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表紙買い間違いなし。

これは良いです!!

良い表紙です。
Gスピリッツ53表紙大

表紙を見ただけで買いたくなる。

それが真のプロレス本。

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tag : 山本小鉄 アントニオ猪木 長州力 藤原喜明 前田日明

王者の教室~後編~(1975)

今年の『G1 CLIMAX』全カードが発表されましたね。

…さて、前編からの続きです。

細かく高度な技術と、

世界レベルのインサイドワークを織り交ぜながら、

試合は進んでいきます。

少しだけ隙が生じてきたルー・テーズに対し、

アントニオ猪木は右拳を握ると、

自らを鼓舞しました。
猪木のアピール

中間距離から思い切って、

片足タックルに飛び込みますが、

難なく見切ってかわしたテーズ。
猪木のタックルは不発、

さらには「舐めんな若僧」とばかり、

左足で膝蹴りのフェイントです。
テーズは膝蹴りのフェイント

今度は「俺の番だ」とロックアップから、

右足を真っ直ぐ前に送って、
ロックアップから、

猪木の両足を刈っていきます。
テーズが両足を刈ってテイクダウン

やや腰高ですが、

両膝の真裏を完璧に捕えていますね。

猪木はしっかり受け身を取ると、

先程のお返しとばかりボディシザースで返します。
猪木が下からボディシザースで返すと、

再びグラウンドレスリングの攻防が始まりました。

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tag : アントニオ猪木 ルー・テーズ NWFヘビー アントニオ・ロッカ

王者の教室~前編~(1975)

今年も『G1 CLIMAX』の出場者が発表されましたね。

そういや…ストロングスタイルって何だったっけ?

とか何とか思いながら、

1975年10.9 蔵前国技館

NWF世界ヘビー級選手権試合

アントニオ猪木vsルー・テーズ
を観ました。
荘厳なセレモニー

44年前の秋のビッグマッチ。

特別レフェリーとして“鳥人”アントニオ・ロッカが初来日を果たし、
特別レフェリー、アントニオ・ロッカ

御年59歳の“挑戦者”として“鉄人”ルー・テーズ
鉄人ルー・テーズ

迎え撃つ王者、アントニオ猪木は敬意を表して、

旗揚げ戦使用の闘魂ガウンで入場。
王者、アントニオ猪木

役者は揃いました。

ガッチリと握手を交わし、
握手を交わして

試合開始です。
試合開始です

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tag : アントニオ猪木 ルー・テーズ NWFヘビー アントニオ・ロッカ

幻の猪木本がやって来たダァ!ダァ!ダァ!

令和に突入して早1ヵ月経過ですが、

平成最後の金曜8時(参照:平成の最後、昭和への旅Ⅲ~僕らはあの頃の金曜8時にタイムスリップした~)が、

いまだに忘れられません。
20190426ドラディション28

あの日の夜、

平成の最後に出来たお友達の、

独断小僧さん(from 昭和のヒーロー)からビッグプレゼントを頂戴致しました!!
左から独断小僧さん、流星仮面二世さん、レガ

本当に利害関係一切抜きのご厚意で、

独断さんが送って下さった超貴重品!

今はなき『ゴング』の増刊史上において、

唯一無二の名作といって間違いない一冊!

燃える闘魂 アントニオ猪木』です!!!


発行日は“昭和50年9月15日”と記載していますが、

これがまた奇跡的な美品でありまして、

各オークション等で出回っている物と比較すると、

この背表紙の美しさなんかを見るだけで、

状態の良さを理解頂けるかと思います。


さあ! 早速表紙を開きましょう!!


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tag : アントニオ猪木 ストロング小林 独断小僧

拳と涙~後編~(1974)

前編からの続きです。

力道山門下生のアントニオ猪木にとって、

兄弟子にあたる大木金太郎との大一番。

序盤戦は若手時代に培ったレスリング技術を、

お互い確認し合う様な展開でした。
猪木がロープへ

大木が試合前に宣言していた「“一発”」は、

まだ不発のままでしたが、

猪木をロープに押し込んだところで、
ロープに押し込んで、

痺れを切らしたかの様に、

腹部めがけてヘッドバット敢行!
最初の頭突きはボディ打ち

頭部へのヘッドバットがことごとくカットされたため、

ボディ打ちに切り替えたのでしょう。

猪木側の赤コーナーに追い詰めると、

もう一発強烈なボディ打ち!!
もう一発!

ガードが下がったところで、

頭部めがけて一発!
最初の頭突きは浅い

…だが、これは浅い。

それでも猪木が前に出てくると、

大木はものともせず髪を鷲掴みにし、

大きく振りかぶっての、
そしてヘッドバット

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tag : アントニオ猪木 大木金太郎 NWFヘビー

拳と涙~前編~(1974)

ストロング小林戦(参照:十年語られるはずが五十年語り継がれる試合~前編~同~後編~)に続き、

ブログ開設初期に振り返った、

アントニオ猪木の名勝負(参照:昭和の日韓戦)を再検証します。

グアム島の特訓で褐色に焼けた大木金太郎は、

控室での試合前のインタビューで堂々と宣言します。

大木
「自分は“一発”という武器を持ってるだけに、どっちみち猪木を破壊して見せると。マスコミ通じて言った通り今夜はもう、“一発”というのを狙ってるところです」

試合前の大木

対する猪木は既に大木戦の先を見据えて、

同じく控室のインタビューでは落ち着いた口調です。

猪木
「まぁここまで来れば心境というよりやるだけですからね。とにかくこの一戦勝ちましてね、私の長年の希望であったね、日本統一というものをね、早く確立したい。まずそのためには今日、リング上で勝たなきゃなりません」

試合前の猪木

さあ、1974年10.10 蔵前国技館

NWF世界ヘビー級選手権試合


小林戦に続く日本人対決不朽の喧嘩マッチ、

アントニオ猪木vs大木金太郎です。
韓国の猛虎・大木金太郎

力道山門下生らしく白地のロングガウンで、

挑戦者が入場すると、

王者・猪木も小林戦に続き、

20年後の天龍戦(参照:つないでいくもの~前編~)にも着用するエンジ色のガウンで入場。
若獅子・アントニオ猪木

「この試合の勝者に挑戦する」という小林の対戦表明文が読み上げられ、

君が代の吹奏、選手権宣言を経て、

レフェリーの豊登による入念なボディチェックが行なわれますが、

ここで猪木はガウンを着たままの大木に対し、

さらなるボディチェックを要求。
猪木はガウンを脱がない大木のボディチェックを要請

これに大木が素直に要求に応じたところ、

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tag : アントニオ猪木 大木金太郎 NWFヘビー

十年語られるはずが五十年語り継がれる試合~後編~(1974)

前編からの続きです。

アントニオ猪木のグラウンドテクニックに、

ここまで防戦一方のストロング小林でしたが、

強烈に極まったハンマーロックで一矢報います。
猪木が後転したところでハンマーロックに移行

しかしながら猪木の関節は柔軟です。

ゆっくり立ち上がると、
立ち上がった猪木は

後退りながら小林をロープに押し込んで、

また強烈なバックエルボー!
ロープに押し込んでバックエルボー上下に2発!

立て続けにボディにもう一発!

モロに食った小林は清美川レフェリーに猛抗議。
小林の猛抗議に、

対する猪木は真っ直ぐに小林を見据えて、

右の拳を握りました。
猪木が拳を握ると、

これに小林は再び抗議。
再び小林の抗議、

その隙をついて猪木は、

強烈な張り手を顔面にヒット!
再び張り手

ここまでやられて、

小林は遂にレフェリーを払い除けると、
レフェリーを払い除けて、

構え直して猪木を睨みつけました!
場内は異常な興奮!!

リング上は一気に緊張感が走り、

館内は異常な興奮に包まれてきました!!

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tag : アントニオ猪木 ストロング小林 NWFヘビー 櫻井康雄 遠藤幸吉

十年語られるはずが五十年語り継がれる試合~前編~(1974)

あの日(参照:平成の最後、昭和への旅Ⅲ)から2週間が経過しても、

未だ私の余韻は醒めません。

こうなりゃ『僕のヒーロー』アントニオ猪木が“国民的ヒーロー”になった試合を、

振り返ろうじゃないですか!

1974年3.19 蔵前国技館

NWF世界ヘビー級選手権試合

アントニオ猪木vsストロング小林


ブログ初期に一度振り返っています(参照:格とかパワーの事)が、

ここは改めて試合内容を掘り下げたいと思います。
猪木小林調印式⑥

決戦前から激しい舌戦が繰り広げられ(参照:続・格とかパワーの事)、

試合直前の緊迫した空気の中、

大勢の小林軍団を従えての控室で、

「死ぬ覚悟で来いといった猪木に対して貴方の覚悟は?」という質問に対し、

ストロング小林は答えます。

小林
「その言葉はね、こっちが言いたいぐらいの言葉でね、もうそりゃアレですよ。まぁ…リングでね、それを見せますよ」

小林軍団

緊張した面持ちながら気合満点であります。
見てみい!! このツラ!!

一方、王者の猪木は、

軽快に縄跳びを繰り返します。
縄跳びアントン

小林のコメントを伝えられると、

リラックスムードでこう返します。

猪木
「まぁ言葉よりもね、リングの上でもう決着をつけるしかないんでね。とにかくリングの上で」

余裕のアントンスマイル

国技館内は消防法をも無視した(?)、

1万6500人超満員札止めの観客動員新記録。

立錐の余地もない観客席も殺気立っていました。

猪木50周年本上巻表紙
 アントニオ猪木50Years(上巻) より

小林
「あれだけファンや周りの人を巻き込むとは思わなかった。だって蔵前の会場で小林ファンと猪木ファンのケンカの数がすごかったんだわ。水道管で殴り合いして、水道が出っ放しになってた所とかあったからね。控室のガラス戸も、人が押し寄せて割れてたり。会場に入れなかったお客さんも3000人くらいはいたみたいだしね」


小林は臨戦態勢で、

試合スタイルそのままに入場すると、
小林入場

猪木はエンジ色のロングガウンで入場。
猪木入場

国歌吹奏、選手権宣言から、

ベルトの返還、両選手紹介を経て、

メインレフェリーの清美川、サブレフェリーの豊登による、

入念なボディチェックののち、
ゴング直前

遂に世紀のゴングが鳴らされました。

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tag : アントニオ猪木 ストロング小林 NWFヘビー

この冬、密やかな解禁(1976)

CS放送、テレ朝チャンネル2の良質番組である、

『ワールドプロレスリング オレの激闘!ベスト5』の1月放送分で、

遂に“燃える闘魂”アントニオ猪木が登場したのは、

私にとって大きな驚きでした。
オレの激闘!ベスト5猪木編13

CS番組とは言え、

猪木がテレビで長時間プロレスのことを語るなんて、

もう観ることは出来ないと思っていたからです。

ところが、その放送内容は実に奥が深く、

かつての愛弟子である番組ホストの蝶野正洋に対して、
オレの激闘!ベスト5猪木編12

プロレスに対する想いを熱く語る姿は、

感動的ですらありました。
オレの激闘!ベスト5猪木編14

猪木が挙げた自身のベストバウトの中には、

あの1976年6.26 日本武道館における、

格闘技世界一決定戦 vsモハメド・アリも入っていまして、

実はその映像の中には、

これまで封印されていた名シーンが、

そろり、そろり、と解禁されていたのでした!!

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tag : アントニオ猪木 モハメド・アリ 格闘技世界一決定戦 蝶野正洋

暴風雨の中の風車 Vol.2~ブレーキの壊れたダンプカー~(1979)

Vol.1からのつづきです。

2度目の新日本プロレス参戦(通算3度目の来日)にして、

早くもアントニオ猪木の持つ、

NWF世界ヘビー級のタイトルに挑戦し、

あわや王座奪取の場面を作り出したスタン・ハンセンでしたが、
猪木vsハンセン1977~8

次の新日参戦までには1年以上の期間を挟みます。

その理由は別に干されたのではなく、

母国でのレスリングビジネスが成功していたからなのです。

Gスピリッツ46表紙
 Gスピリッツ Vol.46 より

ハンセン
「新日本の77年8月のツアーから帰国した後は、ジョージアテリトリーでビジネスが上手く行っていた。ファイトマネーも良かったし、いいポジションで仕事ができたよ。79年にジョージアに入ってきた天龍はブッカーのオレイ・アンダーソンと良い関係を築けなかったようで、今もいいことは言わないが、私にとってオレイは優秀なブッカーだった。だから、日本に行く必要がなかったんだ」


ビンス・マクマホン・シニアの思惑通り、

しばらく冷却期間を置いた事で、

ハンセンは再びアメリカのマット界で、

脚光を浴びるポジションを見つけたのです。

それも古巣WWWFではなくNWA系のテリトリーにおいて。
ハンセン@1978

一方の猪木も1978年はタイガー・ジェット・シンとの抗争を軸に、

上田馬之助との釘板デスマッチ(参照:本物同士のデスマッチ)や、
館内を煽る猪木

第1回MSGシリーズの制覇、

欧州世界選手権シリーズ参戦(参照:欧州“殺し”紀行~eins~同~zwei~同~drei~同~vier~同~finale~)と、
傷口めがけ手刀

さらにプレ日本選手権開催と制覇(参照:獅子と狼のレスリング勝負~前編~同~後編)など、
プレ日本選手権優勝インタビュー

まさしく大車輪の活躍でした。

さらには藤波辰巳の凱旋帰国(参照:日本ジュニアヘビーの夜明け)を機に、

興行の方も大盛況の様相を呈していました。

そして長い沈黙を経て1979年

ハンセンは再び新日来襲を果たします。

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tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン MSGシリーズ

暴風雨の中の風車 Vol.1~でくのぼうBLUES~(1977)

アントニオ猪木の歴史において、

決して欠かす事の出来ないライバルの一人が、

“ブレーキの壊れたダンプカー”スタン・ハンセンでしょう。

もしかするとハンセンと猪木が巡り合ったのは、

プロレス界の奇跡かも知れません。

丸5年間という短い時間の中で、

両雄が何度も闘う事によって、

プロレス界の様々な既成概念が壊されていきました。



ハンセンの初来日は1975年秋の全日マットでした。
ハンセン初来日@全日1

今、この時の映像を観ると、

どこにでもいる様な大型ラフファイターの佇まいですね。

そのまま全日の常連ガイジンになっていれば、

“レスリングの出来るジム・ドゥガン”ぐらいの感じだったのかな?
ハンセン初来日@全日2

ハンセンが最初にブレークしたのは、

意外にもWWWF(現在のWWE)のマットでした。
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF1

当時、完全無欠のトップだった“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノとの抗争で、

数々の激闘を繰り広げたのですが、
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF2

そのハイライトとなったのが“首折り事件”ですね。
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF3

ご承知の通りアクシデントによる事故だった訳ですが、

それを直接、興行に結び付けるのが本当のプロレス。

1976年6.25(現地時間) ニューヨーク州センチュリー・シェア・スタジアムにおいて、

WWWFヘビー級選手権試合で完全決着をつけました。
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF4

この試合の背景については、

流星仮面二世さんが詳細に記していますが、

サンマルチノがいかにNYの英雄だったかがわかりますね。

 団塊Jrのプロレスファン列伝 より
過去ブログメモリアル~ラリアートよ永遠なれ!スタン・ハンセン大特集 第ニ戦~

1976年6月26日 格闘技オリンピック(前編)

この日は日本での猪木vsアリの“世紀のスーパーファイト”をメインに、

全米4団体が各地でそれぞれビッグマッチを開催するという、

歴史的な一日でもありました。
猪木アリ試合前

しかしながら、

トップレスラーに大怪我をさせたハンセンは、

あわや危険な男のレッテルを貼られて、

“商売あがったり”になりかけたのですが、

怪我を負わされたサンマルチノ本人の温情で、

しっかりと興行に還元されて、それを免れました。

そして、一つの仕事を終えたハンセンに対して、

WWWFプロモーターのビンス・マクマホン・シニアは冷却期間を置く意味で、

1977年の年頭に、

提携先の新日本プロレスへブッキングします。

そしてハンセンは真っ赤な糸に導かれる様に、

遂に宿命のライバルと出会う訳です。

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tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン ブルーノ・サンマルチノ NWF WWWF

ボーン・トゥ・ボーン

今年も読書の秋到来ですね。

9月末から10月中旬にかけて、

プロレス関連、特に格闘技系の書籍が多々出ております。

『KAMINOGE』最新号には、

KAMINOGE70表紙
 KAMINOGE vol.70

安生洋二金原弘光のUインター・ラッパ師弟対談。

キングダム時代の話が中心の様でしたが、

今号はやめました。

こっちも気になったなぁ、

『俺たちのプロレス』最新号。

俺たちのプロレス8表紙
 俺たちのプロレス VOL.8

PRIDE.1から20周年にあたる今年、

改めてPRIDEシリーズを振り返っての証言集。

このシリーズ本はテーマ設定も素晴らしいし、

インタビューの人選もほぼバッチシなんですよね。

田村潔司桜庭和志の両雄、

それぞれのインタビューも収録されていますが、

今号はやめておきます。

…あ!! ガンツさんすみません!!

今月発売のアレは絶対に買いますんで。

プロレス取調室UWF&PRIDE編表紙
 疾風怒濤!! プロレス取調室 ~UWF&PRIDE格闘ロマン編~

結局、私が手にしたのはこれでした。

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tag : カール・ゴッチ アントニオ猪木 北沢幹之

追悼・闘魂の扇動者

ストロングスタイル記念日の8月8日(参照:ストロングスタイル記念日)、

新日旗揚げからアントニオ猪木を支えた功労者が、

また一人、天国に旅立ちました。

 東スポWeb より
元新日リングアナ・倍賞鉄夫さん死去

新日本プロレスでリングアナウンサーとして活躍した倍賞鉄夫さんが8日に亡くなっていたことが10日、分かった。68歳だった。倍賞さんは女優の倍賞千恵子、美津子姉妹の実弟で、新日プロ旗揚げ時に入社。営業部員やリングアナとして活躍した後、専務の要職に就いた。関係者によると数年前に、闘病生活を続けていたという。


元新日リングアナ・倍賞鉄夫さん告別式 充代夫人「充実した人生だった」

元・新日プロ副社長の倍賞鉄夫です。
倍賞リングアナ@猪木vsシン

訃報では様々な肩書きが並びましたが、

私らの少し前の世代のファンにとっては、

新日の2代目リングアナウンサーであり、


私らの世代にとっては新日よりも、

猪木事務所社長の印象が強いかも知れないですね。

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tag : 訃報 倍賞鉄夫 アントニオ猪木

INOKI vs ROCKY~後編~(1977)

前編からの続きです。

激しい打ち合いで幕を開けた第3ラウンド、
再び激しい打ち合い

アントニオ猪木は一瞬身を沈めて、

この試合2度目のカニ挟みを決めますが、
右フックをかい潜ってのレッグシザース

ここでも巧みに上を取ったチャック・ウェップナーは、

マウントパンチの連打!!
ウェップナーがマウントパンチ

通常のプロボクサーにこんな芸当出来ませんよ、

まだマウントポジションなんて概念がない時代ですから…。

ここはブレイクがかかり、

スタンドに戻ったところで猪木が延髄斬り!!

しかしこれはギリギリのところで空を斬りました。
猪木の延髄斬りは寸でかわしたウェップナー

さらにロープ際で揉み合う中、

猪木が場外転落。
揉み合いから場外転落の猪木

すぐにリングに戻ると、

飛び付く様に組みに行って、

左腕を巻き込んでの一本背負いから、
一本背負いからの、

ガッチリと袈裟固めに極めていきますが、
袈裟固めで3R終了

即座にブレイクが掛かります。

なぜならこの試合のルールにおいては、

「寝技は3秒以内」なのです!!

“3秒”ですよ!?

ホームでありながら猪木にとってどれだけ不利なルールであったか…。

起き上がってから打ち合いの中、

第3ラウンド終了です。

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tag : アントニオ猪木 チャック・ウェップナー 格闘技世界一決定戦

INOKI vs ROCKY~前編~(1977)

先日のサミットで初めて、

アンドレvsウェップナーの完全版を観る機会に恵まれました。
サミット20161022 6

それもこれも全てalive映像部長のお陰によるものです、

本当にありがとうございました。



今から40年前、この試合が行われた日に、

日本ではアントニオ猪木vsアリが行われた訳でして。
北海道新聞1976年6.25夕刊広告

まさに今年から制定された、

『世界格闘技の日』そのものであります。
北海道新聞1976年6.26朝刊ラテ欄

そこからちょうど1年4か月後、

二人は運命に従う様にリングで向かい合いました。
北海道新聞1977年10.26夕刊ラテ欄

不朽の名作映画『ROCKY』のモデルとなったチャック・ウェップナーを、
チャック・ウェップナー

迎え撃つ猪木…このガウンかっこいいですよね~。
猪木@白ガウン

1977年10.25 日本武道館

格闘技世界一決定戦

アントニオ猪木vsチャック・ウェップナー
です。
オープンフィンガグローブ装着のアントニオ猪木vsチャック・ウェップナー

猪木はこの試合で愛弟子の佐山サトルが考案した、

オープンフィンガーグローブを初めて装着しました。

今では世界中のMMAの試合において、

当然の様に使用されているこのアイテム。

正真正銘、プロ格闘技史上初のお披露目がこの一戦でした。

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tag : アントニオ猪木 チャック・ウェップナー 格闘技世界一決定戦

新間氏が語ったアントンとミッコと愛と恋

何度かブログで取り上げさせてもらった、

火曜深夜、ラジオ日本の人気トーク番組『真夜中のハーリー&レイス』。

この秋の改変期より無念の30分縮小となってしまったのですが、

パーソナリティを務める清野茂樹アナはポジティブにこう語りました。

「30分になるのもプロレスの番組っぽくていい」。

さすがです!! これぞプロレス心です。

9月27日、その1時間枠最後のゲストは超大物、

“過激な仕掛人”新間寿でした。
新間氏と清野アナ

当然、昭和新日の数々のエピソードが中心だった訳ですが、

やはり新間氏だけが知る昭和新日秘話が興味深かったですね。
猪木引退特番での猪木アリ検証17

 真夜中のハーリー&レイス より
9/27vs新間寿(元新日本プロレス営業本部長)※Podcastです

新間
「猪木さんていうのは、非常にあの6メーター40の(リングの)中ではもの凄い心の広い人なんですよ。リングん中の事に関してはアントニオ猪木程凄い人はいないと思う。(略)あの人の凄さっていうのは、相手が6とか7のものを9、10に見せるだけの試合をしてくれるんですよ」

「猪木-ストロング小林戦というのは私が新日本プロレスの中で観たベストバウトですよ、あの試合というのは。(略)凄い試合だった。もう最後の最後まで手に汗を出てるの知らない様に、全身こわばる様な感覚で観てましたからね」


新間氏の話っぷりを聞いていると、

また猪木vs小林を見返したくなってきちゃいましたよ。
猪木も大流血

でも今回、焦点を当てるのはアントニオ猪木倍賞美津子さん

“世界最強夫婦”のエピソードです。

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tag : 新間寿 アントニオ猪木 モハメド・アリ 倍賞美津子

獅子と狼のレスリング勝負~後編~(1978)

『プレ日本選手権』優勝決定戦、前編からの続きです。

ヒロ・マツダの左肘に攻撃の照準を絞ったアントニオ猪木

“腕折り殺法”ショルダー・アームブリーカーが数発決まると、
猪木の表情!!

マツダは必死のロープエスケープ。

一旦離れてから猪木はさらに、

マツダの左肩までも破壊にかかります。
さらに左肩を極めに行くと、

これに対してマツダは、

一瞬身を沈めると抱え上げてサイドバスターによる脱出。
マツダ起死回生のサイドバスター

猪木はローラン・ボック戦(参照:欧州“殺し”紀行~vier~同~finale~)で痛めた腰を痛打しました。

そこにマツダはスピニング・トーホールドから、
スピニング・トーホールドから、

猪木を場外へ蹴落としていきます。
猪木を場外へ蹴落とすと、

深追いしないのもマツダ流の戦術でしょうね。

再び群がる狼軍団にすぐさま割って入る新日軍、
群がる狼軍団に新日側も猪木を護衛

一瞬の予断も許されません。

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tag : アントニオ猪木 ヒロ・マツダ プレ日本選手権

獅子と狼のレスリング勝負~前編~(1978)

1978年末の『プレ日本選手権』(参照:“殺し”の代償)続編となります。

長い欧州遠征で心身ボロボロで臨んだ激しいトーナメントも、

実力で優勝決定戦まで進出したアントニオ猪木
優勝戦に臨む猪木

さらにはWWWF選手権までも敢行し、

辛くも勝利を得たものの王座奪取はならず、

狼軍団の不法乱入により、さらに深い傷を負ってしまいました。
しかしWWWFルールによりベルト移動なし

怒りを胸に向かったリングの対角線上には、

かつて無法地帯テネシーを共に闘い抜いた、

ゴッチ道場の兄弟子、ヒロ・マツダが立っていました。
ヒロ・マツダと狼軍団

1978年12.16 蔵前国技館

プレ日本選手権優勝決定戦

アントニオ猪木vsヒロ・マツダ


新日正規軍と狼軍団の頂上対決です。
アントニオ猪木vsヒロ・マツダ

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tag : アントニオ猪木 ヒロ・マツダ プレ日本選手権

“殺し”の代償(1978)

1978年末、アントニオ猪木は、

『欧州世界選手権シリーズ』(参照:欧州“殺し”紀行~eins~同~zwei~同~drei~同~vier~同~finale~)から帰国すると、
ボックが判定勝利

ローラン・ボック戦における歴史的敗戦の傷癒えぬまま、

すぐさま日本での戦列に復帰しました。
ボック勝利に猪木呆然、新間氏は激しく抗議

自ら不在の間に開幕した『プレ日本選手権』です。

猪木はシード権による決勝トーナメントからの出場、

その一回戦の相手は予選リーグ8位通過の、

同門、星野勘太郎でしたが、

欧州遠征での激戦の代償はかなり大きなものでした。
ガッチリと握手を交わして試合開始

1978年12.5 福岡市九電記念体育館

プレ日本選手権決勝トーナメント一回戦

アントニオ猪木vs星野勘太郎
、振り返りましょう。
アントニオ猪木vs星野勘太郎

殺人的日程だった欧州遠征でコンディション最悪の猪木、

序盤はグラウンド中心に攻めていきますが、
序盤、星野をコントロールしていく猪木

腕に覚えのある星野も簡単には取らせません、

持ち前のスピードでバックを奪います。
星野もバックを奪いに行くが、

猪木もすぐさま奪い返しますが、

星野のディフェンスも完璧です。
グラウンドは猪木のペース

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tag : アントニオ猪木 星野勘太郎 ボブ・バックランド プレ日本選手権 WWWFヘビー級

C.A.C.C.唯我独尊~後編~(1975)

お待っとさんでした、前編より続きです。

グレッグ・バレンタインがリングインしてからの部分は、

ここでは割愛しまして、

再び顔合わせはビル・ロビンソン坂口征二です。

飛び込みざまロビンソンは坂口の巨体を跳ね上げ、

お得意のワンハンド・バックブリーカー!!
改めて坂口との局面は、

この瞬発力が凄いんですよね、

しかもこの時点で右膝は重傷を負っていた(参照:至高のプロレスリング~episode・Ⅶ~)訳ですし。

ここで人間風車の構え!!
人間風車狙いに腰を落として耐える坂口、

坂口は重い腰を落として、

「絶対に食うまい!」とディフェンスに入りますが、
そのままコーナーまで引きずっていくロビンソン、

何とロビンソンはそのまま自軍まで引きずっていき、

バレンタインに交代します。

出ました!! 毒針エルボー。
代わったバレンタインは得意の毒針殺法

ロビンソンに刺激されてか、

バレンタインも得意技を惜しげもなく繰り出してきますが、

捕まってしまう場面も多く、

やや苛立つ様な表情を見せるロビンソン。

ここで交代です。
再びリングインのロビンソン

坂口はじっくりとリストロックに入りました。
坂口のリストロックに、

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tag : 坂口征二 ストロング小林 ビル・ロビンソン グレッグ・バレンタイン スパさん

C.A.C.C.唯我独尊~前編~(1975)

今夜は貴重な映像をお届けしましょう。

2010年の【レガ大賞】において満場一致で、

敢闘賞を受賞されたスパさんから頂戴したDVD(参照:来た!)収録試合。

“人間風車”ビル・ロビンソンアントニオ猪木と、

あの歴史的名勝負を展開(参照:至高のプロレスリングから40年)する4日前に行われたタッグマッチです。
ビル・ロビンソン、グレッグ・バレンタイン組

パートナーには若き日の“金髪の爆撃機”グレッグ・バレンタイン

対するは坂口征二ストロング小林の怪力コンビです。
坂口征二、ストロング小林組

1975年12.7 刈谷市体育館

坂口征二、ストロング小林vsビル・ロビンソン、グレッグ・バレンタイン

坂口、小林vsロビンソン、バレンタイン

先発はロビンソンと小林から、
先発は小林とロビンソン、

国際プロ時代にしのぎを削った関係ですね。

組みにいった途端、

ロビンソンは上体を深く固定してのテイクダウン。
絶妙なロビンソンのテイクダウン技術

実に理に適った体重移動による技術、

左足の掛け方も絶妙な角度とタイミングです。

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tag : 坂口征二 ストロング小林 ビル・ロビンソン グレッグ・バレンタイン

神様にとっての猪木アリ~後編~(2016)

“プロレスの神様”カール・ゴッチさんにとって、

1976年6.26 日本武道館での、

格闘技世界一決定戦

アントニオ猪木vsモハメド・アリ
は何であったのか?

前編からの続きとなります。
猪木アリ40周年3

ゴッチさん自身はセコンドに付いてはいたものの、

あくまで「精神的なアドバイス」に徹したという、

20年前のインタビュー。

私もそれからの20年間、

ゴッチさんの言葉を鵜呑みにしてきました。

しかしながら、先日のモハメド・アリ追悼番組『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ』(参照:テレ朝のアリ緊急追悼番組を観た)における、

最新機器を駆使した文字起こしによって、
ゴッチさん@猪木vsアリ2

私の中での“猪木アリ像”が根底から覆されたのです。

15ラウンドをフルに闘い抜いた中で、

アントニオ猪木が明らかに勝負に出ていた13ラウンド。

それは自らの勝負勘による判断ではなく、

業を煮やした様なゴッチさんの、

祈りにも似た檄によって、

背中を押されたものだったんだなぁ、と。
猪木アリ40周年5

今回は番組中に鳥肌立ちっぱなしだった、

13ラウンドと最終15ラウンドの攻防を中心に、

ゴッチさんの声から闘いを再々々検証したいと思います。

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tag : アントニオ猪木 モハメド・アリ カール・ゴッチ 格闘技世界一決定戦

神様にとっての猪木アリ~前編~(1996)

本日、6月26日は今年から記念日に制定されました。

その名は“世界格闘技の日”。

そして“ザ・グレーテスト”モハメド・アリが旅立ってから、

早くも一ヵ月になろうとしています(参照:追悼・ALI THE GREATEST)。

テレビ朝日が追悼番組として急遽製作した、

『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ』(参照:テレ朝のアリ緊急追悼番組を観た)は、

プロレスファンにも格闘技ファンにも貴重な内容となりました。
アリ追悼番組OP

特に番組内においてアントニオ猪木vsモハメド・アリそのものを、

フルラウンド・ノーカット放送した事と、

ただ試合をリプレイするだけにとどまらず、

両選手と両陣営の声を、

21世紀の最新音声機器を駆使する事で、

可能な限りに“文字起こし”した事は、

特筆すべき出来事だったと思います。
猪木アリ40周年2

その中で私が衝撃を受けたのは、

13ラウンドと15ラウンドに“プロレスの神様”カール・ゴッチさんが、

愛弟子であるアントニオ猪木に対して送ったアドバイス(?)の翻訳でした。
猪木アリ40周年5

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tag : アントニオ猪木 モハメド・アリ カール・ゴッチ 格闘技世界一決定戦

アリ緊急追悼番組決定

今週末の日曜20:58より、

テレビ朝日系列にて、

モハメド・アリ緊急追悼番組『蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ』が放送されます!!
スポコン!での猪木アリ検証49

 モハメド・アリ緊急追悼番組 蘇る伝説の死闘 猪木vsアリ
アリ追悼特別番組

モハメド・アリ追悼番組を緊急放送!
アリの偉大な生涯を振り返るほか、伝説の「猪木vsアリ」戦を放送!
歴史に残る格闘技戦に隠された感動のエピソードが今明らかに!

みどころ
■“ザ・グレーテスト”アリの生涯と伝説の格闘技世界一決定戦を!
6月3日、プロボクシングの元世界ヘビー級王者モハメド・アリが74歳でこの世を去りました。バラク・オバマ大統領、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長など世界の要人たちが追悼コメントを発表。日本時間10(金)深夜3時から、アリの出身地米ケンタッキー州ルイビルで営まれる公葬では、ビル・クリントン元大統領が追悼メッセージを行う予定です。
単なる一人のボクサー、世界チャンピオンという枠には収まりきれない、偉大な足跡を残してきたアリ。数々の伝説と名言を残し、巨星、偉人、そして“ザ・グレーテスト”という称号で呼ばれてきました。
テレビ朝日では、そんなアリを追悼する特別番組を緊急編成。12日(日)よる8時58分から、およそ2時間にわたって放送します。
番組では、アリの激動の人生を紹介する他、1976年6月26日に行われたアントニオ猪木との格闘技世界一決定戦にまつわる秘話も独占公開。20世紀を代表する“ザ・グレーテスト”モハメド・アリの偉大なる足跡を振り返りつつ、その心揺さぶる人間ドラマに迫ります。


秘話公開となっていますけど、

これまでさんざんやって来た様な、

“がんじがらめルール”の件や、

イベント、興行的な裏話はもういいです。

試合内容もあれだけDVDが売れたんですから、

今掘り返す必要もない。

じゃ、何が見たいのかと言えば、

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tag : アントニオ猪木 モハメド・アリ

追悼・ALI THE GREATEST

今日は雨で一日順延した子レガの運動会でした。

やや肌寒い一日でしたが、

無事に終わる事が出来ました。

…にしても我が息子、身体のでかさに反して超鈍足(笑)。

でも声は出ていたから良しとします。

北海道の運動会風景…これ決してキャンプ場じゃないですよ。
運動会2016

ちょうど一年前の今頃は、

流星仮面二世さん(from 団塊Jrのプロレスファン列伝)と夢の遭遇を果たし、

グレーテストな宴が、

最高潮に達していました(参照:世界に一つだけの縁~雨の金曜サミットという名の後編~)。
1972サミット2015年6.5

その初対面から一年後の昨日、

昼過ぎに流星さんから頂いたメールで、

偉大なるプロボクサーの死を知る事となりました。

その名は“ザ・グレーテスト”モハメド・アリです。
猪木引退特番での猪木アリ検証13

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tag : 訃報 モハメド・アリ アントニオ猪木 格闘技世界一決定戦

権威への挑戦(1973)

中邑真輔は世界に飛び出していくのですが、

約42年前、新日は“世界”を招聘していました。
花束贈呈、国歌吹奏、選手権宣言

実力世界一ベルトは別格として、

実在する世界王座を初めて獲得した夜。

当時のチャンピオンシップは格式がありましたね。

花束贈呈、国歌吹奏、選手権宣言。

この日本ならではの様式美…どこかに行ってしまいました。
ベルトの返還

とにかく、

挑戦者のアントニオ猪木と、
挑戦者猪木、

迎え撃つ王者は“死神”ジョニー・パワーズ
王者パワーズ

ガッチリと握手を交わして、
ジョニー・パワーズvsアントニオ猪木

1973年12.10 東京体育館

NWF認定世界ヘビー級選手権

ジョニー・パワーズvsアントニオ猪木

NWF世界ヘビー級選手権、ジョニー・パワーズvsアントニオ猪木

試合開始です。

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tag : アントニオ猪木 ジョニー・パワーズ NWF世界

至高のプロレスリングから40年(1975)

日本プロレス史に燦然と輝く一戦、

1975年12.11 蔵前国技館

NWF世界ヘビー級選手権試合

アントニオ猪木vsビル・ロビンソン


今宵は、あの“至高のプロレスリング”から40周年です。
強烈なエルボースマッシュを挟んで、

アントニオ猪木ビル・ロビンソンという二人の強者が、

同じ時代に生き、

同じレスリングの道の上で、

お互いに辿り着いた奇跡。

今一度、この試合を振り返って頂ければ幸いです。
60分闘ってなおも闘志の消えない両雄

 至高のプロレスリング~episode・Ⅰ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅱ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅲ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅳ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅴ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅵ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅶ~

 至高のプロレスリング~episode・Ⅷ~


2015年もプロレスリングはまだ続いています。
2発目の人間風車!!

闘いはつながっていますよ。
ロビンソンはエスケープを図るが、

tag : アントニオ猪木 ビル・ロビンソン NWF世界ヘビー

ネイルデスマッチとは何か?(1978)

“日本初”のネイルデスマッチ

1978年2.8 日本武道館
での、

アントニオ猪木vs上田馬之助(参照:本物同士のデスマッチ)が実現した背景には、

両者を取り巻く様々な事情がありました。
何とか態勢を整えると、

上田は前年1月より新日本プロレスに参戦し、

トップヒールであったタイガー・ジェット・シンのパートナーとして、

猪木のみならず坂口征二ストロング小林らを血の海に沈めて来ましたが、

猪木とのシングルマッチが一枚看板としてメインを張るにはインパクトが弱く、

フリーランスとして生き抜く術を必死に模索していました。

当時のドル箱企画、格闘技世界一決定戦との対比もあって、

シンの格下に位置する上田への期待値が低かったのです。
上田のセコンドには盟友シン

営業部長として最前線にいた大塚直樹が当時を語っています。

Gスピリッツ Vol.36
 Gスピリッツ Vol.36 より

大塚氏
「ルスカ戦の2年後の日本武道館(78年2月8日)なんかは前売りが伸びなくて、1週間前に札幌中島体育センターからのテレビ中継で猪木さんと上田馬之助さんの究極のデスマッチ…ネイルデスマッチを急遽宣伝したら、試合当日は1400万円の収益があったんですよ。当時、興行のコースは僕が切っていたんですが、札幌の2日前、社長の猪木さんに“何で武道館の切符は売れてないんだ?”と聞かれたので、“ファンは決着がつかないと思ってますから”と答えたんです。それで“じゃあ、どうすればファンは納得して来てくれるんだ!?”という話になって…」


日本武道館という当時最大規模の会場で興行を打つにあたって、

猪木vs上田でどうやって集客するか?…悩み抜いた末の決断だった訳です。

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tag : アントニオ猪木 上田馬之助 ネイルデスマッチ 釘板デスマッチ 大塚直樹 櫻井康雄

本物同士のデスマッチ(1978)

現在では物珍しくなくなった異種格闘技戦。

その本家であるアントニオ猪木は、
猪木は白の闘魂ガウン

現代のプロレス界において一つのカテゴリとなった、

アイテム系デスマッチの始祖でもあります。

日本プロレス史で大きな事件として残る“猪木日プロ追放事件”。

その首謀者と噂された上田馬之助との因縁の一戦は、

まさに日本におけるデスマッチのターニングポイントではないでしょうか。
上田のセコンドには盟友シン

1978年2.8 日本武道館

ネイルデスマッチ(別名・釘板デスマッチ)
敷き詰められた釘板

アントニオ猪木vs上田馬之助

アントニオ猪木vs上田馬之助

異様な雰囲気の中、“武道の聖地”で行われた死闘を振り返りましょう。

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tag : アントニオ猪木 上田馬之助 ネイルデスマッチ 釘板デスマッチ

エディとリー

毎月末になると、

何冊ものプロレス本が発売されます。

数年前までは数か月に一回の事でしたが、

今や毎月この感じが来ます。

プロレスファンにとっては出費がかさむ一方で、

自分の好きな一冊に出会える幸せな時間でもあります。

2冊ばかり、気になってますよ。

まずは、いつもの『KAMINOGE』です。

KAMINOGE vol.43
 KAMINOGE vol.43 より

宮戸優光×鈴木秀樹
2代目人間風車、W-1王者となって古巣・スネークピットに凱旋!
ビル・ロビンソンの弟子たちが語る“本来のレスリング”とは何か?

「キャッチ・アズ・キャッチ・キャンも知らなければ、猪木さんのこともよくわかっていない世代のファンに、『レスリングとは何か?』というものを投げかけてほしい」(宮戸)

「かつてビル・ロビンソンというプロレスラーがいて、凄い人だったんだよっていうのを気づいてもらうためにも、やり続けようかと思ってます」(鈴木)


注目は断然この師弟対談です。

このタイミングですからね…IGFにまた出るんでしょ?

船木の退団といい、W-1大丈夫なんでしょうかね。

その他にも、

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tag : ザ・モンスターマン ザ・ランバージャック 阿修羅・原 安生洋二 宮戸優光 鈴木秀樹

紫レガとは?

紫レガ

Author:紫レガ
47歳のプロレス話


「昔はインターネットを旅してましたからね。毎晩ブログでね、今みたいにSNSがいっぱいある訳でもないし、終わったらみんなブログでね、一日の終わりにUPして。今こんなこと言ったらエラいことになりますけどね、よく寝不足になったね、部屋でPCを打ったりね。…いや、そういう歴史はちゃんと教えとかないとね」

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