疑問と訂正(2001)

先日の記事で振り返った、2001年11.3 東京ドーム

高田延彦vsミルコ・クロコップ(参照:折れなかったプライド~前編~~後編~)。
判定なしのルールでドロー

当時の試合後コメントを読み返して、

“近年ない位のベストコンディション”と記したのですが、
この眼…久々です

実はこの試合の直前に左膝をやっちゃってたんですよね。
痛み止めの注射を、

控え室で大きな痛み止めの注射を打っていました。
患部に直接、

試合前から苦悶の表情を浮かべていたのです。
これはきつい…

この事、すっかり忘れていましたが、

年末に猪木祭参戦が決定してから放送された、

TBSの『Zone』というスポーツドキュメンタリー番組で、

高田が自ら告白していました。
ZONE

高田
「この数年ていうのは、試合に向けて練習すればする程、こう体が壊れてくっていうか」

高田怪我を語る1

高田
「いい練習するって事は激しく、自分にキツく、ハードになってきますから。そうすると怪我もありますし」

高田怪我を語る2

高田
「足に注射打つとか、あっち痛いこっち痛いというのは当然の事ですから」

高田怪我を語る3

今更ながらPRIDE時代、

高田は常にボロボロの肉体で試合に臨んでいたんですね。

それを振り切ってリングに向かっていた訳です。

出陣前の咆哮一発は、

Uインター時代から変わりませんね。
気合い一発

どんな試合でもそうでしたが、

特にこの試合は勝利に対するモチベーションが高かったと思います。



それと、もうひとつ訂正なのですが、

高田がこの試合で負った右足の骨折。

これ番組では「3Rに起きたアクシデント」としています。
これがその瞬間?

私は1Rのタックル前に放ったローが、

骨折の要因だと思っていました。
右のインローから、

いや、これ今でも思っています。

一発で折ってしまったのか?

何度かのブロックにより徐々にいったのか?

まぁ後者の可能性は低いでしょうけどね。

「1Rのローだとしたらタックル行けないし、その後も蹴れないのでは?」

そういったご意見もあるかと思いますが、

開始早々でアドレナリンがバリバリ出てる状態ですから、

折れてても問題ないと思うんですよね。

その後の蹴りに関しても同様です。

もし3Rに折っていたとしても、

やっぱりその後も蹴っていますしね。

この事も高田が語っています。

高田
「悪いローが、僕の悪いローが入ったんですね」

高田骨折の瞬間を語る1

高田
「それを、まぁ一番彼のディフェンスしたときに硬い位置に僕の悪い所が当たって。ま、当たった瞬間分かりますよね」

高田骨折の瞬間を語る2

高田
「嫌な感じがありましたから」

高田骨折の瞬間を語る3

後日、週プロで公開された写真ですが、

試合中、既に野球ボール大に腫れていました。
この腫れ…

そんな中でもこの試合は勝ちにいってた訳です。

高田
「足が全く動かなくてね、寝たら起き上がれないとか。えー、骨が出てるとかね、そういう状況じゃないですから」

高田骨折の瞬間を語る4

高田
「まだ自分には闘う術が、それが結局、寝て誘うって形ではあったんですけど」

高田骨折の瞬間を語る5

高田
「でも、それでも僕にはまだ活路っていうか勝機がね、充分あったんで」

高田骨折の瞬間を語る6

診断は右踵骨亀裂骨折、靭帯損傷。
大怪我です

出た結果に対しても素直に受け止め、

悪びれず試合を分析しています。

高田
「一瞬一瞬の出来事が積み重ねの結果ですから、これは」

高田骨折の原因を語る1

高田
「もっと僕の足が硬けりゃ問題なかったでしょうし。僕がもっと打撃がうまければ、あるいはタックルにパワーがあれば」

高田骨折の原因を語る2

高田
「あの日は…あれがもう僕のベストですから」

高田骨折の原因を語る3

試合内容に対しての反省こそしますが、

「もし左膝が大丈夫だったら…」的な言い訳は決してしません。

それが高田延彦なのです。



最後に高田が何を背負ってPRIDEで闘っていたのか、

それが再確認出来たコメントがあります。

高田
「勝つ嬉しさとか、多分ガッツポーズとか忘れちゃってると思うんですよ。それをね、久しぶりにリングの上から、えー…やってみたいな、と」

高田ファンを語る1

高田
「この辺に、胸の辺りにつっかえたまま5年間来てる私のファンもいて下さると思うんでね」

高田ファンを語る2

高田
「そういう人達と一緒に喜びたいですね」

高田ファンを原因を語る3

“そういう人達”を決して、ないがしろにはせず、

それでもイージーな相手だけは選ばずに、

高田はPRIDEを駆け抜けました。

ただやはり年齢から来るコンディショニングの難しさ…、

このミルコ戦が引退の決断をした区切りだったのです。

泣き虫
 泣き虫 より

高田
「自分の中ではものすごくモチベーションの高い試合で、トレーニングもいい感じでやれてたんです。ところが、試合の三週間前に、ぎっくり腰をやってしまった。ようやく治って練習を再開したら、今度は左膝の内側じん帯を痛めちゃった。それが試合の一週間前。これで、さすがにもうダメだなと思いました。
(略)このときは精神的に最高に近い状態だったのに、あちこちがパンクして、とても試合なんかできる状態じゃないとこまでになっちゃった。もし、これが大事な試合じゃなかったらキャンセルしてるとこなんですけど、ぼくの場合、興行の核となる試合を任せてもらってる以上、一週間前に“ハイ、辞めました”なんてこと、言えるわけがないじゃないですか。結局、このときは無理して出場することにしましたけど、今後、本当にどうやっても出場できない状態になってしまうことがあるかもしれない。そう考えて、いよいよ潮時だな、と」


そうそう…腰もやってたんですね。

とりあえず、記事上では二つの部分を訂正します。

ただ私の中ではやっぱり、

二つ目の部分は違うと思いますね。



今年、かつてのメジャー団体から二人の大物日本人が引退して、

8人タッグながら、それぞれ勝利で有終の美を飾りました。

最後までファンの夢を大切にしたケースだったと思います。

それでも壮絶に散った高田の方が、

私は好きなんですよね。

それもこれも含めて高田を応援した時代は、

私の誇りですね。

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tag : 高田延彦 ミルコ・クロコップ

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No title

ぎっくり腰はPRIDE.1の前にもやってましたね。
前日に、前田が高田を訪れて秘策(?)を与えると共に後日
「一週間も前にやってたら、試合をキャンセルしろ。
周りもこの勝負の意味を考えろ」
という話もしていました。
格闘家においては、肘や膝よりも腰ってのは1番重要な部分ですからね。
藤波も結局腰をやって以降はファイトスタイルを変えざるを得なくなりましたしね。

ローに関しては、試合を見る限りでは分からないですが1Rのロー+3Rのローで決定的になった感じ?
積極的に寝始めたのもそのラウンドからですし。

>ナリさん

前日に、前田が高田を訪れて秘策(?)を与えると共に後日「一週間も前にやってたら、試合をキャンセルしろ。周りもこの勝負の意味を考えろ」<リングス事務所で気功師かなんかを呼んでやってたという記憶もあります。
ドームの客席に現れた前田の表情が全てを語っていました。

格闘家においては、肘や膝よりも腰ってのは1番重要な部分<文字通りの要ですもんね。
私も腰椎ヘルニア持ちなんですけど…本当につらいときあります。

試合を見る限りでは分からないですが1Rのロー+3Rのローで決定的になった感じ?<人それぞれの推測が出来るこの試合はプロレスの要素がたっぷりありますね。
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