アントンとミッコ~いつも一緒に編~

“燃える闘魂”アントニオ猪木にとって、

倍賞美津子さんとの結婚(参照:アントンとミッコ~一億円ジャンボ挙式編~)は、

プロレスラーとしても大きな進化を遂げるきっかけとなりました。
一億円挙式1

その意味はほとんどの猪木ファンが、

理解しているのではないでしょうか。

それは絶対的な強さだけではなく、

リングの上での表現者としての才能を、

開花させたからです。

 勇気―炎のメッセージ より

猪木
彼女は明るくて人を喜ばせることが上手だった。人がいるとワーッと楽しく振舞い、周りにいる人の心が明るくなるのである。私にはたくさんの兄弟がいたが、対外的には開けっぴろげに話せる友人がいなかった。子供の頃を振り返るとパーッと明るい部分があまり無かったようだ。色で例えるならば灰色がかっていたかもしれない。その辺、美津子という女性は全く逆であった。人を喜ばせる才能というものは天才的なものを持っていた。私は自分にない彼女の明るさを求めていったのである。


ジャイアント馬場さんと比較すれば、

どちらかといえば表情に乏しかった猪木が、

美津子夫人のアドバイス一つで変わった、と。

そういう伝説も語り継がれています。

さらに新日本プロレスにおける、

美津子夫人の功績は計り知れません。
猪木アリ調印式

事の真偽は定かではありませんが、

“世紀の一戦”1976年6.26 vsモハメド・アリにおいて、

NYでの調印式当日まで、

ファイトマネーに折り合いが付かず、

あわや幻の会見ともなりかねない緊迫感から、

猪木に同行していた美津子夫人のあまりの美貌に、

思わずアリ自らが猪木側の提示金額(アリ側が要求した額の約3/5)に、

首を縦に振った…という都市伝説もあります。
アリキック1

しかしここでも実現に漕ぎつけながら、

闘いのロマンと引き換えに残されたのは、

想像を絶する負債額。

その返済の影にも美津子夫人がいました。

70年代の『ワールドプロレスリング』プロデューサーであった堀内国弥は、

そのエピソードを語っています。

Gスピリッツ Vol.30 (タツミムック)
 Gスピリッツ Vol.30 より

堀内「そこにはちょっと面白い話があるんですよ。三浦甲子二という人物を御存じですか?」

― プロレスを応援してくれたNETの専務で、豪傑だったと坂口さんは仰っていました。

堀内「(略)朝日新聞から来た三浦が編成担当だったんだけど、この人が凄いんですよ。アリとやる何日か前に、酔っぱらった三浦が“これから猪木のところに連れて行け!”と言い出してね。困った私が電話を入れたら、猪木は“いいよ、おいでよ”って。それで酔った勢いで行っちゃったんですよ。しかも家に上がり込んで、また酒を飲み始めたんです。それから布団を敷いてくれて横になったんだけど、三浦が猪木に“ここ揉め、あそこ揉め”と言い出したから、倍賞美津子が“大事な試合を控えているウチの主人に何をさせるの!? もういい加減に寝なさいよ!”って怒り出しちゃってね(笑)。あの時は、さすがの三浦も“ハイ!”ってすぐに寝た記憶がある(笑)。でも翌朝、倍賞美津子は朝飯を作ってくれて送り出してくれてね」

― おそらく猪木さんが一番ピリピリしていた時期ですよね?

堀内「だから、猪木には“大事な試合の前なのに大変だったね。ゴメンね”って。その後、三浦は“猪木っていい男だな。倍賞美津子もいい女だな”ってやたらと誉めていましたね。そういうこともあってアリ戦の後に新日本プロレスは凄い赤字になったんだけれども、三浦は猪木を助けるためにポンと何億円か出したんですよ」


こういうのを読むと改めて、

人と人の縁って大切なものなんだなぁ、と。

そこを媚を売るでもなく結んでしまう美津子さんって…凄い人です。

この後、アリ戦の負債はテレ朝とのタッグによる、

一連の格闘技世界一決定戦で完済します。



他にも猪木の歴代の付き人達は、

美津子夫人の人柄や、その他に触れる事で、

改めて猪木の偉大さも思い知らされていました。

80年代前半に付き人を務めた後藤達俊のエピソードは、

実に微笑ましいです。
猪木とおだんごちゃん

プロレス狂の詩 夕焼地獄流離篇 (Kamipro Books)
 プロレス狂の詩 夕焼地獄流離篇 より

― マッサージといえば、当時猪木夫人だった倍賞美津子さんのエピソードもおもしろいですよね。

後藤「いやあ~、マッサージを頼まれたんですけど…ちょっと反応しそうになりましたよねえ(笑)」

― ワハハハハ! その美津子さんから後藤さんは「おだんごちゃん」って呼ばれてたそうで(笑)。

後藤「何が『おだんごちゃん』だかわかんねえんだけど(笑)。いつも『おだんごちゃん、おだんごちゃん』ってね」

― 美津子さんと猪木さんは最高の夫婦だったんじゃないですかね。

後藤「うん。なんで別れちゃったんでしょうね。でも、しょうがないですね。それは当の夫婦じゃないとわかんないから」


“おだんごちゃん”!!

“Mr.B.D.”の“D”は“だんご”の“D”!!

ああ、知らなんだ!!

他にも有名なエピソードとしては、

大阪から上京した入門時の前田日明が、

猪木の自宅マンションに招かれて、

美津子夫人の手料理とノーブラの巨乳に、

大きな感動を覚えたという…。

私、『1・2の三四郎2』の三四郎と赤城の因縁エピソードは、

この話が元ネタになってると思います。
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その前田氏とも縁深く、

もちろん猪木とも力道山門下生時代からの関係である、

魁勝司こと北沢幹之さんが、

新日入団を決めたのも夫妻との関係からでした。
黄金コンビのセコンドに小鉄さんと北沢さん

Gスピリッツ Vol.6 (DVD付き) (タツミムック)
 Gスピリッツ Vol.6 より

北沢
「わざわざ会いに来てくれて、あの時は凄く嬉しかったですね。その前に猪木さんの奥さんから電話があって、
“ちょっと会社が揉めてて、すぐに帰ってこないといけないようになるから、そのつもりでいて”と言われてましたし。倍賞さんは結婚する前から知ってたんで、2人が離婚したときはガッカリしましたよ。猪木さんと倍賞さんの一番のファンは自分だったかもしれないです。凄く仲が良かったし、絶対に離婚しないと思ってたんで、2人が別れたって聞いた時は涙がボロボロでて…朝方まで車の中で独りで泣いてましたよ」


曰く「猪木さんと倍賞さんの一番のファンは自分」

周りからも身内からも、

本当に憧れの存在だった二人。

新日旗揚げから長きに亘って、

行動を供にしてきた大塚直樹は、

夫妻との素敵なエピソードを語っています。
旗揚げの挨拶に立つ猪木と大塚リングアナ

 猪木毒本―いま、なぜイノキなのか? より

大塚
「俺たちの結婚式でもそうですよ。倍賞美津子さんが『大塚さん、ホントに結婚すんの?』『うん、来年の3月にしようと思ってるんです』『なんで3月なの』『いや俺、誕生日だから』『駄目よあなた、春まで待ったらやめちゃうでしょ』。そしたら猪木さんが『お前ダメだよ、それ。まだ9月だぞ。じゃあ、12月にプロモーターのパーティあるじゃないか、あの後やっちゃえ。みんな地方から出て来てくれてるんだから、そのまま結婚式すれば、それでいいじゃないかよう』って、僕の女房のところにサッサと電話して、『いま、大塚と一緒に飲んでるんだけどな、お前たち12月11日に式あげろ。もしお父さん、具合が悪いなら、俺がいま、喋ってやるから。そうか、じゃ12月11日でいいな』って電話、ガチャンと切って、『おい、いいってよ!』って(笑)。あの頃ホントに良かったですよ。美津子さんが『じゃあ、おめでたいから私1曲歌ってあげる』って。だから俺、いまでも『ハワイアン・ウェディング・ソング』って好きなんです。美津子さんが歌ってくれたんですよ。そこ歌えない店なんですけど、猪木・倍賞がいて歌うなとはいえないですよ。『私のところの、一番かわいがってる従業員が、いま婚約成立したのよ』って。(店の人も)どうぞどうぞと。だから、結構いい感じでいってたんですよ」


読んでて何だか心が暖かくなる感じします。

さらに夫婦喧嘩の際にも、

猪木がSOSサインを送っていたのは大塚氏でした。

「夫婦喧嘩すると猪木さん、『大塚、ちょっと来てくれ』って、冷た~い風がピュ~と(笑)。『あ、大塚さん来たの。食事したの?』『いやまだです』『あ、そう、何食べる? 冷蔵庫にナニとナニがあるけど』『じゃあナニナニを』って一生懸命作ってくれて。ボスの猪木さんは別のところに座ってるんですよ。で、美津子さんがテーブルに作った食事を置くじゃないですか。猪木さん、ノソノソノソっとやって来てね。『あんた食べるの?』『いや俺だって…』って(笑)。ホント、いい時代。そういう時代もありましたよ」


知れば知る程、この二人、

なぜ別れてしまったんでしょうねぇ…。
一億円挙式4

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tag : アントニオ猪木 倍賞美津子 北沢幹之 後藤達俊 大塚直樹 堀内国弥

comment

Secret

No title

うーん、このシリーズを読み進めると、ますます結婚したくなる(笑)。

おれのミツコはどこにいるんでしょうか?

すべてが一流

貰う嫁も一流なら負債額も一流。
いちいち豪快ですよね。

前にも書かせていただいてると思いますが、プロレスは色んなものの集合体だと思います。色んな要素が詰まっているというか。
だからみんな夢中になれるんでしょうね。
でも何かに偏ってると本筋から外れて「これってプロレスか!?プロレスラーか!?」になります。
猪木はプロ・レスリング技術、そして本当の強さというものをしっかりベースとして持っていました。
だから一見、脱線しているように見えても決して“アントニオ猪木のプロレス”、“プロレスラー・アントニオ猪木”はブレなかったですよね。

誤解を恐れず書きますが、試合の中で演じる才能も半端がなかった。
この人は本当に狂ってると感じたことって何回もありましたよね?…まぁ、どう見てもマジな時がありましたけど(笑)
あえて演じることで観客を惹き付けるというような部分はやはり美津子さんの影響が大きかったんでしょうね。

ーーーーー

ほほぅ、だんごのDとBackDropのDをかけましたか。覚えておこう。
で、ナニナニ?
「反応しそうになる」…後藤勃つ俊か!?
Mr.BDのBはボッキのBである。
あぁ、ペヤングGuy…

“ボッキする、おだんごちゃん”だなんて、レガさんはヒドイこと言うなぁ(笑)
ボクは後藤逹俊選手は嫌いじゃないですよ。

何故だろう…このシリーズを読むと千葉真一・野際陽子夫妻を思い浮かべてしまう…。

アントンとサニチバの金と夢とロマンが複雑に入りくんだ人生が被るからなのか…?

>スパさん

このシリーズを読み進めると、ますます結婚したくなる(笑)<婚活、お疲れ様です!!

おれのミツコはどこに<うーん…なかなかいませんよね。
モトコならいるかも知れません(苦笑)。

>宮戸ゲノムさん

貰う嫁も一流なら負債額も一流<祖父の教え通り、何事も世界一を目指した結果でしょうね。

プロレスは色んなものの集合体だと思います。色んな要素が詰まっているというか。だからみんな夢中になれるんでしょうね<そうですね。闘いだけではないし、フィクションだけでもない。
両方交じり合って、境界線のないのが猪木の世界でしたからね。

でも何かに偏ってると本筋から外れて「これってプロレスか!?プロレスラーか!?」になります<難しい部分です。非常に。

一見、脱線しているように見えても決して“アントニオ猪木のプロレス”、“プロレスラー・アントニオ猪木”はブレなかった<やっぱり基本は闘いと強さ。猪木も「強けりゃ何やったっていい」と言ってましたよね。

試合の中で演じる才能も半端がなかった…あえて演じることで観客を惹き付けるというような部分はやはり美津子さんの影響が大きかったんでしょうね<数々の賞を取って、いまだに一線でいる大女優ですからね。
猪木にとっては影響の大きすぎる存在だったでしょう。

だんごのDとBackDropのDをかけましたか…後藤勃つ俊か<あまり深く追求しないで下さい(笑)。

レガさんはヒドイこと言うなぁ(笑)…ボクは後藤逹俊選手は嫌いじゃないですよ<私も好きですよ。あの顔こそ金の取れる顔ですもんね。

>BKっち

このシリーズを読むと千葉真一・野際陽子夫妻を思い浮かべてしまう<時代も近いんでしたっけ? 確かにかぶるかも。

アントンとサニチバの金と夢とロマンが複雑に入りくんだ人生<いずれも男にとってはたまらない世界観ですよね。

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>○○さん

えっ!? 宮ゲさんの“●ッキする、おだんごちゃん”の部分に?
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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