いじられてこそトップレスラー(1995)

何度も書いてる通り、

今年のG1クライマックスの主役は、

オカダでも棚橋でも内藤でもありません。

断じて天山広吉(with コジ)なのであります。

現在、天山は4戦終えて2勝2敗で3位タイ。

近年、“史上最年少”といえば、

中邑やオカダの代名詞でもありますが、

元祖は天山、その人です。
凱旋当時の天山

1995年2.4 札幌中島体育センター

IWGPヘビー級選手権試合

橋本真也vs天山広吉

橋本真也vs天山広吉

もちろん私も生観した思い出の試合ですが、

天山が当時“史上最年少”IWGP挑戦記録となった一戦、

無敵を誇る橋本真也の壁に挑みます。
破壊王最強説

開始早々、

ロックアップでも手四つの力比べでも、

決して天山は負けていません。
力比べは天山に凱歌

ならば橋本は、

グラウンド中心に足を攻めていきます。
橋本にはサブミッションもある

この局面を嫌った天山はロープブレイクから、

顔面を張り、逆水平チョップで橋本をコーナーに追い詰めますが、
顔面への張り手とチョップでコーナーに追い詰める天山、

橋本も両手でブロックするや袈裟斬りチョップで反撃。
橋本も袈裟斬りチョップから、

さらに分厚い天山の胸板めがけ、

爆殺シュートのミドルキック連発!!
爆殺シュート!

一度は受け身を取りますが、

天山はモンゴリアン・チョップでのお返し。
天山はモンゴリアンチョップから、

さらに硬さと重さには定評のある頭で、

得意のヘッドバットの追撃。
得意のヘッドバット

橋本はカウンターで、

地獄突きを決めて食い止めると、
地獄突きで食い止めて、

一気にロープへ走ってニールキック!!
自らロープに走ってのニールキックは自爆、

これをダッキングした天山は、

逆にロープへ走ってニールキック!
天山がお株を奪うニールキック炸裂

これが橋本の首筋に炸裂しました。

天山
「シュー…」

シュー…

出ました天山チョップ!
シュー!

現在でも天山の試合では会場中に響き渡る「シュー」の大合唱。

私は、これ馬鹿にした野次だと思って長年嫌だったんですけどね、

いまだに続いてるあれを聞いていると、

もはや天山コールと同質のものなのかな? って思っています。

さらに橋本の額めがけてヘッドバット!
ヘッドバットから、

スリーパーも力任せでいいですね~。
力任せのスリーパーは、

この時代、しきりに“平成プロレス”ってのが叫ばれていて、

天山はそれに対するアンチテーゼみたいな存在に見えました。

昭和50年代からタイムスリップして来たかの様な…。

橋本も黙ってやられてはいません、

天山の右腕を捻り上げると、

独特の体重を乗せたアームブリーカー!
橋本独特のアームブリーカーで切り返し、

一瞬動きの止まったところへ、

すかさず放つサッカーボールキックは延髄付近に炸裂。
延髄付近へのサッカーボールキックから、

フライングメイヤーから改めて、

今度は左肘を極めに掛かりますが、
肘を極めに行くも、

ここはヘッドシザースで切り返す天山。
天山もヘッドシザースの切り返し、

橋本も柔軟なブリッジで脱出を図り、
橋本はブリッジから脱出すると、

もう一度、左腕を極めると、

そのままDDT気味に落下!!
もう一度腕を極めてそのままDDT気味に落とす

強烈な袈裟斬り!!
袈裟斬りから、

重い重いミドルキック!!
ミドルキックにも、

それらを正面から受けてなお踏んばる天山!!
踏み止まって、

一瞬の隙を逃さずラリアートでなぎ倒します。
虚を突いてのラリアート

ヘッドバットを一発落しておいて、
ヘッドバットを落としてから、

キャメルクラッチで絞り上げてから、
キャメルクラッチで絞り上げて、

またも頭突きの乱れ打ち。
再び頭突きの乱れ打ち、

これを橋本はカウンターの地獄突きで迎撃すると、

素早く身を沈めて水面蹴り!!
地獄突きで食い止めて水面蹴り!

チェンジ・オブ・ペース技の代表ですね。

橋本はすぐに左ミドルキックから、
重いミドルキックから、

右ハイキックでダウンを奪うと、

橋本
「立て天山!!」

ハイキックでダウンを奪うと「立て天山!」

自らロープに走ってジャンピング・エルボードロップ!!
ロープに走ってジャンピング・エルボードロップ、

さらにトップロープから全体重を乗せてもう一発!!
さらにトップロープからのダイビングエルボー!!

これをカウント2で返す天山。

橋本の猛攻は止まりません、

DDTでキャンバスに脳天を突き刺します!!
さらにDDT!

これも返す天山。
ことごとくカウント2で跳ね返す天山

しかしダメージが濃いのを悟ったか、

橋本はロープに走ると、
橋本がロープに走ると、

これを狙っていたか?

天山はカウンターで捕えてのマウンテン・ボム!!
狙いすましてのマウンテン・ボム!!

さらにパワーボムで橋本の巨体を真っ逆さまに突き刺す!!
真っ逆さまに天山ドライバー!!

イケイケの天山はコーナーに駆け上がると、

飛距離も何のそのダイビング・ヘッドバット!!
ダイビング・ヘッドバットの必勝パターン!!

これも強烈に決まりますが、

橋本はカウント2でキックアウト。
橋本もカウント2でキックアウト

若い天山に攻め疲れはありません、

さらに放ったのはムーンサルトプレス!!
さらに天山はムーンサルトプレス!!

これも2で返す橋本!!
これもカウントは2

大チャンスと見た天山は橋本をロープに振ると、
チャンスと見た天山は、

もう一度マウンテン・ボム狙いに、

だがこれを橋本は堪えてから、
もう一度マウンテン・ボム狙いを橋本は堪えて、

そのまま圧し潰して、

奥の手でもある腹固めに移行。
圧し潰すと腹固め、

右腕を極められながら、

天山は何とかロープエスケープ成功。
天山何とかロープエスケープ

橋本は滴り落ちる鼻血もぬぐわずに、

ここから爆勝パターンに入ります。

全力でロープに走ると、

今度こそニールキックを炸裂!!
橋本一気にニールキックから、

さらに右ハイキックで天山の側頭部を蹴り抜き、
右ハイキックを打ち抜いて、

最後は垂直落下式DDT!!
垂直落下DDTでカウント3!!

そのままカバーに入れば、当然カウントは3。

終わってみれば橋本完勝です。
鼻血すらも神々しい破壊王の雄姿

当時の破壊王…鼻血すらも神々しいですね。

天山も敗れこそはしましたが、

この頃の勢いは凄まじいものがありました。

まさに1995年の凱旋帰国時に見たインパクトは、

のちのレインメーカー・ショックの比じゃありませんでした。

それまでの天山(山本)といえば、

長渕剛の『乾杯』を歌いながら額に爪楊枝を刺される様な、

いじられキャラの代表格でした。

それが大剛氏の特訓により大きく膨張した分厚い肉体で、

ふてぶてしく大技を畳み込んでいくパワーファイターに豹変。

この後、“黒のカリスマ”蝶野正洋と合体して、

押しも押されぬメインエベンターとなる訳ですが、

上に書いた通り、いじられながら21年そのまま走り続けて来ました。

思えば猪木や馬場さんも、

長州、藤波、天龍、闘魂三銃士、三沢、その他…、

芸人さんらにモノマネされ…要するにいじられ続けてきた訳です。

私の自論では『いじられてこそトップレスラー』だと。

逆に、いじられようもないレスラーって大概しょっぱいな、と。

どんなに強いレスラーでも怖いレスラーでも、

いじられてこそ超一流なのです。

さぁ、ここから一気に行けるのでしょうか!?

頑張れ天山!! やられて終わりちゃうで!!

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tag : 橋本真也 天山広吉 IWGP

comment

Secret

No title

凱旋帰国から約1年ほどの天山はそりゃあそりゃあ、すごかったですよね。
どう凄かったかを今のファンに伝えるのは猪木vsアリの凄さを伝えるよりもおそらく難しいかも知れません。
今語られる”丈夫さ”もどっちかといえば後からの評価で、あの時代はとにかく攻めの一手、強くて勢いの塊でしたからね。

狼群軍と維震軍で取り合いになってた時代に、蝶野と組んだ時はがっかりの方が強かったです。
もっというと、完全な一匹狼を希望していましたので・・・・

No title

まぁ、いじられるという事は、それだけの存在感が、あったという事ですからね。高田や、越中にしても。この試合、内容は、正直のところ覚えてないです。オープニングで「橋本、見とけよ!」と雪の塊に頭突きをかましたのは、ハッキリ覚えてますけど。

No title

この大会も行きましたよ。
確かに凱旋時の天山の快進撃には驚きましたね。
この時かな?武藤がノートンに負けて無期限欠場に入ったの。

イジられる…うん、まずはモノマネされるようなレスラーが現れないとね。

No title

あのね、天山を持ち上げすぎですヨ。
正直、当時は新日本の天山押しに無理を感じていましたから。


いつの時代どの団体でも、会社にプッシュされたスターにたいする抵抗感はぬぐえないもので、天山自身、反選手会と因縁を拵えたり、蝶野に庇護を受けたりしながら、それでもなお期待に応えるための背伸びからくる危うさと苦しさをひしひし感じていたはずです。
天山には失礼ですが、この試合おもいっきり興ざめしちゃいました。

しょせんはガキだったとはいえ、当時のわたしにとって天山は、93年ヤングライオン杯の決勝で西村と及第点の試合をこなした山本の域を超えるものではなく、だからこそ、ほんの少しだけ応援していました(笑)。
あの頃の新日本は今ほどではないにしても、大将長州を筆頭に選手層が厚く、その分若手にかかる負荷は大変なものがありました。
そんななかで、頭ひとつ抜けようとしていた天山のプレッシャーたるや……。

わたしは全日派でしたから、テレビ観戦がもっぱらにせよ、メイン試合ですら静まり返った(息を呑んでいたのでしょうか?)新日本の風景に勝ち誇っていました。結局は喚声の度合いに左右される程度のガキンチョに過ぎなかったのでしょうけど(笑)、我が全日には秋山がいるという安心感があったわけです。

にしても、ケビン・ヤマザキ氏以前に大剛氏の効能は厚く、あの山本がこんなにもパンプアップしたのかと驚かされましたね。もしかしてステロイドかと疑ったものの、大剛氏の尋常ではないメニューを課されていた天山の苦労が専門誌で報じられてから、やはり彼はプロレスラーになるべくしてなった男だと感嘆させられました。もっとも、金原からはスパーよりも見た目とプロレス頭ばかりに熱中していたと酷評されていましたが(笑)。

P.S.
一昨日、ワープロリターンズで2010年G1決勝の棚橋vs小島をみて、コジはもちろんですが、棚橋って巧いなぁと思いました。ま、それだけなんですけ ど、小原あたりにドタバタと皮肉られようが、間違いなく棚橋は暗黒期新日本を支えつづけてきた男だったのだなと。
でも当時の新日本は暗黒期真っ只中でしょ。にもかかわらず、パッと見両国は埋まってましたね。

あ、札幌の天山といえばvs藤田のIWGP戦が思い出されます。
BIいらい、生え抜きレスラーとスポーツエリートの対決はマット界定番のドラマですから、セコンドについた西村の喜びもひとしおだったでしょう。そのわりに試合後の天山は西村の祝福にツレなかった気が……(笑)。

もうひとつP.S.
ノートンと組んでOH砲と闘ったドームのタッグ戦における天山の活躍は三沢・力皇級の殊勲でした。
わたし的に橋本戦以上に愉しかったノートン戦の続編ともいえるこの試合を引き立てた天山のフライングヘッドバットは、真鍋アナが叫んだ「しかし、これはプロレスだー!」に相応しいインパクトがありましたよー(ターザン風w)。

>ナリさん

凱旋帰国から約1年ほどの天山はそりゃあそりゃあ、すごかった<あの時代の新日を観ていたファンなら異論はないでしょう。
どちらかといえばアスリート体型だった山本が、分厚い天山になっていただけで見た目のインパクト充分…さらにあのふてぶてしさで強烈な印象があります。

今語られる”丈夫さ”もどっちかといえば後からの評価<ガッチリ受けとめるのって新日にはなかなかいないタイプでしたしね。そこら辺りは大剛流というか、吉原イズムも入っていたんでしょうか。

狼群軍と維震軍で取り合いになってた時代に、蝶野と組んだ時はがっかりの方が強かった<“平成の乱”ですね!? あの日のワープロの番組構成は歴代3本指に入ると思っておりますよ。

>aliveさん

いじられるという事は、それだけの存在感が、あったという事<ですから、今やトップレスラーってほとんどいじられていないんですよね。個性とか存在感が薄れてるんでしょうかね?

オープニングで「橋本、見とけよ!」と雪の塊に頭突きをかました<また良く憶えていますね~(笑)さすがです。
雪祭り決戦って結構その手のOPありましたよね。橋本と蝶野が猪木、坂口とドームでやる前の札幌でも試合前に外でインタビュー撮ってたんですよ。
私と友人がたまたま早く会場に着いて、「あ! 橋本と蝶野だ!」って走って行ったら、早々に撮影終了してしまいました(笑)。

>BKっち

この大会も行きましたよ<やはりニアミス率高いなぁ(笑)。

武藤がノートンに負けて無期限欠場に入った<そうですそうです!!
この大会も例によって2連戦で、初日のメインが確か武藤vsノートンのIWGP挑戦者決定戦。
武藤がスランプに陥って、ノートンに何も通用せず敗れて、会場外の雪の中に突っ伏したんですよね~。
それで東北巡業でムタとしてヒガンテとやってから欠場に入って、光る女以来の髭面になって、戻って来てから、“あの”驀進時代に突入した訳ですね。

まずはモノマネされるようなレスラーが現れないと<そこも今ではマイナーな芸人しかやっていませんもんね。
やはり木下末吉クラスのメジャー芸人がやるくらいじゃないとね…あ、元祖は貴方ですけどね(笑)。

>し~まさん

天山を持ち上げすぎ<それ逆に当時の天山を過小評価しすぎですよ(笑)。

会社にプッシュされたスターにたいする抵抗感はぬぐえないもの<まずはプッシュされるに値するかどうかという基本線があって、プッシュされた事をモノを出来るかどうかという実力勝負が待ってる訳です。そこをクリアした者がメイン張れるんじゃないですかね?
全日に置き換えれば、ジャンボも三沢も馬場さんの明らかなプッシュがあって、そのチャンスをモノにしてきた実績が、のちのトップレスラーの基盤になっっていると思います。

大将長州を筆頭に選手層が厚く、その分若手にかかる負荷は大変なものがありました<さらにまだ猪木という存在がありましたからね。
猪木イズムはかなり薄まっていたと思いますが、上に強烈な個性が漂っていましたので、現在の新人よりは何倍も大変だったでしょうね。

メイン試合ですら静まり返った(息を呑んでいたのでしょうか?)新日本の風景に勝ち誇っていました…全日には秋山がいるという安心感があった<会場の雰囲気は確かに違いましたね。全日は技に対しての歓声が大きかったのに対し、新日は選手個人に対するものが大きかった記憶があります。
ただ…秋山ですか? そこも全日ファンとの温度差感じます。この時点で新日ファンにとっては秋山なんて眼中になかったですからね。
せいぜいノアの旗揚げで三沢を落として「お?」となり、レッスル1トーナメントの柴田戦で「強いなぁ」と…いうのが私の秋山評です。もちろん現在は一流のレスラーだと思っております。

大剛氏の尋常ではないメニューを課されていた天山の苦労が専門誌で報じられて<練習メニューもさることながら、食の面ですよね。
お腹が満杯になっていても、脇腹を指して「まだここが空いてるぞ」って…そこに胃はありませんけどね(笑)。
何にせよ昭和の魂が注入されているのが天山という男でしょう。

2010年G1決勝の棚橋vs小島…間違いなく棚橋は暗黒期新日本を支えつづけてきた男だったのだなと<暗黒期であってもG1だけは別腹みたいな部分もありましたしね。
でも2010年は上向きになりつつあったと思いますよ。ブシロード体制からハッキリ上昇しましたけれど、2009年あたりから徐々に上向きだったと思います。

札幌の天山といえばvs藤田のIWGP戦<破壊王逝去の直後でしたね。あれ行かなかった事、いまだに後悔しています。
でもあの試合、確か藤田が勝ったんじゃなかったかな? 間違ってたらすみません。

ノートンと組んでOH砲と闘ったドームのタッグ戦における天山<し~まさん全日派だなんてとんでもない! 良く憶えていますね~!!
あの時に天山が繰り出したフレーズの「OH砲? チキンとポークでCP砲だろ!!」は、のちにハッスルで高田総統がそのままパクった秀逸な作品だったと思います。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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