Yoji Anjo Is Alive 外伝4~安生が語るUWFサブミッション史【上半身編】~

外伝3から続きますが、

これが本題かも知れません。

安生洋二が語った“UWFの歴史”、

その中で最も興味があったのはサブミッション、

UWFの関節技が進化してきた変遷ですね。
脇固めで安生勝利

外伝1にも記した通り、

安生が最初に触れたサブミッション技術は、

カール・ゴッチさんからでしたが、

そこで思い知らされたのはゴッチさん独特の腕力でした。

Gスピリッツ35表紙
 Gスピリッツ Vol.35 より

安生
(ゴッチさんは)クロックヘッドシザースが好きでした。膝の締め付けが以上に強いんですよ。だから、メッチャ痛かった(笑)。ゴッチさんは超怪力。もちろん理論的なことは正しいんですけど、ゴッチさんと練習すると“力が大事”というのがよかわかりますよ(笑)。非力な人間では、あそこまでの痛さを相手に与えるのは無理だなと」


これはのちに宮戸優光も語っていましたが、

「ゴッチさんは基本的にパワーファイターである」と。

それに対しての反論はたくさんあると思いますが、

テコの応用を主張していたゴッチさんの根本には、

並外れた怪力と太い骨格があったのです。
ゴッチさんのダブルリストロック

これを最も継承しているのは案外、

前田日明だったのかも知れません。

ゴッチさんの関節技のレパートリーは、

上半身に対してのものが主流だった様です。

安生
「首系は…フェースロック、ネックロック。あとは四つん這いの相手の脊椎に肘を押し当てて、アゴが上がったところをフェースロックで極めたりとか。自分たちは頸椎を攻める技、首関節が結構多いですからね」


ここにも外伝2で書いた、

“護身術とプロの違い”があるんですよね。

脊椎にしても頸椎にしても、

ほとんどの競技では、その部位への攻撃は、

“危険行為”として反則に当たるものばかりです。

これプロレスリングならではの技術でしょうし、

その原点こそキャッチ・アズ・キャッチ・キャンなのかも知れません。
田村のフェースロックで安生が最初にエスケープ

そこを原体験としながら、

安生はスパーを繰り返してきました。

その道のりには業務提携時代のリングで、

新日のヤングライオンたちもいました。

特に“スペースローンウルフ”として凱旋してきた武藤敬司の強さは、
♪ファイナルカウントダウ~ン

安生の技術に大きな影響を与えた様です。

安生
「武藤さんは強かったですね。もともと柔道をやっていたじゃないですか。スパーをした時に柔道流の関節技を極められて、“あっ、こういうのがあるんだ!”と思って。それは自分が知る限り、旧Uの道場で使われていなかったんです。武藤さんに極められて、それから自分の得意技にした技があるんで、スパーをやるのは楽しかったですよ。柔道流の横四方から腕を取って、上から相手の前腕に体重を乗っけて肘を伸ばしていくような…あれは柔道だと何て言うんですかね?」


恐らく、
肘を極めていく高山

この技ですね。
肘を極めて、

これ、武藤→安生経由でUに入った技だったんですね。



時は流れてUインターへ。

安生はゴッチさん以来にレジェンドたちの技術に触れます。
レジェンド達と記念撮影

それがルー・テーズビル・ロビンソンダニー・ホッジの3人ですが…、

Gスピリッツ36表紙
 Gスピリッツ Vol.36 より

安生
「僕としては、正直まったく関心がなかったですからね!」

「だって、こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、おじいちゃんですよ? “スパーリングやりましょう”と言ったって、できないわけですし
(略)ただ、あの3人は桁外れのパワーは持っていましたけど」


ガクッ! そうでしたか…。

結局はパワーなんですね。

しかし一人だけ、

ロビンソンからは教わったものがあったそうです。

安生
「アームロックの取り方なんですけど、相手の腕を固めて、絞るんじゃなく自分の身体を回していく、みたいなね。いろいろ面白いなあって。はい。ゴッチさんと比べたら、ロビンソンの方がテクニシャンなんだなと思いました」


腕力ありきのゴッチ式よりもロビンソンのキャッチ技術の方が、

安生にはしっくり来たのかも知れませんが、

試合で応用した場面はなかったそうです(笑)。

しかしながら、このロビンソンの指導を経た事で、

安生が力に頼らぬレスリングを確立させた要素もあるかも知れませんね。



その力に頼らぬレスリングの象徴的な技が、

“手首固め”でした。

安生
「Uの中で僕は身体が小さいんで。でも、試合は無差別級じゃないですか。腕を極めるにも相手は太い腕をしているし、“キツイなあ、もっと簡単に極められるものはないかなあ”といろいろ考えて、辿り着いたのが手首(笑)」

「プロとして手首を極めるのが得意というのは、地味じゃないですか(笑)。だから、道場でのスパーリングでの得意技ってことです」


あくまで道場におけるスパーの切り札ですが、

これを究めていくのが安生たるゆえんです。

安生
「立ちでもやりますよ。合気道的な動きを見様見真似で“本当に極められるのはどういうのかなあ”って、いろいろな角度で検証して」

(手首固めには)2つあって、一番得意なのはグラウンドで相手がディフェンスする時に…(略)そこに自分の体重をかけて、肘を抑えて、そのまま極めちゃう」


これ流星仮面二世さん(from 団塊Jrのプロレスファン列伝)から教わったんですけど、

同じ名称でも古武術の流派によって、

全く異なる技が、“小手返し(=手首固め)”なのだそうです。

例えば手首を折り曲げる方向ひとつとっても、

外側と内側に分かれるのですが、

安生の場合は?

安生
「外側ですね。反対は、結構逃げやすいんですよ。もうひとつは、例えばお互いにスタンドの状態で、相手が手で胸を押してくるじゃないですか。その時に自分から前に出て相手が押し返してくるように仕向けて、もし押し返してきたら、それを胸の部分で極めるんですよ。ただ、反則ギリギリというか、指を極めていると思われるとダメなんで。柔術でも、そういうのが得意な奴がいると記事で見ましたね。“あっ、同じことやってんな”って」

「例えばアームロックを一発狙いに行って、外すともう自分の腕がパンパンになったりするじゃないですか? あれが嫌で(笑)。いかに力を使わないで極めるか、ということで手首とかを研究していって。だから、胸とかの感触で相手の指先に体重を乗っける角度を変えていって。そういうことばっかり考えてたんですよ(笑)」


スタンドの極め方…これリン魂で見せたアレ(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.22~G⁻cups×TOKIO前編~)ですかね?
安生手首固めをTOKIOに伝授

道場では、この手首固めの研究が高じて、

桜庭和志の手首を破壊してしまった(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.21~ラッパ先生ふたたび~)訳ですが、

実戦においてもこの技の応用で、

見事な一本勝ちを奪っています。

それは1994年4.3 大阪城ホールでの、

プロレスリング・ワールドトーナメント一回戦

安生洋二vsビクトル・ザンギエフ
でした。

安生
「あれも結局、手首ですよ。最終的には手首。まあ肘関とか筋肉潰しの要素もありますけど」


腕十字から切り替えての、
安生の手首固め1

腕固めですが、

実際には、
安生の手首固め

手首だったんですね。
安生の手首固め

これもまた達人技でした。



さあ最後、外伝5ではU系だからこそ進化を遂げた、

足関節技について追及していきましょう。

関連記事
スポンサーサイト

tag : 安生洋二 旧UWF UWFインターナショナル

comment

Secret

No title

性懲りもなくコメしますけど、じつに愉しげですなぁ(笑)。
技術を語れるプロ格ブロガーは案外すくないんですよ。K-1心中のWeb新さんや異人伝のshingolさんは選手あがりですから、語れて当然ですけど、他はファンどまりでしょ。あ、ブログ主さまも格闘家でしたね、失礼!まぁでも、わたしのなかではブログ主さまは等身大の存在なんですよ。けっして雲の上の人ではなくてね、俺たちとおなじ視線の人だって。

安生が武藤とスパーしてたなんて初めて知りました。ワクワクですね。
グラップリングにおいて腕力のもたらす作用は絶大で、猪木も長州も武藤も、じつはパワーファイターだったわけでしょ。とはいっても当人たちは特別力んでいるわけではない。けれど自然な力が相手にとっては強烈な負担になるという。
ゴッチさんのパワーについてはすでに多くの人の指摘するところですが、半端なかったんでしょうね。日本でいえば木口宣昭さんみたいな(笑)。
上半身に寄った技術というのはグレコ出身ゆえなのか?もっともま藤原によればフリーもこなせたとのことですが。
ロビンソンというと、インタビューをつうじて常々ゴッチやテーズにたいする余裕ぶりを感じていたのですが、安生の発言はそれを裏づけているなと。

話は逸れるどころか、記事とは無関係な方向に飛んじゃいますが、三つだけ伺いたいことがw

ひとつは1.4事変のとき、コーナーポストに居座った小川の傍らにいた白のトレーナーを着た肥った兄ちゃんは誰なのか?あまりに堂々とした佇まいに、奴はリング屋さんじゃねーなって(笑)。

ふたつめは、安田がバンナを破った猪木祭において、興行に水を差した感のある(笑)“猪木劇場”の最中、花道でGシルバの入場を阻止しようとしたサスケが吹っ飛ばされる場面がありましたが、あのとき画面の端に橋本真也らしき人物が映りました。はたして橋本本人だったのか?

三つめは、紙プロ誌上でエンセンか金原のどちらかが暴露したUインター勢とのスパーで敗北を喫したトップシューターとは誰だったのか?エンセン曰く「ね、弱いでしょ」と。

下世話きわまる質問でごめんなさい!

>し~まさん

技術を語れるプロ格ブロガー<あくまで素人の技術論に過ぎません。

ブログ主さまは等身大の存在<全く以って等身大というか、逆にコメント下さる皆様から教育して頂いての当ブログです。

グラップリングにおいて腕力のもたらす作用は絶大で、猪木も長州も武藤も、じつはパワーファイター<特に昔の選手は鍛え方自体が異常ですよね。いや異常なのがプロレスラーという職業だったんでしょうけど。

ゴッチさんのパワー…半端なかったんでしょうね<骨格自体が凄いですね。
で、やっぱり馬鹿力だった様です。

グレコ出身ゆえなのか?…藤原によればフリーもこなせたとのこと<五輪は両種目で出ていた様ですね。

ロビンソン…常々ゴッチやテーズにたいする余裕ぶりを感じていた<性格的なものもあるでしょうが、ゴッチさんには対抗意識強かったみたいに感じますね。

1.4事変のとき、コーナーポストに居座った小川の傍らにいた白のトレーナーを着た肥った兄ちゃん<あれ確か紙プロで小川と村上が話してませんでしたっけ?
和術慧舟會の方か何かで、UFOに関係ない方で、たまたまエプロンに上がったら、そのまま避けるタイミングを逸してしまった…とかだった記憶があります。
間違ってたらすみません。

“猪木劇場”の最中…あのとき画面の端に橋本真也らしき人物が映りました<あー…それはちょっと記憶にないですけど、当時って猪木と別れてた時期じゃなかったですかね?

紙プロ誌上でエンセンか金原のどちらかが暴露したUインター勢とのスパーで敗北を喫したトップシューター<全くわかりませんね~、すいません。
エンセンって4代目タイガーになる前の人も小馬鹿にしてたんですよね。

No title

ご多忙にもかかわらず、わたしの愚問におつきあいくださったことを心から感謝申し上げるとともに、貴重なお時間を浪費させてしまった非礼をお詫びいたします。

でもね、図々しいわたしは、やっぱり再度おねだりしちゃうんですよ(笑)。

もうひとつだけ伺いたき儀これあり!
それは全日本参戦初期のウィリアムスが、タッグマッチだったと思いますが、田上の相撲技によってリアルに投げられちゃったのは、いつの試合で、その試合の映像は現在みることができるのかということです。なんでもウィリアムスの顔が一変するほどのインパクトだったようで、田上の潜在能力を知らしめつつ、ウィリアムスがプロレスに開眼するきっかけになる試合だったそうです。

なにとぞ、よろしくお願い申し上げます!m(__)m

>し~まさん

とんでもないです。全くの無知をこちらこそお詫びしたいです。

全日本参戦初期のウィリアムス…田上の相撲技によってリアルに投げられちゃった<すみません。全く知らないです。
長くご覧頂いてる方にはご承知かと思うのですが、87年以降の全日は全く知らないんですよ。

田上のかいな力が凄かったという事だけは記憶していますが。

No title

重ね重ねお詫び申し上げます!貴重なお時間を浪費させたのみならずお心まで患わせてしまって。
でもね、また質問すると思いますよ(笑)。わたし懲りない人間ですからw

田上はね、小林旭に似てるでしょ。むかし全日vs新日の対抗戦ネタがファンやマスコミの間で盛り上がっていたころ、蝶野との対戦がしばしば夢想されたものですが、当時はまったく理解できませんでした。でもね、いま思い返すと、白タイツ時代の蝶野もまた、小林旭似なんですよ。なるほどなって(笑)。いまでは、すっかり大竹まこと化している蝶野だけど、やはり昭和の男前は小林旭に行き着くんですよ!ちなみに「仁義なき戦い」における武田明役は小林にとっては会心のできばえでした。プロレス団体さながらの東映にあって、外様の小林が叩き上げの東映俳優を喰う活躍をみせたことは偉大な実績ですよね。またスクリーン上だけではなく、川谷川谷拓三と初遭遇した際の逸話は彼の凄みをよく伝えています。
70年代までの東映については、プロレス的観点からのみ、その真価を語れるものだと考えています。
虚実の線引きなぞお構い無しに、狂いっぱなしの俳優やスタッフの生態は、まさしくプロレスラー(笑)。ブログ主さまにおかれては、いつかプロレス団体としての東映について語り倒していただきたいところ。

あ、脱線しちゃいましたね、わたしの結論は、田上と蝶野は小林旭を原点としている、少なくとも顔はってこと(笑)。

くだらないコメントでごめんなさい。

些末な質問におつきあいくださり、ありがとうございました!

>し~まさん

田上はね、小林旭に似てるでしょ<そうなんですか? 赤トラの時代頃ですか?

白タイツ時代の蝶野もまた、小林旭似<ええー!? そうなんですか?

昭和の男前は小林旭に行き着く<あー…なる程。私は健さんの方がカッコいいなぁと思ったりします。

「仁義なき戦い」における武田明役は小林にとっては会心のできばえ<あっ、それでノアになってからの田上の入場テーマが仁義なき戦いだったんですね。

いつかプロレス団体としての東映について語り倒していただきたい<いや、これは無理ですね。私なんかが偉そうに書ける様なテーマではございません。

わたしの結論は、田上と蝶野は小林旭を原点としている、少なくとも顔は<要するに二人ともカッコイイ、と。
プロレスにおいては顔の良さ(甘いマスクに限らず)が大切だ、と。

ありがとうございました<逆に無知ゆえに返答になっておらず、申し訳ない気分です。
でも、し~まさんみたいな変化球の質問ってなかなか頂けないので、また気が向いた時には宜しくお願いします。

No title

紙プロ誌上でエンセンか金原のどちらかが暴露したUインター勢とのスパーで敗北を喫したトップシューター<山田学では?

>名も無き戦士さん

山田学では?<あら? そうなんですか?

情報ありがとうございます。

怪力の話し

カール・ゴッチが本質的にパワーファイターだったというのはUインター以降の流智美氏がよく紹介する話で・・・・
しかし、名人達人業師伝説にはいつも怪力談がついてまわるようで。
木村政彦が団扇の代わりにタタミであおいだ、とか。
その木村が腕相撲で塩田剛三に負けたとか。
技は力の内にあり。大山倍達(の名を借りた梶原一騎)の言葉です。
そんな中で反対の話しを。
もう30年前のこと。祖父の書棚から、名人三船十段の技術書が出てきましたので、修斗をやっている後輩に貸しました。ゴッチや藤原敏男の指導も受けた彼の感想。
「さすが三船十段。ちゃんと使える逃げ方が説明してあって勉強になりました。今の本だと、ブロディくらいの腕力が無いとできないような逃げ方が載ってますから」
ん? 反対の話ではなく、腕力肯定の話になっちゃったかな?

>SisLANDさん

カール・ゴッチが本質的にパワーファイターだったというのはUインター以降の流智美氏がよく紹介する話<言い始めたのは宮戸と安生だったと記憶しています。その会話を流さんがコラムか何かで書いた、と。

木村政彦が団扇の代わりにタタミであおいだ…その木村が腕相撲で塩田剛三に負けた<伝説の達人たちは常人には想像もつかない数々の逸話が残ってるんでしょうね。

名人三船十段の技術書…ゴッチや藤原敏男の指導も受けた彼の感想。「さすが三船十段。ちゃんと使える逃げ方が説明してあって勉強になりました。今の本だと、ブロディくらいの腕力が無いとできないような逃げ方が載ってますから」<まずその様な書物を書棚に保有していたおじいさんに最大限の敬意を払わせて頂きます。

三船十段という方も私らにしてみれば歴史上の人物ですよ。
その技術書ですか!? 日本人が実戦に臨むうえで最も有効な手段が掲載されていたんでしょうね。

それ闘道館でどのくらいの値が付くんでしょう?
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

最新記事
最新コメント
カテゴリ
来場者数
最新トラックバック
検索フォーム
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QRコード