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ノコギリ男が盗めなかったタイミング(1985)

…って事で1980年代にタイムスリップしましょうか。

今回の映像は、

“盟友”亀熊さんから頂戴したDVD(参照:ファイアーバードサミット 2016冬)からの試合です。

聖地のリングへ先に入場を済ませ、

対戦者の登場を待つアントニオ猪木
先入場の猪木に対し、

大音量での『さらば砂漠』の壮大な旋律から、

一転して『A GYPSY'S KISS』のドラム音!!

煽動しながら先導する“地獄のお茶の水博士”ことワカマツの後ろに、
初登場のヒギンズwithシュルツ&KYワカマツ

満を持して登場は“桁外れの喧嘩屋”ハクソー・ヒギンズ!!

私、紫レガが大好きなB級ガイジンです!!
堂々たる体躯のハクソー・ヒギンズ

ゴングを待たずに、

いきなりセコンドのデビッド・シュルツと共に奇襲に出ると、
シュルツと二人がかりで奇襲攻撃

コーナー対角線に振ってのニーアタックは、

ややぎこちないのですが重量感はあります。
コーナーでの串刺しニーはやや不格好

1985年3.1 後楽園ホール

アントニオ猪木vsハクソー・ヒギンズ


ヒギンズのギロチンドロップと同時に、

試合開始のゴングが鳴らされました。
ハイアングルのレッグドロップ

とかく昭和の新日ファンにとっては、

“いわくつき”の一戦であります。

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tag : アントニオ猪木 ハクソー・ヒギンズ デビッド・シュルツ 将軍KYワカマツ 山本小鉄 櫻井康雄 古舘伊知郎

もしあなたこのまま帰したら愛は流星

もうすぐ7月に突入ですね。

夏本番…というか今年の北海道は、

やや寒い日が続いております。

夏になると聴きたくなるのは、

もちろんサザン? TUBE? それとも???

昭和のプロレスファンなら、

まずは“あのCM”でかかっていた曲を、

思い出しますよね?
ダイドージョニアンコーヒー1

『ワールドプロレスリング』のスポンサーとして、

番組のエンディング頃に毎週流れていた、

ダイドードリンコのCM。
ダイドードリンコCM

歌うはもちろん杉山清貴

画像は向かって左に古舘伊知郎アナ

向かって右はドン・中矢・ニールセン…じゃないですよ!
杉山清貴@夜ヒット

俳優の柴俊夫なのです。

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tag : 杉山清貴 オメガトライブ アントニオ猪木 ダイドードリンコ

遠くまで(2003)

ノアをはじめとしたプロレスや格闘技の会場として、

2000年代のマット界を彩って来たディファ有明が、

今月末で営業終了とともに解体となるそうです。

営業終了のお知らせ
2016年12月19日
各位
株式会社ディファ有明

謹啓、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
日頃ご愛顧を賜り厚くお礼申し上げます。
さて、弊社は、会場建物を賃借して2000年7月からイベント会場業を営んで参りましたが、現在の建物定期賃貸借契約は、2018年6月末日に期間が満了します。
そこで弊社は、貸主様に期間満了後の再契約をお願いいたしておりました。しかし、貸主様によれば、会場建物は老朽化が進んでいるため期間満了後解体し、再契約は予定していないとのことでした。


U系の大会も数多く行なわれてきましたが、

私が最も印象深いのは、

田村潔司が主宰した、

『プロレスリングU-STYLE』の旗揚げ戦です。
田村、裸の入場

メインを飾った一戦、

2003年2.15 ディファ有明

田村潔司vs坂田亘
を振り返りましょう。
田村潔司vs坂田亘

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tag : 田村潔司 坂田亘

つぶやきピロートーク20180627

その昔とんがってたロッカーが、

自転車でスタジオに駆けつけ、

「ZIGGYさん」なんて呼ばれて、

アイドルたちと一緒に笑顔で歌ってる光景。

それはそれで素敵な事だと、

私は思う訳です。

tag : ZIGGY テレ東音楽祭2018

追悼・皇帝戦士

今朝、流星仮面二世さん(from 団塊Jrのプロレスファン列伝)から届いたメールに、

言葉を失いました。

本当の意味で言葉を失う、ってこういう事なんですね。

返信するにも文字が頭に浮かばないんですよ。

 デイリースポーツ online より
“皇帝戦士”ビッグバン・ベイダーさん死去 猪木らと死闘 新日、全日、WWEでも大暴れ

“皇帝戦士”のニックネームで活躍したプロレスラー、ビッグバン・ベイダーさん(本名レオン・ホワイト)が19日(現地時間18日)、出身地の米国で死去したと現地の複数のメディアが報じた。63歳。報道によると、ベイダーさんは16年にうっ血性心不全で余命2年と宣告され、今年に入って2度の心臓手術を受けたが、1月ほど前に重度の肺炎を患い闘病生活を続けていたという。

193センチ、170キロの巨体を誇ったベイダーさんはNFLのロサンゼルス・ラムズに所属するなど、アメリカンフットボール選手として活躍。85年にAWAでプロレスデビューした。87年12月にはビートたけし率いるTPG(たけしプロレス軍団)の一員として、新日本プロレスの両国国技館大会に乱入。急きょアントニオ猪木戦が組まれ、3分弱で勝利すると観衆が暴動を起こすなど、プロレスファンに大きなインパクトを与えた。

その後も参戦を続け、巨体と怪力を武器にIWGPヘビー級、同タッグ王座なども獲得。91年には当時の米国の大手団体だったWCWの世界ヘビー級王座も獲得するなど活躍した。93年にはスーパー・ベイダーのリングネームでUWFインターナショナルに参戦。98年にはベイダーのリングネームで全日本プロレスにも参戦して三冠ヘビー級王座、世界タッグ王座を獲得。その後もノアでGHCタッグ王座を獲得するなど日本プロレス史に残る実績を残しただけでなく、WJ、ハッスルなど日本の多くの団体に参戦。世界最大のプロレス団体WWEでも活躍した。


…絶句です。

“皇帝戦士”ビッグバン・ベイダーが天へと旅立ったのです。
逆にベイダーがストレッチから顔面パンチ連発

私的に呼ばせてもらうなら、

スーパー・ベイダーの方がしっくりくるか。
ベイダー入場

日本のプロレス界において、

成り上がりの度合いで言ったら、

本当の意味で“最強”と呼ぶに値する、

最後のガイジンレスラーだったと思います。

何より経歴が全てを表わしていますよね。

まず初登場が、

TPGの刺客からですからね。
TPGin新日本13

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tag : 訃報 ビッグバン・ベイダー スーパー・ベイダー アントニオ猪木 高田延彦

ギギガーーガ!(2009)

“戦慄の殺戮マシン”スーパー・ストロング・マシンの引退興行が、

いよいよ明日に迫って参りました。
S・S・マシン引退興行ポスター

マシンの名場面はたくさんありますが、

思い返すと面白エピソードが目白押しです。
ザ・ストロング・マシーンの晴れ舞台

9年前に放送された『アメトーーク!』

『俺たちのプロレスオールスター戦』で、

“哀しきマスクマン”として語られたマシンの話題を、

ここで振り返りながら、

笑顔で最後の雄姿を見送りましょう。
アメトーーク20090910~0

まずはいつもの通り、

プロレスの話題に疎い雨上がり決死隊のお二方に、

有田哲平がマシンの略歴をレクチャーします。
アメトーーク20090910~1

有田
「スーパー・ストロング・マシン。本名・平田淳嗣さんという…」

宮迫
「言っちゃう? (正体)すぐ言っちゃうの?」
アメトーーク20090910~2

有田
「略歴を紹介しますと、この選手は前田日明と同期なんですね」
アメトーーク20090910~3

有田
「(凱旋帰国時の)プランが“キン肉マン”! 漫画の! タイガーマスクの次はとうとうキン肉マン!! で、帰って来た時にキン肉マンのマスクを着けて。ただそれだとちょっと、ほら、まだ謎にしておきたいから、その上にスキーマスク。ここ(目の周り)だけしか空いていない、奥にはキン肉マンのマスク見えるんですよ! 『うわ~! とうとうキン肉マンデビューすんだ!』と思ったら…」
アメトーーク20090910~4

有田
「許可が下りなかったんですよ…。ゆでたまご先生からなのか? 集英社からなのか?」

(爆笑)
アメトーーク20090910~5

有田
「そのワカマツっていうマネージャーが、『何なんですかこの人は?』と。『キン肉マンじゃなかったら、何なんですか?』って聞かれたら、『こいつはな! 闘う機械だ! つまり…ストロング・マシンだ!!』って言ったのがリングネームなっちゃったんです」
アメトーーク20090910~6

宮迫
「そのまま!?」
アメトーーク20090910~7

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tag : スーパー・ストロング・マシン 引退 雨上がり決死隊 有田哲平 アメトーーク!

別れの街、札幌(1996)

先日の記事で振り返った高田延彦(参照:ツボ面積をけとばせ)の一戦。
力強く勝ち名乗りの高田

天龍源一郎との大一番(参照:すべらないプロレス~前編~同~後編~)の前哨戦に過ぎない、

札幌ならではの序章的な試合でしたが、

実はUインターの歴史上において、

この1996年6.7 札幌中島体育センターは、

かなり重要な意味を持った一日でした。

当時は特に何も思わなかった試合後の高田のコメントですが、

ここに二つのキーワードが隠されています。

高田
「コンディションは良かったんで、あとは…もう少し身体を絞ろうかなと思ってるけど。えー少しづつ、また変えていきたいなと思ってますよ」

今後の展望を語った高田

これから控える天龍戦を前に『身体を絞ろう』って???

何を『少しづつ、また変えていきたい』の???

当時はただの疑問、

少しあとに考えて「ああヒクソン戦を見越してか」と。

ところがこの一冊を読んで、

「あ!! そういうことだったんだ!!!」と腑に落ちました。
証言UWF最終章表紙

その最重要人物は田村潔司です。

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tag : 高田延彦 前田日明 田村潔司 山本喧一 鈴木健 木下雄一

イスラエルの国民的英雄(1995)

久々にUインターの発掘作業が出来ました。

それは1995年3.2(現地時間)

イスラエル・テルアビブ
ヤデリアフ・スポーツパレス大会(参照:幻の映像…遂に目撃!!~其の弐~同~其の参~「if,“U”…」)の、
Uインター、イスラエル大会

前後に行なわれたであろう、

Uインター選手勢のイスラエル観光映像です。
Uインターinイスラエル1

イスラエルにおけるUインターの歓迎ぶりは、

過去記事でも綴らせてもらいましたが、

この映像を観る限りでは実に信憑性がありますよ。

しかも映像の発信元が、

AP通信だっていうんですから驚きます。

世界的なニュース映像に、

高田延彦をはじめとしたBUSHIDOの猛者たちが登場しているのです。

まずはその動画をどうぞ!

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tag : 高田延彦 安生洋二 ゲーリー・オブライト 高山善廣 金原弘光

ツボ面積をけとばせ(1996)

これまで長年にわたって、

Uインター愛を確認し合ってきた存在のFさん(from 【U】の魂 東京支部)から、

これまた長年リクエスト頂いてきた試合の動画を、

コメントで教えて頂きましたので、

遂にこの一戦を振り返りたいと思います。

当時、もちろん私も特リンに陣取って観戦していましたが、

試合前、珍しくリングで高田が練習する姿が見られて、

大興奮したのを思い出しました。

高田
(札幌は)久し振りだね。そうですね、あのー、普段は僕あんまり、お客さん入ったらリングのとこで練習っていうかあんまり出ないんだけど、今日は何か自然とそういう気持ちになって、まぁ少しでもこう、その風景というかね、そういうものを欲しがってたのかも知れないね、その札幌の体育館の風景とか、お客さんの雰囲気とかっていうのも…」
試合前の高田

奇しくもこの試合が高田延彦にとって、

札幌中島体育センターでの最後の試合でした。

高田には色々な記憶が残るこの会場、

嫌な思い出もありました(参照:札幌中島史上最大の危機~前編~同~後編~)が、

何か思うところあって大会開始の直前まで、

リングに残って汗を流したのでしょう。

対戦相手は初遭遇となる、

“WARからの刺客”です。
嵐の入場

高田はスパンコール煌くロングガウンでリングイン、

いつも通り対戦相手を一瞥します。
高田はいつもの一瞥

1996年6.7 札幌中島体育センター

高田延彦vs嵐

高田延彦vs嵐

選手紹介時、

やや表情が硬い嵐に対して、
やや表情が硬い嵐

高田はいつも通りのポーズで応えました。
高田お得意のポーズ

試合開始です。

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tag : 高田延彦 WAR F 訃報 木暮祐二

2018.6.9『DOMINION』をテレビで観戦したのだ

今日も仕事を終えて、

帰宅後、夕食を摂りながらテレビで、

『保険見直し本舗 Presents DOMINION 6.9 in OSAKA-JO HALL』

6.9 大阪城ホールを観ました。
20180609大阪城ホール

既に時間はセミファイナル(ダブルメインⅠ)の、

IWGPインターコンチネンタル選手権試合

内藤哲也vsクリス・ジェリコ
の終盤も終盤。
20180609内藤vsジェリコ

これ途中から観たのが原因でしょうかね?

二人の試合の割に何だか雑な印象でした。

噛み合っていなかった様に感じました。

フルで観ると全然違うのかも知れませんが…。

という事でメインです。

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tag : オカダ・カズチカ ケニー・オメガ 内藤哲也 クリス・ジェリコ

未知の領域か? 或いは伝説となるのか?

いよいよ明日ですね。

『保険見直し本舗 Presents DOMINION 6.9 in OSAKA-JO HALL』

6.9 大阪城ホールでの、

IWGPヘビー級選手権試合

オカダ・カズチカvsケニー・オメガ
の完全決着戦。

今回一番のテーマは“時間無制限三本勝負”という、

近年にない試合形式ですが、

闘う当事者である両者は、

この予測出来ない試合の戦術を、

どの様に描いているのか?

コメントから紐解いてみましょうか。
一年前の60分フルタイム2

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tag : オカダ・カズチカ ケニー・オメガ IWGP

Cross a red line!!(1992)

これまでプロレスの歴史において、

いくつかの“禁じ手”が存在してきました。

そのほとんどがルールで明文化されたものではなく、

“暗黙の了解”という不文律で封じ込まれてきたものです。

“殺人風車”ゲーリー・オブライトが、

本当に殺人を犯してしまった錯覚に捉われた一戦。
ゲーリーが遂に…

それが1992年12.20 両国国技館

ゲーリー・オブライトvs垣原賢人
です。
ゲーリー・オブライトvs垣原賢人

対戦相手である垣原賢人の壮絶な玉砕ぶりは、

今観ても背筋が凍り付きます。

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tag : ゲーリー・オブライト 垣原賢人

運を動かす会

昨日、気持ち良い青空と、

時折吹き込む爽やかな風の中で、

子レガの運動会が開催されました。

例によってグラウンドの外周には昼食時用のテントが並んでおります。


子レガは80メートル走で2位、

運命走ではビリと、

運のなさは父親譲りなアレでして(笑)。

まぁ楽しそうにやっていたので何よりです。

私も走りましたよ~。後半自分のイメージと実際の足の回転が伴わず、

藤波ばりにカラ足踏みかけましたが(汗)。

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紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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