Yoji Anjo Is Alive vol.23~G⁻cups×TOKIO後編~

前編からの続きです。

ゴールデンカップスの関節技教室もクライマックス。

『リングの魂』MCの南原清隆は、

安生洋二先生の必殺技である、

グランドクロス200をリクエストしました。
いよいよグランドクロス200へ、

両足をフックした途中の段階で、

既にナンチャンの右足首、左膝には激痛が。
くるっ、

がっちり入ってしまうと、

さらに右の脛まで極まってしまい、

もうわめき散らすしかありません。
ぎゅ!! 「あたたたた!!」

そこから再びTOKIO国分太一松岡昌宏を交え、

懇切丁寧な指導に入りますが、
ナンチャンにレクチャーするも、

いつもとは反対方向からの視点に、

訳が分からなくなってしまい、

思わず「あれ?」(笑)。
「あれ?」

気を取り直して、

もう一度最初からやり直しです。


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Yoji Anjo Is Alive vol.22~G⁻cups×TOKIO前編~

スパさんから頂戴したDVD(参照:来た!)、

このシリーズもいよいよ佳境です。

そこで登場するのは…、

「ウィ・アー・ゴールデンカップス!!」
「we are GOLDEN⁻CUPS!!」

1990年代のプロレス界に、

一風変わった華を咲かせたこのユニットが、

ジャニーズと対峙した映像が残されていました。

その相手はTOKIOです。
それはTOKIO

TOKIO vs ゴールデンカップス
ゴールデンカップスvsTOKIO

今は懐かしい『リングの魂』からです。
リングの魂

MCはプロレスファン時代のナンチャンです。
ナンちゃんと、

当時のTOKIOのバラエティ班、

国分太一松岡昌宏を伴って、
TOKIOの二人

いざUインター道場へ!!
Uインター道場へ

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30年と60年

3月はMOOKの発刊ラッシュですね。

まずはKAMINOGE最新号ですが、

最多表紙獲得数じゃないですか?

葉巻の煙をくゆらす前田日明
KAMINOGE vol.28

今回の論点は“UWF”

あの大宮スケートセンターからもうすぐ30年なんですね。

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tag : アントニオ猪木 前田日明 柴田勝頼

Separate Ways(1995)

大変遅くなりまして申し訳ございませんが、

1月にスパさんから頂戴したDVD(参照:来た!)によって、

“Uインターの未来形”シリーズをコンプする事が出来ました。

あれからかなりの時間が経過してしまいましたので、

今一度、二人のストーリーを読み返してもらってから、

この記事をお読み頂けると幸いです。

 未来は僕等の手の中

 未来への扉~前編~

 未来への扉~後編~

 強い弱いだけのプロレスリング

 叶わなかった未来形


この試合が行われた時期はUインター激動期真っ只中。

高田延彦参院選出馬の中、

田村潔司が暫定エースとしてメインを張っていました。
試合前のインタビュー

垣原賢人にとっては結果的に最後の下剋上チャンスでしたが、
カッキー引き締まった表情で入場

この試合を機にそれまで一緒だったはずの、

二人の道がそれぞれ分かれていった分岐点だった訳です。
落ち着いた表情で入場の田村

1995年7.22 博多スターレーン

田村潔司vs垣原賢人


正真正銘“最後のシングルバウト”です。
田村潔司vs垣原賢人

ゴングが鳴るとアップライトに向かい合う。

お互いにサウスポーですね。
さあ試合開始です

これは打撃よりも、

タックルなど組み際の攻防に重きを置いての、

構え方だと思われます。

田村は何度かフェイントを掛けますが、

先手は垣原の左掌底から。
フェイントをかける田村に垣原は掌底

田村の左顔面をかすめます。

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tag : 田村潔司 垣原賢人

SWEET.21

昨日の記事(参照:彼岸荒れのホッキカレー)の続きになりますが、

マザーズ『白老たまごの里』にて買って来た、
たまごの里にて、

カスタードシュークッキーシュー
シュークリーム界の超獣コンビ

前振りはさて置いて、

とりあえず開封です。


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tag : マザーズ たまごの里

彼岸荒れのホッキカレー

道東は彼岸荒れの今日、

私は納品業務で室蘭へ行って参りました。

幸い私の住む街から目的地までは、

降雪はほとんどなく強風のみ。

まず苫小牧で昼休憩を兼ねて、

これまで行く機会のなかった『マルトマ食堂』へ。
あぁマルトマ食堂…


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tag : マルトマ食堂 ぷらっとみなみ市場 ホッキカレー

「高田さん飲み」とは何か?

和田良覚さんのインタビュー(参照:和田さんが再び語ったUインター道場)において、

再び語られたUインター時代の逸話。
和田さん、いい顔です

道場での理不尽なしごきと共に、

忘れちゃいけないのが、

人間の限界量を遥かに超越した酒です!!
この酒量は…

そう…高田延彦との伝説の飲み会があるのです。
飲む

KAMINOGE〈vol.27〉
 KAMINOGE vol.27 より

和田
「酒を飲みに行ったって、高田さんに誘われたらもう仕事みたいなもんですよ!?」


過去の記事(参照:酒と泪と男と男と男と男と男と…Uインター酔狂伝説)でもご紹介しましたが、

それはもう壮絶という言葉でも生ぬるい位の、

まさしく“酒羅場”!!

和田さんの生々しい述懐が始まります。

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tag : 高田延彦 山本喧一 和田良覚

追悼・人間風車

偉大なるレスリングマスター、“人間風車”ビル・ロビンソンさんの逝去が報道されて、

早くも10日が経過しました。
ビル・ロビンソン

 朝日新聞デジタル より
ビル・ロビンソン氏死去 元プロレスラー、「人間風車」

ビル・ロビンソンさん(元プロレスラー)が米アーカンソー州で亡くなったと新日本プロレスが4日、発表した。75歳。

英マンチェスター出身。15歳で通称「蛇の穴」と呼ばれるジムに入門し、アマチュアレスリングで数々のタイトルを獲得後、21歳でプロレスデビューした。1965年に欧州ヘビー級王座を獲得。


当ブログでは折に触れて、

ロビンソンさんの技術や名勝負を検証してきましたが、

何度も書いています様に私のプロレス観について、

大きな影響を与えて下さった人物である事には間違いありません。

ロビンソンさんの過去記事を振り返りましょう。



 人間風車博覧会
ロビンソンのダブルアームスープレックス4

熟年層でプロレスファンじゃない方でも、

“人間風車”の四文字はほとんど知ってるんですよね。

アマレスとプロレスにおける技術を、

レスリングという共通言語のもとに融合させた技の一つでしょうね。

いつまでもいつまでも、

受け継がれて欲しい芸術品です。

朝日からの引用をつづけます。

大技「人間風車」で知られ、75年のNWF世界ヘビー級選手権でアントニオ猪木と引き分けた試合は「伝説の一戦」として語り継がれている。


そうですね…咋秋、あの試合を振り返った事が、

結果的には私にとっての追悼記事なのかも知れませんね。
両国国歌吹奏

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tag : 訃報 ビル・ロビンソン アントニオ猪木 宮戸優光

和田さんが再び語ったUインター道場

久々にUインター行きましょか、Uインター。

『KAMINOGE』先月号を読んでいて、

改めて和田良覚レフェリーの交遊録とエピソードの数々に、

思わず腰を抜かしてしまいました。
歴史的シーンの和田さん

まず、お父様が校長先生でご自身も体育教師を志していたとか、

インストラクター時代、既に天龍源一郎らと面識があったとか。

Uインター神宮大会、高田戦前のレフェリング問題(参照:すべらないプロレス~前編~)での、

余りに他人行儀な振舞いからは想像もつきませんでした。
天龍との名勝負

さらに浜省(参照:和田最強伝説とは何か!?)だけに止まらない、

驚愕の芸能人交遊録…あぁ“最低の男”○ーシー!!

ただし、それらは是非『KAMINOGE』を読んで頂くとして、

ここで取り上げるのは、やはりUインター話です。

レフェリー生活のスタートは新生UWF分裂時に、

ジムに通っていた高田延彦の一言からでした。
高田と和田さん

KAMINOGE〈vol.27〉
 KAMINOGE vol.27 より

和田
(略)ある日突然、(※高田延彦から)『和田さん、今度新しい団体を立ち上げるんだけど、レフェリーがいないんで、レフェリーやってくれる?』って言われたんですよ。こっちとしたら『へ!?』ですよね。ボクなんか、寝技もわからなければ、レフェリーが何をすればいいのかもよくわからないんですよ!? でも、高田さんには凄くよくしてもらってたんで、『高田さんに言われたら、もう返事するしかねえな』って思って、『わかりました。自分ができるかどうかわからないんですけど、がんばってみます』って言って。そこからボクのレフェリー人生が始まったんですよ」


和田さんが入社したはずのUインターという会社、

そこに待ってたのは新弟子に等しい待遇だった訳です。

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tag : 和田良覚 高田延彦 安生洋二 宮戸優光 田村潔司 金原弘光 高山善廣 桜庭和志

血で血を洗う信頼感・੭~18年目の再会~

からのつづき…シリーズ最終章です。

1980年代に突入し、

黄金時代を迎えつつあった新日本プロレス

アントニオ猪木は新たな夢であるIWGP開催に向けて、

邁進していました。

そんな中、タイガー・ジェット・シンは一大転機を迎えます。

激化する全日本プロレスとの引き抜き合戦により、

不動のトップヒールの座を脅かす存在である、

アブドーラ・ザ・ブッチャーがやって来たのです。
ブッチャー新日登場1

1981年5.8 川崎市体育館での、

衝撃の初登場シーンは猪木とシンの抗争に、

終止符が打たれる布石となりました。
ブッチャー新日登場2

前回記事に記した通り、

同年6.4 蔵前国技館でのランバージャックデスマッチを最後に、

シンはセルリアンブルーのリングに別れを告げ、全日へ。
腕折りから、

アントニオ猪木50Years (上巻) (B・B MOOK 664 スポーツシリーズ NO. 536)
 アントニオ猪木50Years(上巻) より

シン
「いろんなことが重なったが、そのなかでも一番の理由は、私が望む状況にならなかったことだ。それによってイノキを信じることができなくなったし、オフィスの人間も私のことを考えなくなった。そのひとつがアブドーラ・ザ・ブッチャー。ブッチャーがニュージャパンに来るというウワサを聞いたとき、私は(真偽を)確かめた。だけど
『心配するな』と言われたし、『ブッチャーと闘わせることはない』とも、『ブッチャーとタッグを組ませることはない』と聞いた」


新日としては両団体のトップヒールを揃えた事で、

全日に対して圧倒的な差をつけようとした訳です。

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tag : アントニオ猪木 タイガー・ジェット・シン ビッグバン・ベイダー アニマル浜口

血で血を洗う信頼感・੬~デスマッチとUWA~(1977~1981)

からのつづきです。

数々の事件と死闘を繰り返して来た、

アントニオ猪木タイガー・ジェット・シンの抗争は、

各地のプロモーターからドル箱カードとして歓迎され、
猪木大流血で場外戦へ

前回記事にした2連戦以降、

両者のシングルマッチはタイトル戦、ノンタイトル戦にかかわらず、

日本全国、アメリカ、メキシコ、果てはパキスタンまで、

5年間に26戦も行なわれました。
猪木渾身のダーッ!

その中でも日本マット界では、

これまでお目にかかれなかった類の、

数々の“デスマッチ”が印象深いです。

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tag : アントニオ猪木 タイガー・ジェット・シン UWA世界ヘビー

血で血を洗う信頼感・੫~狂虎の危機センサー~(1976)

からのつづきです。

NWF奪回後、アントニオ猪木は再びストロングスタイル路線に乗り、

ビル・ロビンソンとプロレス史に残る名勝負を残しました(参照:至高のプロレスリング~episode・Ⅰ~~Ⅱ~~Ⅲ~~Ⅳ~~Ⅴ~~Ⅵ~~Ⅶ~~Ⅷ~)。
60分闘ってなおも闘志の消えない両雄

そして1976年、

猪木はプロレスの枠を超えた闘いに乗り出します。

格闘技世界一決定戦です。

その初陣となる、

“ミュンヘン五輪柔道重量級・無差別級2階級金メダリスト”ウィリエム・ルスカ戦の決定直後、
あーれー

タイガー・ジェット・シンは自らの存在意義を賭けた闘いに出ました。
執拗に挑発するシン

1976年1.9 福岡・九電記念体育館で、
受けて立つ猪木

シンの凶暴性は完全復活したのです。
いきなり二人掛かり、

アントニオ猪木vsタイガー・ジェット・シンのノンタイトル戦です。
アントニオ猪木vsタイガー・ジェット・シン

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tag : アントニオ猪木 タイガー・ジェット・シン ウィリエム・ルスカ 坂口征二

血で血を洗う信頼感・੪~狂気とストロングスタイル~(1975)

からのつづきです。

大阪での“腕折り”完全決着から、

アントニオ猪木タイガー・ジェット・シンのシングルは、

しばらく封印されました。
アームブリーカー!!

なぜなら新日はシンに対して追放処分を出したからです。

それでもシンをれっきとした、

タイトルコンテンダーと認めるNWF本部は、

シンの再来日とNWF再挑戦を推しました。

その背景には、

NWF本体がシンとザ・シークの抗争を目玉に、

興行が盛り上がっていた事があります。

そこでNWF側はシンを追放した猪木に対して、

逆に猛抗議、腕を折った事にも罰金を命じます。

それを拒否したところ一方的に、

タイトル剥奪と王座決定戦を決められてしまいました。

そして猪木の相手に指名されたのが、

何とシンだったのです。

1975年3.13 広島県立体育館での、

NWF世界ヘビー級王座決定戦
完全フォールで、

ベルトを奪ったのはシンでした。
シンがNWF奪取

猪木は完璧な3カウントを奪われてしまったのです。
痛いタイトル流出

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tag : アントニオ猪木 タイガー・ジェット・シン NWF 大山倍達

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Author:紫レガ 
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長州、これは俺のブログだ。

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