高田の耳打ち、田村の涙(1997)

あぁ、昨日でしたね。

10.11が今年も過ぎました。

忘れてた? そんな訳ないでしょう。

 顔を見る、感情を見る。

 第一歩

 ルールとジャッジと戦意

 旗日

 高田の涙


今年は田村潔司側からの、

PRIDE.1における高田延彦とのお話を。
過去が変わった瞬間

Uインター脱退後、高田とは疎遠になっていた田村でしたが、

リングス札幌大会メイン後の“元気玉発言”(参照:元気玉発言とは何か?)で突然のエール。
田村の元気玉発言3

そして1997年10.11 東京ドームへ、

同じくUインターを脱退してから高田はもちろんの事、

業界自体に距離を置いていた宮戸優光と共に、

外様として足を運びました。
高田の応援に駆けつけた田村

高田は突然の田村の訪問に対し、

意外な行動をとります。
田村との会話を語る高田1

KRS PRIDE.1の証明パッケージ
 KRS PRIDE.1の証明 より

高田
「田村には冗談で、『何かいい方法あるか?』みたいな事は耳打ちして…。『いやもう高田さんの思うがままに闘って下さい』と『頑張って下さい』、という会話ぐらいです」


最悪の体調に周りからの重圧、

さらには必要以上に大きくしてしまったヒクソン・グレイシーのイメージと、

八方塞がりになっていた高田は、

かつて最悪の形で自分のもとを離れていった田村(参照:一番大きなボタンの掛け違い~前編~同~後編~)に、

試合直前になって秘策を尋ねたのです。
田村との会話を語る高田2

高田はあくまで「冗談で」と言っていましたが、

耳打ちされた側の田村の認識は異なります。

決戦から一ヶ月後、国士舘大学の講演会で口を開きました。

 週刊プロレス(号数失念) より

田村
「がんばってくださいってひと言いいたくて、宮戸さんと一緒に、高田さんの控室に顔を出させてもらったんですけど、なんか、ぼくが知ってる高田延彦じゃなかったっていうか。オーラが全然出てなくて…。それで、あいさつをしたあとに、ぼくに『どうしたらいいの?』って聞いてきたんですよ。そんなことをぼくに言うくらいですから、
(高田さんは)周りからいろんなアドバイスを聞いて、頭の中が何がなんだかわからない状況になってたと思うんです。ある人はこう言って、またある人はこう言って、じゃあ、どうすればいいんだって」


この日まで会ってなかったにもかかわらず、

田村は直感的に高田の心中を察していたのです。

田村
「で、ぼくにまでそういう声をかけてくださった。う~ん…、ぼくが知ってる高田延彦じゃなかったですね。言い方が難しいんですけど、だれかに助けを求めてるような、弱気な…
(高田さんだった)


一番近くにいたキングダム勢に聞いたところで、

気遣った返答しか返って来ないのはわかりきっていました。

高田は田村の返答に淡い期待を寄せたのです。

そんな弱気な高田を見て、

田村は敗戦を覚悟しました。

田村
「ぼくが高田さんにエールを送ったのはですね、結果的に高田さんは負けたんですけど、ぼくは
(最初から)負けると思ってました。でも、例えば、身内が癌に冒されて(医者から)『もう手遅れですよ』と言われても、やっぱり諦めないじゃないですか、死ぬのがわかっていても。生きよう、生きようという気持ちを持ちますよね。ぼくもそれと同じ気持ちで、失礼なんですけど、『高田は負けるから』って一歩引くんじゃなくて、いい結果が出るまで高田さんもがんばるし、周りのぼくらも応援したいし、というね」


現実とは別に、魂込めて応援する事で、

高田には奇跡を起こして欲しい。

田村の元気玉発言の真意はそこにありました。

田村
「そういう心境で、ファンのみんなにも観にいってもらいたかったんですよ。だから…、諦めないで応援してもらいたかったなって。でも、実際に会場にいったら、高田さんを応援してる人、期待してる人がいっぱいいましたから。それみてもう、ぼくは入場シーンで半泣きになりました」


入場時、

ドーム内が一体となって叫んだ高田コール。

私もリングサイドで泣いていました。
み…宮戸!!??



試合後、高田が最後のコメントを残し、
ヒクソン戦後の高田2

ドームをあとにする時まで、
ヒクソン戦後の高田1

田村は傍にいました。
高田を送る田村

その後、宮戸らと共に、

ささやかな食事会を開きましたが、

遂に二人の涙腺は決壊しました。

最強伝説グレイシー一族の攻防表紙
 最強伝説グレイシー一族の攻防 より

田村
「自然な涙でした。高田さんは遠い存在でしたけど一緒に練習させて頂きましたから。試合後、皆で焼肉屋に行きましたが、まるで御通夜でした。宮戸さんは泣いていて。なんだかんだ言っても、皆心の中では悔しくて」


数年間、高田と離れていた田村と宮戸は、

敗れた高田本人と同じ涙を流していたのです。

これ、キングダム勢の目からは流れていないものです。

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tag : 高田延彦 田村潔司

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根深い悔しさ

こんばんは。

高田の精神状態は、色々な書籍に書いているようにボロボロでしたね。

私は夏位から、この一戦だけ考えて気持ちがグラングランしていました。

高田ファン、皆そうじゃないかなぁ。

先日のヘリテージのミルコの強さを見て今更ですがUインターの時のマインドで、ミルコのように相手に付き合わずワガママな戦法で打撃を入れていたら絶対勝ってたよなと思いました。

田村がトークショーで控え室の様子を話した事で高田が激怒したなんて記事を見た事があったのですが多分ガセかな。

また吉田vs田村は今、見てもヒリヒリしましたね。

私も会場にいました。今でも悔しいです………。あの日の高田は高田じゃなかった。バービック戦の時の高田だったら絶対勝ってたと思います。

フジテレビで16日から格闘技番組スタートしますね
勿論、高田延彦さんも出演します!

>aliveさん

こんばんわ。

私は夏位から、この一戦だけ考えて気持ちがグラングラン…高田ファン、皆そうじゃないかなぁ<私の場合は『高田が負ける訳ない!』って思ってたんですよ。
でも10.11直前にレンタル屋でヒクソンのビデオ借りてきて、観たとき…『こ…これはマズい相手かも?』と。

Uインターの時のマインドで、ミルコのように相手に付き合わずワガママな戦法で打撃を入れていたら絶対勝ってた<高山が常々言ってたんですよね、それ。

控え室の様子を話した事で高田が激怒<いや、それありましたね。
このビデオのインタビューも、田村が言ってから数ヶ月後でして。恐らくその質問が出て、言いたくない気持ちの表れが「冗談で」だったんではないかと。

吉田vs田村は今、見てもヒリヒリ<こんな試合もう無いでしょうね。

>BPHさん

バービック戦の時の高田だったら絶対勝ってた<精神状態ですよね。

宮戸曰く、「バービック戦が100としたら、ヒクソンとの初戦は15」だそうですから。

>はなさん

情報ありがとうございます。

地上波ですか?
だとしたらやっぱり巌流島のケースとは本気度が違いますね。
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