一番大きなボタンの掛け違い~前編~

G1も終わったタイミングで、

そろそろいいでしょうか?

KAMINOGE前号での田村潔司インタビューより、

Uインター末期における高田延彦との“大きなボタンの掛け違い”について。

これは当ブログにおいても残しておきたいな、と。
「僕と真剣勝負して下さい!!」1

前回の垣原、ゲーリーとの2試合(参照:煽りと勘違い)に続いての抜粋ですが、

次号、後編の宣伝という意味合いで、

KAMINOGEスタッフの皆様にはお許し願いたいです。
「僕と真剣勝負して下さい!!」2



新日との対抗戦が現実性を帯びてきた頃、

Uインターという団体とそのトップである高田は、

確実に迷走を始めていました。

KAMINOGE [かみのげ] vol.20
 KAMINOGE vol.20 より

田村
「高田さんは7月に(参議院議員)選挙があって、もし当選してたら辞めていたんじゃないかと思うから、けっこう距離感はあったように思うなあ。その前にインターは凄い借金があって…、その時点で精神状態がまともじゃないと思うから。高田さんはインターの社長で完全なトップだから、あのときの高田さんだったら何をやっても許されるとは思うんだけど。若い俺らって全然そんなことわかんないじゃん?」

「いまなら、高田さんの立場とか状況とかを考えたりするけど、若いときっていうのは、もうアホだからね」


40を過ぎた今の田村なら、

当時の高田の立場に立って、

ものを考える事も出来るのでしょうが、

若さゆえのストレートさ…特に頑固者の田村ですから、

目の前から高田が逃げていってしまう様な心境だったのでしょう。

団体のバランスが崩れたのは、

安生の道場破り失敗(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.17~十年間、そして十年後・其の参~)に端を発した、

取締役トリオの不協和音からという説がいまだに大きいのですが、
恒例の取締役トリオによる会見

孤立しかけた宮戸優光が田村と共謀して、

クーデターを仕掛けたという噂も残っています。

田村
「でも、宮戸さんと安生さんは、けっこう大丈夫だったよ。仕事のことでのケンカは毎回のことだからね(笑)。でも、宮戸さんと鈴木健の距離はあいていた気はする。
(クーデターは)いや、ないない。まったくない。まあ、その辺りは宮戸さんにしかわからないし、宮戸さんは宮戸さんでいろんな感情もあったと思う」

「ただ、新団体の話があったとしても、宮戸さんはあそこまで引っ張ってきた人だから、作るって権利はあると思うよ。あとはまあ、ないっていうか、誤解されてるかもしれない。一回、若い子たちと話し合いの場を設けて、ちょっと話したことはあったから
(参照:これがUインターの青春なんだよっ)(略)そのとき、これからどうしていくかみたいな話をしたと思うんだけど、その段階で『新団体』というのはあり得ない話だから」

(略)で、宮戸さんがどのタイミングで外されたかと言うと、たぶん対抗戦の半年くらい前から、宮戸さん抜きの会議が多くなったのよ。(略)いま思えば、宮戸さんがいたら対抗戦の話は絶対に反対していただろうから、宮戸さん抜きのほうが話が早いってことだったんだと思う」


クーデターの失敗によって宮戸は、

団体を去る決心を固めたという話もありますが、

実際はもっと根本的な部分での決断だった様です(参照:宮戸語録 vol.26~Uインターの落日~)。
セコンドには宮戸と大江

そして満を持して放った“真剣勝負発言”は、

宮戸の離脱で決定的となった対抗戦への流れを、

断ち切りたい一心での叫びだったのでしょうか?

田村
(対抗戦の話を)知ってて、俺なりに『どうしたらいいか』って考えたうえでの行動だったと思うんだけど。(略)そういうのもあったかもしれないけど、(そのときは)若いからさ。そういうのってイケイケじゃん。緻密な考えがあってというより、衝き動かされるような部分があったんじゃないかな」


基本ノープラン、

本能的なアレでしょうね。

ドームという大舞台で全国放送の電波に乗って、

大国・新日本と絡む事で、

Uインターの本道が非常に軽いものに見られてしまう事への危惧。

田村は会社にひとつの提案を出しますが、

これは虚しく宙に浮いてしまいます。

田村
「高田さんを中心とした対抗戦に出る組と、出ないでUインターの闘いを続けていく組の二本立てでいけばいいと思ってたんだけど、見事なまでにキレイに全員対抗戦に行ったからね。
(会社の方針に)逆らえないというか、みんな出たかったから出たんだと思うよ。若いヤツらにとっては自分を売るチャンスだし、ノドから手が出るほど出たかったと思う」


桜庭和志をはじめ(参照:封じられた“伝家の宝刀”~前編~)、

若い選手たちは「UのリングでUのスタイルを守る」事よりも、

「新日本でUの強さを見せ付ける」事と、

「自らの名を売る事で」、団体を守ろうと思ったのです。
金原、桜庭組

そこで田村からも驚愕の事実が語られています。

田村
「俺だって出たい気持ちはあったから。
(略)東京ドームで試合なんかしたことなかったし、ああいう大きな舞台だからね、出たいっちゃあ出たかったんだけど、なんか出なかったんだよね。わかんないけど(笑)」


えっっ!!?? 出てたかも知れんの???

…軽く言ってますけど、これ深い一言ですよ。

ただし、そこは田村、

すかさず“らしい”言葉が飛び出します。

田村
「いいのか悪いのかわからないけど、俺はUWFの解散を経験してるじゃん。俺の人生、あそこで終わっててもおかしくないなと思ってたの。だから、あそこで終わってると思えば、いつ廃業になってもいいかなって。で、せっかくやれているなら、自分の考えを曲げてまでやりたくないことをやる必要はないなってことで」


“ここ”なんですよ。

前にナリさんがコメントくれましたが、

普通のレスラーなら「せっかくやれてるなら何でもやってやる」…となるのですが、

田村はむしろ逆なんですよ。

この面倒臭さが田村なんです。
オープニングセレモニーの田村

さて次回、後編において核心部分の、

高田との決別を記しましょう。

言っときますけど中編はありませんよ。

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tag : 高田延彦 田村潔司 宮戸優光

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