北海道にUWFが帰ってきました!!~ハードヒット観戦・後編~

前編からのつづき、

10.13ハードヒット札幌大会の観戦記です。
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メインのリングに立ったUインター戦士二人。

山本喧一は現役最後のコールを受けました。
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リング中央でルールの最終確認、

上山龍紀は脱いだUインタージャージを、

自陣コーナーの鉄柱に掛けています。
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ガッチリ握手を交わして、

遂に『山本喧一デビュー20周年記念&引退試合』

山本喧一vs上山龍紀
が始まりました。
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試合は文字通りのUWFでした。

当然っちゃ当然、

プロレスラーの心を持ち、

格闘技術に長けた二人が織り成す試合。

ヤマケンのスタミナ切れは早かったですが、

ここ一番での極めの強さは健在で、

フラフラになりながら有終の美を飾りました。

負けた上山も素晴らしかった。
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最後は当たり前の様に健闘を讃え合い、
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清々しい顔で言葉を交わすと、
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ガッチリ抱き合います。
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この時点で私は泣きそうでした。

ヤマケンの眼にも熱いものがこみ上げたか?
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もう一回、立礼を交わすと、
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次は正座で向き合って、
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自然な流れで座礼になります。
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近年、U系の広い括りでの“同門対決”のエンディングとして、

この座礼がよく見られてきましたが、

違う角度からのファン目線では、

「これってプロとしてどうなの?」という部分もあるかと思います。

「道場でやってろよ」とか。

でもUWFの思想の原点っていうのは、

“道場で培ったものを表のリングで披露する”事だったと思います。

それはプロレスラーの勝負の場として、

MMAの様に相手を完封して勝つ為だけのものではなく、

プロレス特有の「受けの凄み」を必要としたものでもなく、

あるいは両方が必要な場でもあり…。

ただこの試合、途中から私には昇華したスパーリングを観てる様でした。

明らかに体力で勝ってる上山が、

恐らく新弟子時代に逆にやられていたであろう、

極める度、ダウンを奪う度に、

「山本さん、まだ終わっちゃいないですよ。ほら、立って!!」みたいな。

ヤマケンもふらふらになりながら「上山ぁ、まだまだ。もう一丁!」って。

だから最後のこの画像でヤマケンの顔に書いてますよ、

「最後にこいつとやって良かった。あい~や」と。
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そのまま引退セレモニーに移行します。

花束贈呈はハードヒットの船頭である佐藤光留から、
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お互いに想いを込めての抱擁です。
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一番弟子、小坂井寛は逆に労って頭をなでられます。
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坂口征夫
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原学
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勝村周一朗
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砂辺光久
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2代目スーパー・タイガー
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川村亮
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HARASHIMA
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そして改めて上山が花束を。
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二人とも本当に嬉しそうな顔で、
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もう一度、労いの抱擁です。
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おお、入江秀忠!
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高木三四郎大社長
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他にもゆかりの人たちやジム生らから、

たくさんの花が贈られていました。

そして最後のメッセージです。
20141013-53
 DDT公式 より

ヤマケン
(略)Uの第二の聖地と言われる北海道に、UWFの3文字がなくなってからずいぶん経ちますけど、こうやって新時代のUと呼べる団体がすでに生まれております。そして、その舞台が北海道にくる足掛かりに、僕らの20周年がなればいいなと最初は思っておりました。しかしながら、対戦相手が上山龍紀と発表されて、僕のなかでビビっと期するものが生まれました。このタイミングを逃したら僕は引退する好機を失うんじゃないかなと。強いてはこっちでやろうとする底辺拡大、新しいカルチャーの創出も中途半端に終わってしまうんじゃないかと感じました。何より僕が引退を地元・大阪でも東京でもなく、この今住んでいるこの場所で引退試合をすることが、次の時代を担う若者たちに対してのメッセージになるんじゃないかと思い、主催者の人たちにも何も言ってなかったんですが、私から引退を発表させてもらいました。急きょ引退を発表したことで、主催者のみなさんには困惑とご迷惑をおかけしたかと思います。でも、僕はとにかく自分の引退を懸けてでも、この北海道の地に新時代のUと呼べるハードヒットを上陸させたかったんです。
大変長らくお待たせしました。北海道に、UWFが帰ってきました!
(以下略)


…もう感無量でしたね。

UWFスタイルの大会が北海道に帰って来るまで、

本当に長い時間が経過していました。

ヤマケンが札幌にUWFを持ち帰ってくれた。

思わず「ありがとう!!」と叫んでしまいましたよ。

さらに10カウントゴングを聞きながら、

何度も心の中で「ありがとう」を叫びました。

私は生涯で二人目の引退試合目撃となりましたが、

この時代、北海道に生まれた奇跡に鳥肌が立ちました。
20141013-54

ヤマケンさん!! 20年間お疲れ様でした!!

もう一回、叫びます。

ありがとう!!!!
ガッチリとお株を奪う逆サソリから、

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tag : 山本喧一 上山龍紀 UWFインターナショナル

comment

Secret

記事UPお疲れ様です!

僕にとっては初めて現場で立ち会う引退試合&引退セレモニーでした。

そこは、聖域と言って差し支えない厳かな空間で、涙を溢すのも憚られる気持ちになって堪えました。

レガさんの御誘いのおかげで体験出来たかけがえのない時間でした。ありがとうございました。

闘いがなかったらプロレスじゃねぇんだよ!!「石井調」

こんばんは。

この試合、途中まで見て高田VS田村のようになると予想したのですが見事に裏切られました。

ワークだなんだと言われるかもしれませんがセレモニーの間中も痛めつけられた体を押さえるヤマケンの姿が真実だと思います。
Uインターのリングに先輩も後輩もないんだ。リングの上が闘いなんだからよ。「猪木調」

ちなみに、私は坂口が親父ばりのジャンピングニーで突っ込んだ方のコーナーで見ていたのですが、ポイントを取りコーナーに近づく上山に佐藤が「思い残しの無いようにな」と介錯を2、3回、指示していました。

サプライズで金原か高山の花束贈呈を期待していましたけど、無かったのが残念でした。花輪も無かったし。

真駒内の山崎はノーカウントとして96年のテイセン以来の生Uのテーマ曲を聞いた時は自然と涙が出てきました。

>ささのっちさん

記事UPお疲れ様です<ささのっちさんもあの日はお疲れ様でした。

初めて現場で立ち会う引退試合&引退セレモニー<北海道にいる以上はそういった機会は極端に少ないですからね。でも10カウントゴングは私も初体験でした。

聖域と言って差し支えない厳かな空間で、涙を溢すのも憚られる気持ちになって<独特の空気がありましたね。
でも着席したまま10カウント聞くのも微妙なものがありました。

御誘いのおかげで体験出来たかけがえのない時間<こちらこそ、最初っから最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!!

>aliveさん

こんばんわ。

途中まで見て高田VS田村のようになると予想したのですが<隣りで観てたささのっちさん曰く、「ヤマケンの闘い方は晩年の前田」と。
その答えは、もうベストには程遠いコンディションというのもありましたね。

セレモニーの間中も痛めつけられた体を押さえるヤマケンの姿が真実…Uインターのリングに先輩も後輩もないんだ。リングの上が闘いなんだからよ<身体が一番正直なんですよね。上山ガンガン入れてましたし。
ただ不思議と上山がタップしても“引導を渡せなかったか…”的なガッカリ感もなかったんですよね。

坂口が親父ばりのジャンピングニーで突っ込んだ方のコーナーで見ていた<あれ、どっちですか? 私らはBJWのトラックがある方で観ていましたよ。
メインだけは、ほぼ向正面で立って観ていましたが。

上山に佐藤が「思い残しの無いようにな」と介錯を2、3回、指示していました<試合中もしきりに声を掛けてましたね。
やっぱり世代的に近いですから、前世代の首は介錯して欲しかったでしょう。

サプライズで金原か高山の花束贈呈を期待していましたけど<私は田村から…とか無駄な期待していました(笑)。

96年のテイセン以来の生Uのテーマ曲を聞いた時は自然と涙が出てきました<あの曲にはやっぱり魔力がありますね。
今の選手や団体の曲って鳥肌級のものは皆無ですが、Uのテーマと田村や桜庭のは今でもイントロでブルブルッと来ます。

No title

こんばんわ。
あのお店にいたヤマケンさんがリングに
あがってるぅぅ。
なんだか、別の人みたいです。
この人、一緒に写真撮ってくれたんだよなぁ~~って。
今度行くときは 花束持っていこう。
お疲れ様とありがとうのキモチを込めて・・・
レガさんのブログみただけで、こんなにジーンとくるんだもん。
現場に居たら 泣いてた自信あるよ(笑)
現役の試合を観てたレガさんは よけいにだろうね。
観れてよかったね。

伝承

“道場で培ったものを表のリングで披露する”
まさしく、それだと思います。
料理で例えれば、素材を塩だけで調理し、それを客に提供してるようなもんじゃないですかね。
塩という限られたもので、いかに旨いものを作ることが出来るか。
素材を活かすのは自分の腕次第。しかも、その素材の特性をわかっていないことには、きっと良いものは作れないでしょう。
レスラーは料理人であり、素材でもあります。塩はルールでしょうか。
自分も良い素材でなくてはいけないわけです。
どうも、宮戸味徳です。
…宮戸さんが言いそうなこと書いちゃいました(笑)

今回の記事を読ませていただいて、ふと思い出したことがあります。
ミノワマンが何故パンクラスを選んだか?
それは「シンプルなプロレスだから」だそうです。
私はそれを聞いた時、なるほどと思いました。

ヤマケンさんの最後のメッセージ…北海道で引退することは必然だったんでしょうね。
今後は指導者としてのヤマケンさんに期待しています。
国内メジャー…いや、世界で勝負できる選手を育成してほしいです。
『UFCで弟子のセコンドに付くヤマケン』なんて最高の画(え)じゃないですか!
スゲェ見てぇ!!あい~や!!

20年間の現役生活、本当にお疲れ様でした!

>ケロさん

こんばんわ。

あのお店にいたヤマケンさんがリングにあがってるぅぅ<はい、あのヤマケンさんですよ~。美味しい黒おでんを食わしてくれたヤマケンさんです。

この人、一緒に写真撮ってくれたんだよなぁ~~<そうですね、ケロさんはハグでしたね。

今度行くときは花束持って<今度はアレですね、一軒目ですね。
腹減らして行きましょう、食いたいもんがたくさんあった。

現場に居たら泣いてた自信あるよ(笑)…観れてよかったね<いや冗談抜きで半ベでしたよ。対戦相手も含めたあのシチュエーションにね。

>宮ゲさん

料理で例えれば、素材を塩だけで調理し、それを客に提供してるようなもんじゃないですかね…どうも、宮戸味徳です<いやいや本当に本物からコメント頂いたかと思っちゃいました!!(笑) 確実に言いそう!!

ミノワマンが何故パンクラスを選んだか?「シンプルなプロレスだから」だそうです<そうですね、ミノワマンとか佐藤光留の世代まではギリギリ、パンクラスがプロレスだったんですよね。もちろんワークって意味じゃないですよ。
ミノワマンに至ってはPRIDE武士道もハルクトーナメントもキン肉マン興行も同じカテゴリなのかも知れないですよね。

今後は指導者としてのヤマケンさんに期待しています<引退翌日のブログ読んで、この後の道がはっきり理解出来ました。
今の時代に本当に草の根運動開始ですよ。

『UFCで弟子のセコンドに付くヤマケン』なんて最高の画(え)じゃないですか!<早い時代から憧れたオクタゴンでしょうしね。
かつてヤマケンの描いた未来図には、最強集団キングダムの一員として本場のUFCで大暴れするというのが確実にあったはずですから。

で…

これまでのUを信じて裏切られた私ですが、こちらもただの興行でしょうか?

No title

私は前田、大仁田(2度目)、猪木、マサ斉藤、その他FMWの選手多数の引退試合を見てきました。
前田の引退試合前にやった横浜アリーナでの山本戦はそりゃあもう悲痛というかなんというか?
カレリン戦も誰かに変わってもらったほうがいいんじゃない?というコンディションでした。

昔1度だけ、札幌中島体育センターに近づけるチャンスがあったのですが、ススキノという歓楽街の魅力に負けて・・・
生涯初の2フォールを取られました。
これは東京ドームよりも重い2フォールでした(謎)




ヤマケンももっと器用に生きていければ、それなりなレスラー人生を送れていたのかも知れません。
成瀬あたりが新日本にあがっていた時代に上がっていても不思議はないですしね。

>^ ^さん

ただの興行でしょうか?<いえいえとんでもない。入場料4000円からのれっきとした興行でしたよ。

え? そういう意味じゃなく?
Uに裏切られましたか、そうですか。それで理想郷には辿り着けましたか?
もし辿り着けたのなら、Uを通過出来て良かったですね。

>ナリさん

私は前田、大仁田(2度目)、猪木、マサ斉藤、その他FMWの選手多数の引退試合を見てきました<ことごとく重要な場に立ちあって来られたんですね。敬服致します。

前田の引退試合前にやった横浜アリーナでの山本戦<あれは結末もお粗末でしたね。ジャッジが不明な基準で全員前田に付けて、前田本人が勝ちを辞退するという意味不明な終わり方で。
KOK導入前の最後のアレかも知れませんね。

札幌中島体育センターに近づけるチャンスがあったのですが、ススキノという歓楽街の魅力に負け…生涯初の2フォール<ススキノは料金設定、サービスの質といい…レーーヴェルが違いますからね(笑)。

ヤマケンももっと器用に生きていければ、それなりなレスラー人生を送れていたのかも<昨年、UWF道場でサミット行った際にも本人言ってましたが、「自分は曲げられない。何者に対しても」と。

成瀬あたりが新日本にあがっていた時代に上がっていても不思議はない<よっぽど成瀬や田中稔よりも緊張感のあるプロレスが体現出来たと思います。意外と飛べましたしね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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