追悼・オランダの赤鬼

偉大な格闘家が、

また一人、天に召されました。

 朝日新聞 DIGITAL より
72年五輪で柔道2冠のルスカさん死去 猪木氏と対戦も

1972年ミュンヘン五輪で柔道男子の93キロ超級と無差別級の2冠を果たしたオランダのビレム・ルスカ氏が14日死去した。74歳だった。国際柔道連盟(IJF)が15日発表した。

40年、アムステルダム生まれ。10代で入隊した海軍時代に柔道を始めたとされる。64年東京五輪男子中量級金メダリストの岡野功氏が主宰した正気塾でも学び、67年と71年に世界選手権93キロ超級で金メダルを獲得した。84年ロサンゼルス五輪を最後に無差別級が廃止されたため、五輪の柔道2冠は唯一ルスカ氏が達成した記録として残る。東京五輪の男子無差別級を制して日本に衝撃を与えた故アントン・ヘーシンク氏とともに、オランダが生んだ偉大な柔道家と評価される。

ミュンヘン五輪後に現役を引退し、プロの格闘家に転向。76年にはアントニオ猪木氏と「格闘技世界一決定戦」を行い話題を集めた。2001年に脳疾患で倒れ、闘病していた。13年にIJFの殿堂入りを果たした。(時事)


ビレム・ルスカ?…そう“オランダの赤鬼”ウィリエム・ルスカの事です。
コーナーで足捌きの確認をするルスカ

数年前、一度は前田日明の口から(参照:格闘王への反論)ルスカ逝去が告げられましたが、

実際には闘病生活が続いていた訳ですね。

記事にもあります様に、

史上ただ一人の五輪同一大会での2階級金メダリスト。

後にも先にもルスカだけの大記録として残って行く訳です。
猪木アリ@NHK-BS14

それでも私たちにとってのルスカの記憶は、

格闘技世界一決定戦を起点とした、

猪木との激闘の歴史な訳です。
ロープアウトするルスカにレフェリーが割って入る

1976年2.6 日本武道館格闘技世界一決定戦第一戦(参照:格闘競技の王者~前編~~後編~)が名勝負として認められていなければ、

その次のアリ戦を最後にして、

この路線は幕を閉じていたでしょう。
なかなか離れないルスカ

さらに言えば膨大な負債を背負ったまま、

新日本プロレスそのものも間違いなく消滅していたでしょう。

のちのプロレスファンである我々はもしかすると、

ルスカに感謝しなくてはならないのかも知れません。
チーズを食え!

ちなみに、この猪木vsルスカの格闘技世界一決定戦、

レギュラー枠の『ワールドプロレスリング』において、

歴代視聴率ナンバーワンなんですよね(参照:視聴率という伝統への挑戦)。
大きく構えるルスカ

猪木とルスカはその後も、

1976年12.9 蔵前国技館の再戦を皮切りに、

1978年11.7 西ドイツ・ラーベンスブルグ・オーバーショワルツェン・スタジアム(参照:欧州“殺し”紀行~zwei~)

同年11.17 西ドイツ・ミュンヘン・セベルスメイヤー・スポーツホール

同年11.23 オランダ・ロッテルダム・マホイスポーツランド

同年11.27 ベルギー・アントワープ・スポーツパレス

同年11.28 西ドイツ・シュウェニケン・アルセラング・ホール

1979年10.5 韓国・奨忠体育館


と、7戦して猪木の5勝2分け。
猪木vsルスカ@韓国

五輪金メダリスト=アスリートとして世界最高峰にありながら、

プロレスリングという格闘技においては、

とても一流とは言い難いポジションに終わってしまったルスカ、

それでも当時を知る選手達は、

異口同音に「ルスカは強かった」と証言しています。

それは何度も対戦した猪木も同様でした。



二人の最後の対戦は、

1994年9.23 横浜アリーナで、

INOKI FINAL COUNT DOWN 2ndとして行われました。
猪木カウントダウンvsルスカ9

お互いに50歳を過ぎての攻防は、

締め技を中心とした熟練のテクニックの応酬となり、
005_R_20150218011130120.jpg

最後はトップロープ越しの裸締めで、

一旦落ちてしまった猪木が、
猪木カウントダウンvsルスカ1

そのまま担架で運ばれていく中、

ルスカは道着を脱いで大喜び。
猪木カウントダウンvsルスカ2

しかしドレッシングルームから飛び出してきた、

現場監督・長州力の喝によって、
猪木カウントダウンvsルスカ3

蘇生を施されリングに戻った猪木が、

一本背負い返しの魔性スリーパー!!
猪木カウントダウンvsルスカ4

そのまま締め落としにかかると、
猪木カウントダウンvsルスカ5

一度離して後頭部への蹴り一閃、
猪木カウントダウンvsルスカ6

さらに速攻トップロープに駆け上がり、

急降下爆弾から、
猪木カウントダウンvsルスカ7

最後は再び魔性のスリーパーで逆転勝利。
猪木カウントダウンvsルスカ8

この一気呵成の畳み掛けは圧巻で、

年齢からは驚異的なルスカの肉体も相まって、

これもまた忘れられない名勝負となりました。



最終的にルスカは猪木と9度闘って、

一度も勝利を挙げる事はありませんでした。

諸説ある事でしょうが、それも含めて実力というのが、

私はプロレスリングの世界だと思っております。

ただ、ほとんどの結末が、

自ら道着を脱ぎ捨ててからの敗北。
猪木vsルスカ@韓国

思うにルスカは柔道に対する強いこだわりの元に、

道着を着た状態でのKO負けもしくは一本負けに、

並々ならぬ嫌悪感があったのではないでしょうか。

その柔道と道着に対するこだわりが、

ルスカをプロレスラーとして大成させなかった理由ではないでしょうか。

ルスカは1998年4.4 東京ドームの猪木引退試合を最後に、

日本のファンに姿を見せる事はありませんでした。
ルスカ@猪木引退セレモニー

そこから3年後、病に倒れてしまったという事です。

屈強を絵に描いた様なルスカが、

脳梗塞で動けなくなってしまったというのは、

いまだに信じられませんし、

何より本人も歯痒かった事でしょう。

しかし、これだけははっきりしています。

ルスカが日本に来てプロレスラー猪木と闘った事、

そこにクリス・ドールマンも帯同していた事で、

オランダという国にプロ格闘技の礎が出来て、

90年代には“格闘王国”と呼ばれるまでの隆盛を迎え、

何人もの喧嘩屋やバウンサーたちに、

表の舞台でも輝けるリングという場が生まれたのだと。
明日から納豆食お…

謹んでルスカさんのご冥福をお祈り致します。

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tag : 訃報 ウィリエム・ルスカ アントニオ猪木 格闘技世界一決定戦

comment

Secret

リアタイ

猪木vsルスカをリアタイしてた
ケロです(じまん)(笑)
と、言っても。
なんでプロレスに柔道の人⁇⁇
ちんぷんかんぷんでした。
異種格闘技戦ってやつを見たこと
なかったしね。
とにかくルスカがめちゃでっかい。
そんな印象でした。
道新の朝刊に出てました。
なんか、寂しいですね。

こんばんは。

「裸なら柔道の山下にも勝てる。」「スタンドからならゴッチに勝てる。」と豪語していた長州もルスカの強さは認めていたのですから相当なものだったんでしょうね。

「ルスカとハンセンの試合を見たかった。」とも言ってましたけど。確か、ゴメスをボコボコにしたんじゃなかったかなぁ~。

残念です・・・

これはショックです・・・

一般的に強さの点で、いろいろな評価をいろいろな方面から受けますが・・・ボク的には憧れでした。レガさんがアップしたルスカの手を上げた画像、これを中学校時代に、試合でやってましたね~。なんだか強くなった気がして・・・なつかしいです。

ボクもそのうち追悼やろうと思います(T_T)

No title

私は横浜アリーナへ猪木ファイナルカウントダウンを見に行ってきました。
ルスカに落とされ運ばれる猪木を・・・

という流れに周囲は
「おいおい、その時点でKOだろ!(笑)」
とつっこんでおりましたが。

ルスカの訃報に際し、多くのルスカを称えるコメントがありましたがやっぱり気になるのは
「猪木より強い」
という評価ですね。
やはり、勝っているのは猪木だし、負けたのはルスカ。
でもって、力道山vs木村しかりですが、あの時代に置いてプロレスラーの世界トップと、柔道の世界トップにさほど大きな差があるとは思えません。

前田が「ルスカはドールマンに選考戦で負けたけど実績が認められて五輪代表になった」という話をしていました。
ルスカよりも若いドールマンは常にルスカに同行していたようですが、そこでいろんなものを学んだのでしょう。
猪木の弟子の前田に帯同したのも面白い縁ですね。

リアル

道着のくだり。
面白い考察ですね。
なるほどと思いました。

猪木vsルスカが異種格闘技戦のスタートですもんね。
それが後のMMA、総合格闘技に繋がるわけで。
これは文化ですよ。
シュートとかワークとか関係ないです。
ルスカはリアルなんです。
それだけでいいでしょう。
それが凄いですし。
ダイナミズムというか。

IGFのGENOMEルールなんかは、まさしくこの猪木vsルスカが原点となっていると思います。
IGFルールは猪木vsアリとなりますかね。
勿論、「それはそれ、これはこれ」というように分けるということはないです。“地続きである”という考えです。

『感謝しなくてはいけない』
そうですね。
私もそう思います。

>ケロさん

猪木vsルスカをリアタイ…なんでプロレスに柔道の人⁇⁇<一昨年のサミットでお聞きしたお話ですね。
もう私そういうのが大好きでして…当時の状況とかご自身の立ち位置とか。
あぁまたサミットしたくなってきたっす!!

とにかくルスカがめちゃでっかい。そんな印象<ゴツいですよね。さらに驚くのは、最後に対戦した94年の時点でもほぼ体型が変わらないというのが…凄い格闘家ですよ。

道新の朝刊に出てました<外電でしたね。でも猪木戦の事を書いてたのは日本だけでしょうかね。

>aliveさん

こんばんわ。

「裸なら柔道の山下にも勝てる。」「スタンドからならゴッチに勝てる。」と豪語していた長州もルスカの強さは認めていた<長州の強さの定義って、まずはフィジカルありきでしたからね。
そういう部分ではナチュラルにかいな力を持っていたルスカを評価するのはわかりますね。

確か、ゴメスをボコボコにしたんじゃなかったかなぁ~<ブラジル遠征ですね?
1976完本で詳細書かれてましたよね。

>流星仮面二世さん

一般的に強さの点で、いろいろな評価をいろいろな方面から受けますが・・・ボク的には憧れでした<猪木ルスカの記事をUpしたときに流星さんがイの一番に書かれた「体落とし」の件、よく観てらっしゃるなぁと思いました。ルスカ好きだったんですね。
オランダの選手って輩的イメージの方が多いんですけど、ルスカには気品すら感じられましたからね。

ルスカの手を上げた画像、これを中学校時代に、試合でやってました<流星さんなら迫力あったでしょう!!
格闘技やってたプロレスファンって、絶対試合の時にオマージュ的な行動してますよね。

ボクもそのうち追悼やろうと思います<ぜひ、お願いします。
私のとは違う切り口で流星さんならではの深いのを一発、期待しています。

>ナリさん

猪木ファイナルカウントダウンを見に行ってきました<今では、もはや貴重な体験ですよね。

ルスカに落とされ運ばれる猪木…「おいおい、その時点でKOだろ!(笑)」とつっこんでおりましたが<ここはもう猪木ワールドに巻き込まれるしかないですよね。対戦相手のみならず。

やっぱり気になるのは「猪木より強い」という評価…力道山vs木村しかりですが、あの時代に置いてプロレスラーの世界トップと、柔道の世界トップにさほど大きな差があるとは思えません<総合的(MMAという意味じゃなし)な力で猪木が上回っていたと思うんですよ。
で、確かにMMAの基礎がない時代においてプロレスのトップは格闘家として上位だったと思います。

前田が「ルスカはドールマンに選考戦で負けたけど実績が認められて五輪代表になった」という話をしていました<さらには猪木戦の前にも藤原がスパーリングで捻ったから言う事聞いた、みたいな話もしていましたね。
で日大に出稽古に来た際には当時レスリング部の谷津がタックルで転がしまくった、みたいな話をしていました。
全員の話を信じてると全くわからなくなってしまいますよね。

>宮ゲさん

道着のくだり<あくまで憶測ですが、そう思いました。

これは文化…シュートとかワークとか関係ないです。ルスカはリアル<ああ、それ一番言い得てる言葉かも知れませんね。
リアルである以上はシュートもワークも関係ないですね、確かに。世の中もそうです。

GENOMEルール…まさしくこの猪木vsルスカが原点…IGFルールは猪木vsアリ…“地続きである”という考え<このくだり、以前もコメント頂きましたね。
確かに地続きなのがIGFの世界観ですが、そこを理解してるのが何人いるのか?
小川なんかハッキリ線引きしてるでしょう。
むしろ青木あたりが理解しかけてる節ありますね。

『感謝しなくてはいけない』<まぁ結果論なんでしょうけどね。

合掌

見るからに強そうな、屈強を絵に描いたような男でした。
所謂美男ではないけれど、男性的な力強さ、自信に満ちた顔つき、これぞ闘士という感じ。男なら、甘い二枚目より、ああいう顔になりたいものです。
数年前にデビューしたヘーシンクがなまくらな感じだったので、ルスカも不安があったけど、この容貌だけで安心しました。
試合も迫力があっておもしろかった。いろいろ言う人がいるけど、では、そうしたら、誰でもあれだけの試合ができるのか?ってこと。宮戸ゲノムさんの言う「リアル」に賛同します。
私の不安は、主役の座を奪われたシンが乱入すること。猪木は贖罪なのか、前週にシンと大流血戦をやらかして、その傷がルスカの道着でこすれて開いて出血したのも有名な話。
試合中にシンが乱入しなかったことで、彼もこの試合の重要性、意義を認識しているんだ、心中猪木を応援しているんじゃないかと、まだ純真な少年ファンだった私はそう思ったのでした。
故人のご冥福を衷心よりお祈り申し上げます。RIP。
それにしても、ルスカ対ホフマンは謎です。やっぱりゴングの創作だったのか? 誰か教えてください。

>SisLANDさん

男なら、甘い二枚目より、ああいう顔になりたい<今回、改めていろんな映像や写真を見返したんですけど、かっこいいんですよね、武骨で。
ドールマンとの2ショットなんか70年代の映画の1シーンみたいです。

ヘーシンクがなまくらな感じだったので、ルスカも不安があったけど<ヘーシンクの場合はほぼ金だけでしょうね。
ルスカも金が大きな要因ではありますけど、プライドも確かにあったと思います。強さに対しての。

宮戸ゲノムさんの言う「リアル」に賛同<これは私も「ルスカを一言で表現する良い言葉」だと思いました。

猪木は贖罪なのか、前週にシンと大流血戦をやらかして<結構な傷ですよね。
後年、アレクが同じくプロレスの試合で大きく切って数日後にPRIDEのリングに立ったんですよね。確かヘンゾ戦。
それでも闘う…プロレスラーってつくづく凄いと思いますけどね。

ルスカ対ホフマンは謎です。やっぱりゴングの創作だったのか?<那嵯さんあたりが真相知っていそうですけどね…どうでしょう。

あはっ

レガさん、sisLANDさん…どうもでぇ~す!(笑)
いやいや、ありがとうございます。

【今日の格言】
セメントもプロレス

>宮ゲさん

こちらこそ、素晴らしい一言をありがとうございます。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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