“if…”の嵐

ゴング面白いですね。

今回はインタビューと対談に重点を置いた内容ですけど、

中でも意外な顔合わせ、

前田日明デイビーボーイ・スミスJrのは面白かった。
前田氏とスミスJr

まずジョシュに劣らぬスミスのUヲタぶり。

いきなり「ノーマン・スマイリー」ですからね(笑)。

さらにUインター者が読んで、どよめいたであろうこの一言。

ゴング (タウンムック)
 ゴング 0号 より

スミスJr
「私の父がWWFを出て行ったのが1992年で、そのときにUWFインターナショナルに行くかもしれないっていう話があったんです。それで高田(延彦)サンに挑戦させようという計画を宮戸(優光)サンが立てていたようです。私が7歳で、父が33歳ぐらいのときの話です。これはあとになってから母親に聞いた話なんですけど」


前田氏の目の前で堂々とUインター話するスミスJr(笑)。

対する前田氏の無反応…にも笑いそうになりました。

それにしても知ってるんですね、スミスJr。

もしも、この“スミス父Uインター参戦”が実現していたら、

その後の歴史はかなり違うものになっていたでしょう。
デイビーボーイ・スミス

まず、U系にゴリゴリのWWFスーパースターが来るのも、

想像付かないという方も多数おられるでしょう。

しかしこの「1992年」という年、

Uインターは高田延彦vs北尾光司(参照:10月最後の夜に…カタルシスを神様が降りて来た夜)という大仕事をやってのけ、

翌1993年は新たな戦略として他団体の大物ガイジン獲得に動き出しました。

ハイライトは何と言ってもWCW世界ヘビー級王者・スーパー・ベイダーですが、
WCWのベルトを携えてベイダー登場

実はその路線の第一弾として、

プロレスリング世界ヘビー級初防衛戦にデイビーボーイ・スミスを計画していたのです。

U.W.F.最強の真実 (BLOODY FIGHTING BOOKS)
 U.W.F.最強の真実 より

宮戸
あの2月14日は当初、メインで高田さんのタイトル防衛戦を考えていた。その相手として考えていたのは、WCWの中でも当時トップコンテンダーだったデイビーボーイ・スミス。
(略)「これがプロレスなんだ!」というものの輪に、アメリカを含めたメジャー団体で今活躍してる人たちをもっともっと巻き込むことによって、自分たちのスタイルを広げていきたいと考えていたのだ。そして、その最初の相手としてギリギリまでデイビーボーイと交渉していた。


スミスJrの言葉をそのまま取れば、

母=スミス夫人も聞いていた訳ですから、

スミス自身の決意も固まっていたと思います。

Uインター自体も年明け一発目の武道館という事で、

あとは大々的に発表するだけとなっていたタイミングで、

思わぬどんでん返しに遭います。

宮戸
それが大会まで3週間を切った土壇場で「NO」の回答が返ってきてしまった。その時点で武道館のメインは空白だった。そこで当時、テーズさんのところに預けていた田村に連絡して、急遽帰ってきてもらった。高田vs田村というUインターでは結局あそこでしか実現しなかったふたりのシングルだが、本当はもう少し先にやりたかった。だからあれは、デイビーボーイのドタキャンを受けての苦肉の策だったのだ。
デイビーボーイはその後、結局、全日本プロレスに行った。たしか交渉が決裂した直後だったと思うが、偶然、アメリカから日本へ向かう飛行機の中で一緒になったことがある。向こうはバツが悪かったのか、顔をひきつらせて下を向いていたのを憶えている。


宮戸の描いた長期的計画が、

あっさりと崩れてしまった瞬間でしたが、

急成長中の田村潔司を緊急帰国させる事で、

何とか事なきを得ました。
田村緊急帰国

そして前記したベイダーの挑戦表明という、

ビッグサプライズも大きかったですね。



ここで想うのは、

「もし予定通りスミスが参戦していたら…」という事ですね。

当時のスミスはバリバリのマッチョマン。

その怪力はジュニア時代から凄まじいものがありましたが、

果たしてUWFスタイルに対応出来たのか?
スミスのリフトアップスラム

対戦者として予定されていた高田のスミス評は…、

 夢のいる場所―新U.W.F.伝説 高田延彦エースへの物語 より

高田
「デビーボーイ・スミスですか。おもしろそうですね。昔はぼくもダイナマイトにあこがれてたけど、いまは小さくなっちゃいましたもんね。スミスは強くなったしね。やりたいっすね」


これはUインター以前、新生U時代のコメントですが、

そうなんです、高田が若手時代憧れていたのが、ダイナマイト・キッドだったんですよ。

その流れからスミスも大いに認めていたんですね。

このコメント当時、既にキッドは一度目の引退直前、

究極に仕上げられた肉体が、

徐々にかげりを見せ始めていた頃です。

それなら高田は「スミスとやりたい」と。

繰り返しますが、

これ新生U時代…最も格闘技傾向が強かった頃ですよ。

ちなみに山崎一夫への同じ質問の答えは、

「ロブ・カーマンとやりたい。プロレスラーには…いないですね」でした。

現在ワールドプロレスリングの解説者を務める山ちゃんでも、

既成のプロレスラーと試合する事に大いなる抵抗があったのです。

その約3年後、Uインターのエース高田が、

プロレスリング世界ヘビー級王者としてスミスを迎え撃っていたなら、

ベイダー戦以上の名勝負が展開された様な気がしてなりません。



もしも…は無意味かもしれませんが、

とにかくこの時、スミスがUインターに登場していたら、

Uインターの歴史は間違いなく変わっていたのです。

だって田村はまだしばらくテーズ道場にいた訳ですから、

数ヶ月後、超ヘビー級ボディになって帰国したかも知れませんし、

そうなれば全く違うスタイルにチェンジしていたかも知れません。

高田にしたってベイダー、ゲーリーにスミスまで加わったなら、

大幅な肉体改造を決意したかも知れません。

ひょっとしたら、その後のPRIDEまで行き着かなかったかも?

なんて考えるのは飛躍しすぎでしょうか。
日本武道館

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tag : 高田延彦 デイビーボーイ・スミス 宮戸優光 デイビーボーイ・スミスJr

comment

Secret

どもっす。
スミスかぁ、どうだったでしょうね。あの頃のスミスだと厳しい様な気がしますが…WARだったかな?天龍のチョップが口に入ってキレた事がありましたけど、そこまで感情的になるんなら面白かったかもしれませんが…う〜ん。
呼べる範疇で、日本にも馴染み深いという点ではスミスだったんでしょうね。
でもスミスならバーバリアンとかもよかった様な気がしますな。大相撲出身というバックボーンはインター好みそうだし。

スタイナーズやウィリアムスのようなレスリング出身の人間には声かけなかったんですかね?でもここら辺は思い浮かべやすいけど、ベイダーは本当にビックリでしたよ。WCWの現役チャンプでしたしね。本当、ベイダーよく呼びましたよ。

前田がスミスJrをリングスがあったらリングスカナダとして使いたかったって言ってましたが、そういえばタイガーアリシンことシンJrも、本当はリングスに上がりたかったと言ってましたね。
デルリオもドスJr時代に総合出たりして、レジェンドの息子はアスリート志向が強いのか、格闘技好きなのが多いかもしれませんね。


>BKっち

おはようございます。

あの頃のスミスだと厳しい様な気がしますが<もうバリバリのステロイダーでしたもんね。バンピードの登場から比べて動きがかなり違っていました。

WARだったかな?天龍のチョップが口に入ってキレた事がありましたけど<喧嘩度胸はありそうでしたよね。キッドの血もあるし。

バーバリアンとかもよかった様な気がしますな<ああ面白いですね!!
コンガ・ザ・バーバリアン大好きです。ペイント取ってU仕様…みたいなのもいいですね。強引にこじつければ、チェーンという部分で超獣幻想もありますし。
前にサミットでBKっちと話した様に、存名ならブロディもUインターに来てたと思うんですよね。

スタイナーズやウィリアムスのようなレスリング出身の人間には声かけなかったんですかね?<???…BKっち、下書き記事読んだのかな??? この続きに出て来るんですけど。

ベイダーよく呼びましたよ<Uとは全く結びつかないビッグネームですからね。
宮戸恐るべし、の最たる例です。

シンJrも、本当はリングスに上がりたかった…デルリオもドスJr時代に総合出たりして、レジェンドの息子はアスリート志向が強いのか、格闘技好きなのが多いかもしれませんね<そういやそうですね。どういうアレでしょうね。
日本じゃ大地、レオナ…ちょっと様子が違うみたいですね。

アリシンは新日にレギュラー化してたら、それなりになってたと思うんですけどね。親父程じゃないにしても。

アイアンなシークは?

私は、この対談が読みたくて、今回のゴングを買ったようなもんです。
それを見事にピンポイントで拾い上げてしまう、紫レガという男…恐ろしい…。
さすが、プロレスブログ界のラッパ先生だわ。

―――――

しかし、ノーマン・スマイリーから入るって……すげぇな、スミスJr.(笑)
多分、WWE時代にコーチしてもらってるんだと思います。

“黒い藤原”ですよ。
Uにとって、藤原喜明は神と呼べる人物。
「“黒い藤原”?その異名は大袈裟じゃないの?」と思ったことがありました。そんなのね、青いスタスィオン的なことじゃないですからね!
…スマイリーがダメ、嫌いというわけじゃないですけど(笑)
勿論、良いレスラーだったと思っています。

スマイリーといえば。
Uの後、メキシコのルチャ団体に上がっていることを知った時、何とも言えない気持ちになった記憶が…。
ルチャ自体は別にいいんですけどね。ただ、何となく…。
そういえば、新日本vsUインター対抗戦で、佐野がトペかました時も似たような気分に陥ったような(汗)

―――――

高田vsスミスは見たかったですね~。
スミスは“引き出し”の中から、どんな物を出してきたのだろう…気になる…

―――――

スミスJr.と言えば、出稽古好きで有名ですよね。
スネークピットジャパンのことは話によく出てきません?
まだラフター7があった時、そちらにも出向いたことがあるそうです。
最近だとUKRに行ってましたね。
それと、IGFに参戦する前から、ジョシュやハマーとは一緒に練習してたみたいですよ。

スミスJr.はプロ・レスラーですね。

>宮ゲさん

私は、この対談が読みたくて、今回のゴングを買ったようなもんです<もうピンポイントで宮ゲさん向けの企画でしたね。
で狙ってか、天然なのか、前田氏の前でUインターの話題を振るという(笑)。

ノーマン・スマイリーから入るって……すげぇな、スミスJr.(笑)<ブラックマジック!! 前田氏の素っ気なさもおかしかったです。

「“黒い藤原”?その異名は大袈裟じゃないの?」<スマイリーもガイジン特有の先細りというか、少しずつ少しずつ弱くなっちゃいましたね。
でも日本第一戦(山崎戦)私観てるんですよ。一個一個の仕掛けに中島体育センターどっかんどっかん沸いてました。

スマイリーといえば。Uの後、メキシコのルチャ団体に上がっていることを知った時、何とも言えない気持ちになった<結局、一番輝いた場所はどこだったんでしょうね。WCWかなぁ?(適当)

高田vsスミスは見たかったですね~<高田のプロレス観からいくと、ベイダー戦越えてた可能性あります。これ自信あります。

スミスJr.と言えば、出稽古好きで有名…プロ・レスラーですね<U-FILEとPODも行って欲しいですね。んで最後に高田道場。
若いですから、公式のMMAみたいな場所じゃなくてもキャッチ的な試合観てみたいですね。

No title

DBスミスの天龍チョップ逆上の件は、SWSの頃ですね。
年末のドームでのホーガン戦を前に、スミス戦、ウォーロード戦と筋肉レスラーを迎えて、仮装ホーガンとしている時期でした。


ここの常連さんはあまり馴染みはないかもですが、甥っ子のジョニー・スミス(全日によく来てました)なんかはランカシャーレスリングをしっかりやってる感じだったので、参戦したら面白かったかも知れません。
スタイル的には、インターよりも藤原組が1番馴染むかもですが。

>ナリさん

天龍チョップ逆上の件は、SWSの頃<補足ありがとうございます。本当に心強いコメンターの方ばかりで、勝手に誇らしく思います。

スミス戦、ウォーロード戦と筋肉レスラーを迎えて、仮装ホーガンとしている時期<ドームのホーガン戦ですね。ある意味、ホーガンが最後に日本で見せたホーガンらしい試合だったのかな? と思います。
ウォーロードもいましたね!! 彼も最初は新日でしたね。本当に当時は日本帰りは出世する時代だったんですね。

ジョニー・スミスなんかはランカシャーレスリングをしっかりやってる感じだったので、参戦したら面白かったかも<巧い選手でしたね。印象に残ってるのは、武藤が映画撮影からカムバックした両国の試合ですね。
今思えば、いろんな試合が出来る選手だったんでしょうね。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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