追悼・スーパーフライ

“飛獣”ジミー・スヌーカが旅立ちました。
これまた懐かしいなぁ…

 新日公式 より
【訃報】“スーパーフライ”ジミー・スヌーカさんが逝去

アメリカマットや80年代には全日本プロレス、新日本プロレスでも活躍した“スーパーフライ”ことジミー・スヌーカさんが現地時間・1月15日に南フロリダにて死去した。享年73歳。

ジミー・スヌーカさんは、フィジー出身のプロレスラーで、1969年にプロレスデビュー。1971年に日本プロレスに初来日。1981年からは全日本プロレスの常連となり、リッキー・スティムボートとの抗争や、ブルーザー・ブロディとのパートナーとしても活躍。

1985年5月には新日本プロレスにも初参戦。当時、藤波辰巳(現・辰爾)が保持していたWWFインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦したが、ドローとなっている。

1996年には、WWEの殿堂入りもはたしていたジミー・スヌーカさん。謹んで故人のご冥福をお祈りします。


長いスパンで接してきたファンにとっては、

全日時代の印象が強いかと思いますが、

私にとってのスヌーカはやっぱり新日転戦後、

藤波辰巳との一連のシングルマッチですね。
藤波辰巳vsジミー・スヌーカ

筋骨隆々な褐色の肌に浮き上がる血管、
1985.7.28藤波vsスヌーカ1

当時は藤波の上半身も隆起していて、
1985.7.28藤波vsスヌーカ2

この二人の闘いはまさに、
1985.8.1藤波vsスヌーカ1

“日米フィジカルエリート”のぶつかり合いでした。
1985.8.1藤波vsスヌーカ2

そしてこの試合において私は、

プロレスの重要な技術を思い知らされたのです。

当時は丁度、第一次UWFが注目を浴びた時期、

ロープの反動を利したテクニックも否定され始めた頃でした。

私も例にもれず、

雑誌で見て読むUWFに感化されていましたね。

しかしスヌーカが藤波に決めたこのブレーンバスターで、
リバウンド式ブレーンバスター1

プロレスリングの競技場=リングにおける、

ロープというアイテムの重要性を再確認した訳です(参照:♪武器だと言ってるじゃないの、ほっほ~)。
リバウンド式ブレーンバスター3

トップロープに腹部を叩き付けて、
リバウンド式ブレーンバスター4

ダメージを与えると同時に、

そのリバウンドを使って投げていく。
リバウンド式ブレーンバスター5

これは当時13歳だった私のプロレス観に、

大きな意味があったんですよね~。

恐らくこれ映像で見た事ない方の中には、

「藤波が脚力でアシストしてんじゃん?」という意見もあると思いますが、

全く以って違います…というか、

13歳の時に観たこのシーン、

私の受け止め方は今も一緒です。



ついでにスヌーカの独特なテクニックも振り返りましょうか、

やっぱり超絶的だったのはリープフロッグのタイミングですね。

正面から走ってきた相手をひとっ跳び、
ひとっ飛び

そのままの向きで、

今度は背後から戻ってきたところをふたっ跳び、
ふたっ飛び

さんざん勢い付いて戻ってきたところに、
構えて…

強烈なカウンターの逆水平チョップ!!
バッチーン!!

相手が大きく吹っ飛んだ後に大見得を切るんですよね。

現在、SANADAがこれのドロップキック・バージョンを見せますが、

タイミングの取り方は、まだスヌーカに及ばないですね。

さらに忘れてならないのは、

スヌーカの代名詞となったスーパーフライです。
スヌーカのスーパーフライ1

これぞ“芸術品”ですね!
スヌーカのスーパーフライ2

特に1983年10.17 ニューヨークMSGvsドン・ムラコで敢行した、

金網最上部からのそれは、

いまだ伝説として語り継がれていますが、
伝説の金網スーパーフライ

新日ではスーパーフライという技自体、

なかなかお目にかかる事はありませんでした。

私にとってスヌーカのベストバウトは意外と藤波戦よりも、

1985年12.10 愛知県体育館における、

vs木村健吾ですね。
木村健吾vsジミー・スヌーカ

結果は別としてあの試合、

シングルプレーヤーとしてのスヌーカの持ち味が、

最も発揮されたと思っています。

試合終盤における木村健吾の受けっぷりもさすがです。

ご覧の通りスヌーカは裸足が特徴なんですけど、

コーナートップに立つ際、両足の親指と人差し指で、

しっかりとロープを挟み込んで固定してるのが印象的でした。
1985.12.10キムケンvsスヌーカ1

そこから距離に合わせて、

爪先で飛行姿勢を調節するかの様な、
1985.12.10キムケンvsスヌーカ2

もちろん落下する角度やバランスも含めて。
1985.12.10キムケンvsスヌーカ3

やはり飛び技の第一人者でしたね。



近年飛び込んでくるニュースでのスヌーカには、

寂しいものもありましたが、

リング上の姿はアメリカ本国においても、
WWFでのスヌーカ

日本においても、
ジミー・スヌーカ

紛れもないスーパースターでした。

天国でブルーザー・ブロディと再会した暁には、

日本での思い出話に花を咲かせてもらいたいものです。
信頼出来るスヌーカにチェーンを託す

“スーパーフライ”スヌーカのご冥福を心よりお祈りします。

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tag : 訃報 ジミー・スヌーカ 藤波辰巳 木村健吾 ブルーザー・ブロディ WWWF~WWF~WWE

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待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

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