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平成の最後、昭和への旅Ⅰ~旅立ちのきっかけ~

それは、突然決まった旅でした。

しかし後から考えると、

それは必然的に決まっていた旅でした。

そもそも1988年8月8日

31年前、真夏の夜に運命づけられた旅だったのです。
8.8の序盤戦1

ことの始まりは今年初頭、

テレ朝チャンネル2『ワールドプロレスリング オレの激闘!ベスト5』で観た、

アントニオ猪木の姿(参照:この冬、密やかな解禁)でした。
オレの激闘!ベスト5猪木編14

ここはハッキリと書いておきます。

これまで私がプロレスを観始めてから、

何十年も元気を与えられてきた存在、

私にとって唯一無二のヒーローである猪木が、

枯れかかって見えてしまったんです!!

これ…実に由々しき問題ですよ!!
オレの激闘!ベスト5猪木編15

幸い番組MCである蝶野正洋と昔話に花が咲くにつれ、

笑顔が戻り、声にも張りが出てきて、

私はホッとしたのですが、

その日から常に日々、

番組冒頭の猪木の姿が思い浮かび、

言葉にならない煮え切らなさを感じていました。

そこから約1か月後、

ビッグニュースがプロレス界を揺るがします。

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tag : アントニオ猪木 藤波辰爾 流星仮面二世 独断小僧 グレーテスト1972

平成最後に昭和と再会する旅~終章~

また逢う日まで!!


桜の木の下でフラれても梅の木の下があるさっ!!

平成最後の満月の夜

今宵が平成最後の満月とのこと。

我が家の前にも、

まん丸い月が輝いております。


そして令和、

もう一度だけ輝いて欲しい、

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tag : 田村潔司

平成のリングよ、ありがとう

あと半月で平成が終わります。
新元号『平成』

平成のリングは私たちに、

いろいろな闘い模様を魅せてくれました。

フラッシュバック気味に振り返ってみましょう。

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20年越しのおくりびと(2019)

BI砲の偉大さを、

まざまざと思い知らされた平成の最後(参照:これは面白い!実に面白い!!実に美しい!!!世界一美しき二人!!!!)。

3月そのまま視聴が出来た日テレジータスで、

2019年2.19 両国国技館での、

『ジャイアント馬場 没20年追善興行』も観ました。
猪木@馬場追善興行1

この番組を観た大きな理由は、

大会のオープニングアクトという、

大役を務めたのが何と、
猪木@馬場追善興行2

『炎のファイター』に乗って姿を見せた、

我らが“燃える闘魂”アントニオ猪木だったからです。
猪木@馬場追善興行3

足どりは軽やかにとは言えませんが、

歩き慣れた国技館の花道、大猪木コールの中、

ボディガードの鈴川真一を従えての入場です。
猪木@馬場追善興行4

リングの手前で歩を止めると、

木原文人リングアナが声を掛けます。
猪木@馬場追善興行5

猪木はうなづきながら軽く微笑み、
猪木@馬場追善興行6

サッと胸を張ると、

闘魂マフラーを握った両手を掲げました。
猪木@馬場追善興行7

私はここからの数分間に、

いろいろなドラマが詰まっていたと思います。

今回はあの場面における猪木の心理を、

私の思い込み中心に振り返ります。

マイクを手渡されれば、
猪木@馬場追善興行8

第一声はもちろん、

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tag : アントニオ猪木 ジャイアント馬場

平成最後のビッグカップル

平成最後のビッグカップル誕生!!


IWGPヘビー級王者、“レインメーカー”オカダ・カズチカと、


人気声優の三森すずこさん

お似合いの二人ですね。

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tag : 入籍 オカダ・カズチカ 三森すずこ

NJPW in MSGのこと

朝に録画しておいた『G1 SUPERCARD』

2019年4.7(現地時間4.6) マディソン・スクエア・ガーデンを、

帰宅後に観終えました。

そうです、

新日本プロレスが長い歴史において、

初めて檜舞台『MSG』に進出した、

記念すべき大会です。
NJC2019~1

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tag : オカダ・カズチカ ジェイ・ホワイト 内藤哲也 飯伏幸太 棚橋弘至 ザック・セイバーJr IWGPヘビー IWGPインタコンチ

追悼・超闘王

平成も大詰めを迎えて、

またも訃報が流れました。

 NHK NEWS WEB より
元横綱 双羽黒 北尾光司さん死去

大相撲の元横綱 双羽黒の北尾光司さんが、先月慢性腎不全のため亡くなっていたことがわかりました。55歳でした。

北尾さんは昭和38年に津市で生まれ、昭和54年の春場所で初土俵を踏みました。

身長およそ2メートルの体格を生かし昭和59年の初場所で新十両に昇進後、その年の秋場所で新入幕を果たし昭和60年の初場所で新三役として小結、九州場所後に大関に昇進しました。昭和61年の名古屋場所で、2場所連続で優勝に次ぐ成績を残し横綱昇進を決めました。

優勝制度が始まってから幕内で優勝経験のないまま横綱に昇進した唯一の力士で、新入幕から12場所での横綱昇進は、年6場所制が定着した昭和33年以降では、2番目のスピードです。しこ名は、60代横綱となったのを機に「北尾」から「双羽黒」に改名しました。

その後、昭和62年に師匠とトラブルになり部屋を飛び出すなどして騒動となり、横綱在位わずか8場所で、優勝を経験することなく「廃業」という形で角界を去りました。

角界を去った北尾さんは、プロレスラーとしてリングに上がるなどしていました。

関係者によりますと北尾さんは、平成25年から腎臓の病気で闘病生活を送っていましたが先月10日の午前7時半、慢性腎不全のため千葉県内の病院で亡くなったということです。


今度はまだまだ若い北尾光司でしたか。
空拳道・北尾光司の入場

プロレス史においては“稀代のヒール”で、

ちょうど一年前に振り返ったばかり(参照:空前絶後の大ヒール~side A~同~side B~)なので、

当ブログにおいてはあれが全てです。

改めて追悼記事を書くに至っては、

短かいプロレスラー人生の名場面を振り返るまでですね。
大文字三郎氏と握手を交わす北尾

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tag : 訃報 北尾光司 高田延彦 ビッグ・ジョン・テンタ 新日本プロレス90'S SWS PRIDE

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Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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