運命の不協和音 WoO.1~バーニングスピリット~(1985)

1985年3.21 後楽園ホールのメインエベント前、

それは突然の出来事でした。

先に入場したアントニオ猪木が、

対戦相手であるハクソー・ヒギンズの入場を待ち構えていると、

ほんの2週間前に(札幌圏では)5チャンネルの特番で大暴れした全日のガイジン(参照:それが超獣のロケンロール)が、

何と、(札幌圏では)35チャンネルの画面に現れたのです。
ブロディ遂に新日マット登場!

実際には2日前の深夜、『ANNニュース』において、

既に発表されていたのですが、

我々少年ファンにとっては、

この翌日のワールドプロレスリングが初見でした。

とにもかくにも、ベートーベンの交響曲第5番『運命』が鳴り響く中、

右手には花束、左手にはトレードマークのチェーンを携えて現れた。

その男の名は言うまでもなく、

“キングコング”ブルーザー・ブロディです。
左手のチェーン右手に花束

シリーズ最終戦のメインエベント直前に出現したブロディに対し、

猪木は闘魂ガウンを着たまま、

無言で鋭い視線を送り続けました。
目で殺す猪木

ブロディはしばらくリング上を徘徊した後、

握手を求めましたが、猪木はこれを拒否。

一言二言発すると、そのまま会場をあとにします。
バーニングスピリットを見たブロディ

その間、ほんの4分間。

この4分の濃度が凄過ぎて、

私はメインの試合内容を全く覚えておりません。

とにかく目に焼き付いたのはスーツ姿のブロディ、

耳に残ったのは『運命』の旋律でした。

アントニオ猪木の証明表紙
 アントニオ猪木の証明―伝説への挑戦 より

猪木
「あの“運命”は俺の閃きだったんだ。ブロディが上がる話が決まってから、寝てるときに突然バッと『ブロディの登場シーンは“運命”だ!』って閃いてね、すぐにみんなにその話をしたんだけど、
『そんなのはお笑いですよ!』って笑われちゃってね。いや、結果的には使われたんだけど、同じ“運命”でも『ダダダダーン』と『ダッダッダッダ~ンッ!』じゃ全然印象が違うんですよ! これは感性の問題だから理解させるのが難しかったんだけど…リングから見ていて『ダッダッダッダ~ンッ!』じゃないことばかりが不満だったのを憶えている(笑)」


思い描いたトーンとは多少違ってしまいましたが、

ここはプロデューサー猪木の直感が功を奏しましたね。

お笑いどころか、この闘いを象徴する音になったのですから。
ブロディ記者会見2

全日からのシンやハンセンの引き抜きと、

前年の主力日本人の大量離脱で、

まさに瀕死の状態にあった新日本が、

起死回生の一発として仕掛けた、

超大物ガイジン、ブロディの電撃的引き抜き劇!!

この日まで、猪木とブロディが向き合う構図というのは、

プロレスファンにとって長年の夢だった訳です。

それが実現した!! という驚きと、

猪木は破壊されてしまうのではないか!? という不安、

その両方が胸に去来しました。



そして翌日の移籍記者会見において、

再びスーツをまとったブロディは言いました。
猪木ブロディ視殺戦

 週刊プロレス No.87 より

ブロディ
「本日は、ブルーザー・ブロディの新たなる出発の日です。こんなエキサイティングな発表を、みなさんとわかち合えることをうれしく思います。自分自身、これほど興奮したことは最近めずらしいと思うほどです。恐らく、5年前、私と妻の間に男の子が生まれた時以来の感激です」


全日においては、

怪物レスラーの部類にカテゴライズされていたブロディが、

ここまでプライベートな発言をするのは珍しかったですね。

当時、長男のジェフリー君は5歳ですか…。

この電撃移籍に大きく関係していたのは、

当時、新日と提携していたWWF(現WWE)でもあります。

ブロディ
「私とWWFの接触は古い。9年前の76年に当時WWWF王者だったB・サンマルチノにも挑戦しているし、今回のWWF入りも昨年2月のマクマホンJrとの会談がようやく実現したものだ。ホーガンと私は、アメリカのあらゆる大都市でタイトルマッチを行うことになるだろう」


そうなんですよね。

実は前年の2月からWWFは交渉を始めていて、

馬場さんにも話を付けていたんですね。

そこで馬場さんは日本では全日に継続出場する事を条件に、

ブロディのWWF入りを承諾した、と。

しかし実際にはその流れから、

新日は接触していったんですね。

ブロディ
「私のオールジャパンでのファイトは、3月14日の名古屋大会が最後となった。再びオールジャパンに出場することはない。今後は、WWFとニュージャパンを中心に活動していく」


新日移籍前、名古屋でのラストマッチ、

6人タッグマッチのラストシーンはブロディの試合放棄でした。

移籍等で団体を去るほとんどのレスラーは、

最後に黒星を残して出て行くのですが、

ブロディは黒星どころか謎を残して出ていった訳です。

別の機会にこういう発言も残しています。

ブロディ
「この世界にはバカな人間がいて、プロモーション(エリア)を去る時、負けて出ていくレスラーがいる。私は敗北者ではないから、たとえバーン・ガニアの率いるAWAでも去る時は私の意志で出てきた」


ここら辺りのプライドの高さが、

各所のプロモーターとのトラブルにつながったのかも知れませんね。
ブロディ記者会見1

そして前日の猪木との視殺戦についての発言です。

ブロディ
「レスラーの良し悪しを決めるのに最も重要なことは、その人間の内面にある“バーニング・スピリット”だ。イノキの目を見ていると、私と同じ“バーニング・スピリット”を感じることができる。彼と私の闘いはマインドとマインドのぶつかり合いとなるだろう。非常に楽しみにしている」


猪木の目から感じた“バーニング・スピリット”、

その言葉を口にした瞬間から、

“キングコング”といわれてきた怪物レスラーは、

“インテリジェンス・モンスター”に変身したのです。



ブロディは一度帰国して最終調整に入り、

再び決戦前に来日。

4.15 後楽園ホールで公開スパーリングを行います。
猪木ブロディ公開スパーのチケット

会場には1,518人の観衆が詰めかけ、

ブロディはクロネコをゴリラスラム、ドロップキック、キングコングニードロップでKO!!
猪木ブロディ公開スパー2

さらに金秀洪をパイルドライバーでKO!!

返す刀で再び猪木と3分間の睨み合い。
猪木ブロディ公開スパー1

猪木の方は縄跳び、ヒンズースクワット、プッシュアップ、ブリッジと、
猪木ブロディ公開スパー3

基礎練習を披露してから寝技中心のスパーリング。

ヤングライオン杯参戦中の小杉俊二をボディシザースでギブアップさせました。
猪木ブロディ公開スパー4

3.21と4.15、2度の後楽園ホールにおける視殺戦を経て、

遂に両雄は真新しい両国“新”国技館で初対決に臨みました。

…が!! 試合直前、ブロディは予想外の事件を起こしてしまいます。
試合前に突如、

WoO.2へ続けます。

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tag : アントニオ猪木 ブルーザー・ブロディ

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No title

この新日登場時の直前、タヌキの豆本「プロレスなんでもベスト10」の夢の対決ランキングで、猪木対馬場を制して一位に輝いたのがこの猪木対ブロディでした。
「うわ、実現しちゃうんだ…」と、この時は胸のドキドキが止まらなかったですね。

しかし、ブロディが予定通りニューヨークマットに上がっていたらどうなっていたでしょうね…。まぁ、すぐフェードアウトしたとは思いますが。
エントランステーマはそれこそ「運命」そのままがいいなんて妄想してます。
バーサーカーが登場したように、ビンスもブロディ欲しかったんでしょうね。いつか必ず来ると確信していたようなんですが、結局ホーガン戦は幻となってしまいました。
今年のHOFはブロディが殿堂入りするなんて噂がありましたが、ハンセン、フリーバーズなど関連選手が殿堂入りして、結局ブロディの殿堂入りはありませんでしたね。

テイカーがブロディ化してるなぁなんて、ほんの数年前まで思ってましたわ。

No title

ブロディとの出会いはLED ZEPPELINとの出会い。
当時「移民の歌」を入場テーマに選んだスタッフは相当素晴らしいセンス。
新日本に移籍してから本物の曲が使われて、当初は逆に違和感が有ったものです。
今も曲を聴くたびにブロディを思い出しますね。
因みに曲を発表した1970年頃のZEPメンバーは全員長髪に髭面ということで。

>BKっち

タヌキの豆本「プロレスなんでもベスト10」の夢の対決ランキングで、猪木対馬場を制して一位に輝いた<またマニアックな思い出を(笑)。
夢の対決でしたね~。エキプロだったかビッグレスラーだったか? で、猪木が小次郎でブロディが武蔵で…みたいなイラストも見た記憶があります。

予定通りニューヨークマットに上がっていたら<当時の記事を読むと、明らかにWWFの話の方が先なんですよね。馬場さんも寝耳に水みたいなコメントしていました。
ホーガン戦の機運は高まっていましたね。あとブロディ曰く「IWGPには興味がない」とも。

バーサーカーが登場したように、ビンスもブロディ欲しかった<ノード・ザ・バーバリアンでしたっけ?
結局、プレデターに至るまでブロディのコピーが増殖し続けたという部分でも偉大さがわかりますね。

今年のHOFはブロディが殿堂入りするなんて噂がありましたが、ハンセン、フリーバーズなど関連選手が殿堂入り<ハンセンよりもアメリカではブロディの方が大物だった感じしますが、基準はまた違うところにあるんでしょうね。

テイカーがブロディ化してる<でもアンダーテイカーこそWWFで作られたキャラですからね。
私はこの記事における発言も考慮して、SHINSUKE NAKAMURAこそブロディっぽいなぁと思いますよ。

>アンドレ・ザ・カンドレさん

ブロディとの出会いはLED ZEPPELINとの出会い<少年期にプロレスから音楽へっていう方、案外多いみたいですね。

「移民の歌」を入場テーマに選んだスタッフは相当素晴らしい<以前書きましたが、日テレは選曲が素晴らしいです。

本物の曲が使われて、当初は逆に違和感が有った…今も曲を聴くたびにブロディを思い出します<プロレスファンの中では全日版を好む方が多いとも聞きます。
私は運命で始まる新日版の方が好きです。

1970年頃のZEPメンバーは全員長髪に髭面<ブロディですね~。寄せていったんでしょうか?

No title

IWGPには興味がないってのはイベントとしての事ですかね?
昔の記事では、「私はインターのベルトは非常に価値あるベルトだと思っているが、IWGPにはそのインターと同様の価値があると思っている。私はインターとIWGPの両方のベルトを手にした最初のレスラーとなる。」的な事を言っていた記憶があるのですが…。

そうです、後のビックジョンノード。IWGPタッグリーグでヒギンスのパートナーとして来日し、そこでブロディを観て憧れてパクったんですよね。

テイカーの場合は作られた部分もあるでしょうが、テイカー個人がこのキャラを発案してWCWに却下された事から、WWEに持って行き採用されたので自己プロデュースとも言えますよね。あのWWEで長年支持され続け、ピンスに対してもモノが言える立場になったところが似てるかな、と。

中邑…確かに共通するものはあるかもしれませんね。

>BKっち

IWGPには興味がないってのはイベントとして<ですね。
よく言ってるのが、「俺はオーストラリアでアンドレを倒した。だからリーグ戦に出る意味はない」みたいなコメントです。
そもそも当時はIWGPがタイトル化する前ですので、=全日におけるチャンカン的リーグ戦という認識だったんじゃないでしょうか。

ビックジョンノード。IWGPタッグリーグでヒギンスのパートナーとして来日し、そこでブロディを観て憧れてパクった<輪廻転生ですね~。
ブロディも確か初来日でキング・カーチス・イヤウケアが一緒でギミックをパクったんですよね?

テイカー個人がこのキャラを発案してWCWに却下された事から、WWEに持って行き採用された<へ~、そうだったんですか。
確かにダイス・モーガンのままでは、アメプロに多数存在する技巧派大型ガイジンのままでしたよね。

中邑…確かに共通するものはあるかも<ビンスもブロディのまま受け入れたであろうし、ナカムラもこのままナカムラで行く様ですしね。
一つ違うのは、ブロディは存名中、常に弱っているテリトリーを選んで移民し続けましたが、中邑が入ったWWEは既に世界一のプロレス企業だという事ですね。

No title

書き忘れてましてが、このIWGPとWWFのロゴが入ったラグラン、今となっては考えられないですよね。今や世界の2トップ団体。
欲しいなぁ〜。

>BKっち

IWGPとWWFのロゴが入ったラグラン、今となっては考えられない<TシャツマニアのBKっちにはたまらない逸品でしょうね。
しかも流星さんも言ってましたが、このWWFロゴ…メタリックな感じでかっこいいんですよね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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