追悼・不死鳥(1995)

今月初め、最大級の衝撃がありました。

“不死鳥”であるはずのハヤブサ、突然の死です。
ハヤブサ

グレーテスト1972の同志の皆さんが追悼記事を書かれています。

 自遊人 より
2016年3月3日(木) の事 大田区総合体育館

 団塊Jrのプロレスファン列伝 より
お久しぶりでございます

FMWに思い入れ深いBKっちは、

独自の観点でハヤブサへの想いを綴っています。

 妄想旅館3~ハートブレイクホテル より
不死鳥が…

あぁ…本当に悲しいな…。

あのハヤブサが亡くなってしまうなんて…。

もしも、ディレクTVが日本で順調に軌道に乗っていれば、新生FMWこそが今頃業界の盟主に君臨していたと、オラは今でも思っています。
今のDDT、大日本、ドラゲー、新日のいいところ全部持っていたのが新生FMWだったのだから。


今の新日本における棚橋弘至の姿こそが、

新生FMWにおけるハヤブサ=Hの理想形だったと。
食らいっぷりは人一倍

私がハヤブサを語るのは役不足かも知れませんが、

プロレスを長く観てきた以上、語る義務があると思い、

ここに追悼記事を捧げたいと思います。



私の中の最初の記憶は、

もちろん第一回スーパーJカップ一回戦の、

vs獣神サンダーライガー

ワープロではダイジェスト扱いでしたが、

あの試合で披露した入場コスチュームを着たままの、

トペコンヒーロが衝撃的でした。
ハヤブサvsライガー2

その後、FMWで躍動していたハヤブサとは疎遠となり、

初めて生で観たのは新生FMWのエースとしてのメイン、

1995年9.5 札幌中島体育センター

グランド・スラム公式リーグ戦

ハヤブサvsザ・グラジエーター
でした。
ハヤブサvsグラジ札幌中島1

この試合のハヤブサが、

私の記憶の中のハヤブサの全てかも知れません。

more...

スポンサーサイト

tag : 訃報 ハヤブサ ザ・グラジエーター

紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

最新記事
最新コメント
カテゴリ
来場者数
最新トラックバック
検索フォーム
カレンダー
02 | 2017/03 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
月別アーカイブ
リンク
QRコード
QRコード