上山龍紀の記憶~前編~

10.13 ハードヒットにおける、

山本喧一引退試合の対戦相手、

上山龍紀はUインターの同門です。
上山龍紀5

私にとっての上山という存在は、

高田延彦の“紫色のレガース”正統継承者。

しかしながら上山の戦歴に関しては非常に断片的でして、

最後に観た試合が何であったかすら忘れてしまってます。

その途切れ途切れの記憶の中から、

記事の中で上山を思い出してみようと思います。

まず自身が回想するUインター道場から。
上山龍紀1

 紙のプロレスradical no.59 より

上山
「シャレにならないほど、ムチャクチャ怖かったです! 宮戸さんもいらした時代ですから、道場の緊張感も凄かったですね。道場のドアが開く音がカチャとなるだけで心臓が飛び出しそうでしたから。それで先輩が何十人もいたんで、毎日何十回も心臓が飛び出しそうになってました(笑)」

「やっぱり宮戸さんが一番怖かったですね。でも、ほんの僅差で全員同じくらい怖かったですから(笑)」


そうなんです。

上山は宮戸優光が舵取りしていた時代の最後の新弟子でした。

上山が入門を果たした高卒時の体格が、

身長180センチありながら体重は何と60キロ!!

道場、合宿所問わず、

怪獣の中に放り入れられたガリガリ君だった訳です。
上山龍紀2

上山がチャンコ番の際、手際が悪い為に起きてしまった悲劇が、

Uインターの“伝説”として残っています。

― ちなみに新弟子時代、高山さんに怒られて、前蹴りで壁まで5メートルぐらい吹っ飛ばされたという伝説は本当なんですか?

上山「本当です(笑)。『紙プロ』で、金原さんが『ジャッキー・チェンの映画みたいだった』って言ってましたけど、ホントにいまで言う『少林サッカー』みたいでしたね(笑)」


100キロ越えのでっかい高山の前蹴りに、

5メートル吹っ飛んで壁に激突する60キロの上山。

まさしく、ワイヤーなしのワイヤーアクション!!(笑)

何だかよくわからない表現になってしまいましたが、

ジョン・ウーもびっくりですよ。

上山
「当時、自分の時間なんてまったくなかったですからね。外の空気を吸えるのは寮と道場の行き来だけなんですよ。もう監禁されてるみたいですから(笑)。テレビも見られませんでしたから、当時、総理大臣がかわったり、オウムの麻原彰晃が捕まったり、大ニュースがあったんですけど、まったく知りませんでしたからね。
(略)とにかく一日一日どうにかして生き抜こう、と。それだけでしたね。だから毎日布団に入ると満足感があったんですよ。『今日も一日生きていられた』って(笑)」


シャバの世界と完全に隔離された生活の中、

日本国中を震撼させた事件さえも知らなかった、と。

一体、ここは第何サティアンなんだ? っていう世界ですよね。

余談ですが、この1995年当時、オウム事件後、

10.9東京ドーム観戦の為に東京へ行った際に、

どの施設もゴミ箱を閉鎖していたんですよね。

「東京恐るべし」って思い知ったもんです。

地獄の様な新弟子生活を経て、

念願のデビューに漕ぎ着けた上山ですが、

すぐに団体は解散してしまいました。
ビリー@Uインターラストマッチ3

上山
「あのときは、もの凄く気が抜けましたね。いままでやってきたことがすべて無になってしまったような…。練習は相変わらずキツかったんですけど、やる気がどうしてもなくなってしまったんですよ。
(略)いまだから言えますけど、『キングダムで頑張ろう』という気にはなれなかったですね。自分はUインターに骨を埋めるつもりでしたから。凄いガッカリして…、しかも誰とは言わないですけど『キングダムもそのうち潰れる』って聞いてましたし(笑)。(略)高田さんもキングダムには上がらないって聞いたんで、『もうダメだ』と(笑)」


誰だ! 初めっから潰れる事を覚悟してた奴は!?(笑)

でもUインターの看板を下ろした時点で、

上山のモチベーションは急降下してしまった訳ですね。

これに関しては私なんか勝手に“同志”だと思っていますからね。
上山龍紀3

心技体のバランスが崩れてしまった上山は、

試合に出られなくなる程の大怪我をしてしまいます。

上山
「そのときに田村さんが心配の電話を掛けてきて下さって、いろいろ相談に乗ってもらって、まず身体をしっかり治してから田村さんと一緒にやっていこうと思ったんです」


まさしく運命の再会ですよね。

田村潔司自身もデビュー早々、

大怪我を負って長期欠場した経験がありますから、

上山に一声掛けずにいられなかったんでしょうね。
前田vs田村@札幌②

その流れからU-FILE所属としてリングスに上がる訳ですが、

今では考えられない20~30キロ以上体重の重い相手と、

常にシングルで渡り合っていました。

ウィリー・ピータースを倒し、デイブ・メネーと引き分け、

いくつもの金星をゲットしていきました。

とにかく“倒されない”“極められない”。

上山
「ガードは堅いんですよ。デビュー以来、一本負け、KO負けは一度もないですから。このガードの堅さは、Uインター時代に先輩とのスパーリングで覚えたんですよ」


ありがとうラッパ先生!!(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.12~ラッパ先生の功績~Yoji Anjo Is Alive vol.21~ラッパ先生ふたたび~)

このインタビュー当時、DEEPミドル級チャンピオンだったのですが、

とにかくここ一番に強かったんですよね。

まず柔術家であろうと、シューター(修斗)であろうと、絶対極められない。

最後は大逆転勝利…試合内容も素晴らしかった。

総合格闘技のチャンプとして、

DEEPを主戦場にしていたこの頃、

それでも上山の想いはUにありました。
上山龍紀4

上山
「自分はUスタイルがやりたくてUインターに入りましたから、バーリ・トゥードをやるためじゃないですから。いまはバーリ・トゥードも大切で、凄く素晴らしいと思っていますけど、その上にUスタイルがあるんです」


だからかどうかはわかりませんが、

上山は常にレガースを装着して闘っていました。
上山龍紀6

上に書いた田村との運命の再会の話、

実は田村もギリギリの状態の時に、

上山の一言で救われた経験から来ているかも知れません。

 週刊プロレス no.707 より

田村
「上山っていう新人がいるんですけど、今、デビューするのが難しい状況じゃないですか。だから、長くなりそうだねっていう話をしてたんですよ。その時、デビュー戦、誰としたい? って聞いたら『田村さんとやりたいです』って言ってくれたんですよ。それを聞いた時にね、なんだかすごく嬉しかったんですよね」


そうそう、この田村インタビューが掲載された号、

表紙はこれだったんですよね。
月になる男

新生ハードヒット初戦のサブタイトルは、

この表紙が元ネタだって事を知るファンはどの位いるのかなぁ。



今さらながら、私はプロレスファンでして、

MMAを観る数少ない機会においても、

その理由は自分が思い入れのあるプロレスラーであるか否か。
上山龍紀10

特にUインター出身者がそのリングに上がる場合には関心が向いていたのですが、

あの試合を最後に…MMA自体に疎くなり、

せいぜい結果を追う程度になっています。

ああ、今や結果も追っていないなぁ。

だからやっぱり私にとってはUが必要なんです。

上山みたいな本当のU戦士の存在が。
上山龍紀8

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tag : 上山龍紀 田村潔司 U-STYLE

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根本

『月になる男』
えぇ、勿論、私はわかってましたよぉ~(ニッコリ)

光留「俺たちはプロレス界の月だ!太陽にはなれないかもしれない。でも、月だって、太陽と同じ数だけ、毎晩毎晩夜を見守っているんだ!太陽の奴ら、覚悟しておけ!どんどん大きくなって、いつかお前ら太陽の上に重なってやるからな!」
私は支持します。ハイ。

「プロのレスラー、レスリングのプロがやるのがプロレスリング」
で、「その上にキャラがある」
光留は、Uスタイル的なものだけがプロレスだと言っているわけじゃないんですよね。
それはプロレスの一部分を抜き出したものと捉えているようです。
私はプロレスラーがプロレスラーとして戦ったのであれば、ルールがMMAでも、それはプロレスだと思っています。

―――――

内弟子からデビューしたプロレスラーって、やっぱりどこかおかしい人達じゃないですかね?(笑)
“通い”とは違いますよ。
一言、タフとでも言っときますか(苦笑)
皆さん、いろいろ御苦労されてて…。
今はもう、どこもそんなことはないと思いますけど。そこまでヒドイのはね~。
あ…SKさん、お疲れ様です(汗)

―――――

上山は日本のメジャー格闘技団体にすべて上がっているんじゃないですか。K-1までやってますから。
地上波も何度か経験してますもんね。
取られて一本負けが、ホント少ない選手です。

今年5月、パンクラスに参戦しています。
パンクラスがケージになって初めてのイベントでした。
MMA?ケージ?
そんなの関係なく、根底にあるのはU-SPIRITなんでしょう。

>宮ゲさん

えぇ、勿論、私はわかってましたよぉ~<あの時代にUを追ってた人間にしてみりゃ鉄板ですよね。

「俺たちはプロレス界の月だ!太陽にはなれないかもしれない。でも、月だって、太陽と同じ数だけ、毎晩毎晩夜を見守っているんだ!太陽の奴ら、覚悟しておけ!どんどん大きくなって、いつかお前ら太陽の上に重なってやるからな!」<ああ、いいセリフですよね。
佐藤光留がファンの時代に考えてたであろう事が、恐らく私も近いものがあったと思います。

光留は、Uスタイル的なものだけがプロレスだと言っているわけじゃないんですよね。それはプロレスの一部分を抜き出したものと捉えているようです<うん、そうなんでしょうね。

内弟子からデビューしたプロレスラーって、やっぱりどこかおかしい人達…一言、タフとでも言っときますか<記事中でサティアンって表記しましたけど、ほぼ世間と隔離される訳ですからね。東京都内に住んでいながら。
やっぱりそこは普通の思考回路じゃやっていけないし、心身ともにタフネスじゃないと生き残れないでしょうね。

上山は日本のメジャー格闘技団体にすべて上がっている<そうですね。のちにGRABAKAのケージにも出てますから、上がっていないのは修斗くらいでしょうね。

地上波も何度か経験してますもんね<そこが残念というか、ゴールデン登場がTBSだけなんですよね。即ち本来の上山の姿じゃなかった。

MMA?ケージ?そんなの関係なく、根底にあるのはU-SPIRIT<素晴らしい締めですね。
どこにいたってプロレスラー…私の考えは少し違うんですけど、出来るだけ長い期間、彼のレガース姿を観ていたいですよ。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
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