赤い月が語った橙色の太陽の話~前編~

KAMINOGE vol.21の田村潔司インタビュー後編(参照:ガンツさん、ありがとう。)において、

世間的に最注目のコメントは、

桜庭和志についての事だったと思います。

早くもあの試合から5年になろうとしています。
田村判定勝ち

 家~his home~

 会場にいない事を悔やんだ瞬間

 田村は田村、桜庭は桜庭、UはU~前編~

 田村は田村、桜庭は桜庭、UはU~後編~


田村は現在の桜庭が置かれている状況を、

次の様に察しています。

KAMINOGE vol.21
 KAMINOGE vol.21 より

田村
「桜庭はあれだけPRIDE と格闘技界に貢献したのに、別に吉田・小川みたいなギャラを貰ってたわけじゃないから。そこがちょっとかわいそうだよね。桜庭はあれだけがんばったんだから、もう一生生活に困らないぐらいの額は貰ってていいと思うんだけど。まあ、それもすべてタイミングだからね。いまサクがどういう状況かわからないけどさ、新日本とかに出てるわけじゃん? それは自分で出たいから出たのかどうかわからないけど。こどもも3人だかいるし、やっぱり試合をしなきゃいけない部分はあると思うんだよ」


“家”であるはずのジャパニーズMMAのメジャーマットが消滅し、

止むを得ず生活の為に新日本を選んだのでは? という見方です。

日本に“総合格闘技”という文化を定着させた、

第一人者である桜庭の末路としては、

あまりにもかわいそうじゃないのか? と。

私はむしろ桜庭自身の生活よりも、

今や“家族的存在”である柴田勝頼の為に、

一肌脱いだ…というのが見解です。



話を元に戻して、

田村がPRIDEを戦場に選んでから、

6年10ヶ月に亘る桜庭とのいきさつを振り返っています。

初参戦のヴァンダレイ・シウバ戦(参照:現世において必ず勝って欲しかった試合~前編~~後編~)以降、

PRIDEを主催するDSEが田村に求めた役柄は、

主人公である桜庭が超えるべき先輩。

多くの因縁を持ったヒールキャラでした。

田村
「俺はPRIDEからオファーをもらいながらも、サクがホントに俺とやりたいと思ってるのかどうかって疑問だったんだよ。桜庭はもう日本人の枠、格闘技の枠を超えたスターになったんだから、いまさら俺となんて絶対にやりたくねえだろと思うし。俺もちょっと人間不信みたいなところがあったから、なんかヘンなこと考えてんじゃねえかとか思ったり」


桜庭は当時のインタビューにおいて、

よく「顔面をパンチで殴るPRIDEルールでは日本人とやりたくない」と言っていました。

と同時に噂の範疇ですが、「田村さんは別」という話もありました。

それでも当時の田村にしてみれば、

国民的英雄の域に近付きつつあった桜庭が、

今さら手の内を知り尽くした自分とやりたい訳がないだろ、と。

最も対戦の機運が高まったのは、

小川vs吉田という国民的喧嘩が行われた2005年大晦日でしたか。

田村
「たぶん大人の思惑では、一般向けに吉田vs小川をやって、マニアックなファン向けには田村vs桜庭を。で、放映権料も上げてとか、そういう考えもあったんだと思うんだよね。でも、俺からしたら『小川vs吉田が決まったなら、それ一本でいいんじゃないの?』って感じで」


こういうチョイスの仕方が、

“いかにも田村”たる由縁なんですけどね。
桜庭から握手に行き

6年10ヶ月の時を経てDynamite!!のリングで対戦が実現するまでには、

タッグマッチで実現しかけたり、桜庭がマイクで挑発したり…色々ありましたね。

二人がリングで向かい合った時には、

日本のMMAはすでに緩やかな下り坂にさしかかっていました。

田村
「まあ、2002年ぐらいにやってたのが正解なのか、(実際に試合をした)2008年が正解なのかわかんないけど。俺とサクがやったときっていうのは、もうPRIDEもなくなって、格闘技界が淘汰されていってる時期でもあったから、格闘技の延命じゃないけど、そのきっかけの一つぐらいにはなったと思うけど…ちょっと、わかんないな。
(略)やっぱり旬のうちにやっとかないといけなかったのかな。そう考えると、サクとの試合も2003年とかにやってたら、億に近いギャラを貰えただろうし、お金の面で言うと、ピークのときにやっておくべきだったな(笑)」


全盛期にはTBS、フジ、日テレの3局がそれぞれ紅白の裏番組として、

大晦日に格闘技番組をぶつけた事もありましたが、

田村vs桜庭実現から2年後に、

大晦日の格闘技地上波放送は幕を閉じました。

それは良かった事なのか、悪かった事なのか、

今を以って私の中で答えは出ていません。
「仲良くしてよ」

3号に亘ったインタビューの締め括りに、

堀江ガンツさんは核心に迫ります。

― では、このロングロングインタビューの最後に、もうひとつだけ聞いておきたかった話があるんですけど。

田村「なに?」

― Uインターを離脱する前、桜庭さんと3連戦したじゃないですか。あれって、なんで桜庭さん相手に3連戦だったんですか?

田村「なんでかな…。それは俺が決められることでもないし…。もしかしたら、俺が『やりたい』って言ったのかな? …いや、俺が決める立場じゃないしな。たぶん、桜庭も新日本との対抗戦要員ってわけじゃなかったから、空いてたんじゃないかな? わかんないけど」

― 対抗戦拒否で主流から外れた田村さんが前座っていうのはわかるんですけど、若手はほかにもいるのに、なんで桜庭さんとだけ3連戦だったのかが不思議なんですよ。

田村「なんでだろうね? まず1試合目を組んだとき、桜庭は負けたから悔しくて『田村さんともう1試合組んでください』って主張したのか…。どうなんだろう? 客観的に見ると、俺はK-1のリングでパトリック・スミスに勝って、格闘技路線みたいになってて。でも、Uインターでも試合を組まなきゃいけない、じゃあ誰がいいかってなったとき、あの時点ですでに実力があった『桜庭とやらせるか』とか、そんな感じじゃないかな?」


例によって「…」がいくつも出てくる展開となってきました。

確かに今では当たり前の様に、

桜庭と3連戦した事が語り継がれていますが、

なぜ桜庭とだけだったのでしょうね?
勝負は田村の勝ち

以前、鈴木健のシュート説もありましたが、

桜庭が2敗した段階でも他の若手にチャンスを与えなかったのはなぜでしょうね?

田村はこう分析します。

田村「何年後かの布石にもなったし、だから運命なんだよね。それこそ、桜庭3連戦じゃなくて、『桜庭、桜庭、金原』でもおかしくなかっただろうし」

― 格闘技路線で、ガチガチのUWFスタイルの試合をするってだけだったら、当時は金原さんのほうが、よりそんな感じでしたしね。

田村「やっぱさ、俺がヘンにガチ志向みたいにさ、カタい人間だって思われてたのかなあ?」


“運命”ですか。

ここで金原が出て来なかった事も、

桜庭が3連敗した事も、

全てが“運命”…。
笑顔で讃え合う

余談ですが、先日立読みしたBUBKAで、

北原が当時、「鈴木健氏から武道館での田村とのシュートマッチのオファーがあった」事を明かしています。

これが実現しなかった事も“運命”なんですよね。

鈴木健氏はどういう意図だったかはアレとして、

とにかく田村にはシュートマッチをブッキングしていた様です。

田村「でも、俺はガチだとかなんだとかじゃなく、UWFのスタイルだったらいいわけで。わかりやすく言うと、真剣勝負からプロレス的な格闘技スタイルまであって。Uインターはもともと、プロレス寄りな格闘スタイルだったと思うけど、それがパトスミとやったことで、真剣勝負志向みたいに勘違いされたのかもしれないね。だから、その当時に実力があった桜庭が当てられた感じなのかな?」

― 実力はあるけどまだ名前はないっていう。あと金原さんは、チャンプア(・ゲッソンリット)とのキックルールの試合が決まってたんで、そういうのもあったかもしれないですね。

田村「だから、サクだけ宙に浮いてたんだよね。ほかはみんな対抗戦やったり、金原はムエタイやったりしてる中で、サクはべつにどこの要員でもないというかさ。若手で言ったら、ヤマケン(山本喧一)だってゴールデン・カップスでしょ? (略)桜庭が当時は無名で、将来あんなスター選手になることはまったく想像してなかったし。あぶれ者同士の試合だったとしても、桜庭との3連戦は運命だったんじゃない?」


鈴木健氏のみならず周りが見る田村像とは違い、

田村自身はあくまでもUWFスタイルがやりたかっただけ、と。

その結果、桜庭との3連戦だったのも“運命”。

後編では“あの事”に触れましょう。
田村vs桜庭煽りV⑨

田村vs桜庭煽りV⑩

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tag : 田村潔司 桜庭和志 PRIDE Dynamite!!

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No title

北原に関してはブブカを買いました。
この人の話って面白いんですよ。
地下プロレスキャプチャーの大ファンでもありましたし。

実力に関しては反選手会同盟との抗争で甘く見られがちですが、佐山のシューティング出身だったり、UFCでは「上がってみないか」と言われたり、逸話は結構ありますね。
最近反選手会同盟との試合を見ましたが、いわゆる「プロレスが下手」って感じで攻撃自体は結構キツかったです。

後編期待しています。

>ナリさん

北原に関してはブブカを買いました…この人の話って面白いんですよ<Gスピリッツの話も読み応えありました。全日系には珍しい経歴ですもんね。

地下プロレスキャプチャーの大ファンでもありましたし<かつてサムライTVのSアリーナでよく見てましたよ。重厚な感じのケンカプロレスでしたね。

佐山のシューティング出身だったり、UFCでは「上がってみないか」と言われたり、逸話は結構ありますね<晩年コンディションは良い方でなかったと思いますけど、いざとなったらやるよ的な天龍イズムを感じたものです。

いわゆる「プロレスが下手」って感じで攻撃自体は結構キツかったです<Uインターでも面白い試合やってるんですよね。
田村がリングスへ移籍した頃のUインター札幌大会での桜庭戦が思い出深いです。

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>○○○さん

柴田がこういう風になってくれて本当に良かったです。
彼がいてこそ新日なんです。

そして桜庭、年末にMMAへ帰還する訳ですが、
色んな憶測は飛び交っていますけど、
青木という“現在”に対して、私は桜庭が強さで返してくれると信じていますよ。
終わってみれば「やっぱり桜庭強い!」っていうね。
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