折れなかったプライド~後編~(2001)

前編からの続きです。

2R終了のゴングが鳴ると、

高田延彦は辛そうにしゃがみ込んでしまいました。
立ってるのも辛そうな高田

既にこの時点で右足甲(実際は踵骨)が折れていたのです。(参照:疑問と訂正)

それでも高田は“勝つ為の攻撃”に出ます。

3R開始早々、タックルのフェイントから、
3R開始早々タックルのフェイントから、

痛めた右でローキックを繰り出しますが、

ここもミルコ・クロコップは完璧なブロック。
右ローは完璧にブロックされ、

チャンスと見るやパンチの連打でコーナーに詰めてきました。
一気に前に出てきたミルコに、

高田は腰を沈めながらミルコの両足を抱えて、

何とかテイクダウンを狙います。
腰を沈めながらの両足タックル、

しかしここも切って行くミルコ。
これも切ったミルコに、

高田は再びの猪木アリ状態です。
もう一度猪木アリ

この試合直後、高田の闘い方が批判の対象となりましたが、

果たして本当に逃げていたのでしょうか?

スタンドに戻れば高田はインローから、
高田はインローから、

片足タックルに行きますが、

ミルコは切っていくと、
片足タックルは、

サイドポジションとなりました。

危ない!!
ミルコ潰して上になる…危ない!!

が…ミルコは素早く離れると、

あくまでスタンドを要求。
またも猪木アリにミルコはスタンド要求

ミルコにはVTで闘っている概念はありません。

立ち上がった高田は痛む右足でハイキック、
高田ハイキックから、

しかし力なく崩れてしまい、

そこへミルコは再びローキック。
崩れる様に寝るとミルコの蹴り

虚を突いて高田はタックルに行きますが、

ミルコも切っていきます。
それでも飛び込む高田

再三の猪木アリには「立て」と。
猪木アリにミルコは「立て!」

立ち上がった高田はロープ際を回って、
残り30秒で、

コーナーで高田の右ローとミルコの左ハイが交錯。
高田のローとミルコのハイが交錯

ミルコの圧力に高田は崩れ落ち、
ハイキックをダッキングでかわす高田

また猪木アリになったところで3R終了のゴング。
猪木アリに持ち込んで3R終了

インタバル中、藤田と松井にケアしてもらいながら、

ダメージが大きい高田は何度か顔をしかめます。
ダメージがきつそうな高田

この試合の特別ルールは3分×3R、

決着がつかない場合は最大5Rまでの延長。

ここからは延長=エキストラ・ラウンドです。

開始早々、高田はタックル。
EX1R開始早々タックルに行く高田

これを切られると高田は、

再び猪木アリとなり右手を差し出します。
猪木アリでグラウンドへ誘う高田、

会場は大きなブーイング、

それでも高田はその状態からグラウンドへ誘います。
左足でミルコを牽制

ブレイクがかかるとミルコは不機嫌そうにきびすを返します。
グラウンドには付き合わないミルコ

スタンドになりにじり寄るミルコ。
にじり寄るミルコ

コーナーに詰まったところで高田は、

また猪木アリへ。
コーナーを背に高田は再び猪木アリへ

ミルコとの距離が中途半端になるとタックルへ。
残り2分でタックルへ

様々な形でミルコをグラウンドに誘います。

スタンドに戻るとロープ際を大きく回って、
大きく回る高田、

猪木アリへ。

ミルコは全く付き合いません。
猪木アリを徹底して嫌うミルコ

とにかく高田が立つまでひたすら待ちます。
残り1分、ミルコはひたすらスタンド勝負

一瞬スタンドに戻りますが、
スタンドから、

すぐに高田は猪木アリへ。

この体勢から高田はにじり寄り、

今度はミルコは一定の距離を保ちます。
グラウンドへ誘う高田

ならばと高田、今度は両手を差し出します。
両手を差し出しての挑発にも乗らないミルコ…EX1R終了

ここでEX4R終了。

最後のインタバルで島田レフェリーが何か問いかけると、

一言、「やるよ」
島田レフェリーの問いかけに「やるよ」と一言

最後のインタバルを終えて、
かなり辛そうな高田、汗の量が多い

EX2R…最終ラウンド開始です。

グローブを合わせに行った高田にミルコは右フック。
EX2R開始と同時にミルコの右フック

ここからの高田はもう猪木アリ状態オンリー。
高田はあくまで猪木アリ

大ブーイングの中、

あらゆる角度からミルコをグラウンドへ誘います。
高田は必死にグラウンドへ誘う

しかし全く付き合わないミルコは、

ひたすらブレイクがかかるのを待つだけの展開。
スタンドへ

一瞬スタンドになりますが、

すぐに高田は猪木アリへ。

右手を差し出して前へ出るも、

ミルコはジリジリ後退。
前に出る高田、さがるミルコ

その体勢から高田は、

ミルコの顔面を蹴ろうとしますが当たりません。
下から蹴る高田

残り時間はいよいよ1分!!

またスタンドからの再開となりますが、
試合時間残り1分でスタンドへ

すぐに高田は猪木アリ、

そして差し出す右手。
右手を差し出す高田

付き合わずぐるぐる回り込むミルコ。
ぐるぐる回るミルコ

高田へのブーイングはどんどん大きくなっていく中、

試合終了のゴング。
このまま試合終了

これまた特別ルールによる判定なしのドロー決着。
判定なしのルールでドロー

健闘を讃え合うもお互いに冷めた表情です。
抱擁するも冷めた表情の両者

近年ない位のベストコンディションでリングに立ち、

骨折というアクシデントに見舞われながら、

最後まで勝つ糸口を探して闘い抜いた高田は、

胸を張ってリングを後にしますが、
胸を張って引き上げる高田

待ち受けていたのは満員の東京ドームにおける大ブーイング。

思わずセコンドの松井に「ブーイングかよ?」
松井に聞く高田「ブーイングかよ?」

高田の中には、“逃げてたのはミルコの方”だという、

はっきりとした意識があったからです。

高田
(ミルコは)怒ってるのなら堂々と上に乗っかって馬乗りでやればいい。本当、ガッカリしたね、そういう態度には。女々しくて」

(骨折箇所以外は)あとはピンピンしてる。向こう(ミルコ)は何もやってない」

また、これにとどまらず、

全マスコミ、ほぼ全プロレスファンから一斉に大バッシング。

当時はネットでプロレスや格闘技を語り合う事が、

日常化してきた時代でしたので、

試合直後から我々高田ファンは、

様々なサイトで喧々轟々やり合いましたよね。

本気になって高田を弁護したなぁ…。

結局は多勢に無勢で声はかき消されてしまいましたが、

何とも言えぬ屈辱を味わいました。

…。

しかし、私の場合は丸一年後の高田引退時に、

発刊された記念本の中での鬼軍曹の温かい言葉に、

本当に心が救われましたね。

「高田延彦」のカタチ―高田延彦22年間とは?1981‐2002
 「高田延彦」のカタチ より

小鉄
「ミルコ・クロコップとの試合では足折ったのに試合を続けましたよね。寝っ転がったのは仕方ないですよ。折っちゃってることだから。レスラーは血を出そうが、骨が折れようが、本人がギブアップするまでは試合をやらないと。普通だったら『折れたからもうダメだ』ってなりますよね。それでも高田はやったんだから大したもんですよ。あれがプロレスラーですよ! それがプロレスラーの凄味じゃないですか。『ギブアップなんてみっともない』っていうのが頭にあるから、そうなったらああいう戦法しかないですよ」


単なる親心からだと思いますが、

他の誰でもなく山本小鉄さんの口から出た事で、

本当に高田ファンの自分なんかは救われました。

この日のアンダーカードでも見られましたが、

「打ち合って玉砕してこそプロレスラーの美学」的な、

間違った風潮が当時ありましたが、

高田のプライドはそういう次元にはありませんでしたから。



そこで改めて、Fさんのご質問に対する返答ですが、

この試合に対する高田の気迫は、

確かに全盛期に程近いものがあったと思います。

しかし『本来の高田延彦』という観点で行くと、

このミルコ戦も含めて“勝負の運”から遠ざかっていたPRIDEの時代は、

やっぱり『本来の高田延彦』とは言い難いですね。

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tag : 高田延彦 ミルコ・クロコップ K-1 山本小鉄

comment

Secret

猪木の後継者は、この男だった。

こんにちは。

私も、高田のカタチ持ってますけど、当時バッシングしていた週プロ佐藤が謝罪文のような記事を載せていて、時間が経過すると高田の凄さが理解できたみたいでした。これ猪木アリと全く同じ図式じゃないでしょうか。
PRIDE時代は勝ち星に恵まれなかったしボロボロになっていたので、格好よくはなかったかもしれませんが、格好悪くもなかったです。
北尾をKOした93年頃の高田は、よく猪木の後継者と称されましたけど、避けてもよかった道を通っていったPRIDEのリングに同世代のトップレスラーと呼ばれた選手の中で唯一、上がり続けた時代が一番猪木の後継者ぽかったと思います。

No title

この試合の内幕は、こういう内容だったんですねぇ。


桜庭vsホイラーでこういう状態になった時にヒクソンは
「桜庭はウエイトに差があるのに、ホイラーの寝技で勝負しようという意思表示から逃げた。
足を蹴り続けた弱虫だ。」
というような話を見て、
「お前の弟が自分で桜庭を倒せないから寝ただけだし、ウエイトの話なんて今までしたことないじゃん」
と思ったものです。

勝負論でいくと『ギブアップなんてみっともない』としては小鉄さんのいう通りです。
それに、「打ち合って玉砕してこそプロレスラーの美学」という部分にも同意はできません(勿論、高山であったり藤田であったり、それはそれで素晴らしいですが)
そこは理解します。
その上で、高田から見た「ミルコは逃げた」は、ヒクソンのいう「桜庭は逃げた」に近いようなものと思います。

しかし当然、ミルコからとして考えると(ミックス総合ルール2戦目)寝技には付き合えないですよね。
怒っていれば相手の術中にはハマれませんし、尚更「立ってこい!」と言ってしまうような。

高田の心情と、ミルコの状況を思った上で、”どちらを取れ”と言われたら僕は高田を支持できないなぁ・・・と思いました。

>aliveさん

こんばんわ。

当時バッシングしていた週プロ佐藤が謝罪文のような記事を載せていて<『こんな試合しやがって』ですね。
週プロで表紙にそう書いておきながら、翌週の直撃インタビューでは「あれは、こんな“凄い”試合しやがって、という意味で」とか(笑)。

PRIDE時代は勝ち星に恵まれなかったしボロボロになっていたので、格好よくはなかったかもしれませんが、格好悪くもなかった<逆にああやってさらけ出してくれたから今でも好きなんだと思いますね。
一番夢見させてもらったのは間違いないですし。

PRIDEのリングに同世代のトップレスラーと呼ばれた選手の中で唯一、上がり続けた時代が一番猪木の後継者ぽかった<よく全盛期の猪木が「40過ぎたら現役でいる事はむずかしい」と言ってたらしいですが、それを守ったのは案外、前高山の三人なんですよね。
その中で高田は挑戦を続けた…歩みを止める事なく闘ったから、猪木の教えを一番守ったレスラーだと思いますね。

>ナリさん

「桜庭はウエイトに差があるのに、ホイラーの寝技で勝負しようという意思表示から逃げた。足を蹴り続けた弱虫だ。」<しまいにゃ「我々はファイターではなくウォリアーズだ」とか訳のわからないこと言ってましたよね。
先日出版した本でも書かれていましたが、「大切なのは勝つ事じゃなく、負けない事」と。
400戦無敗のカラクリは実に単刀直入でしたね。

その上で、高田から見た「ミルコは逃げた」は、ヒクソンのいう「桜庭は逃げた」に近いようなものと思います<うーーん…高田の場合は折れていましたからね。ホイラーのそれとはちょっと違いますよね。

高田の心情と、ミルコの状況を思った上で、”どちらを取れ”と言われたら僕は高田を支持できないなぁ・・・と思いました<観方は各々の自由ですからね。
私は高田全面肯定です。

No title

>結局は多勢に無勢で声はかき消されてしまいましたが、

自分の周りは、ブーイングを引っ繰り返した感がありましたので、今回読んでもらおうと検索してみましたが、見事に消えてなくなってますねー(笑)。残念。


高田には色々な異名が付けられましたが、このときの『アイ・アム・プロレスラー』が一番好きです。佐藤大輔、わかっとるやんけ‼と思いました(笑)。

No title

こんにちは
ありがとうございます!そうですか・・。
まぁ確かにそうなりますよね
個人的にはPRIDEでの高田延彦も凄い好きなんですよね。
個人的には前にも書きましたがPRIDE3.4.5.11くらいがコンディション的には最高だったかと・・。11はメンタルな部分はありますが・・。
17はよく動けてましたが大腿部は完全に細くなりましたよね。
まぁでも普通に考えて足が入れて戦うのって普通に大変ですからね(汗
その数日後には佐竹とかと飲んでるわけで(笑
やはり、最高にカッコいいプロレスラーだと思います

>スパさん

自分の周りは、ブーイングを引っ繰り返した感がありました<それは凄いですね。
私は孤軍奮闘したのですが、賛同者が少数でした。
しかし勝負強さが失われていた高田を痛感させられて寂しい気持ちもあったのも確かです。

『アイ・アム・プロレスラー』が一番好きです。佐藤大輔、わかっとるやんけ‼<なぜこのネーム付いたんでしょうね。
確かに倒されても倒されても強豪に挑んでいく姿はプロレスラーそのものでした。

>Fさん

こんばんわ。
逆に記事のきっかけを下さってありがとうございます。

個人的にはPRIDEでの高田延彦も凄い好き<悲壮感と言うか、やっぱり背中で語ってた時代ですよね。

PRIDE3.4.5.11くらいがコンディション的には最高だったかと<うーん…どうでしょうね。
やっぱりUインター時代と比べると…いや、これ比較するだけ野暮でしょうかね。
17の時は仕上がり良かったみたいですけど、例によって試合直前に壊れたらしいですね。

その数日後には佐竹とかと飲んでるわけで<確か試合後の夜じゃなかったでしたっけ?
いずれにしても昭和を感じさせてくれる豪傑ですね。

No title

>『アイ・アム・プロレスラー』なぜこのネーム付いたんでしょうね。

自分には、『ムダなことをするのが、プロレスラー』という持論があって、これはカッコよく言えば『利害を超越して 誰もやらない事に挑戦する」猪木イズムと同じなんだけど、高田は競技者としては考えられないムダに高いレベルへの挑戦を全盛を過ぎた年齢でやってたんですよね。潜在能力はともかくとして、VT実績ほぼゼロの状態で、ヒクソン、ホイス、ケアー、ミルコ、ボブチャンチンですからね。これはもう競技者の挑戦としては明らかに狂ってる(褒めてます!!!)。

『アイ・アム・プロレスラー』…このフレーズを聞いたときに佐藤大輔は自分と同じものを見てると確信しました。

>スパさん

『ムダなことをするのが、プロレスラー』という持論があって<そこですよね。しかもシュートに近い場であれば、場である程それを実行するレスラーに惹かれますね。以前の記事で記した通りです。
(参照:http://murasakilg.blog64.fc2.com/blog-entry-1016.html)

高田は競技者としては考えられないムダに高いレベルへの挑戦を全盛を過ぎた年齢でやってた<高田と同世代で一時代を築いた存在において、唯一と言っていいくらい最後まで守りに入らなかったのが高田ファンの誇りなんですよね。

潜在能力はともかくとして、VT実績ほぼゼロの状態で<その中でも、「もしかして高田なら…」という形で観続けたのがPRIDE時代の高田の姿でした。

佐藤大輔は自分と同じものを見てると確信しました<日本に総合格闘技を根付かせた功労者の一人である事には違いないです。

思い出話になりますが、、、

初めまして、g-panと申します。
こちらのブログは、あの頃の思い出に浸れて良いですね。
引き分けに終わった一試合をこうして10年後も語り合える、、、
高田のVT挑戦には色あせないドラマがあります。
当時の高田ファン掲示板で見かけたことがあるような方のコメントもあって、
なんだか懐かしくて書き込んでしまいました。

僕が初めて高田延彦を知ったのがヒクソン戦。
会場での初観戦はボブチャンチン戦でした。
(同じ年の猪木祭りでの武藤とのタッグも恰好良かったですね。)
PRIDEでは苦しい試合の連続でしたが、
高田の戦いから始まったPRIDEの物語が
様々な選手たちによって彩られていく様子は大河ドラマのような壮大さでした。

高田さんが引退試合の直前に送った自分の拙いファンレターに、
サイン色紙を書いて送って下さったものは今でも大切な宝物です。

PRIDE.で引退されてから、もう10年以上経ちますね。
総合格闘技はアメリカの方が主戦場になってしまい、
日本ではプロレスも総合もあまり話題にならず、
最近格闘技といえば相撲しか見ていないこの頃です。

高田延彦はプロレスラーとしては(総統時代を入れても)
早くに引退されたレスラーだと思いますが、
現役として駆け抜けた時代はプロレスも格闘技も素晴らしい盛り上がりで、
本当にいい夢を見させていただきました。
テレビなどで見かけると今でも格好いいままなのがファンとしては嬉しいです。

長い独り言になってすみません。
また楽しみにブログ見させていただきます。

>g-panさん

コメント遅くなりましてすみません。
そして初めまして。コメント下さりありがとうございます。

あの頃の思い出に浸れて良い<ありがとうございます。
当初は今と過去を半々くらいに考えていたのですが…結局こうなっています(笑)。

高田のVT挑戦には色あせないドラマがあります<目指していた闘いの場に出会った頃にはもう全身がボロボロだったと。
でもそこで見て見ぬ振りせずに真っ向から挑んでいた高田が私らの誇りでしたよね。

僕が初めて高田延彦を知ったのがヒクソン戦。会場での初観戦はボブチャンチン戦でした<PRIDE直撃世代ですね。
スターとがあの世界なら、かなりハードル高いんじゃないでしょうか。

同じ年の猪木祭りでの武藤とのタッグも恰好良かった<あれもいいんですけど…出来ればUインター時代の映像観てみて下さい。
高田延彦というプロレスラーの美しさがありますよ。

高田の戦いから始まったPRIDEの物語が様々な選手たちによって彩られていく様子は大河ドラマのような壮大さ<後半はもう掛け値なしに世界最強のリングでした。

高田さんが引退試合の直前に送った自分の拙いファンレターに、サイン色紙を書いて送って下さったもの<それは貴重ですね!! 凄い。

最近格闘技といえば相撲しか見ていない<相撲も久しくモンゴル勢の時代ですが、ニューウェイブも出てきてる様子ですね。

現役として駆け抜けた時代はプロレスも格闘技も素晴らしい盛り上がりで、本当にいい夢を見させていただきました<そうですね。あの時代だからこその夢を見れましたね。

長い独り言になってすみません<こちらこそ、長い長い独り言をご愛読下さってありがとうございます。
今後とも宜しくお願い致します。

遅い返事になりますが

紫レガさん、レス有難うございます。
確かにPRIDE.時代は色々と騒がれることも多かったですが、
それでも高田と言うレスラーの風格というかスター性は
他のレスラーにはないものでしたし、
そんなレスラーが世界で一番過酷な場所で戦い続けたからこそ、
PRIDE.と言う最高峰のリングが築かれたわけですから。
今でも良い時代のファンだったと思っています。

インター時代の高田さんも引退されてからになりますが、
DVDなどで拝見させて頂きました。
満身創痍のPRIDE.時代からしか知らない自分にとっては、
全盛期の姿は逆に新鮮に映りました。
心技体の充実、キック&サブミッション&スープレックスのキレ。
これが所謂、”最強時代”と呼ばれていたものかと納得させられました。
今の自分くらいの年齢でこれだけの闘いをしていたと考えると、改めて凄いなと思います。

そしてインターの映像では、
PRIDE.にも引けを取らないくらい当時のファンの熱気が印象的でした。
出来ることならリアルタイムで見たかったですね。

紫レガさんの記事の熱を長年のファンを代表するものとして、
これからもブログ見させていただきます。

>g-panさん

高田と言うレスラーの風格というかスター性は他のレスラーにはないものでしたし…今でも良い時代のファンだったと思っています<前面に立つが故に、その期待度も並々ならぬものがありましたし、また批判も一身に受けていました。
ただし他の団体からいわゆる道場チャンプ達が参戦してきても、そのほとんどが玉砕or逃げにまわり、逆にPRIDEというリングの厳しさを知らされました。

全盛期の姿は逆に新鮮に映りました…”最強時代”と呼ばれていたものかと納得させられました<そうですか。
それって私がのちに映像で猪木の全盛期を観る様な新鮮さと通じるものがあるかも知れないですね。

インターの映像では、PRIDE.にも引けを取らないくらい当時のファンの熱気が印象的<そうですね。Uインターに限らず、当時のプロレス会場は色んな意味で熱かったです。
その中でも特にUインターは勝敗の重さ…明暗がはっきりしていましたので、別なテンションがありました。
紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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