そこにアリがいたという事実(1998)

1976年6.26 日本武道館で行われた、

アントニオ猪木vsモハメド・アリの試合映像が、

地上波で初めて解禁となったのが1998年4月6日、

猪木引退試合(参照:神と信者たちへの劣等感)から2日後の特番での事でした。
猪木引退特番での猪木アリ検証1

テレビ朝日の資料部ライブラリーより、
猪木引退特番での猪木アリ検証2

『ワールドプロレスリング』という長寿番組の、

最大功労者である猪木が引退するにあたって、

遂にビデオテープの封印が解かれた訳です。
猪木引退特番での猪木アリ検証3

当時でも既に22年前に行われたという試合でしたが、
猪木引退特番での猪木アリ検証4

これまた今となっては聞く事が不可能な目撃者らによる、

貴重な証言の数々です。
猪木引退特番での猪木アリ検証5

まずは永遠のプロレス少年、

“Mr.ゴング”竹内宏介さんです。

竹内
「やっぱり実現の接点が余りにもなかっただけにね、面白い! とは思ったんですけどね、その具体的なものが何も出てないんですよね。ただ『やりたい』だけでは、これ実現するものではなかったですよね」
猪木引退特番での猪木アリ検証6

続いて試合当時のNET(のちのテレビ朝日)で運動部部長を務めていた永里高平です。

永里
「アリの一番の腕利きのマネージャーと言われてたね、ヘンリー・シュワルツさんというのがいるんですよ。ただ彼が言うのには『お前ら知ってるだろうけど、ヘビー級の試合ってのは大変な事だよ』と。『よく考え直して来い』と。ところがね、どーうしてもね、アントニオ猪木がね、『どーうしても天下のアリとやるんだ!』って情熱燃えちゃってね、言う事聞かんのよ。凄いんですよ、彼の情熱は」
猪木引退特番での猪木アリ検証7

常識で考えて絶対に不可能な試合。

リップサービスで猪木戦を受諾したアリに代わって、

シュワルツ氏は前言撤回を発表しました。
猪木引退特番での猪木アリ検証8

しかし交渉を続けた結果、

アリの興行主であるロナルド・ホームズと同じテーブルにつく事が叶いました。

ここでケン田島(参照:最高の試合、最高の闘い)の登場です。

田島
「やっぱりね、難しいんじゃないかなぁという気がしましたねぇ。向こうもその頃はアリは現役の世界チャンピオンですからね。精一杯、猪木の真意を伝えるという事に努めました。“ぜひ試合をやりたい”と、“何が何でも試合をやりたい”という事ですね」
猪木引退特番での猪木アリ検証9

通訳という重大な立場でギリギリの交渉の中にいた田島氏は、

必死に猪木の情熱を伝えていった結果、

天文学的数字のファイトマネーによって交渉は成立したのです。

竹内さんが目を輝かせて回想します。

竹内
「やっぱりね、猪木さんはそのプロレスラーとしてスタートした時から『プロレスこそキング・オブ・スポーツ。最強のスポーツだ』という旗印を挙げてきましたよね。だからここは、もう損得じゃなく、自分のレスラーとしての夢ですかね。やっぱりこの一戦に自分が賭けてきたもの全て賭けたかったんじゃないですかね」
猪木引退特番での猪木アリ検証10

必死に漕ぎ着けたニューヨークでの調印式、

アリは早速“口撃”開始です。

アリ
「大きなくちばしで飛び回ってるあの鳥は何だったっけ?…俺はお前を“ペリカン”と名付ける」

猪木引退特番での猪木アリ検証11

猪木も負けじと応戦します。

猪木
「俺の顎が尖っててそれだけ強いから、接触するときは怪我しない様に気を付けたらいい」

猪木引退特番での猪木アリ検証12

決戦10日前、当時の羽田国際空港に降り立ったアリはこう連呼します。

アリ
「破壊する!!」

猪木引退特番での猪木アリ検証13

記者会見においては自らを棚に上げて、

アリ
「俺は猪木が大嫌いだ。なぜなら奴は口数が多過ぎる」


決戦8日前、外国人記者クラブにおける会見でも、

口撃は鳴り止みません。

アリ
「俺と対戦するからには世界的に有名にしてやる。アントニオ猪木なんて知らないが、ここんところお前の名前を発言出来ている」

猪木引退特番での猪木アリ検証14

対する猪木はアリに松葉杖をプレゼント。

一瞬顔色の変わったアリですが、

すぐにこれを逆手にとって、

アリ
「これをコーナーに用意しておく。猪木を倒したら、こうやって顔に添えて侮辱してやる」

猪木引退特番での猪木アリ検証15

猪木は終始ニコニコ顔で余裕を見せつけながら、

舌好調のアリを挑発します。

猪木
「今度ぁウチの会社にね、宣伝マンとして雇いたいから宜しく頼む」

猪木引退特番での猪木アリ検証16

公開スパーリング、ルール変更のいきさつを経て、

いよいよ試合映像が“初の再放送”(←ちょっと表現が変ですが)です。

この対戦カードの文字…恐らく当時のままですよね?
猪木引退特番での猪木アリ検証17

例によって試合は割愛しますが、

15ラウンドの死闘を終えて、
猪木引退特番での猪木アリ検証18

翌日のスポーツ紙には、

一斉に叩かれる結果となりましたが、
猪木引退特番での猪木アリ検証19

大ダメージを負ったアリは、
猪木引退特番での猪木アリ検証20

共に死闘を闘い抜いた猪木に敬意を表して、

自らのテーマ曲をプレゼント。
猪木引退特番での猪木アリ検証21

これが猪木の代名詞となった『炎のファイター』の原曲です。

番組ではナレーションが次の様に締め括っています。

「22年前に行われた歴史的一戦、アントニオ猪木vsモハメド・アリ。それはプロレスこそ最強と言う猪木の果てしなきロマンを垣間見た魂の金字塔」
猪木引退特番での猪木アリ検証22

「アリと猪木…二人は紛れもなく20世紀のヒーローだった」
猪木引退特番での猪木アリ検証23

番組ではここからメインの猪木引退試合、

vsドン・フライに入って行きますが、

カメラは当日、会場に現れたアリの姿を追います。
猪木引退特番での猪木アリ検証24

この日は大役である、

聖火への点火を任されたアリですが、
猪木引退特番での猪木アリ検証25

これは安直過ぎましたね。

2年前に開催されたアトランタ五輪開会式の焼き直しを、

ご本人でやってしまったという…。
猪木引退特番での猪木アリ検証26

もうちょっと違うセレモニー出来なかったんでしょうかね。

ちなみに新間寿もこれには激怒していました。
猪木引退特番での猪木アリ検証27

でも試合後のセレモニーで猪木に花束を贈呈した時の、

あのやり取りは良かったですよね(参照:今日という日)。
猪木とアリ3

猪木にとっても、プロレスファンにとっても歴史的な日、

そこにアリがいたという事実。

新日本プロレスの歴史に決して欠かす事の出来ない、

重要登場人物ですね。

DVD発売まであと2週間です。
燃えろ! 新日本プロレス エクストラ 猪木VSアリ 伝説の異種格闘技戦 【初回入荷限定特典付】 [分冊百科]

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tag : アントニオ猪木 モハメド・アリ 格闘技世界一決定戦

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No title

アトランタ五輪でのこの場面、レポーターの伊藤みどりが
「緊張で手が震えています」
という天然さをかましてしまったことで、物議を醸し出したことを思い出します。
しかし、リングに上がって猪木と対峙した際に見せた笑顔には感動すら覚えたものです。


しかしながら、アリ側は要求したファイトマネーを「飲まれてしまった」ことで、対戦することになったわけですがPRIDEの初期ではそこから
「ルールを飲まないとやらない」
というものが延々続いて、カードは発表されてはいるものの試合する前まで
「本当にやるのかどうか分からない」
という雰囲気が続いていたことを思い出します。
実際に大会数日前にオファーなんてのは多々ありましたし、関係ない話ですが初期UFCに北尾がWAR所属として出た際に同行した北原光騎が
「君もこの大会に出ないか?」
と交渉の席に座った事も思い出されます。

そういう意味ではアリは当日までに「○○しないと出ない」という事は言わなかったんですかね?

なんであろうとレガさんのタイトル通り「そこにアリがいたという事実」こそが真実なんですよね。

世界一のスーパースターが新日のリングにあがってファイトしたわけですから。
当時、猪木は33歳ですか。
世界一のスーパースターを自らのリングに上げ、真剣勝負した33歳。
不安は計り知れないほどいっぱいあっただろうけれど、それを上回る情熱。
男として生まれてきた以上、誰もが夢見る男のロマン。
ボクも小さな会社をやってますが、猪木の情熱こそがボクのお手本です。

DVD発売の情報を知ったのは寝起き、早朝でした。
ずっと「あり得ない。これ、絶対夢だな。まだ夢から覚めてないんだ、早く目を覚まさなきゃ」って信じられませんでした 笑

>ナリさん

アトランタ五輪でのこの場面、レポーターの伊藤みどりが「緊張で手が震えています」という天然さをかましてしまった<そんな事もあったんですね。知りませんでした。

猪木と対峙した際に見せた笑顔<冗談で身構えた猪木に思わずこぼれた笑み…あれは映画の1シーンの様でしたね。

PRIDEの初期ではそこから「ルールを飲まないとやらない」というものが延々続いて…試合する前まで「本当にやるのかどうか分からない」<主にそれはグレイシーに見られた訳ですが、今思い返すとそれこそが他流試合の姿だった様な気もします。
プロという部分と格闘技という部分と他流試合的要素…このヒリヒリ感が初期のPRIDEでしたね。

初期UFCに北尾がWAR所属として出た際に同行した北原光騎が「君もこの大会に出ないか?」<今でこそ整備され切ったUFCですけど、黎明期にはターザン後藤やら怪しげな名前が並んでましたよね。
カンフーとかジョーサンドー(笑)なんていうバックボーンもありましたし。
日本で行われた総合系イベントにもそういう部分ありました。

アリは当日までに「○○しないと出ない」という事は言わなかったんですかね?<あくまでルールの事でしょうね。
グローブのサイズとか…諸説知れば知る程、面白いですよ。

>ろっきさん

初めまして。
コメント下さいまして、ありがとうございます。

タイトル通り「そこにアリがいたという事実」こそが真実<冷静に考えても凄まじい出来事ですよね、これ。
紅白にマイケル・ジャクソンとマドンナが出てきて矢沢永吉とコラボする様な…何だかよくわからない例えしか出来ませんね(笑)。

当時、猪木は33歳ですか<現状のメインイベンターがほぼその年齢の時に何を残して来たか…そこには時代という理由以外の圧倒的な差がありますよね。

ボクも小さな会社をやってますが、猪木の情熱こそがボクのお手本<そういった立場の方が猪木信者には多数いらっしゃるんですよね。
そこも他のプロレスラーと違った部分でしょうね。

DVD発売の情報を知ったのは寝起き、早朝でした。ずっと「あり得ない。これ、絶対夢だな。まだ夢から覚めてないんだ、早く目を覚まさなきゃ」って信じられませんでした<実は私も同じシチュエーションでした(笑)。
まだ頭が起きてない状態で、「とにかく早く予約しなきゃ売り切れてしまう!!」と速攻ポチった次第です。

G

猪木の引退試合懐かしいですね、想えばあの日自分もあの日7万人の中の1人でした。


それにしても、レガさんの引き出しの多さには毎度驚かされますね。

NHKの記事にコメント入れようかと思ってたら、テレビ朝日猪木引退試合の記事まで挙がってる。Σ( ̄□ ̄)!

レガさんの手持ちの資料だけで、北海道にプロレスミュージアムを開けるんじゃないかな? と、思っちゃいます。(-.-;)y-~~~


NHKの記事の感想とゴッチャになっちゃいますが、やはりこの一戦は、勝った負けた、試合内容がどうこう以前の問題で(そんなん言ったら怒れるか…)、アリを新日本プロレスのリングに上げた事自体が大事件ですよね。



アントニオ猪木という1人のレスラーの見果てぬ夢と、その夢に共感し舞台を整えるため新日本プロレスだけでなく、新聞社やテレビ局までが一緒になって、実現不可能としか思えないアリ戦に向けて奔走する姿は、ひとつの大河ドラマですね。(たぶん、この話で1年間行けます)



猪木がよく『馬鹿になれ!』って言いますが…


当時の関係者は、本当に馬鹿な事を言い出しやがってと、呆れたんじゃないでしょうか?


きっと周りの人間にもなに考えてんの? と、馬鹿にされながらも、実現まで持っていってしまったこの人達は、素敵な馬鹿野郎達です。


自分も浅間山荘、猪木×アリ戦をリアルタイムで見た記憶は有りませんが、この試合は間違いなく連合猪木軍(見果てぬ夢の前にとことん馬鹿になった男達)が引き起こした、昭和の重大事件ではないでしょうか?



それと、下手をすると新日が潰れてしまうかも知れないような大博打に、猪木が打って出れる裏には、やはりG馬場の存在が大きかったのではないでしょうか?


当然ライバルの二人では有りますが、猪木の心の片隅には…


もし、自分が志半ばで朽果てようとも、力道山から引き継いだ日本のプロレスは、兄貴分のG馬場が守ってくれる。って思いが有ったからこそ、安心して過激な仕掛けを繰り返す事が出来たんじゃないかな? と思います。


もし、G馬場がいなかったら…


団体が新日だけで、日本のプロレスを猪木が1人で背負って立つ立場だったとしたら、これ程の無茶を出来ただろうか?


二人の事を知る徳光さんですから、最後のコメントは偉業を成し遂げた猪木の凄さを認めつつも、何もしていないように見えるけど、ただ動かず守り続ける方も大変なんだよ。というメッセージが込められているような気がします。


勘繰り過ぎか? (-.-;)y-~~~

ボンバイエッ!

猪木引退セレモニー

自分の目の前にアリがいたことが未だに信じられないんですよ。
まるで、神様を見たかのような感覚とでもいいましょうか。

花束を渡すアリに対し、猪木はファイティングポーズでそれに応える。その後、アリはニコッと微笑みを浮かべ、猪木も満面の笑顔
…いやぁ、あのシーンには、言いようのない幸福感を感じてしまいました…

―――――

この号の発売日って、試合があった日と同じ6月26日なんですよね。なかなか粋なことをするもんだ。
私はお気に入りのアリTシャツを着て、それを迎えたいと思っております(笑)
ちなみに前回記事のコメ返にあった、スネークピットTってラグランのやつですかね?
私、好きなんですよ~。ああいうのが特に。

>アステさん

自分もあの日7万人の中の1人でした<羨ましいです。本当に羨ましい。

レガさんの手持ちの資料だけで、北海道にプロレスミュージアムを開けるんじゃないかな?<いや一個一個を掘り下げてやっているだけで、実は持ち駒少ないんですよ。

やはりこの一戦は、勝った負けた、試合内容がどうこう以前の問題で…アリを新日本プロレスのリングに上げた事自体が大事件<そうですね。だから最近思うんですけど、アリを上げた事がのちのちのレッスルマニアやハッスルにつながってきてるんじゃないでしょうかね。
猪木が否定した世界…ハッスルも実は猪木イズムの支流だったのかも知れません。

アントニオ猪木という1人のレスラーの見果てぬ夢と、その夢に共感し舞台を整えるため新日本プロレスだけでなく、新聞社やテレビ局までが一緒になって、実現不可能としか思えないアリ戦に向けて奔走する姿<時代背景もあるでしょうし、プロレスが置かれてた立場もあるでしょうけど、やっぱり根っこは猪木の格闘ロマンなんですよね。
だから周囲にいた人物の一人一人も奇跡の巡り合わせだったと思います。

この試合は間違いなく連合猪木軍(見果てぬ夢の前にとことん馬鹿になった男達)が引き起こした、昭和の重大事件ではないでしょうか?<藤原がよく言いますが、「猪木さんてのは死ぬのが怖くない」と。
ある意味ゲリラですよ。スケールの大きいテロリストですよ。

新日が潰れてしまうかも知れないような大博打に、猪木が打って出れる裏には、やはりG馬場の存在が大きかったのではないでしょうか?<あぁ、最終的にはその人に行くのかも知れませんね。
…本当、そういう見立てが凄いんだよなぁ、アステさんは。

自分が志半ばで朽果てようとも、力道山から引き継いだ日本のプロレスは、兄貴分のG馬場が守ってくれる<こういうのアスクさんに聞かせてやりたい。
アスクさんとアステさんの奇跡のコラボだ、これはもう。

二人の事を知る徳光さんですから、最後のコメントは偉業を成し遂げた猪木の凄さを認めつつも、何もしていないように見えるけど、ただ動かず守り続ける方も大変なんだよ。というメッセージ<うん。私も徳光さんコメントは敢えて今は亡き馬場さんが言わせた言葉の様な気がしてなりません。

…ただね、次の記事読んで下さい。
猪木決して受けずに終わった訳じゃなかったんですよ、これが。

>宮戸ゲノムさん

自分の目の前にアリがいたことが未だに信じられない<宮戸ゲノムさんも目撃者ですね。羨ましい限りです。

アリはニコッと微笑みを浮かべ、猪木も満面の笑顔…言いようのない幸福感を感じてしまいました<あんな映画のラストシーンみたいな事って現実にあるんですね。あの病状で微笑みが出るんですからね。

発売日って、試合があった日と同じ6月26日なんですよね<文字通りの38年という時空を超えての発売です。

スネークピットTってラグランのやつですかね?<よく取材とかで宮戸が着てません? あれって宮戸自身が描いたデザインでしたっけ?
片方の選手がテーズみたいなヘアスタイルの絵で。

いつも素晴らしい記事をありがとうございます!

私も予約しました!

久しぶりのコメントでこれがいいたくて。
情報をこちらで知りました。
本当にありがとうございます!!!

>きちさん

こちらこそ、いつも読んで下さってありがとうございます。

私も予約しました!<いよいよですね。お互い歴史的試合を堪能しましょう。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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