血で血を洗う信頼感・੨~新宿伊勢丹路上襲撃事件~(1973)

からのつづきです。

アントニオ猪木タイガー・ジェット・シンの遺恨を決定的なものにしたのは、

1973年11月5日の夕刻 新宿伊勢丹デパート前で起こった、

“新宿伊勢丹路上襲撃事件”でしょう。
新宿事件を報じる東スポ

今に至るまで、

この事件に関しては諸説ある訳ですが、

櫻井康雄はこう言い切ります。

Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木 (タツミムック)
 Gスピリッツ SPECIAL EDITION Vol.1 アントニオ猪木 より

櫻井
「あれは演出があったとか、いろんなことを言う人がいるけども、僕から言わせれば、『演出ならば、そこに東スポがいたはずだ』と。東スポのカメラマンがね。でも、誰も撮ってないですよ。東スポには襲撃されている時の写真はないんですよ」


いわゆるアングルであるならば、

どんな形にせよ写真や映像を残さなければ、

ほとんど意味がないというか…。
東スポ一面で新宿事件

当然、携帯電話もツイッターなどというものもない時代ですから、

目撃者から情報が発信される確率も極めて低い。

しかし、プロレスファンは当時も熱かった。

櫻井
「あの日、僕はデスクにいてね。ファンから『今、猪木が新宿でやられていますよ。血だらけになってます』と電話がかかってきたんですよ。だから、カメラマンを飛ばしたんだけど、もう片付けた後で。あれはどういうリアリティーがあったかというと、四谷警察署からパトカーが2台も出動してるから。でも、シンはホテルに帰っちゃっててね。その後、パトカーがホテルまで追いかけてるんだけど、シンは部屋から出てこない。警察の中にも、あれはプロレス流のやらせだと言う人もいたんだろうな。それで四谷署から新日に『説明に来い』と電話がかかってきて、謝りに行ってね。いずれにしてもパトカーが出動したんだし、やらせじゃないと言うなら被害届を出せということで」

「結局、始末書を書くということで収まったんだけども、その日、僕は代官山の猪木のマンションへカメラマンと一緒に行ったんですよ。それで翌日の東スポの一面に包帯をしてベッドで半分起き上がっている猪木の写真とインタビューを載せたんだけど、その時に猪木は他の社が来ても、みんな取材拒否しちゃったのね。そうしたら、『あれは東スポのやらせじゃないか』という話になって。僕は『それなら現場にカメラマンをやってる!』と、みんなに言いましたよ(笑)」


当時の警察の見解に、

プロレスというジャンルが置かれていた状況が窺えます。

このファンの方でさえ、「サクラでしょ?」と言われそうな話ですが、

櫻井氏曰く、「それなら現場にカメラマンをやってる!」。

現場を目撃したマスコミは存在しませんので、

事件の内容に関しても諸説あるのですが、

ここは“永遠のプロレス少年”竹内宏介さん(参照:追悼・ミスターゴング~そのプロレス愛~)の著書に委ねましょう。

 プロレス醜聞(スキャンダル)100連発!! より

その事件は1973年(昭和48年)11月5日の夕方6時頃に起きた。場所は伊勢丹デパートの正面入り口前の路上。この日、アントニオ猪木は「闘魂シリーズ第2弾」の試合が休みだった事で当時の奥さんだった倍賞美津子さんと実弟の猪木啓介氏と3人で知人を羽田空港まで出迎えに行き、その帰りに新宿まで足をのばして買い物に寄った。事件が起こった時、美津子夫人と啓介氏は、まだデパートの店内にいた。猪木だけが2人より一足早く、正面から外に出てタクシーを待っていた。
その時、突然、猪木の背後から3人の外人レスラーが近づいて来た。新日プロのシリーズに参加し、京王プラザホテルに宿泊していたタイガー・ジェット・シン、ビル・ホワイト、エディ・オーガーの3人であった。まず、ホワイトが何か大声で叫びながら猪木を突き飛ばした。そして次の瞬間にはシンも蹴飛ばしていた。さらにバランスを崩してよろけた猪木をガードレールの部分に叩きつけたのだ。さらに起こして顔面を殴りつけ、脇腹のあたりを靴で蹴り上げた。


このシリーズ、シンは2度目の来日を果たしていました。

しかし前回の無法ぶりもあって猪木は試合を拒否。

シンは連日、対戦アピールを繰り返していましたが、

猪木は無視し続けました。

そしてたまたま都内でのオフに、

奇跡的確率で両者は顔を合わせてしまったのです。

たちまち周囲は黒山の人だかりとなり、誰かが110番通報した。けたたましいサイレンの音を響かせながらパトカーが4台も現場に駆けつけたが、その時はシン、ホワイト、オーガーの3人は姿を消し、その場には額から血を流した猪木と美津子夫人、啓介氏の3人しか残っていなかった。


パトカーの台数は倍増していますが(笑)、

ほぼ、これが現場の実況検分でしょうね。

ここからが、また大変です。

この事件を扱った四谷署では「これが本当に事件なら被害届を出せ」と、主張。1度は猪木も被害届の提出を考えたが、そうなるとシンたちは逮捕という事になり、外人3人が抜けた状態でシリーズを行なわなければならない状況となる。だが、これで被害届を提出しなかった場合は「あれだけ町中で人騒がせな事を起こしたのだから始末書を出せ」と、いう要請があった。
結局、猪木はシリーズの継続を考えて当時の新日プロの総務部長だった富沢信太郎氏を四谷署に出向かせて始末書を提出。


苦し紛れか? 興行会社の宿命か?

最後は『道路交通法違反』の始末書提出で手打ちとなりました。

結果的には世間の首根っこを掴んで振り向かせた事件でした。

そして、この事件を境にして、

猪木のシンに対する意識が変わりました。

 アントニオ猪木の証明―伝説への挑戦 より

猪木
「俺もあの日はぶらっと新宿に出かけたところだったんだ。けれども、誰かがセッティングしていたのかもしれないね。会社の誰かが、俺のスケジュールをシンに教えてけしかけていた可能性はあると思う。あの頃、新日本プロレスの社員はみんな必死にいろんなことを考えていたから、俺に内緒でそういうことを仕掛けるくらいのことはやりかねなかった」

「そのときは誰かが仕組んだとも思ってなかったし、理不尽にやられたことには腹も立ったけど、なんていうのかシンの自分自身を売ろうというエネルギーみたいなものに感心しちゃったんですよ。
(略)ああいう乱闘事件は決していいことじゃないけど、人を振り向かせるためには非常に頭脳的でしたよ」


ここで出ましたねぇ…のん気が一番!!

社長の貴重な休日に警察沙汰の乱闘をガイジンにけしかける社員と、

自ら襲撃されて額を割られながらも、そのアイデアを高評価する社長。

異様とも呼べる会社ですが、

その異様さが新日本プロレスの原動力だったのです。

そこで闘魂に火が点いた猪木は、

初進出となる北海道巡業の天王山、

11.16 札幌中島スポーツセンターのメインで、

3度目のシングルマッチを組みます。

シンもまた、猪木の意識を察知していました。

アントニオ猪木50Years (上巻) (B・B MOOK 664 スポーツシリーズ NO. 536)
 アントニオ猪木50Years(上巻) より

シン
「私がイノキのワイフ(倍賞美津子)に新宿のショッピングセンター(伊勢丹)の前でスラップ(平手打ち)してからのことだろう。イノキはその仕返しをしようとして向かってきた。彼の意識の中で何かが変わったんだ。そして私は自分自身の身を守るため、やり返した。そこから私とイノキの闘いはレスリングではなく“戦争”になった」


かくして二人の“戦争”はドル箱カードとなりました。

初進出の札幌大会は9,000人札止め。
3度目は札幌

シン
「初めて北海道に行ったときのことを覚えている。それまで新日本は北海道でショーを開催したことがなく、ビジネスの基盤がなくて大きな勝負だったと聞いた。だけど北海道に限らずどこへ行ってもソールドアウト」


最終戦の11.30 福山市体育館では、

完全決着戦として、

日本初のランバージャックデスマッチが実現。

ここで猪木は初めてクリーンフォールによる勝利を手にしました。
4度目の対戦はランバージャック戦

“新宿事件”に端を発した遺恨試合も、

一応の決着を見た…はずでしたが、

しぶといシンはこの7ヵ月後に、

再び猪木とプロレス史に残る死闘を演じます。

へつづきます。

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tag : アントニオ猪木 タイガー・ジェット・シン 倍賞美津子 櫻井康雄 竹内宏介

comment

Secret

No title

伊勢丹をオンタイムで知らない人ですが、以前オンタイムを知ってる人に聞いたら
「おいおいどエライことになってるな」
という感想でした。
この記事のようにまさに
「シンは来てたけど、勝負してもらえないからって躍起になってたんだよ。
そしたら、これだったからね。
これをいわゆる打ち合わせでやってるのかどうかなんて当時は思いもしなかったけど、被害届けを出さないって時点で打ち合わせだったのかなぁ・・なんて。
猪木も新間もまさかそこまで騒ぎになると思ってなかったんじゃない?」
という感想を漏らしていました。

プロレススーパースター列伝ではこの辺のところで猪木は
「アントニオ猪木は街中で喧嘩まがいの暴行をするような男ではありません!」
みたいなことを周囲の人集に言っていたような気がします(笑)

元祖WWE

こんばんは。

ピーター本には、くだらねぇ事、書いていましたけど、たとえアングルでも、世間というかファンの関心を集めたのはまぎれもない事実で、それにより興行成績をアップさせたのですから、これOKだと思います。

中島で9,000人なんて、多分、ステージにも席を作ったと思いますけど新生Uや、四天王全盛時代でも、なかったはずですから。

確か、95年か96年頃の週プロで、どこかのインディーが、これのオマージュなんて格好いいもんじゃなく、リングパレス付近で丸パクりした写真を見た記憶がありました。まるでファンに届いていないと思いますけど。

こうやって売り出された俺はイノキにとって恋人なのかな?フッフッフッ。「列伝風。」

このコメントは途中から脱線します

シンは美津子さんに自分の着ている服を笑われたと思い、カッとなって犯行に及んだんですよね?
動機はそうじゃなかったでしたっけ?

以前、どっかの元レフェリーが自身の著書で、あれはアングルだったとか書いてませんでした?
皆、読んだ後、「ウン。で?(笑)」って感じだったんじゃないですかね。
こんなのね、わたし的にはアングルでも何でもいいですよ!(笑)
仕掛けがダイナミックすぎるでしょ!って話。
やってることはギリギリですよね?(苦笑)

警察沙汰はさすがに…。
パトカー…というか、緊急車両はヤバイですよね(汗)
あっ、緊急車両で思い出しましたが、大仁田劇場in新日での長州戦終了後編もヤバかった。
絵作りで救急車呼んでないか!?みたいな。
しかも、大仁田さんと真壁アナが戯れている間、救急車と救急隊員はずっと待たされて(笑)
途中、救急隊員がストレッチャーに移動するよう促しても演技&顔芸続行で無視!
あれって当時、新日は何も非難されなかったんですかね?
まぁ、でも私個人は爆笑させてもらったので、それは良かったのですが(笑)

そういや、昔、郷ひろみがゲリラライヴやって現場関係者が書類送検されたなんて事件がありました。
アーチチアーチ♪の。
アレなんかもきっと、伊勢丹前で飯塚呼んでやれば問題無かったんですよ。
アイアンフィンガー'99


続きを楽しみにしています。

>ナリさん

オンタイムを知ってる人に聞いたら「おいおいどエライことになってるな」
という感想でした<まさにこの事件が起きた事に大きな意味があったという証拠でしょうね。

これをいわゆる打ち合わせでやってるのかどうかなんて当時は思いもしなかったけど、被害届けを出さないって時点で打ち合わせだったのかなぁ・・なんて。猪木も新間もまさかそこまで騒ぎになると思ってなかったんじゃない?<けしかけた人物が他にいたかも知れませんが、社長猪木自ら評価するって部分が私は感動しました。もちろん美津子夫人にも。

プロレススーパースター列伝ではこの辺のところで猪木は「アントニオ猪木は街中で喧嘩まがいの暴行をするような男ではありません!」みたいなことを周囲の人集に言っていたような気がします(笑)<やはりこの事件、我々にとっては列伝の中の印象が強いですね。
後の四角いジャングルと格闘技世界一路線もそうですが、劇画とほぼ境目のない世界がそこにはあったんですね。

>aliveさん

おはようございます。

たとえアングルでも、世間というかファンの関心を集めたのはまぎれもない事実で、それにより興行成績をアップさせたのですから、これOKだと思います<アングルというものがあるなら、これ以上のアングルはないでしょうね。いまだに語れるという時点で大正解だったという事ですよね。

中島で9,000人なんて、多分、ステージにも席を作ったと思いますけど新生Uや、四天王全盛時代でも、なかったはず<多分、水増し発表も含まれてると思いますが、昔の映像見ると結構な立ち見客いるんですよね。
確かレインボーのコンサートで事故が発生するまでは、かなり消防法無視で入れてたみたいなんです。

確か、95年か96年頃の週プロで、どこかのインディーが、これのオマージュなんて格好いいもんじゃなく、リングパレス付近で丸パクりした写真を見た記憶がありました。まるでファンに届いていないと思いますけど<私全く覚えていません。…という事はやった意味がないという事でしょうね。
良し悪しは別として、インディーなら大仁田がプエルトリコで刺されたのが最大のアングルでしたね。

こうやって売り出された俺はイノキにとって恋人なのかな?フッフッフッ<この事件はどうしても、列伝につながっていっちゃいますね(笑)。

No title

> 横入りレス 宮戸ゲノムさん

大仁田&救急車はFMWの頃からそうでしたよ。
大きな大会が終わると外に救急車がセットされていて、会場外でファンが待っているとなかなか大仁田さんが現れて救急車に乗り込みます。
ファンが
「大仁田さん!大仁田さん!」
と叫び中、救急車は出発します。
で、その先の信号で停まったりすると笑いが起きます。
94~95年あたりの東京近郊FMWに行きまくった私の良い思い出です。

思わぬレスが…!

ナリさんの!
ナリさんの!!
ナリさんの!!!
そのレス!レス!レス!
しかと受け取ったぁ!
レガさん、スペースお借りします。

大仁田&救急車(笑)
ザ・グレート・パンク&アコースティックギター。

実は私もですね、FMWは結構、生観戦してるんですよ。私の場合は旗揚げ初期~93年になります。
私は大仁田信者ではないですし、特にFMWファンだったわけでもないんですが…。
でも、楽しんで見てましたよ!特リンで見たり(笑)
でも例の聖水は浴びないようにしてましたけどね。汚いんで…信者の方に怒られそう(汗)

今まで私がこちらに書かせていただいてたコメントを考えると意外に思うでしょ?
でも当時は色んな団体があったじゃないですか?
物珍しさで見たくなっちゃったんですよねぇ。一応食ってはみるタイプなんで。
「なんでベリチェフはここにいるんだ!?リングスと間違えて契約したんじゃねーか?…嗚呼、DILA…」とか思ってました。

開場前、外を普通にプラプラしてる厚を発見した時、「アップとかしねーのかよ!」と思った記憶があります。
そうだ!某所でプライベートの里さん、森松さんに遭遇し、話しかけたことを今思い出した!!(笑)
お二人共良い方でした。
…て、ナンパじゃないですよ。私がしようと思ったのは熊沢だけですから!

会場の売店でFMW福袋を買ったことも(笑)
ノリでね。まぁ、若気の至りですわ。
中身はまぁ…そんな感じで(苦笑)
捨てずにどっかに置いてありますけどね…あっ、ファイヤーしてる厚グッズっていります?
鮭とばと交換しましょう!

わ~きめも、ふ~れずに、走~り続けるぅ~♪
…おっと、ついつい懐かしさから大仁田厚の迷…名曲『タフ』を口ずさんでしまいました。

追伸。
テンプレトン&バレラはnot聖家族。

本当、川崎乱入も新宿伊勢丹襲撃も列伝で知りましたから列伝とは切っても切れませんねぇ。

列伝では猪木の手の甲がからの出血が印象深いです。
しかし何故手の甲だったのだろう?実際もそうだったのかな?
シン編の後半はほとんど猪木編と言ってもいいですよね。

最近、YouTubeでブッチャー、シン対ハンセン、天龍を観たのですが、シンの動きのよさにビビりました。あれ?シンってこの時こんなによかったっけ?もうこの時は既にロートルでダメダメだった気がしたのに…と。
よく考えるとシン以上に長くグッドコンディションでいられるレスラーはいないですよね。90年代に新日に復帰した時もなんでシンなんだよ?!とまともに観てなかったですが、もっとちゃんと観てみればよかったかな?と思いました。

>宮戸ゲノムさん

自分の着ている服を笑われたと思い、カッとなって犯行に及んだ<私が読んだのは猪木の実弟、啓介氏の「顔を合わせた時、自分は会釈したが、兄は『ほっとけ』と無視した」という話です。
猪木が突っ込んでいったガードレールは変形したそうですね。

どっかの元レフェリーが自身の著書で、あれはアングルだったとか…皆、読んだ後、「ウン。で?(笑)」って感じだったんじゃないですかね<ああ、金の為にほとんど捏造で書いた悪書ですね。
まぁ猪木が言う様に誰かの仕掛けであったとしても、周りの人達が本気でビビって逃げ惑ったなら、そこはシュートでしょう。

緊急車両で思い出しましたが、大仁田劇場in新日での長州戦終了後編もヤバかった<なつかしの大仁田劇場!!(笑)
私は、

大仁田「真鍋、(水)吹いたれ」
真鍋(水ピュッ)
大仁田「(嬉しそうに)ヘタクソじゃのう」

が好きです(笑)。

郷ひろみがゲリラライヴやって現場関係者が書類送検されたなんて事件…アレなんかもきっと、伊勢丹前で飯塚呼んでやれば問題無かったんですよ<いやいや問題大有りでしょ(笑)。
そう考えると、飯塚がシンの芸風を踏襲しているという…十年前には想像もしなかった後継者ですね。

>ナリさん

ファンが「大仁田さん!大仁田さん!」と叫び中、救急車は出発します。
で、その先の信号で停まったりすると笑いが起きます<目に浮かぶなぁ…(笑)。

最初にあのメイン終了後のリングに押し寄せる光景見たときは、さすがに大仁田にカリスマを感じましたね。

>宮戸ゲノムさん

ザ・グレート・パンク&アコースティックギター<なぜパンクなのに、アコギなんですか(笑)。

実は私もですね、FMWは結構、生観戦してるんですよ<本当に意外や意外ですね!!

物珍しさで見たくなっちゃったんですよねぇ。一応食ってはみるタイプなんで<とりあえず「さわってみる」んですね。
確かに昔は団体によって色んなチョイス出来ましたよね。

「なんでベリチェフはここにいるんだ!?リングスと間違えて契約したんじゃねーか?…嗚呼、DILA…」<(笑)…スピンクスからリー・ガクスーからパンディータまでいたんですから凄い世界です。

某所でプライベートの里さん、森松さんに遭遇し、話しかけたことを今思い出した!!…て、ナンパじゃないですよ。私がしようと思ったのは熊沢だけですから!<熊沢ってどんなのか覚えていませんが、案外、私はバッドナースみたいなタイプ好みです(笑)。

会場の売店でFMW福袋を買ったことも(笑)…ノリでね。まぁ、若気の至りですわ<ちょっと待って下さい!! メチャクチャ正当的FMファンじゃないですか(笑)。

わ~きめも、ふ~れずに、走~り続けるぅ~♪<♪一度だけ~、い~ちどだけ~、輝きたいと思った~…←こっちの方が好きです。

テンプレトン&バレラはnot聖家族<誰っすか?
宮戸ゲノムさんの意外すぎる過去を知ってしまった…。

>BKっち

列伝では猪木の手の甲がからの出血が印象深いです…シン編の後半はほとんど猪木編<ああ…久々に列伝読みたくなってきた。
明日ブックオフで探してみようかな?

シンの動きのよさにビビりました<90年代に新日カムバックしたときも全盛期とほぼ変わらないコンディションに驚きましたが、さらにハッスルに来たときもほぼ同じだったという…驚愕しますね。

もっとちゃんと観てみればよかったかな?と思いました<馳がオーバーする為のかませ犬的役どころでしたもんね。
個人的には橋本辺りが抗争してたら面白かったんじゃないかな? と、後のZERO-ONEのガイジン路線見てて思いましたね。

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>○○さん

そうなっちゃいますね。

でも飯塚の場合はみんな笑って逃げていますよね。
シンの場合は本気で逃げていましたから。中には手を出す観客もいたりして。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


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