三羽烏が語った“強さ”

田村潔司垣原賢人の青春の少し前、

UWFには中野龍雄(現・巽耀)安生洋二宮戸優光の青春がありました。

ただし彼らの場合は、

ほぼプライベートでのつながりはなく、

道場での厳しすぎる練習の中で、

無言のうちにつながっていた様子です。
道場ッス

その道場での練習、

特に厳しい先輩達とのスパーリングの経験から、

“強さ”を検証してみると、

一人、共通の名前が出て来ます。



KAMINOGE〈vol.41〉中邑真輔の描く絵が好き
 KAMINOGE vol.41 より

中野
(スパーリングで強かったのは)やっぱり高田延彦だよな。一番センスあったと思う。力の強さも技術もあったから。(略)あの人が、一番練習してたからね。だから、高田延彦の一番の魅力は何かって言ったら、あの練習量だよ。俺ら若手と一緒にやっても一番やるしね。あれが高田延彦の魅力だよな」


滅多に人を誉めない漢から、

いきなりの高評価。

とにかく一番練習していた高田伸彦の強さは、

若い衆の中で絶対だったみたいです。
高田伸彦2

一方で団体のトップである前田日明については、

意外な答えが返ってきました。

中野
「前田
(日明)さんの場合、力任せで極めるだけだったから。力任せだから相手をケガさせるし、よく藤原(喜明)さんはそれで前田さんのことを怒ってたけどね。『おまえは力任せでやるからケガさせちゃうんだよ』って。技術で極めていかないと覚えないんだよね」


前田氏との練習は一緒に汗を流すよりも、

「○○限界までやっておけ」というノルマを課すのが主だった(参照:BORN IN THE “U”)そうですが、

さらにスパーリングでは容赦ない極めが待っていた、と。
カンパ~イ

試合で重傷を負った田村潔司の様な例もありますが、

力任せのサブミッションによって、

道場で壊された選手もいた様です。

Gスピリッツ Vol.35 (タツミムック)
 Gスピリッツ Vol.35 より

安生
「前田さんは相手が若手だろうが、とにかく力一杯バキバキいってたんで。『クラッシャー』と呼ばれていたのは、そういうところじゃないですか。たぶん、加減がわからないんじゃないですかね。この人にはこの辺で止めておけばいいだろうというのが、普通は大体わかるんですよ。その感覚は絶対に持っているはずなんですけどね。関節の可動範囲って、決まっているじゃないですか? それを練習で超えるまでやる必要はまったく無いんですよ。僕は入門して2週間ぐらいで、前田さんの膝十字か何かでバキバキいわされましたから」


入門2週間の青年を容赦なく極めに行くメインエベンター…。

これによって安生は、

現役引退まで膝に爆弾を抱え続けた訳です。
食ったのは安生

この事を教訓として、“自分は絶対に新弟子を壊さない”と決心。

ラッパ先生として、のちの日本格闘技界の寵児達を育成しました。

安生
「僕が寝技の体重の乗せ方をちゃんと学んだのは、前田さんからだった気がします。乗った時に、どうやって相手に重く感じさせるか。胸と胸を合わせた状態から、一点に乗って重く感じさせる。それはイジメとか、かわいがりじゃなくて、とにかく若手を動かすためにやるんですよ。ちょっと内臓が絞り込まれるような形になるんで、こっちは“ウェーッ”て感じになるんですよね。そこから逃げさせるため、あるいは動きが止まっちゃったりしないために苦しませて、とにかく『必死の力』を呼び覚ますみたいなところがあって」


これまた意外や意外!!

ラッパ先生の原点は前田氏とのスパーだったのです。

…しかしながら無意識のうちに、

安生も若い選手を壊していました。

それは何と桜庭和志でした。

この場合、因果応報という四字熟語は当てはまりませんが、

Uの道場での悪しき連鎖といえますね。

その安生が「一番強い」と思った先輩も中野と同じでした。
高田と安生

安生
「高田さんは、とにかく『握り
(※グリップ)』が強いんです」

「一番極められたのは高田さん。それは高田さんとたくさんスパーをやったからでもあるんですけど。とにかく高田さんとやる時が一番苦しかったですね。“殺される!”と思った回数が一番多かった(笑)。だから、高田さんが道場で一番強いと感じましたね」


MMAがメジャーになっていく過程で、

柔術やレスリング技術を軸に、

“MMAでの闘い方”が急激に進歩していき、

そこに飛び込んでいった高田は戦績の悪さから、

「実は弱かった」という大きく歪曲した論旨もありますが、

80年代、最先端の日本のプロレス道場で、

シュート技術において絶対的なものを持っていたのが、

高田、その人なんですよ。

「いや、それは違う」というご意見、

…私、聞く耳持ちませんから。
格闘技道場UWF

最後は宮戸ですが、

これまでさんざん宮戸語録等で、

高田の強さを語った発言をUpしてきましたので、

ここを読んで下さってる方には、

高田の強さを最も知っているのが宮戸という事も、

改めて説明する事もないかとは思いますが、

その“寄せ付けない怖さ”を語っている一冊がありました。

「高田延彦」のカタチ―高田延彦22年間とは?1981‐2002
 「高田延彦」のカタチ より

宮戸
「僕らが入ったときっていうのは、とにかく高田さんが一番怖い直属の先輩だったからね。高田さんに『リング上がれ』って言われたら、『もう、やられるんだな』って。とにかく、『わっ、強えーな! この人にはかなわない』っていうのは、1回目に触れ合ったときに、もう叩き込まれる。あの当時に入った同期の連中って、みんなそう思ったんじゃない? みんなそう言ってたもん」

「『誰が強い』『彼が強い』って言ったって、『高田さんには勝てないでしょう』っていうのが、あの当時の新弟子仲間の口癖みたいな感じでしたよ。そういうレスリングの話になれば、『あの人にはもう殺されますよ』みたいなね。そんな話ばっかりしてたね。そのくらい強烈なインパクトの強さっていうのかな。『これがプロの力なんだよ!』っていうのを最初に教えてくれた人だったですね」


学生レベルとはいえレスリングや柔道などで、

ある程度の結果を残してからテストを通過し、

意気揚々と入門を果たして来た最初のスパーリングで、

根拠のない自信満々の新弟子を相手に、

その鼻っ柱を根本からヘシ折る役割を担っていたのが、

若頭的ポジションの高田でした。

ヘシ折られた面子は三羽烏のみならず、

新日時代の佐野、山田、橋本らも名を連ねています。
高田伸彦1

プロレスにおける強さの定義は多岐にわたりますが、

何も怖いものを知らない状態の若者相手に、

絶対的な強さと、決定的な怖さを叩き込む覚悟。

それこそがUインターでの“最強”路線の礎だったと思います。

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tag : 高田伸彦 中野龍雄 安生洋二 宮戸優光

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アンビリバボー

おはようございます。

1の後ライガーは「ヒクソンは、そんなに強いのか!高田延彦の強さを俺は知っている。強いよ~。」
山崎は「本来の高田さんなら、ああならないはずだ。」と高田と絡んできたレスラーの感想は信じがたいと似たり寄ったりでしたね。

どっちが勝っても自分には関係ないみたいなファンが、一番うるさかったのではないでしょうか?

ちなみ初代クラッシャーはキムケンで、3代目は橋本だったかな、キムケンは全くイメージがないですね。橋本は健介曰く「試合が下手なだけ」と評してましたけど。

素晴らしいブログですね!

宮戸語録によるところのプロレス真剣勝負論については、似たような主張が別冊プロレス昭和異人伝でなされていましたね。すなわちプロレスにおける闘いとは主導権争いであると。
露骨なセメントは論外にして大まかにいえば、猪木vsロビンソン戦に代表される、試合中そこはかとなくリアルな技術を駆使して強さを競いあうスタイル(これを私は“寸止めシュート"と呼んでいます)と、長州・高野組vs天龍・三沢タイガー組の対決や橋本がノアと絡んだときの試合でみられた、純プロレス上の攻防。私が強く興味をひかれるのは後者でして、上手く説明できないのですが、プロレスを芝居だといいたがるアンチ派には決して理解できない闘いがあると思うんです。そもそも芝居にだって俳優同士のヒリヒリした演技合戦があるし、テレビで実力派の芸人が共演するときにも笑いを巡る主導権争いがある。ならばプロレスには、もっと差し迫った真剣勝負があって当然なんです。
かつて長州が鶴田と比べて天龍をイージーな相手だと発言したり、馳が武藤を引き合いにして三沢に苦言を呈したりしたのも、シュートを超えたところにあるプロレスの闘いを遠回しに説明しているのだと考えています。
また宮戸は、WWEにさえシュートはあると述べています。もちろん彼が言うシュートとは相手を破壊することではなく主導権争いの意味でしょう。
テーズにならえば、本来のシュートは、仕掛けてきた相手に対する専守防衛的技術であり、プロレスの掟を守るためのたしなみを指していたはずなのに、私たちファンは誤解してきたのではないかなと。

現実の世界は、たしかに弱肉強食ではあっても、スポーツのように明確な勝敗を決してはくれません。ときには公平ですらない。ならばスポーツこそがフェイクであり、プロレスがリアルじゃないかと思うことがあります。学校ではいくら成績が良くてもイジメられっこは敗者に過ぎないし、喧嘩が最強でなくとも我の強い子供はガキ大将化していきます。物理的な衝突だけではない、心身の総力戦として、あるいは政治的駆け引きの芸術としてプロレスを眺めれば、これほどスリリングな格闘技はないでしょう。その典型として、これは試合ではないけれど、増田さんの木村政彦本の冒頭場面は面白かった!岩釣ら拓大勢を前に余裕を崩さなかった馬場さんは、さすが世界の巨人だなと感動させられましたよ。どんな格闘家も馬場さんの風格には勝てないんです。馬場に限らず、エースを張るレスラーは選ばれし者だと再認識した次第。

あと、レスラー、格闘家の履歴に思いをいたすのは結構大切だと痛感したのが映画「フォックス・キャッチャー」をみての感想。

関係ない話しで申し訳ない・・・

・・・けれども、一応、ご報告。
水曜日、カナプロマニアに行ってまいりました。
金原がロメロスペシャルをやりました。
ロメロって、ベニー・ユキーデ著『実戦フルコンタクトカラテ』では「2人でやるストレッチ」として紹介されています。「注意してやらないと危険」だそうです。
カッキーエイドに協力してきました。

>aliveさん

こんばんわ。

ライガーは「ヒクソンは、そんなに強いのか!高田延彦の強さを俺は知っている。強いよ~。」<ライガーって、こと強さに関しては飾り付けなく話しますからね。

山崎は「本来の高田さんなら、ああならないはずだ。」<長年一緒にやって来て信じられなかったんでしょうね。
その山崎をヒクソン戦の先兵にしようとしてた長州にも驚きましたが。

どっちが勝っても自分には関係ないみたいなファンが、一番うるさかった<前にも書いたけど、新日ファンなんかは当時nWoブームで平和ボケしてましたからね。

初代クラッシャーはキムケンで、3代目は橋本だったかな<キムケンの場合はアクシデントか何かじゃなかったでしたっけ? メヒコではメチャクチャ暴れたそうですけど。
橋本は前田氏に憧れてた部分もありますよね。

>し~まさん

初めまして。
コメントにお褒めの言葉、ありがとうございます。

宮戸語録によるところのプロレス真剣勝負論については…すなわちプロレスにおける闘いとは主導権争い<そうでしたか。そこだけではないんですけどね。

猪木vsロビンソン戦に代表される、試合中そこはかとなくリアルな技術を駆使して強さを競いあうスタイル(これを私は“寸止めシュート"と呼んでいます)と、長州・高野組vs天龍・三沢タイガー組の対決や橋本がノアと絡んだときの試合でみられた、純プロレス上の攻防<どっちもプロレスなんですよね。考え方が異なる者同士の。
猪木とロビンソンはプロレスに対する考え方こそ近いものがあったと思いますが、極めに至るまでの方法論はまったく違いましたし、後者の闘いでは観客論自体が真逆にあったと思います。
だからどっちも面白い試合だったんでしょうね。

長州が鶴田と比べて天龍をイージーな相手だと発言したり、馳が武藤を引き合いにして三沢に苦言を呈したりしたのも、シュートを超えたところにあるプロレスの闘いを遠回しに説明している<でもそこをスカさずに懐を開いて受け止めた天龍や三沢も凄いレスラーでしたね。

宮戸は、WWEにさえシュートはあると述べています…テーズにならえば、本来のシュートは、仕掛けてきた相手に対する専守防衛的技術であり、プロレスの掟を守るためのたしなみを指していたはず<王者として常にアウェーで闘って来たテーズの場合は護身術的意味合いもあるんでしょうね。
WWEの場合も観ている側には決して伝わらないレベルのせめぎ合いがあるんでしょうね。

学校ではいくら成績が良くてもイジメられっこは敗者に過ぎないし、喧嘩が最強でなくとも我の強い子供はガキ大将化していきます。物理的な衝突だけではない、心身の総力戦として、あるいは政治的駆け引きの芸術としてプロレスを眺めれば、これほどスリリングな格闘技はない<まさにおっしゃる通り、使い古されたフレーズですけどプロレスって人生の縮図ですよね。

岩釣ら拓大勢を前に余裕を崩さなかった馬場さんは、さすが世界の巨人だなと感動させられました<強いか弱いかという事以上に“強く見える”事がプロレスには肝心な部分でしょうし、それを常に心掛けていたのが70年代不動のエースだった馬場さんなんでしょうね。

映画「フォックス・キャッチャー」<おおっと! 初耳です。
今度チェックしてみたいと思います。

>SisLANDさん

観戦お疲れ様でした。

カナプロマニアに行ってまいりました…金原がロメロスペシャルをやりました<MMA引退後もなかなか精力的ですね。頑張ってもらいたいです。

ベニー・ユキーデ著『実戦フルコンタクトカラテ』では「2人でやるストレッチ」として紹介<危険なストレッチですね(笑)。
初期のシューティングの教本ではキャメルクラッチとボストンクラブもストレッチになっちゃってましたよね。

No title

おそらく、三羽烏の意見にしても
「アマの実績のない奴らの言うこと」
といって耳を貸さない人は多いでしょうね。

例えは合ってるかどうかわかりませんが、期待されて入団して良い成績の上げれなかったドラフト1位と、底から上がってきたドラフト下位選手というか?
そういう意味では高田という選手はプロレスの技術を身につけた一流選手だったと思います。
「握力が強い」
ってのは特にそれを感じますね(前田自身が握力の強い人間は強い、とヴォルク・ハンを称していました)


ちなみに、前田のいう『力づく』ってのは何か分かります。
以前、格闘技番組での所への取材の際に前田が同席していて、所が
「こういう場合はどうしますか?」
という技をかけられた場合にどう返すかという質問に
「こうやって返します」
とちょっと小難しい技をやってたら、前田は
「そんなもん回りくどいやり方せんとこうやったらええねん」
と、グランドヘッドロックに持って行きました。
前田は
「今の連中はやたら小難しくしよる」
と言ってましたが、私は見ていて
「それは体格差があるから・・・(笑)」
と思ってみてました。

>ナリさん

「アマの実績のない奴らの言うこと」<もうそういう事言う人は過去の資料だけ集めて楽しんでた方がいいでしょうね。

高田という選手はプロレスの技術を身につけた一流選手だったと思います<少なくともMMAという世界が出現するまではUWFの技術はプロにおいて先端に近い場所にあったんですからね。

前田自身が握力の強い人間は強い、とヴォルク・ハンを称していました<ハンもそうですけど、高田もとにかく手が大きいんですよ。
握手して手が大きいなと思ったのは高田と坂口ですね。

前田は「そんなもん回りくどいやり方せんとこうやったらええねん」と、グランドヘッドロックに持って行きました<とにかくゴッチ流のコンディショントレーニングと、ドカ食いが前田氏にとっては強くなる近道…みたいなところありましたから。
そういう意味では昭和幻想の担い手の一人なんですよね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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