6月の終わり。

今日、30日。

いろんな事があった6月がもうすぐ終わろうとしています。

月の初めから、なぜか長州vsUインターを振り返っていると(参照:長州 in UWF長州のプロレスリングYoji Anjo Is Alive vol.9~安生洋二が生まれ変わった日~グラップラーRIKI震えた体を纏ってる 心を無くした僕がいる)、

いきなり船木がプロレス復帰を宣言(参照:帰ってきた超星)。

そして…(参照:信じられる訳がない)。

さらに月の最後にはヒクソンが来日しました(参照:最後の聖戦)。

私個人におきましても、

いろんなことがありました。

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最後の聖戦

 カクトウログ より
約1年ぶりにヒクソン・グレイシーが来日! 本日の柔術大会を視察後、約10日にわたって日本滞在(東スポ携帯サイト より)

ヒクソン・グレイシーが27日、自身が会長を務める全日本柔術連盟の「ヒクソン・グレイシー杯国際柔術大会2009」(28日、静岡・浜松アリーナ)を視察するため来日した。ヒクソンの来日は、昨年5月の同大会以来約1年ぶりとなる。
・中部国際空港に降り立ったヒクソンは「今年もまたヒクソン杯を開けることを大変うれしく思っています。この大会をサポートするために来ました。今後? 哲学的なものも含めて、規律よくこの大会を大きくしていきたいです」今回は大会終了後もすぐには帰国せず、約10日間にわたり日本に滞在する予定だという。


思えば…もうあれ(参照:第一歩)から12年です。
高田ヒクソン初戦

自身の試合の為にではないのですが、

今年もヒクソンが日本にやってきました。

いまの日本格闘技界では、ヒクソンのギャラを成り立たせる興行が打てないのが実情(カクトウログ より)なのは承知の上なのですが、

年々、リングに上がるという事自体の可能性が薄れていく現状。

三沢光晴が亡くなられて、

ノアの選手が自分達のプロレスを守っていかなくてはならないのと同様に、

高田と船木という“U”の象徴ふたりが完敗を喫したことに、

やはり“U”の本流にある人間が仇をとることで、

“U”を守らなくては…

いや“U”を取り戻さなくてはならないでしょう。

何とかして。

そこに打って出るのは桜庭よりも、

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tag : 田村潔司 宮戸優光 ヒクソン・グレイシー “Show”大谷泰顕

小川直也のワールドプロレスリング初登場(1989)

プロレス界と後の格闘技界に、

確実に革命をもたらしたロシアレッドブル軍団のプロデビュー。

その直前に猪木自らが視察にいったロシアの地で、

ロシアの街並

ロシア美人?

この大きな体育館の中で、
この体育館で、

三人の男は運命的な出会いをしたのです。

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tag : アントニオ猪木 橋本真也 小川直也 ロシア

三沢光晴を忘れない―。

やっと売ってました。

それも昼飯買いに行ったセブンイレブンに。

 
週刊プロレス増刊三沢光晴追悼号週刊プロレス増刊三沢光晴追悼号

読み入ってます。

すぐに読み終えるページ数ですが、

噛みしめて読んでいます。

発売されたばかりの雑誌から抜粋するのは反則なんでしょうけど、

5カウント以内ということでお許し下さい。

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tag : 三沢光晴 週刊プロレス 市瀬英俊 佐久間一彦

未完の対局(1985)

プロレス界から消化不良試合がなくなったのは、

明らかに新生UWFの存在と、全日の天龍革命からでしょう。

前者は格闘技としてのプロレスを定義し、

両者リングアウトや反則決着はもとより、ピンフォールまでもほぼ排除しました。

そして後者は常に30分前後の試合時間で真っ向からぶつかり合い、

肉体の強さを競い合う駆け引きなしのプロレスでした。

そこから四天王プロレスに昇華した訳です。

現在もでしょうか…90年代のプロレス会場では、

場外カウントが続いていくと次第にブーイングが起き、

どちらかがリングに戻るだけで声援が起こるという不思議な世界が出来上がりました。

この頃プロレスというジャンルは、

「こいつとこいつのどっちが強いんだ?」という世界から、

「どっちが勝とうがリングの上で決着を着けてくれ」に変わっていたのです。

そこは既に観客主体の世界。

表現は違うかも知れませんが、

レスラーが観客に媚びるプロレスになりつつありました。

かつてのプロレスは大物同士が対戦すれば決着が着くこと自体が稀で、

星を譲らないことで、自分の価値を自己防衛していった訳です。

1985年12.10 愛知県体育館

藤波辰巳vsブルーザー・ブロディ

藤波辰巳vsブルーザー・ブロディ

星を譲らないことに関しては三本の指に入った“超獣”ブロディ。

その頑固さが何度も団体サイドや、プロモーターとのイザコザを呼び、

やがて帰らぬ人となりました。

いきなりのチェーン攻撃

この試合は新日との最初のトラブルとなった、

仙台ボイコット事件(参照:「やったーーーーーーーーーー!!」)の2日前に行われました。

地獄のICBM弾

まさにブロディと新日本が一触即発の状態の中で行われたのです。

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tag : 藤波辰巳 ブルーザー・ブロディ

僕が僕であるために(1991)

“Uインターの元気印”といえば、

カッキーこと垣原賢人をおいて、他にはいません。

しかし垣原にとってのUインターは苦闘の連続で、

旗揚げ初戦の田村戦でいきなり骨折して長期欠場という展開から、

中野との文字通りの苦闘(参照:元祖・鼻血ブー伝説罰“金”制裁真冬の悲劇)の連続、

初めて挑んだ高田戦(参照:7年半の引退ロード)では試合後の引退宣言で余韻が吹き飛ぶと言う結末、

新日との対抗戦では高田の代わりに前面に立つも格の違いから長州に完封され(参照:震えた体を纏ってる 心を無くした僕がいる)、

末期では後輩の桜庭を皮切りに、高山、金原に連敗。

明るいキャラとは正反対の戦歴と言っていいでしょう。

そんなカッキーがキャラ通りに明るく弾けた一戦をご紹介しましょう。

相手は初期の常連、

決して80年代のアメリカの刑事ドラマに出てきた俳優ではありません。
80年代の刑事ドラマに出てきそうなジム・ボス

7ヶ月ぶりの復帰戦に颯爽と駆け抜けてリングへ向かう垣原。
カッキーは颯爽とリングへ

1991年12.22 両国国技館

垣原賢人vsジム・ボス


垣原賢人vsジム・ボス

体調万全の垣原は一気に勝負に出ます。

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tag : 垣原賢人 ジム・ボス 脱臼 復帰戦

私にとってのリング

結局、今回のような出来事があって、

プロレスファン顔していろんな事を書き殴る。

普段もうほとんどプロレスを見ていないくせに。

ましてやノアは何年もまともに見ていないくせに。

昔、否定していた人物とほとんど変わらなくなってしまっている。

かといって総合格闘技自体をくまなく見ているわけでもない。

戦極は見たこともないし、DREAMはプロレスラーが出ないときは流している。

魔裟斗と川尻がやるらしいけど、興味は全くない。

青木の技術は単純に凄いと思うが、肩入れしてる訳じゃない。

やっぱりプロレスしかないんだなぁ。

段取り良く作り上げていくプロレスじゃなしに、

「勝ってやる」、「負けたくない」というプロレス。

三沢追悼号…明日買って来よう。

緑のマットでの崇高なる“闘い”~後編~(2001)

お待たせいたしました。

さあ…三沢vs高山のGHC戦もいよいよ最終回です(参照:緑のマットでの崇高なる“闘い”~前編~~中編~)。

執拗な三沢の腕殺しを凌いだ高山は、

反撃の前蹴り。
高山反撃の前蹴りも、

これを三沢はエルボーで払って、
エルボーで振り払い、

さらに顔面へ。
顔面へ、

もう一発。
もう一発入れて、

三沢のエルボーというのは、絶対的な技です。

同門の選手以外でもこのエルボーを受けることによって、

三沢の凄さや強さ、なぜ長い間トップに君臨出来たかを実感できると言います。

垂直落下でもない、

アクロバチックな空中技でもない、

この技はまぎれもなく“闘い”の為の技です。

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tag : 三沢光晴 高山善廣 GHC

一週間か…。

今日は友人が来て、

さっきまで三沢の試合振り返りながら飲んでました。

高山戦の後編は、明日になります。

宜しくお願い致します。

tag : 三沢光晴

緑のマットでの崇高なる“闘い”~中編~(2001)

昨日(参照:緑のマットでの崇高なる“闘い”~前編~)のつづき、

行きましょうか。

激しい打撃戦をエルボーで切り抜けた三沢は、

続けざまにバック・スピンキック。

これは高山がしっかりキャッチ。
バックスピンキックをキャッチさせて、

そこへ素早く三沢は柔道流のカニバサミから、
カニバサミから、

珍しい膝十字固め。
膝十字、厳しい角度

腕ひしぎ以上に「女の子にはわからない」技である膝十字を繰り出す三沢も珍しいですが、

入るまでのスムーズな連係はさすがという他ありません。

こういう動きが自然に出来てしまうのが、三沢の凄さですね。

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tag : 三沢光晴 高山善廣 GHC

緑のマットでの崇高なる“闘い”~前編~(2001)

三沢光晴のプロレス理論については、

前回(参照:三沢光晴のプロレスリング)、ほんの一握りをお伝えしましたが、

私自身、四天王プロレスにそれ程の思い入れがないので、

三沢が凄まじい“受け身”を取った試合よりも、

“闘い”の色が濃い試合の方が忘れられません。

その試合は高山善廣が、PRIDEデビューを果たす一ヶ月前にノアのリングで行われた壮絶な試合です。

当時を振り返って、高山は著書にこう記しています。

 
身のほど知らず。身のほど知らず。
(高山善廣) より

高山
試合後のダメージや達成感は、PRIDEもプロレスも変わらない。(略)ただ、周りの雰囲気がはっきりと違った。身体の心配を周囲の人にされるのは、圧倒的にPRIDEのほうだ。顔が腫れたりしてダメージは大きいように見えるから、周りも気になるのだろう。ただ、実のところ、ダメージの度合いもそれほど違いはない。それどころか、三沢戦のほうが試合後のダメージは大きかったのだ。なにしろ、翌日以降にまで尾を引くダメージが残ったのだ。次の晩に身体にダルさを感じたときは、単純に疲れているのかなと思っていたのだが、その翌日からいきなり高熱を発した。しかも下痢までして、3日ほど寝込んだのである。そこまでボロボロになったのは三沢戦が初めてだったが、つまりプロレスもPRIDEも身体に受けるダメージは変わらないのである。


GHC初代王者決定トーナメント決勝戦

高山リングイン

三沢光晴vs高山善廣

三沢も入場

勝った方がノアの新設王者。

GHCの威光とジョーさん

初代GHCヘビー級選手権者となるのです。

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tag : 三沢光晴 高山善廣 GHC

三沢光晴のプロレスリング

三沢光晴にとってのプロレスリングとは…、

お亡くなりになってから各メディアで、“受け身の天才”という部分ばかりがクローズアップされていますが、

実際には受け身以上に、勝負に対する厳しさを持ったプロレスラーだったと思います。

執拗に小川は離さない

本棚から取り出したの本の中に、

三沢が語るプロレスの興味深い話がありました。

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tag : 三沢光晴 中田潤

もう連鎖しないでくれ!!

 kamipro.com より
またしても悲報……。テッド・タナベレフェリーが死去

大阪プロレスでは6月15日(月)、公式ホームページにて、名物レフェリーのテッド・タナベ(本名:田邊哲夫)さんが同日、搬送先の病院で亡くなったと発表した。享年46。


こういった連鎖は受け入れられません。

テッド氏に関しては、三沢以上に思い入れはありませんが、

例年観に行ってたみちのくプロレス札幌大会での印象が強いです。

ルチャからデスマッチまで裁いていた器量はプロレス界でも屈指だったと思います。

ご冥福をお祈り致します。

tag : テッド・タナベ

かりそめの虎(1985)

振り返るしかないんですよ!!

三沢光晴の功績を!!

NWAインタJr選手権

2代目タイガーマスク。

昨日も書きましたが、

私には思い入れはありません。

小林邦昭vs三沢タイガーマスク

しかし、あの頃…

彼は必要以上の気概で虎を演じきっていたんです。

入場

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三沢光晴の強さ

訃報から24時間以上経過しました。

今日一日、プロレスファンは複雑な心境で、日曜日という日を過ごしたかと思います。

まだまだ私自身も、三沢光晴の死というものを消化する事は出来ていません。

さっきも『うるぐす』で、昨日からの一連の流れと、

三沢の残した足跡を見返して、

本当に亡くなってしまったことを確認させられました。

が、まだまだ実感なんてものは湧いてくるはずもありません。

何せ私が知る三沢光晴は首が詰まっても、骨が折れてても、

試合が終わるまでは何度でも何度でも立ち上がる“不死身”の男ですから。

三沢を知ったのはまだ私が小学生の頃です。

当時、ビッグレスラーという雑誌で、越中とともに“若手の成長株”として、取り上げられてた記事を読んでです。

その新日編では高田と山崎が取り上げられていました。

その二人は札幌でルー・テーズ杯決勝を競い、ともにメキシコへ…

当時は海外修行の若手が何をしてるかなど記事になることはほとんどなく、

小学生の私にとってはテレビで見る中継と雑誌の写真だけがプロレス界の出来事でした。

その数年後、三沢は2代目タイガーマスクとして帰国。

ふれこみは“正体不明”のマスクマンですが、

週刊ゴングの表紙を飾ったドアップの顔写真は、

どんなに浅いファンでも容易く正体を見抜くことの出来るものでした。

初代タイガー佐山のスピードに見慣れてた私らには、

長身で細身の2代目タイガーが繰り出す、もっさりした空中技に不満でした。

キッドとの試合も変にお互いが合わせてる感じがして、

佐山タイガーとキッドのときのような切れ味が感じられませんでした。

いずれ天龍が決起し、ジャンボが奮起し、タイガーが三沢になった頃、

私の頭の中から全日本プロレスは消えかかってました。

そこからの全盛期…いわゆる四天王プロレスの残像は私の中にはほとんど残っておりません。

私が三沢光晴を再び目にするのは、

全日本プロレスの代表取締役に就任した頃でした。

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tag : 三沢光晴

深夜から、

こっちは涙雨です。

叩きつける雨です。

今日も出勤です。

仕事なんて出来る訳ないです。

三沢無言

信じられる訳がない

第一報はガクさんからのメールだった…

屈強なプロレスラーの中で、さらに不死身の体を持つ男が、

天に召されるなんて…

 kamipro.com より
三沢光晴、試合中に倒れ死去


嘘だろって、

破壊王のときも、

今回も、

嘘だろって。

三沢リングイン

三沢光晴選手の

ご冥福を心よりお祈り致します。

震えた体を纏ってる 心を無くした僕がいる(1996)

長州とUインターを振り返って来ましたが、

いよいよ佳境に入ってまいりました。

前回のダブルバウトでの対戦(参照:長州 in UWF)で、

長州が敵ながらに大きく評価した垣原との一騎打ち。

それも1996年最初の大舞台、1.4東京ドーム大会です。

メインに武藤vs高田のリベンジマッチを控えたアンダーカードとして、長州力vs垣原賢人は組まれました。

尾崎豊のレガリテートの中、弱冠23歳のカッキーが入場。

ここまで対抗戦での成績は無敗です。

vs新日無敗のカッキー

ゴングと同時にラッシュします。

掌底マシンガンから、

掌底マシンガンから、

膝蹴りの連打。

膝蹴り、

さらにハイキック。

さらにハイキックまで出すが、

若さと勢いに任せて、長州の顔面に入れていきます。

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tag : 長州力 垣原賢人 UWFインターナショナル 全面戦争

帰ってきた超星

 スポーツナビ より
全日本プロレス「武藤祭」~武藤敬司デビュー25周年プレ記念大会~

真の記念大会となる8.30両国国技館で、武藤、船木誠勝組vs蝶野正洋、鈴木みのる組という超ドリームカードを発表した。
武藤、船木合体!!


船木が遂にプロレスのリングに帰って来るんですね。

私ら世代にとっちゃ本当の意味での天才レスラーだった人です。

15歳という(当時の)最年少デビュー。

試合前の藤原教室。

新日時代1

新日時代2

骨法の習得。

新日時代4

強さと幻想と狂気を併せ持った類い稀なプロレスラーでした。

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tag : 武藤敬司 船木誠勝 復活

闘う“炎の料理人”

 kamipro.com より
菊田早苗が自慢の料理を“人生の師匠”宮戸優光氏に披露!!


宮戸味徳と料理BAKA菊田

を見て、今日kamipro最新号を買ってきました。

菊田が特製のちゃんこを宮戸に振る舞うという対談なんですが、

料理トークが絶妙でしたので、以下、

Kamipro Specialkamipro Special 2009 JULY より


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tag : 宮戸優光 菊田早苗 ちゃんこ鍋 kamipro 阿修羅チョロ 堀江ガンツ

グラップラーRIKI(1995)

長州とUインターの対戦を振り返る。

いつの間にやらシリーズ化してしまってますね(汗)(参照:長州 in UWF長州のプロレスリングYoji Anjo Is Alive vol.9~安生洋二が生まれ変わった日~)。

誰もが忘れ去っているであろうカードがあります。

哀愁溢れるテーマ曲が流れてきました。

この背中…、

この稲妻模様のタイツは…

長州を迎え撃つこのタイツは…!?

我らが中野龍雄です!!

中野だぁ!!

1995年11.25 両国国技館

中野龍雄vs長州力


中野龍雄vs長州力

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tag : 長州力 中野龍雄 新日本プロレス 全面戦争

Yoji Anjo Is Alive vol.9~安生洋二が生まれ変わった日~

前哨戦(参照:長州のプロレスリング)において先勝したUインター軍でしたが、

1995年10.9 東京ドームでの全面戦争は第1試合から負けがこんでいました(参照:封じられた“伝家の宝刀”~前編~~後編~忘れえぬ“熱い男”)。

ほぼ会場を埋め尽くした新日ファンにとってはイケイケ、

少数派のUインターファンにとっては重く沈んだムードで、

二人は入場してきました。

大ブーイングの中、安生登場

長州は気迫満点

長州力vs安生洋二の一騎打ちです。

申し訳程度のガードで前進する長州

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tag : 長州力 安生洋二 UWFインターナショナル 全面戦争

長州のプロレスリング(1995)

その誕生時からユニバーサル、UWF、そしてUインターと本当に因縁の深い長州力。

その長州がUのリングに初登場した試合(参照:長州 in UWF)を前回記事にしましたが、

その95年の新日vsUインターの開戦となったタッグマッチも振り返ってみようと思います。

試合は数週間後に控えた東京ドームでの全面戦争の前哨戦として、

1995年、新日の9.23 横浜アリーナ大会で実現しました。

遂にUインターが新日マットに殴り込み

長州力、永田裕志vs安生洋二、中野龍雄です。

「Uはドームで潰す!」と、高らかに宣言した長州はさらに試合に先立ち、「俺から正面タックル一本でも取れたら、あいつらの勝ちでいいぞ」と公約。

レスリング技術の差に絶対的な自信を持っていた長州は非公開だったパートナーにこれまたレスリング技術の高い永田を指名しました。

試合は永田のローから始まりますが、

ゴングと同時に永田のロー

すぐに安生も右からのストレート掌底を返します。

即座に安生の右ストレート

開始から激しい打撃戦に、長州も嬉しそうです。

打ち負けてない永田に長州ニヤリ

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tag : 長州力 安生洋二 中野龍雄 永田裕志 UWFインターナショナル 全面戦争

長州 in UWF(1995)

先日の記事(参照:忘れえぬ“熱い男”)のコメントにて、

buta-tanさんよりリクエストがありました。

時間が出来たので、早速試合を見返してみると、

案外面白いんですよね、これ。

プロレス史に残る10.9東京ドームの2日後、

舞台をUインターマットに変えて、第1試合(参照:他流試合らしさ)から対抗戦のオンパレード。

そのメインとして、このタッグマッチは行われました。

試合のルールはUWFインターのダブルバウト。

ただしフリーノックダウン、フリーエスケープの特別ルールです。

遂に長州がUのリング登場

Uインターはエース高田を負傷で欠き(参照:歴史は10月に作られる~平成編~)、

暫定エースとして安生と垣原を2トップに、新日の本丸を迎えました。

安生、垣原vs長州、永田

まさか長州力がUWFの名を持つリングに上がるなどとは数ヶ月前には思いもよりませんでした。

試合はその長州と安生からスタート。

2日前のシングルマッチの興奮冷めぬまま先発を買って出ました。

安生のジャンピングハイからスタート

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tag : 長州力 安生洋二 垣原賢人 永田裕志 新日本プロレス 全面戦争

プロレスの芸術品

プロレスの技には様々な意味合いを持つものがありますが、

こと“芸術品”と呼ばれるのは、原爆固め…そう、ジャーマン・スープレックスのみです。

伝説の原爆固め②

U系の中でもジャーマンを得意とする選手はたくさんいましたが、

本当に“芸術”と呼べた形は数えるほどです。

その中で「一人だけ挙げなさい」と言われたなら、

私は迷う事なく、中野龍雄を推したいと思います。

得意のジャーマンで、

しかし、中野の“芸術品”といえば、

ジャーマンよりも逆片エビ固め

いわゆる“シャチホコ固め”なのです。

シャチホコ!!


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tag : 中野龍雄 シャチホコ固め UWFインターナショナル

紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

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