追悼・人間風車

偉大なるレスリングマスター、“人間風車”ビル・ロビンソンさんの逝去が報道されて、

早くも10日が経過しました。
ビル・ロビンソン

 朝日新聞デジタル より
ビル・ロビンソン氏死去 元プロレスラー、「人間風車」

ビル・ロビンソンさん(元プロレスラー)が米アーカンソー州で亡くなったと新日本プロレスが4日、発表した。75歳。

英マンチェスター出身。15歳で通称「蛇の穴」と呼ばれるジムに入門し、アマチュアレスリングで数々のタイトルを獲得後、21歳でプロレスデビューした。1965年に欧州ヘビー級王座を獲得。


当ブログでは折に触れて、

ロビンソンさんの技術や名勝負を検証してきましたが、

何度も書いています様に私のプロレス観について、

大きな影響を与えて下さった人物である事には間違いありません。

ロビンソンさんの過去記事を振り返りましょう。



 人間風車博覧会
ロビンソンのダブルアームスープレックス4

熟年層でプロレスファンじゃない方でも、

“人間風車”の四文字はほとんど知ってるんですよね。

アマレスとプロレスにおける技術を、

レスリングという共通言語のもとに融合させた技の一つでしょうね。

いつまでもいつまでも、

受け継がれて欲しい芸術品です。

朝日からの引用をつづけます。

大技「人間風車」で知られ、75年のNWF世界ヘビー級選手権でアントニオ猪木と引き分けた試合は「伝説の一戦」として語り継がれている。


そうですね…咋秋、あの試合を振り返った事が、

結果的には私にとっての追悼記事なのかも知れませんね。
両国国歌吹奏

 至高のプロレスリング~episode・Ⅰ~
ゴッチさんと実力世界一ベルト

 至高のプロレスリング~episode・Ⅱ~
向かい合う猪木ロビンソン

 至高のプロレスリング~episode・Ⅲ~
立ち合いは探り合い

 至高のプロレスリング~episode・Ⅳ~
ロビンソン、必殺技の一つワンハンドバックブリーカー

 至高のプロレスリング~episode・Ⅴ~
ロビンソン強烈なネックロックから、

 至高のプロレスリング~episode・Ⅵ~
これは…、

 至高のプロレスリング~episode・Ⅶ~
強烈なエルボースマッシュを挟んで、

 至高のプロレスリング~episode・Ⅷ~

最後は打ち合いで、

この試合、私なんざリアルタイム世代ではないのですが、

関連書籍等で読んだりして来た名勝負の中で、

初めてその映像を観て評価以上のものを感じたという、

代表的な一戦なんですよね。

まさしく“プロレスリング世界遺産”です。

さらに朝日から引用します。

85年に引退後は米国で暮らしていたが、92年、日本のプロレス団体UWFインターナショナルの専任コーチとして若手を指導。99年から東京・高円寺に住み、元プロレスラー宮戸優光氏のジムで08年まで指導していた。


そうです。

私がロビンソンさんに対して特別な思いを持つのは、

このUインターでの技術指導という部分もあるんですよね。

 Uインター異人史 vol.12~カリフラワーアレイクラブ編~
風格たっぷりのロビンソン

 未来への扉~前編~

 未来への扉~後編~
ロビンソン先生と一枚

 ゲーリーのキャッチ・アズ・キャッチ・キャン


この団体に厚みを付けてくれた功績は大きいです。

この縁から最期までつづいた、

宮戸優光との絆。

 宮戸語録 vol.28~至高の遺伝子~
Uインターの祝杯1

IGF首脳陣

キャッチ・アズ・キャッチ・キャンというプロレスリングの戦闘技術を、

日本に残さんと尽力された晩年。

その思いはこれからも、

高円寺で大切に育まれていく事でしょう。

 U.W.F.スネークピットジャパン公式 より

【お知らせ】
3月16日(日曜日) 13~14時 当ジムにて、ビル・ロビンソンお別れの会をおこないます。

※ヘッドコーチのビル・ロビンソン先生が、3日に米アーカンソー州リトルロックのご自宅でお亡くなりになりました。先生の技術、精神、そしてレスリングを後の世代へと受け継いでいくのがU.W.F.スネークピットジャパンの役目だと思っております。


明後日、私は行けませんが、

行ける方は是非、お別れの言葉を…。
リングインと同時に投げキッスのロビンソン

改めてビル・ロビンソンさんのご冥福を、

心よりお祈り致します。

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tag : 訃報 ビル・ロビンソン アントニオ猪木 宮戸優光

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>○○○○○さん

その番組自体、実は観た事がありません。

教えて頂ければ、ありがたいです。

わかりました。
かなり興味深い内容だと思いますよ。

No title

数年前に荻窪のサウナで、よく見かけました。 
一度だけ声をかけて、写真をとってもらいました。

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>宮戸ゲノムさん

大変ありがとうございます。

多くは書けませんが、一個だけ。
泣いていたんですね…。そういえばスネークピット設立記者会見のときも号泣していました。
鉄人に続いて、日本版蛇の穴のマスターが天国に旅立ってしまった以上、宮戸にかかる責任は大きいですよね。

>もんこんさん

初めまして。
コメントありがとうございます。

荻窪のサウナで、よく見かけました<これまた貴重な場所でお会いしましたね。

一度だけ声をかけて、写真をとってもらいました<日常の中にいたという話は本当の事だったんですね。

No title

いみじくも追悼記事になりましたね。
私もこういうものが死んでから・・・じゃなくて、亡くなる前にブログに書けたというのはレガさんも自慢になるのではないかと感じます。

リアルタイムの世代ではないので存在はプロレス大百科(ケイブンシャ)でしか知りませんでしたが、後年ロビンソンのビデオを見ることがあり
「すげえレスラーだな!」
と感じました。

だいたいこういうベテランレスラーの訃報があると
「あ~、この技術を継いでくれる人がいなかったのがなぁ」
というのが毎回悔やまれるところでしたが、スネークビットの存在は非常に
「でかした!!!」
という感じがあります。
しかも、「その技術を活かして」ではなく『そのまま伝える』というものなので。

No title

あれ?
何故か「名も無き戦士」なんて『謎のマスクマン、ザ・バンピート』な感じになってますが、DBスミスばりにいきなり名前明かしておきますね(苦笑)

>名も無き戦士さん…もといナリさん

いみじくも追悼記事になりましたね<ありがとうございます。結果的にそうなっちゃいました。

後年ロビンソンのビデオを見ることがあり「すげえレスラーだな!」と感じました<技術が凄いですよね。今のプロレスラーにはいないです。断言出来ます。

こういうベテランレスラーの訃報があると「あ~、この技術を継いでくれる人がいなかったのがなぁ」というのが毎回悔やまれるところ<人間風車はIGFの鈴木秀樹に直伝されましたし、キャッチの技術はスネークピットやアメリカでのセミナーでも伝わっています。
あとは猪木戦みたいな試合が平成マットで展開されたら言う事ないんですけどね。

>ナリさん

何故か「名も無き戦士」なんて『謎のマスクマン、ザ・バンピート』な感じに<なぜでしょうね? すみませんでした。

名も無き戦士の元ネタは、その昔にヒャッホー辻が誠心会館の田尻を指して名づけたリングネームですね。
当時は失礼極まりないネーミングだと思いましたが、今では味わい深いネーミングと思っており、このフレーズを使っております。

こんにちは。

ビル・ロビンソンさんの訃報はたいへんショックでした。

キャッチアズキャッチキャンは永久に不滅です!

>ヤスさん

こんばんわ。

ビル・ロビンソンさんの訃報はたいへんショックでした<ROSESさんにとっては確かに私なんかよりもショックだった事でしょうね。
キャッチの灯が消えぬ様、私達ファンの立場からでも語り継いで行かなくてはなりませんね。
このスタイルが見られるリングをまた教えて下さい。
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