追悼・闘魂伝笑~元気ですか!!~

ものまね芸の世界で、

確固たるアイコンとして存在しているのが、

スポーツ界の偉人である長嶋茂雄さんと、

我らがアントニオ猪木の両巨頭です。
「元気ですか!!」

その猪木物まねの使い手は“猪木芸人”と形容され、

一つのカテゴリを形成しております。

古くは鈴木末吉氏に井手らっきょ氏から、

アントニオ小猪木氏にアントキの猪木氏に至るまで。

しかし猪木芸人の中でも特別な位置に存在したのが、

お亡くなりになられた春一番さん(参照:もう一つの猪木アリ、そして春さんさようなら。)でしょう。
“闘魂伝笑”春さん

春さんの猪木芸は実に革命的でもありました。

まずは春さんとプロレス=猪木との運命的出会いから。

 猪木毒本―いま、なぜイノキなのか? より


「プロレスはもう、アニメのタイガーマスクから入りましたから、幼稚園のときに。テレビのプロレス中継は、猪木さんとストロング小林さんがやり出した頃からですね。(略)やっぱり学校でプロレスごっこやるじゃないですか、土曜日は必ず。で、だれが猪木さん役をやるかってジャンケンで決めるじゃないですか。やった、俺、猪木だ。とかなんとかいって。やったんですけど、(友だちから)どこが猪木だよ、全然似てねぇよっていわれてましたよ。小学校2、3年からやり出して、中学校になってツッパリになってもプロレスごっこはやってましたね」


春さんの少年時代も私らグレーテスト1972同様、

土曜日はプロレスごっこで前日のおさらいやってたんでしょうね。

で、中学時代は校内暴力とかの全盛期でしょう。

そんな中でもプロレスごっこはやり続けた、と。

ここに非常に親近感を覚える訳です。

80年代ひょうきん族で飛ぶ鳥を落とす勢いにあった、

片岡鶴太郎氏に弟子入りして始まった芸人生活ですが、

猪木芸に目覚めるまで実に7年の月日を要しました。


「プロレス見に行くじゃないですか。で、行った仲間と飲みに行って、プロレス談義に花が咲くじゃないですか。そのときに(猪木の口調で)『長州もねえ、ホントにあの…』ってまねしてやってたら、似てるよっていわれて。で、ちょうど宴会芸大賞っていう番組が入りまして、事務所から、春、なんかものまねやれっていわれたんですよ。ものまねなんて、僕、できないですよっていって。じゃあ、ガチンコの猪木さんだったらできますっていうことで、(事前の)ネタ見せに行きましてね、(猪木の)30周年のときの挨拶をやったんですよ。(猪木の口調で)『プロレスとは何ですかと、私はまだその答えが見つかっておりません…』とやって、スタッフにウケて、だけど、上の方の(えらい)人が『なんだコノヤロー』(とアゴを出す)、これでやってくれっていうんですよ。で、カメリハではこれやったんですよ、全然やる気なかったんですけど」


猪木30周年試合7

そうなんですよね、

春さんが出現する以前の猪木物まねといえば、

顎を突き出しての『何だコノヤロウ』でした。

猪木本人がこれを言う場面って、ほぼなかったですからね。

それでも猪木芸を世に出す為に、

不本意ながら偉方の要望を受け入れておいて…、


「で、本番でガチンコでやったんですよ。若い娘の客、シーンですよ、ワケわかんなくて。だけど、裏の美術さんや大道具さんとか出待ちの芸人から拍手が起きて、笑い声っていうより、ウォォ~ッて感じで、後輩とかにも、春さん、いまの鳥肌立ちましたよっていわれたりして、それから何かっていうと、猪木さん、猪木さんってなって、お笑いウルトラクイズでやって定着しましたね。僕ら、プロレスファンの仲間では、『なんだコノヤロー』っていうのは、これ(親指を下に向ける)でしたから。猪木さんをバカにしてるっていうか、そういうのがあったんで、僕は絶対ガチンコでスタイルくずさないようにいま、やってるんですけどね」


これこそ猪木イズムの真骨頂でしょう!!

リングの上だけじゃなく、

皆それぞれの闘いの場において、

猪木イズムというのは確かに脈づいている訳です。

ここから春さんは最期まで猪木道を突き進みました。


「ものまね芸人と呼ばれるのはイヤですね。でも、確かにものまねはものまねですから、猪木さんとやってるときはものまねでいいんですけど…闘魂伝笑ですね。猪木さんがよく『スポーツを通じての世界平和を』っていってたじゃないですか。僕は、お笑いを通じての世界平和ということでやってます(笑)」


こうなると、猪木物まねではなく、

もう猪木の分身というか、

とにかくいろんな場面で春さんは猪木を体現してきました。

新日以外のリングにおいては『炎のファイター』が鳴り響く中での、

出落ちのネタ…これ鉄板でしたよね。

春さんはその後、猪木公認の猪木芸第一人者として、

坂口、長州や小鉄さんなんかからも可愛がられました。



思えば我々プロレスファンのほとんどが、

呑みの席でプロレス談議に花が咲くと、

なぜか口調が猪木調になってしまう…という覚えありません?

1972サミットでもそういう場面が多々あります。

ここで出る猪木物まねって春さんのがモデルだと思うんですよ。

あの春さんの“ガチンコの猪木”があるからこそ、

我々ファンは堂々と猪木物まねが出来る訳であってね。

…BKっちだけは「おいらがオリジナルだ」って言い張ってましたけど(笑)。

改めまして、

心から春一番さんのご冥福をお祈り致します。
猪木と春さん

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tag : 訃報 春一番 アントニオ猪木

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Secret

やっぱりレガっちの記事はオモロいっすね!

今回はオラも似たようなテーマの記事書きましたが、オラは上っ面の朧げな記憶だけなのに対して、やっぱりこっちは深い…!しっかり書いてますわ^_^

てか、ブログ始めて思いますが、この書き起こし凄く大変ですよね。書き起こしてないオラでも途中でツラくなるのに本当に尊敬しますわ。

ずっと続けて下さいね。

No title

あ~~、実はコメントに書こうとした時に
「ものまね」
と書くか
「なりきり」
と書こうか迷ったんですよ。
長州小力も自身のそれを「なりきり」と言ってたんです。
「似せる」ことよりも「なりきる」ことによって、その人のまんまで会話できるというか?
おそらくですが、有田哲平のプロレスラーのものまねもなりきりだと思います。
関係ないですが、私が大仁田さんのものまねを宴会芸していた時代も完全になりきりでしたから。
30分くらい平気でやってました、その代わり喉が大変なことになりますが(苦笑)


小猪木さんなんかは完全になりきりですよね。
本当かどうかは分かりませんが、昔西口プロレスで長州小力と蔵前最終戦の完コピをやってのけたそうでそれこそ「なりきり同士」の極芸だと思います。

>BKっち

ありがとうございます。
ちょっと思ってたよりも薄い内容になっちゃった感があります。

データベースで春さんの著作探したんですけど、置いていなくって。

この書き起こし凄く大変ですよね。書き起こしてないオラでも途中でツラくなるのに<いや本当につらくなります。前に話した様に、一度頭痛が一週間消えなかった事もあります。
でも読んで下さる変態仲間がいる限りは続けたいと思っています。

>ナリさん

「ものまね」と書くか「なりきり」と書こうか迷った<なる程…春さんをはじめとする猪木芸人の大半はなりきり芸かも知れませんね。

私が大仁田さんのものまねを宴会芸していた時代も完全になりきりでした<ちょっと待った!! それ観たいですよ、激しく。
大仁田は物まねというハンパな気概じゃ出来なさそうですしね。

小猪木さんなんかは完全になりきりですよね<声や顎以外の顔のつくりは似てませんからね。
ただ小猪木氏の場合は猪木ムーブですよね。

…で思い出しました。
もう一人のなりきり芸を。

石川雄規です。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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