は改めて高田延彦が大好きになりました。
高田引退試合煽りV19

ガンツさんが今はなき『kamipro』の中で取材された、

金原弘光インタビューを読み返すと、

Uインターという団体に対して、

あるいはプロレスというジャンルに対しての、

高田の自尊心が伝わってきます。

kamipro131表紙
 kamipro No.131 より

金原
「だってそもそもUインターができたとき、俺らが最初に住んだ合宿所っていうのは、高田さんが初めて買ったマイホームなんだよ。
(略)高田さんが第二次UWF時代に稼いだお金で、神奈川県の綾瀬市に一軒家を買ったんだよね。当時はバブル期だから凄く高かったと思うんだよ。しかも、当時結婚前だった向井(亜紀)さんと住む新居にする予定だったのに、Uインターを旗揚げするときに若い選手の寮が必要だからって『じゃあ、ウチを使え』って自分たちが住む前に提供してくれたんだよ」


これには思わず聞き手のガンツさんも、

高田の師であるアントニオ猪木の姿を重ねていました(参照:旧・畠山みどり邸)

さらに高田の場合、

新生Uでの稼ぎを元手に20代で手に入れたマイホームを、

自分が住む前に惜しげもなく合宿所として提供した、と。
田村vs桜庭煽りV23

これには「高田さん、あなたこそ男だ!」と叫びたくなります。

金原
「だからUインターの合宿所には『高田』って表札がかかってたのよ。そこに田村さん、垣原さん、それからリングスに移籍する前の長井さん、あと俺を含めて練習生が4人、計7名が住んでね。間取りは1階が大部屋で30畳ぐらいあるLDKでね。2階が二部屋あって。しかも高田さんが住むために建てた家だから、ドアも大きくて、天井も高くて、風呂もデカくて、すべて高田さんサイズなんだよ。凄くいい家だったよね」

「で、そこは道場からちょっと遠かったから、2年ぐらいして寮を引っ越すことになったんだよね。それで高田さんも都内の仕事が多かったからその家は売却することになったんだけど、やっぱり俺らが2年近く住んだあとだから、新築と比べたら相当売却価値は落ちるわけじゃん。だからホント、自腹を切って俺たちの住むところを用意してくれたんだよね」


当然10代~20代前半の若い衆が、

共同生活の場として使う訳ですから、

光の速度で劣化していった事と思います。

なぜなら初代寮長の田村潔司が、

階段で転倒した際にいきなり壁に大きな穴を開けてしまったと(笑)。
田村vs桜庭煽りV24

しかしながら高田というレスラーは、

一ファンの私が知る限りでも、

家を3軒は新築してるんですよね。

しかも全てが豪邸です。

当然、亜紀夫人の稼ぎもあると思いますが、

こういう部分でも私みたいな小市民に、

大きな夢を見せてくれてるんですよね。
自宅での高田夫妻1

さらにUインターの団結力といえば、

もちろん高田を中心とした“酒”(参照:酒と泪と男と男と男と男と男と…)ですよね。

ヤマケンこと山本喧一曰く、「まだ刑務所のほうがラクかも」という、

壮絶な飲みの席(参照:「高田さん飲み」とは何か?)が有名ですが、

これ社長である高田のポケットマネーで開かれていたんですね。

金原
「Uインターといえば、試合が終わったら毎回、高田さんを中心にメシを食って、そのあと飲みに行って、それが団結力の源でもあったんだけどさ。そのお金って高田さんがポケットマネーで出してたらしいんだよ。
(略)毎回、六本木の叙々苑で焼肉食って、そのあと飲みに行くパターンだったんだけど、みんな食うし、酒もメチャクチャ飲むから、凄いお金がかかってるんだよ。そのお金を高田さんが出してくれてたって、俺らはあとになってから知ってね。あの頃、一晩で軽く30万円は使ってたと思うんだよ。それで試合は月に一回あったから、年間12回でしょ? それ以外にもプライベートで飲み食いしてたから、相当な金額になってるよね」

「領収書もらってるとこ見たことないもん。宮戸さんや安生さんたちに高級料理店にメシ連れていってもらったときは領収書切ってたけど(笑)。でも、高田さんが領収書もらってるところは見たことがない。それで飲みが終わったら、若いヤツが合宿所に帰るためにタクシー代まで渡してたからね。しかも、合宿所は綾瀬だからタクシー一台2万円ぐらいかかるから。だから高田さんは、みんなを団結させるために、凄いお金を使ってたよね」


宮戸、安生も取締役でしたが、

この場合、むしろ領収書切る方が当たり前かも知れませんよね。

合宿所も、打ち上げの場も、全て高田の自腹。

だからと言って、

高田一人で多額の報酬を得ていた訳でもありません。

金原
「日曜日とか休みの日に高田さんの練習のために呼ばれると、練習後に小遣いくれてね。
(略)たぶん、自分のお金なんてそんなに残らなかったと思うよ。その代わり、俺たち選手はお金の心配は一切したことなくて、練習に没頭できたんだよね。Uインターが潰れて、キングダムになるまで5ヵ月ぐらいあったけど、そのあいだも俺たちは給料が出てたからね。これも高田さんたちが、どこからか工面してくれたんだと思うんだよ。だからそんなに借金があるってわからなかったから。契約更改のとき『会社が大変だからこれで我慢して』って言われたことはあるけど、そこまで大変だとは思わなかったからね。ホントにUインターは一枚岩だったよ。それは、高田さんがそういう団体を作り上げたんだよね」


結果的に高田と鈴木健がお互いに、

億の借金を背負ってUインターは解散したのですが、

最後まで若手には出来る限りのサポートを続けたんですね。

これもとうとうキングダムでは底をついてしまい、

若手は三々五々に分かれてしまいます。

なぜならその団体に高田は所属しなかったからです。
vs金原

若手にとっては高田の何もかもが憧れでしたが、

特に金原が高田から受け継いだものは、

男の子なら誰もが夢見るステータスです。

金原
「だから、若い選手はみんな高田さんに憧れてたもんね。車もポルシェ乗っててカッコよかったからね。Uインターって億の借金があったのに高級車に乗るっていうのは、プロとしての見栄があったと思うんだよ。だって高田さんが安い車乗ってたら、ガッカリしちゃうじゃん。だからファンに夢を見させるだけじゃなくて、俺ら若い選手にも夢を見させてくれたんだよね。俺なんかもいつか成功して、高田さんみたいにポルシェに乗りたいと思ったし、高田さんはGT-Rも乗ったんだよ。だから、俺もリングスKOKトーナメントで3位入賞した時、GT-R買ったもんな」


猪木と馬場さんはでっかいアメ車に乗ってましたが、

新生UWFの2トップはポルシェに乗っていたんですよね。

特に高田は何台も高級車を乗り換えていました。

 おぎやはぎの愛車遍歴 より
#108 高田延彦

高田延彦の愛車遍歴

1984年 22歳 日産 フェアレディZ
1986年 24歳 メルセデス・ベンツ 300E
1987年 25歳 トヨタ ソアラ
1989年 27歳 日産 スカイライン GT-R
1992年 30歳 ポルシェ 911 カレラ4
1995年 33歳 ポルシェ 911 カレラ
1998年 36歳 メルセデス・ベンツ CL600
1999年 37歳 メルセデス・ベンツ G500 ロング
2001年 39歳 メルセデス・ベンツ G55 AMG ロング
2003年 41歳 ポルシェ カイエン ターボ
2005年 43歳 フォルクスワーゲン トゥアレグ ダブル12 スポーツ
2011年 49歳 マセラティ クアトロポルテ
2012年 50歳 ポルシェ カイエン ターボ


やっぱり金原も私らと同じスーパーカー世代ですから、

かっこいいスポーツカーに乗るというわかりやすい夢を、

日々描いていたんでしょうね。
金原の若手時代

今現在のプロレス界ではオカダ・カズチカが、

その夢の部分を大切にしていると思います。
オカダと愛車

かつて高額納税者ランキングが発表される度に、

スポーツ部門においてのトップが猪木だったという事が、

我々プロレスファンの誇りでした。

“そういうもの”を大切にしてたのが、

90年代では高田というプロレスラーだったんですよね。
高田@愛車遍歴

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tag : 高田延彦 金原弘光 堀江ガンツ

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No title

この記事はわたくし的にはレガさんの最高傑作かもしれません。それくらい共鳴しております!


よくいわれるように日本的徒弟制は疑似親子関係を結ぶことで成り立つわけですが、日本固有の団体制の下では、社長兼エースはまさしく親同然なんですよね。
「親」とは血縁に優先して「子」が一人前になるまで生活の面倒をみてくれる人、絶対的な強さをもって「子」に一切の不安を感じさせない人の二つが必要最低条件になるのだろうと、独身のわたしが定義するのもナンですが、やっぱりそうだと思うんですよ。

台所がどれだけ寒々しくても茶の間は暖かくしておかなければならない。

弟子たちにとって日々の練習と生活が地獄同然であろうが、経済的不安を感じることはなかった。これって凄いことですよ!本当の地獄とは生活ができない状態を意味するのですから。

団体の長として高田は、会社に負債を押しつけた猪木や病院代すら面倒をみなかった馬場を明らかに超えています。
会社の経営が思わしくない中、選手たちが何度も吐くほど飲み食いさせて、これみよがしに高級車を乗り回し、宮戸&安生による恐怖の練習と、これを上回る田村寮長の恐怖政治(笑)以外、いかなる不安も選手に与えなかった高田は、プロレス界を超えた指導者=親の鑑なのです!

安生&宮戸が経費丸投げの小鉄イズムの継承者だとするなら、ひたすら身銭を切りつづけた高田の偉業は天龍と双璧か、それ以上。

見栄もまた責任の内。

うろ覚えですが、ずいぶん前のインタビューで高山が、大きな体を高田のポルシェに収めて長距離移動に耐えた若手時代の思い出を振り返りながら、高田さんはきっと選手を安心させたかったんじゃないかと語っていましたっけ。

Uインター結成の由来がどのようなものであろうと、高田自身が「トロイカ体制」の上の神輿であったとしても、高田以上の責任を負った人物はいなかったし、神輿抜きの祭りなんてできるはずがありません。Uインターは毎日が男祭りだったんだなと、記事を拝読しながら思い知らされました。

後進の育成が生なかではないことを、かつてプロモーション制を前提とした格闘技ブームから痛感させられたもので、あわせて長州と前田が新日入りを決意したのが美味い牛肉をたらふく食えるからという率直な理由だったという故事に思いを馳せながら、高田の火傷覚悟の熱い親父っぷりと、「泣き虫」に書き連ねられた凍傷寸前の冷めた内省との落差にこそ、日本的プロレスが発する業界固有を離れた普遍的ドラマを感じた次第。

とにもかくにも高田って、この上もない理想のお父さんだと思いますよ!
もし菊田がケツを割らずに耐え抜いたならば、「収容所」の先の風景を見ることができたかもしれないし、桜庭にもう少しばかりの余裕があればボタンの掛け違いを回避できたのかもしれないのですから。
あらゆる可能性と現実の結び目に「親」としての高田の覚悟を見いださざるをえなのは、高田が正真正銘のエースだった証明でしょう。


最高の記事をありがとうございます!と感謝しながら、この先もしかしたら拙ブログのネタに、この記事を勝手ながら盗用させていただくかもしれない非礼をお断り申し上げます(笑)。怒らないでね♪

No title

うーーん。凄い男気ですね。漢気と言った方が良いかも。
こういう凄い人が、凄い世界を作り上げ、我々ファンはそれに魅了されると。

ブログの中のリンク先も読ませてもらいまして、色々なエピソードを知る事が出来ました
けど、一つ一つが常人離れしていて。とにかく夢を抱かせてくれますね!レスラーはこう
じゃなきゃ!レスラーってやっぱり凄い!という気持ちを呼び起こさせてもらいましたよ。

我々みたいな一般人には到底マネ出来ない凄いことをリングで展開して、リングの外でも
幻想を抱かせてくれる・・・みたいな事は最近なかなかないですね。SNSが発達して、
レスラー側も戦略的に色々と情報発信しなきゃいけない時代ですから、無いものねだりの
発想なのかもしれませんが、今の時代はファンが幻想を抱きにくいのかもしれませんね。

一般人にはとてもマネ出来ませんが、時代を築き上げていく人物というのは、これぐらい
の度量とスケールが必要なんですね。レガさんが惚れ直した気持ちがよく分かりましたよ。

いずれかの機会に、ヤマケン氏の店でサミットしてみたいですね~。



>し~まさん

この記事はわたくし的には…最高傑作かも<ありがとうございます。嬉しいです。

日本固有の団体制の下では、社長兼エースはまさしく親同然<ここも力道山から始まった習わしでしょうけど、いまだに相撲部屋では親方が文字通りの父親、おかみさんが母親代わりですもんね。
プロレスの場合はそこまではないでしょうし、さらに今は付き人自体もほとんど存在しない様なものでしょう。天龍は棚橋辺りに付き人つけるのを提案したそうですが、そういうの苦手そうですもんね。

弟子たちにとって日々の練習と生活が地獄同然であろうが、経済的不安を感じることはなかった。これって凄いこと<会社運営としては間違ってるのかも知れませんが、プロレス団体にとって一番大事なのはリング上ですからね。
暗黒期の新日が試合前練習時の水分補給のペットボトルの本数まで管理されていたのを知った時は門外漢の私でも絶句しましたから。

いかなる不安も選手に与えなかった高田は、プロレス界を超えた指導者=親の鑑<そこも実のところ、原点は猪木の姿の様な気がします。
というのはハイセルとか猪木の嫌な部分を高田世代はそれ程関わっていないんですよね。一番カッコイイ時代の最後の方で金銭の関係がなんですよ。
逆に三銃士の世代から下は力が衰えて来た猪木しか知らないですから、高田、山崎の世代が最も猪木のいい部分しか知らないんじゃないでしょうか。

高山が、大きな体を高田のポルシェに収めて長距離移動に耐えた若手時代…きっと選手を安心させたかったんじゃないかと<奇しくも昨夜、明石家さんまの番組に高田がゲスト出演していて、心理学者の先生かなんかが「低価格車から高級車に乗り換えた人は事故率が何パーセント上昇」とかやってたんですけど、さんま氏も高田も最初っから高級車なんですよね。やっぱりそういうのも醸し出すオーラに関係あるのかな? って。

Uインターは毎日が男祭りだったんだなと<能天気に『最強』を掲げた訳ではなく、それを看板にする以上はいろんなものを敵に回す訳ですからね。

長州と前田が新日入りを決意したのが美味い牛肉をたらふく食えるからという率直な理由だったという故事に思いを馳せながら、高田の火傷覚悟の熱い親父っぷりと、「泣き虫」に書き連ねられた凍傷寸前の冷めた内省との落差にこそ、日本的プロレスが発する業界固有を離れた普遍的ドラマを感じた次第<…本当にし~まさんは言い回しが上手いっすね! すごいなぁ。

あらゆる可能性と現実の結び目に「親」としての高田の覚悟を見いださざるをえなのは、高田が正真正銘のエースだった証明<この時代の高田と大仁田、この二人はカタチこそ真逆なれど、本当の意味での親分だったと思います。

この先もしかしたら拙ブログのネタに、この記事を勝手ながら盗用させていただくかもしれない非礼をお断り申し上げます<ちょっと待った! し~まさんやっぱりブログやってるんですね?
ぜひURL教えて下さいよ~。

>亀熊さん

凄い男気ですね。漢気と言った方が良いかも<あらゆる意味で一般人には真似の出来ない生き方でしょうね。

一つ一つが常人離れしていて。とにかく夢を抱かせてくれますね!レスラーはこう
じゃなきゃ!レスラーってやっぱり凄い!という気持ちを呼び起こさせてもらいました<原点は自宅で子ライオンを飼っていた事もある猪木だけに(笑)、やっぱりスケールが大きいですよね。

リングの外でも幻想を抱かせてくれる・・・みたいな事は最近なかなかないですね。SNSが発達して、レスラー側も戦略的に色々と情報発信しなきゃいけない時代ですから<現在のトップに立つレスラーは軒並みTwitterとかやっていますもんね。
選手の入場時とかパンフの名前の下にアカウントが記載されてるんですけど、これ載せてない選手の方が数える程ですからね。情報が得られるのはファンとしては良い事なのでしょうけど、複雑です。

いずれかの機会に、ヤマケン氏の店でサミットしてみたい<せっかく亀熊さん札幌在住ですから、一度は行っておかないとならんでしょうね。
アックスボンバー! の店はもう行かなくていいですか?(笑)

No title

みなさま。
こんはまだ〜ヽ(^0^)ノ

またまたお久しぶりのケロです。
ヤマケンさんのお店
行きたいなぁ〜(*>_<*)ノ
あたしも、新車買いましたので←自慢
かっ飛ばして行きますよ(๑•̀ㅂ•́)و✧
bkっちさん、亀熊さん送っていきますので!
シクヨロでーす(*゚▽゚*)

>ケロさん

そちはまだ~(´ω`*)

ヤマケンさんのお店行きたい<ケロさん、またハグされに行くんですね?

新車買いましたので←自慢<おおっと! 羨ましいっ、イェイッ!!(古舘アナ@夜ヒット風)
私、しばしの間サミットは欠場させて頂きます。もし皆さんでお集りになるのなら、ご希望に応じてお取り次ぎ致しますよ! 開催の折にはどうぞ楽しく呑んで下さいね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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