日本初のラッパー

ぼちぼちKAMINOGE最新号(参照:今年も消えたか…)も出てる様ですね。

先月号で久々に心が温まる回想がありました。

話の主は“日本初のラッパー(by中邑真輔)”こと、

“悪の正太郎くん”将軍KYワカマツだ! 檄!!
平田だろ事件3

プロレス界屈指の苦労人でありながら、

幾多の人脈でプロレス界を渡り歩いてきたワカマツ。

吉原功社長の人柄に惚れ込んで、

裏方として国際プロに入団。
♪阿~修~羅~

その後、団体崩壊時には最後まで残務処理し、

海外渡航費を自分で貯めてカナダへ。

そこで悪のマネージャー“将軍KY”となった訳ですが、

そもそも日本では試合未経験で、

いきなりハイレベルなスタンピート・レスリングに飛び込んだのですから驚きです。

そこから紆余曲折を経て、

ストロングマシン軍団の司令塔として日本に帰りました。
将軍KYワカマツ見参

そしてマシン軍解隊後…ワカマツは旧友の計らいで最後のブレイクを果たしました。

“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントのマネージャーとして、

再度、メインのリングに絡んでいったのです。

KAMINOGE vol.36―世の中とプロレスするひろば 宇野薫の挑戦し続ける美しさ。
 KAMINOGE vol.36 より
ワカマツ@KAMINOGE

ワカマツ
「あの人とは
(関係が)古いのさ。国際時代から知ってるから。だからアンドレはね、国際時代に私が風呂も入らないでトラック乗って仕事をしてる姿を見てるわけですよ。あとは吉原社長とのつながりもあるし、そんな人間的な絆が強かったんじゃないかな」


当時、私なんか「いつ仲間割れする? いつ仲間割れする?」って感じで観てましたが、

そんな上っ面の間柄じゃなかったんですよね。
白ワインとアンドレwithKYワカマツ

ワカマツ
「だから新日本には自分なんかより素晴らしい選手はいっぱいいたし、そういう選手と組んでたほうがアンドレにとっても都合がいいのに、私とのコンビを選んでくれたっていうのは、同じ吉原社長の門下生という絆があったわけさ」

「当時のアンドレは新日本にも強くモノが言えましたからね」


マシン軍団が風化しつつある中、

新日における存在意義も微妙になりつつありましたが、

アンドレは昔を知るよしみで、

ワカマツを傍に置いてキャラ立て続けていたんですね。

それどころか世界中どこへ行っても通用する名前を持ちながら、

アンドレは自ら進んでマシンにまで変身してしまいます。
ジャイアント・マシンとワカマツ

ノリノリのアンドレはこのキャラを、

何とWWFにまで持ち込もうとしていたそうです。

ワカマツ
「それでジャイアント・マシンをやったあとは、アンドレから『このまま一緒に、ニューヨークのWWF
(現WWE)に行かないか?』というような話もされたんです。でも、こっちもさ、森の石松じゃないけど義理だとかあるじゃない。あとはテレビ朝日の契約もあったし。それでアンドレに断ったんだけど、向こうに行ってからもアンドレは(マスクド・)スーパースターたちと、マスクかぶってやってたよね」


ワカマツは日本に留まりましたが、

アンドレは実際にWWFで自らマシンPVまで作ったんですよね。

そして当然の如く、

アンドレと別れたワカマツは新日からフェードアウト。

SWSの黒幕となる訳です。

ワカマツ
「SWSをやるとき、ブッキングの交渉でニューヨークに行ったんだわ。そしたらアンドレが、『日本から親友が来た』って言って、ホテルにベントレーで迎えに来たよ。ベントレーだよ? そして、えらい社交場に連れて行かれてさ。そうしたらさ、ニューヨークの主たるレスラーみんないるんだよ。そうやって歓待されたことがある。アンドレには世話になったなあ。だから、私があのとき一緒にニューヨークに行っていればね、足手まといになっていたかもしれないけど、何か役に立てたかもしれんし、もっと、いろんなことができたかもしれないけどね」


天性の親分肌を持つアンドレの面倒見の良さは、

逝去後に何度も語られてきましたが、

本来ならすれ違いの関係でしかないワカマツに、

ここまで思いやるんですからね。

そしてその最大の思いやりは、

ワカマツをタッグパートナーにしての猪木、上田との試合でしょう。
地獄のお茶の水博士

これシリーズ最終戦…両国国技館のメインエベントですからね!!

ハッキリ言って間もタイミングも滅茶苦茶で、

しょっぱいだけだったんですけど、

猪木も意気に応えるかの様に最後は延髄2連発。
延髄2連発に轟沈

まだ視聴率もそれなりに良い金曜8時の頃ですから、

ワカマツの名は今でもある世代以上の人たちに刻まれている訳です。
国技館のメインが日本デビュー戦!!

そういやこの時期の事件と言えば、

前田アンドレのあの件ですけども、

インタビューで当時の状況を聞かれたワカマツ曰く、

ワカマツ
「何があったって、本人同士じゃないとわかんないよ。私はいつも通りだと思ってたんだけど、試合が進んだら、藤原
(喜明)選手がリングサイドで騒いでるし、へんな雰囲気になってきたんでね。(略)何かこう、おかしいっていうかさ、こういうスタイルのレスリングもあるのかなと思ったよ、私のことだから(笑)。そしたらテレビだとか雑誌の人がさ、『おかしいんじゃないか』っていうふうになってきたから『あ、おかしいのかな』って思って」


この天然さ!!(笑)

まさに“KY”!!

このKYさがなければマシン軍団なんて早々に排除されてたと思いますよ。
悪の正太郎くん

ワカマツと一緒に暴れるアンドレ、

本当に心の底から楽しそうだったなぁ…。
かわいいアンドレ

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tag : 将軍KYワカマツ 若松一政 アンドレ・ザ・ジャイアント

comment

Secret

いやあレガさん、いい記事です。あったまりました。ありがとうございました!また、プロレスファンで良かったと再認識できました!

No title

ほんと、いい記事ですねぇ。
↑コメに同じく、昭和の猪木プロレス村の住人で良かったと思わせてくれた紫レガさんに乾杯★

名優の一人。

こんばんは。

この二人は、猪木、アンドレ組vsマシンズというのもありましたね。

アンドレの楽しげなダーッを覚えています。

ちなみに10年位前に狸小路で若松を見かけた事がありました。

あんな感じの帽子をかぶっていたし、何よりゴツいから後から見ても、すぐに解りました。
会場以外で初めて見たプロレスラーが若松なのも微妙ですけどね。

>みのるさん

初めまして。
コメントありがとうございます。

いい記事です。あったまりました<こちらこそ、ありがとうございます。

プロレスファンで良かったと再認識<そうですね。こういう心温まるエピソードも込めて『プロレスっていいな』と思いますよね。

>風天のヒロさん

初めまして。
コメントありがとうございます。

ほんと、いい記事ですねぇ<久々に心が温まりましたよね。
実はワカマツの所在地、私の住所からそれほど遠くないんですよ。

昭和の猪木プロレス村の住人で良かった<やっぱりその幹はアントンですね。

>aliveさん

こんにちわ。

猪木、アンドレ組vsマシンズというのもありましたね…アンドレの楽しげなダーッ<あれこそ名場面、もはや名画でしたね。

10年位前に狸小路で若松を見かけた事が…あんな感じの帽子をかぶっていたし、何よりゴツいから後から見ても、すぐに解りました<昭和のレスラーってアスリート的な肉体じゃなく、根本的に“でかい、ごつい”っていう雰囲気ですもんね。

私も意外と会場とその周辺以外で観かけた事ないですね。
ススキノで握手してもらった北原くらいかなぁ?

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

>○○。○○さん

初めまして。
コメントありがとうございます。

昭和のプロレス、やっぱりいいですよね。試合のみならず、その背景も含めて。
坂口vsアンドレは猪木小林のセミですね?

で、映像なんですが…私はそれ程所有していないんですよ。ほぼ85年以降です。
おそらく○○。○○さんが求めてるものはないと思われますよ。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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