2018.6.9『DOMINION』をテレビで観戦したのだ

今日も仕事を終えて、

帰宅後、夕食を摂りながらテレビで、

『保険見直し本舗 Presents DOMINION 6.9 in OSAKA-JO HALL』

6.9 大阪城ホールを観ました。
20180609大阪城ホール

既に時間はセミファイナル(ダブルメインⅠ)の、

IWGPインターコンチネンタル選手権試合

内藤哲也vsクリス・ジェリコ
の終盤も終盤。
20180609内藤vsジェリコ

これ途中から観たのが原因でしょうかね?

二人の試合の割に何だか雑な印象でした。

噛み合っていなかった様に感じました。

フルで観ると全然違うのかも知れませんが…。

という事でメインです。

more...

tag : オカダ・カズチカ ケニー・オメガ 内藤哲也 クリス・ジェリコ

未知の領域か? 或いは伝説となるのか?

いよいよ明日ですね。

『保険見直し本舗 Presents DOMINION 6.9 in OSAKA-JO HALL』

6.9 大阪城ホールでの、

IWGPヘビー級選手権試合

オカダ・カズチカvsケニー・オメガ
の完全決着戦。

今回一番のテーマは“時間無制限三本勝負”という、

近年にない試合形式ですが、

闘う当事者である両者は、

この予測出来ない試合の戦術を、

どの様に描いているのか?

コメントから紐解いてみましょうか。
一年前の60分フルタイム2

more...

tag : オカダ・カズチカ ケニー・オメガ IWGP

2018.5.4『レスリングどんたく2018』を録画観戦したのだ

ドライブから帰宅(参照:アイアンベル・フロム・レガ)すると、

無事に留守番を終えた愛犬を労いながら(笑)、

テレビのスイッチをONしてみれば、

高らかにマイクで叫ぶオカダ・カズチカの姿。

そう、この日は『濵かつPresents レスリングどんたく2018』

2018年5.4 福岡国際センターがありまして、

帰宅後の楽しみとして録っておいた訳です。
レスリングどんたく2018ポスター

ところが試合を観る前に、

メインの勝者だけ知ってしまったという大チョンボ!!(笑)

「ならば、しゃあない」とチューハイを飲み干して就寝!

翌朝起きてからのフル観戦となりました。

more...

tag : オカダ・カズチカ 棚橋弘至 IWGP 内藤哲也 高橋ヒロム 石井智宏 トーア・ヘナーレ 獣神サンダー・ライガー 上村優也

つぶやきピロートーク20180429

無念!

今日、新日の熊本大会生中継だったんだ!?

完全に見落としてしまい、

尚且つ録画予約もしていなかった!!

more...

tag : 橋本真也 高田延彦 IWGP

Boys In The Street(1982)

先だって『レッスルマニア34』でのWWE選手権初挑戦は、

失敗に終わったShinsuke Nakamuraですが、

まさかまさかの人気絶頂からのヒールターン、

さらにサイケデリック方向へ振り切り、と急展開ですね。
WWE20180417のShinsuke

WWE=かつてのWWF王座といえば、

そうそう日本人が挑戦出来る代物ではありませんでした。

実際にそのベルトを腰に巻いたのは、

アントニオ猪木ただ一人。
猪木WWF奪取3

実に4度目の挑戦にして偉業達成でしたが、

WWEの公式記録には残っていないんですよね。

そしてもう一人、WWFに縁深い日本人が、

第3代、第5代WWFジュニアヘビー級王者だった、

“炎の飛龍”藤波辰巳です。
舟橋アナのインタビューに答える新王者

藤波がWWFヘビーに初挑戦したのは、

1982年1.1 後楽園ホールでの、

飛龍十番勝負第一戦
ヘビー級転向直後の藤波

“ニューヨークの若き帝王”ボブ・バックランドを相手に、

まさしくヘビー級転向最初の大一番でした。
迎え撃つ王者バックランド

今夜はWWFヘビー級選手権試合

ボブ・バックランドvs藤波辰巳
を振り返りましょう。

立ち上がり、バックランドは片足タックルに行きますが、
最初の仕掛けはボブの片足タックル

藤波がロープ際に後退すると、

すぐにクリーンブレイク。
ロープサイドでクリーンブレイク

選手権らしい静かなスタートとなりました。

more...

tag : ボブ・バックランド 藤波辰巳 中邑真輔 ブルーノ・サンマルチノ WWWF~WWF~WWE

Promise Of Reunion~後編~(2016)

さあ、『レッスルマニア34』もいよいよ明日。

ノンストップの攻防戦もいよいよ佳境に入りますよ!

中編からの続きです。

やっとの思いでボマイェをヒットさせた中邑真輔ですが、

自身の負ったダメージも想像以上に深く、

すぐにAJスタイルズへの追撃に出る事が出来ません。
中邑vsAJ92

結局、両者同時に起き上がると、

足を止めてのエルボー合戦が始まりました。
中邑vsAJ93

互いに10発以上打ち合ったところで、

中邑が得意の打撃コンビネーションに行ったところを、
中邑vsAJ94

AJは掻い潜ってバックに回ると、

一気にスタイルズバスター!!
中邑vsAJ95

すぐさまエビに固めますが、

中邑はカウント2でキックアウト!
中邑vsAJ96

ここからは消耗戦の様相も呈してきました。

再びエルボーの打ち合いから、

AJの打撃コンボ、中邑のキックコンビも飛び出しますが、
中邑vsAJ97

思い切ってカカト落としを繰り出したところで、

AJはかわすと同時に、
中邑vsAJ98

オーバーヘッドキック! いわゆるペレキック!!
中邑vsAJ99

後頭部に食いながらも、

中邑はショートレンジからダッシュすると、

出ました! 右からのボマイェ!!
中邑vsAJ100

そもそも右がオリジナルバージョンなのですが、

右で打つ時というのは本当の意味で、

特別な試合だけですからね。

more...

tag : 中邑真輔 AJスタイルズ IWGPインタコンチ WWWF~WWF~WWE

Promise Of Reunion~中編~(2016)

さて、前編からの続きです。
中邑vsAJ40

ちょっと最初に書いておきたいのですが、

いつもご覧頂いてる方にはご承知の通り、

当ブログにおいては新日本プロレスのカテゴリのみ、

10年代ごとに分けていますよね?

でも2000年以降は15年を区切りにしています。

理由はなぜか?

2000年以降の新日のターニングポイントは、

この日の最後の3試合だったと思うからなのです(参照:2016年のイッテンヨンをPPVで観た)。

ちなみに今年の春の新日の目玉も、

この日のメインと同一カードなんですよねぇ…。

試合に戻りましょう。

AJスタイルズの硬軟織り交ぜた攻撃を、

王者である中邑真輔は凌いでいきながら、

徐々に得意の膝をぶち込み始めます。
中邑vsAJ41

AJも負けじと強烈なエルボーバット、
中邑vsAJ42

ここから互いにエルボーを打ち合いながら、

コーナー対角線の攻防を挟みつつ、
中邑vsAJ43

再びエルボーの打ち合いに。
中邑vsAJ44

一転して投げを狙ったAJですが、

それを読んでた中邑は後方に着地を決めての、
中邑vsAJ45

more...

tag : 中邑真輔 AJスタイルズ IWGPインタコンチ WWWF~WWF~WWE

Promise Of Reunion~前編~(2016)

2018年4.8(日本時間4.9)にニューオーリンズのメルセデス・ベンツ・スーパードームで開催される、

世界最大、年間最大のプロレスイベント『レッスルマニア34』。

その中でも再注目カードとしてマッチアップされているのが、

WWE選手権試合で行なわれる、

AJ Styles vs Shinsuke Nakamura
20180323AJ‐Nakamura

この一戦が実現していたのは2年前、

日本のプロレス界年間最大イベント、

2016年1.4 東京ドーム(参照:2016年のイッテンヨンをPPVで観た)における、

IWGPインターコンチネンタル選手権試合でした。

ここで振り返っておきましょう、

中邑真輔vsAJスタイルズです。
中邑vsAJ1

じっくり行きますよー。

more...

tag : 中邑真輔 AJスタイルズ IWGPインタコンチ WWWF~WWF~WWE

先駆者

今回は久々に入場テーマ曲に関する考察なのですが、

その前に“破壊王”故・橋本真也と『爆勝宣言』の作曲者鈴木修の友情を書いた過去記事で、

引用部分を大きく間違えていました。

読み返し、それに気づいたので、

訂正させて頂きました。

橋本さん、鈴木さん、登澤三広さん、

そして著者の清野茂樹アナ、大変申し訳ございませんでした。

 友情の『爆勝宣言』
橋本、小川にリベンジ1

…という事で再び引用させて頂きます!!



現状のプロレス界では試合終了の際、

ゴングとほぼ同時に、

勝者のテーマ曲が奏でられるのが通例となっています。

これ平成に入ってからと思われがちですが、

実は最初に行なわれたのは、

70年代後半の全日マットという説があります。
77オープンタッグ・ファンクスvsブッチャーシーク1

1000のプロレスレコードを持つ男表紙
 1000のプロレスレコードを持つ男 より

清野アナ
その歴史は意外と古く、'77年の全日本プロレス『世界オープンタッグ選手権』でザ・ファンクスが優勝した時(テリー・ファンクがアブドーラ・ザ・ブッチャーにフォークで腕を刺された伝説の試合!)にまで遡る。
左腕を三角巾で吊りながらファンの歓声に応えるテリーの姿を「スピニング・トー・ホールド」とともに記憶している人も多いだろう。この年の最後の試合ということもあって、試合後に曲が流れる様子はまるで紅白歌合戦の「蛍の光」のようにフィナーレにふさわしかった。


多くの日本人が目に焼き付いている、

1977年12.15 蔵前国技館での、

世界オープンタッグ選手権最終戦、

ザ・ファンクスvsアブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・シークのエンディングシーンですね。
77オープンタッグ・ファンクスvsブッチャーシーク2

ところが実際には今の様なタイミングとは違います。

more...

tag : 清野茂樹 鈴木修 入場テーマ曲

暴風雨の中の風車 Vol.9~最後のNWF戦・後編~(1981)

さあ、Vol.8からの続きです!!

暴風雨そのもののスタン・ハンセンの攻撃を、

アントニオ猪木は最小限のダメージに抑えながら受け身を取っていきます。

重爆ドロップキックからのカバーをキックアウトした直後、
カウントは2

アリキックを連発して、

ハンセンの土台から切り崩しにかかると、
猪木はアリキックの連打でダウンを奪い、

作戦変更を余儀なくされた猪木は、

一転して足攻めに移行。
猪木は作戦変更で足攻め、

さらにステップトウホールドから、

一気に足4の字の仕掛けに入りますが、

これはさすがにハンセンも回避。
足4の字狙いでハンセンがロープエスケープ

立ち上がるとロックアップから、

すぐにロープへ振っていったハンセンは、
ロープに振っての、

この体勢で待ち構えると、
カウンターの、

リバウンドで戻ってくる猪木にカウンターの、

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン NWF

暴風雨の中の風車 Vol.8~最後のNWF戦・前編~(1981)

Vol.7からの続きとなります。

再びNWFのベルトを腰に巻いた(参照:Vol.5)アントニオ猪木は、

凄まじい勢いで進化が加速するスタン・ハンセンを相手に、

過激な受け身を取り続けながら、

新たな境地を迎えていました。
猪木のタオルゴシゴシ

いよいよ「新たな夢」である“世界統一”への野望、

『インターナショナル・レスリング・グランプリ(IWGP)』へ向け、

一連の格闘技戦を封印したのと同様に、

虎の子のベルトであるNWFヘビーをも、

封印してしまおうという決意です。
「どうもっ!!」

その最後を飾る防衛戦2回の相手として、

まず1981年4.17 鹿児島県立体育館での、

NWFヘビー級選手権試合は、

ボブ・バックランド戦が予定されましたが、

バックランドのスケジュールの都合で中止。

結局、代打として挑戦したのはハンセンでした。
1981.4.17鹿児島のハンセン

試合は大荒れとなり裁定は“没収試合”、

しかもベルトはコミッショナーが一時預かり。
1981.4.17鹿児島の猪木

その結果、最後のNWF戦となる1981年4.23 蔵前国技館での、

アントニオ猪木vsスタン・ハンセンが、

NWFヘビー級王座決定戦になったのです。
アントニオ猪木vsスタン・ハンセン

ちなみにこの日はプロレス界の歴史において、

衝撃的な記念日でした(参照:世界を変えた569秒)。
初代タイガーマスクデビュー戦32

この蔵前大会は『ロックDEプロレス』と題され、

プロレスと音楽のコラボが企画されていました。
外道の演奏

猪木(他にも藤波、タイガー)は『ブレイン・ウォッシュ・バンド』、
猪木リングイン

ハンセン(他にもカネック、キッド)は『外道』による、
ハンセンもリングイン

それぞれテーマ曲生演奏によってリングインしました。

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン NWF

暴風雨の中の風車 Vol.7~ロングホーンとイチバン~(1980~1990)

Vol.6からの続きです。

スタン・ハンセンが新日で暴れた時代、

タッグマッチのパートナーは次々と変わりましたが、

最も印象深く記憶に残っているのは、

“超人”ハルク・ホーガンです。
ハンセン、ホーガン組

ハンセンにとってのホーガンは、

弟分でありながら良きライバルでもあり、

意識し合って切磋琢磨していく事で、

互いを高め合う関係でした。
ハンセンとホーガン

二人が初めて顔を合わせたのが、

1980年春の『第3回MSGシリーズ』。

ハンセンは前年度準優勝者として、

バリバリの大本命としてフル参戦。

一方、初来日のホーガンは、

リーグ戦に参加せず後半戦のみの特別参戦枠。

巨体を持て余すホーガンもまた、

新日マットにおいては“でくのぼう”でしたが、

最初にシンと出会ったハンセン同様に、

ホーガンもスーパースターへの道を、

歩み始めるきっかけを掴むのです。

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン ハルク・ホーガン ボブ・バックランド WWWF~WWF~WWE

暴風雨の中の風車 Vol.6~0コンマX秒の逆ラリアート~(1980)

Vol.5からの続きです。

ここ一番の勝負強さでアントニオ猪木は、

虎の子のタイトルをスタン・ハンセンから奪回しましたが、
苦しみながらNWF奪還!!

その後もビッグマッチにおいては、

ハンセン相手にタイトロープ的試合を繰り返す事となり、

1980年5.9 福岡スポーツセンターでのNWFヘビー級選手権試合では、

再び場外でのウェスタン・ラリアートによって、

KO寸前となりながら、
場外でのウェスタン・ラリアート@1980年5.9福岡

九死に一生を得る形で

辛くも反則勝ちで初防衛に成功。
反則防衛@1980年5.9福岡

つづく6.5 蔵前国技館での『第3回MSGシリーズ』優勝戦も、

同じく反則勝ちによる消化不良のV3。
第3回MSGシリーズ優勝戦2

さらに9.11 大阪府立体育会館でのNWFヘビー級選手権試合も大苦戦の末、

リングアウト勝ちでの薄氷防衛。
辛くもリングアウト勝ち@1980年9.11大阪

ファンの間からも「もはや猪木は真っ向勝負でハンセンに敵わないのか?」と、

揶揄する様な声さえ囁かれ始めました。
薄氷の防衛@1980年9.11大阪

しかし猪木本人は、

敢えてハンセン独特のリズム感に身を任せる事で、

既に完成していた自らの殻を破る勢いだったのです。

アントニオ猪木自伝表紙
 アントニオ猪木自伝 より

猪木
本来、私とハンセンでは好むリズムがまるで違い、噛み合わないはずなのだ。それが面白いことに、噛み合わないことで予定調和のリズムが変拍子になってしまい、かつてない面白さが出てきたのだから、わからないものだ。ハンセンは一気にスターダムにのし上がった。
(略)人間離れした肉体と肉体がぶつかり合う面白さに言葉はいらない。ハンセンはその魅力を見事に表現出来た。


まさに、それまで互いが持っていなかった技術や、

それまでのセオリーにない駆け引きを織り交ぜながら、

両者の闘いは急激に進化していました。

そのハイライトとも言える試合が、

1980年9.25 広島県立体育館

NWFヘビー級選手権試合

アントニオ猪木vsスタン・ハンセン
だったと思います。
アントニオ猪木vsスタン・ハンセン

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン NWF

暴風雨の中の風車 Vol.5~捨て身の至宝奪還~(1980)

Vol.4の続きであります。

急速に進化を遂げたスタン・ハンセンの猛威に、

“虎の子”とも言えるNWFヘビー級王座28度目の防戦に失敗したアントニオ猪木
走り込みウェスタン・ラリアート3

まさしく猪木のNWF王座転落は、

1975年3.13 広島県立体育館での、

タイガー・ジェット・シン戦(参照:血で血を洗う信頼感・੪~狂気とストロングスタイル~)以来5年ぶりの大事件でした。
完全フォールで、

しかし猪木の切り替えも超高速です。

2.27 蔵前国技館における格闘技世界ヘビー級選手権試合

“熊殺し”ウィリー・ウィリアムスとの死闘(参照:物騒さ世界一決定戦~中編~同~後編~)を終えると、
完璧な逆十字

王座転落から2か月でのリターンマッチに乗り出します。

1980年4.3 蔵前国技館

NWFヘビー級選手権試合

スタン・ハンセンvsアントニオ猪木


これもまた名勝負だったのですが、

まず試合前に突如出現したのは、

スーツ姿のT・J・シンでした。
突如シンが登場して声明文

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン NWF

暴風雨の中の風車 Vol.4~戦慄のウェスタン・ラリアート・後編~(1980)

Vol.3からの続きです。

試合も中盤に差し掛かり、スタン・ハンセンは、

アントニオ猪木の長いアゴを極めにいきます。
猪木のアゴを極めに行くハンセン

ここで山本小鉄さんの解説が光りますよ!

小鉄
「どうですかねぇ、あのー私たち練習でですね、あのアゴに大分いじめられたんですよね。アゴが凶器なんですよ。こんな長いからですね、弱いと思ってましてもね、つおいです。あれ凶器ですよ」


自らの経験に裏打ちされた猪木のアゴ論、

素晴らしいですね(参照:力道山最後の弟子が語った猪木)。

裏技ついでにチンロック脱出後、

猪木のダブルアーム狙いをハンセンが読んで、

ロープサイドに移動していったところ、
猪木のダブルアーム狙いを阻止するハンセン、

ブレイクのタイミングでガラ空きのボディめがけ、

猪木が膝蹴りを2発!
ガラ空きのボディに猪木の膝蹴り2発!

全く防御出来ない体勢で食ったハンセンは、

大きなダメージを負った様子ですが、
これはダメージがあったか?

少しの間を置いただけで、すぐに反撃開始!
しかしすぐにハンセン反撃開始

このタフネスぶりには驚くしかありません。

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン NWF

暴風雨の中の風車 Vol.3~戦慄のウェスタン・ラリアート・前編~(1979~1980)

Vol.2からのつづきとなります。

第2回MSGシリーズ優勝戦において、

短時間ながら熱戦を展開したアントニオ猪木スタン・ハンセンの両雄は、

二か月後、初めて海外でのシングルマッチを行ないます。
猪木vsハンセン@カナダ1

1979年8.17 スタンピード・グラウンド・ビクトリア・パビリオン(カルガリ)

NWFヘビー級選手権試合

アントニオ猪木vsスタン・ハンセン


終始余裕を持ちハンセンの攻撃を受け流した猪木が、

最後はドロップキック2連発から延髄斬り、
猪木vsハンセン@カナダ2

ダメ押しにコーナートップからの急降下爆弾でピンフォール。
猪木vsハンセン@カナダ3

見事、24度目のタイトル防衛に成功しました。

この時点においては体調万全ならば、

やはり実力的には猪木の方が一枚も二枚も上でした。

しかしこの半年後、1980年『新春黄金シリーズ』において、

通算5度目の来日にして初めて、

ガイジン側の単独エースとして乗り込んできたハンセンは、

もはや誰にも止められない進化を遂げて、

名実共、一気に“新日トップガイジン”へ登り詰めます。

シリーズ中に木戸修永源遥を相手にハンディキャップマッチを敢行するなど、

まさしくアクセルベタ踏み状態。

その原動力は母国アメリカでのビッグビジネスを捨て、

日本を主戦場にしていく覚悟を決めた事にあります。

Gスピリッツ46表紙
 Gスピリッツ Vol.46 より

ハンセン
「新日本が大きなチャンスを私にくれたということだよ。私のスタイルを気に入ってくれて、プロモーションをかけて売り出してくれた。交渉の結果、私自身が満足できるファイトマネーも提示してくれた。アメリカンフットボールに例えるなら、私は渡されたボールを持って思い切り走ったということだ」


シリーズ中盤で猪木を欠場に追い込み、

2.2 札幌中島スポーツセンター2.7 大阪府立体育会館では、

ノンタイトルながら北と西の大会場でシングルマッチを2連戦。

そして最終戦、2.8 東京体育館において、

3度目の挑戦となるNWFヘビー級選手権試合

アントニオ猪木vsスタン・ハンセン
を迎えます。
アントニオ猪木vsスタン・ハンセン

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン NWF

2018.3.6旗揚げ記念日をテレビで観戦したのだ

本日、2018年3.6は新日本プロレス『旗揚げ記念日』。

生誕した1972年から数えて46歳、

学年的には一個上ながら、

グレーテスト1972と同い年なのであります。

今日も仕事を終えて帰宅後、

チャンネルを合わせた時には既に第4試合、

YOSHI-HASHIvsSANADAのシングルマッチからの観戦となりました。
新日20180306ポスター

more...

tag : オカダ・カズチカ ウィル・オスプレイ 鈴木みのる 真壁刀義 内藤哲也 タイチ SANADA YOSHI-HASHI

暴風雨の中の風車 Vol.2~ブレーキの壊れたダンプカー~(1979)

Vol.1からのつづきです。

2度目の新日本プロレス参戦(通算3度目の来日)にして、

早くもアントニオ猪木の持つ、

NWF世界ヘビー級のタイトルに挑戦し、

あわや王座奪取の場面を作り出したスタン・ハンセンでしたが、
猪木vsハンセン1977~8

次の新日参戦までには1年以上の期間を挟みます。

その理由は別に干されたのではなく、

母国でのレスリングビジネスが成功していたからなのです。

Gスピリッツ46表紙
 Gスピリッツ Vol.46 より

ハンセン
「新日本の77年8月のツアーから帰国した後は、ジョージアテリトリーでビジネスが上手く行っていた。ファイトマネーも良かったし、いいポジションで仕事ができたよ。79年にジョージアに入ってきた天龍はブッカーのオレイ・アンダーソンと良い関係を築けなかったようで、今もいいことは言わないが、私にとってオレイは優秀なブッカーだった。だから、日本に行く必要がなかったんだ」


ビンス・マクマホン・シニアの思惑通り、

しばらく冷却期間を置いた事で、

ハンセンは再びアメリカのマット界で、

脚光を浴びるポジションを見つけたのです。

それも古巣WWWFではなくNWA系のテリトリーにおいて。
ハンセン@1978

一方の猪木も1978年はタイガー・ジェット・シンとの抗争を軸に、

上田馬之助との釘板デスマッチ(参照:本物同士のデスマッチ)や、
館内を煽る猪木

第1回MSGシリーズの制覇、

欧州世界選手権シリーズ参戦(参照:欧州“殺し”紀行~eins~同~zwei~同~drei~同~vier~同~finale~)と、
傷口めがけ手刀

さらにプレ日本選手権開催と制覇(参照:獅子と狼のレスリング勝負~前編~同~後編)など、
プレ日本選手権優勝インタビュー

まさしく大車輪の活躍でした。

さらには藤波辰巳の凱旋帰国(参照:日本ジュニアヘビーの夜明け)を機に、

興行の方も大盛況の様相を呈していました。

そして長い沈黙を経て1979年

ハンセンは再び新日来襲を果たします。

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン MSGシリーズ

暴風雨の中の風車 Vol.1~でくのぼうBLUES~(1977)

アントニオ猪木の歴史において、

決して欠かす事の出来ないライバルの一人が、

“ブレーキの壊れたダンプカー”スタン・ハンセンでしょう。

もしかするとハンセンと猪木が巡り合ったのは、

プロレス界の奇跡かも知れません。

丸5年間という短い時間の中で、

両雄が何度も闘う事によって、

プロレス界の様々な既成概念が壊されていきました。



ハンセンの初来日は1975年秋の全日マットでした。
ハンセン初来日@全日1

今、この時の映像を観ると、

どこにでもいる様な大型ラフファイターの佇まいですね。

そのまま全日の常連ガイジンになっていれば、

“レスリングの出来るジム・ドゥガン”ぐらいの感じだったのかな?
ハンセン初来日@全日2

ハンセンが最初にブレークしたのは、

意外にもWWWF(現在のWWE)のマットでした。
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF1

当時、完全無欠のトップだった“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノとの抗争で、

数々の激闘を繰り広げたのですが、
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF2

そのハイライトとなったのが“首折り事件”ですね。
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF3

ご承知の通りアクシデントによる事故だった訳ですが、

それを直接、興行に結び付けるのが本当のプロレス。

1976年6.25(現地時間) ニューヨーク州センチュリー・シェア・スタジアムにおいて、

WWWFヘビー級選手権試合で完全決着をつけました。
ハンセンvsサンマルチノ@WWWF4

この試合の背景については、

流星仮面二世さんが詳細に記していますが、

サンマルチノがいかにNYの英雄だったかがわかりますね。

 団塊Jrのプロレスファン列伝 より
過去ブログメモリアル~ラリアートよ永遠なれ!スタン・ハンセン大特集 第ニ戦~

1976年6月26日 格闘技オリンピック(前編)

この日は日本での猪木vsアリの“世紀のスーパーファイト”をメインに、

全米4団体が各地でそれぞれビッグマッチを開催するという、

歴史的な一日でもありました。
猪木アリ試合前

しかしながら、

トップレスラーに大怪我をさせたハンセンは、

あわや危険な男のレッテルを貼られて、

“商売あがったり”になりかけたのですが、

怪我を負わされたサンマルチノ本人の温情で、

しっかりと興行に還元されて、それを免れました。

そして、一つの仕事を終えたハンセンに対して、

WWWFプロモーターのビンス・マクマホン・シニアは冷却期間を置く意味で、

1977年の年頭に、

提携先の新日本プロレスへブッキングします。

そしてハンセンは真っ赤な糸に導かれる様に、

遂に宿命のライバルと出会う訳です。

more...

tag : アントニオ猪木 スタン・ハンセン ブルーノ・サンマルチノ NWF WWWF

2018.2.10大阪のメインに間に合ったのだ

先々週の札幌大会(参照:2018.1.28札幌を翌日にテレビ観戦したのだ2018.1.27札幌のメインもテレビで観戦したのだ)に続き、

本日開催された2018.2.10 大阪府立体育会館の、

テレ朝ch2による生中継を観ようと、
新日2018.2.10大阪ポスター

ダッシュで改札を出て、

ホームまで駆け上がったところ、

目の前で電車は発車…。

トボトボと次の電車を待ち、

何だかんだで家に着いたのが20時ちょうど。

まさにメイン直前のカマンベイベ中でした。


ここはもうリアルタイムで見るしかない!! と、

そのまま着替えせずにソファに座った訳です。

more...

tag : オカダ・カズチカ SANADA IWGP

2018.1.27札幌のメインもテレビで観戦したのだ

昨日、録画しておいた1.28 北海きたえーる大会を、

フルで観戦しましたが、

番組終了後に前日1.27のメイン、

IWGPインタコンチ戦が放送されていました。
NJPW2018.1.27~28ポスター

休日の今日、この試合を観て、

この日の会場に行かなかった事を、

がっつし後悔致しました。

more...

2018.1.28札幌を翌日にテレビ観戦したのだ

今年も開催された新日本プロレス冬の札幌大会。

私は1月27日、28日両日ともに、

札幌市内にいながら観戦せず、という、

「それプロレスファンとしてどーなの?」的な立ち位置の中、

テレ朝ch2で生中継された二日目の模様を、

先程観終えましたので、

感想をつらつらーーっと。
NJPW2018.1.27~28ポスター

more...

『環状線の理論』作品集

現在トップに立つ現役プロレスラーが、

いまいち一般層に浸透しないのは、

CM出演の少なさも関係していると思います。

一時期オカダ・カズチカが少年たちの間で、

一気にネームバリューを上げていったのも、

『ブシロード』のCMがヘビーローテーションで、

お茶の間に流れていた事が要因でしょう。

そう、関連企業のCMだっていいんです。

私らの少年時代だってそうだったのですから。
タバスコ

小料理屋のカウンターに座る着流し姿は、

我らのアントニオ猪木

女将から差し出された料理に一言、「アレある?」
「アレある?」

女将が「はい」と置いたのは、

もちろん『TABASCOペパーソース』!!
タバスコどん!

more...

tag : アントニオ猪木 CM

つぶやきピロートーク20180109

イッテンヨンには来なかった。

翌日のホールにも来なかった。

CMLLのアレ…は来る理由がわからないので、

やっぱり、きたえーる…なんだろうなぁ。

出身地だし。

去年は発生しなかった“事件”というキーワード。

でもそこに行けない俺、

大人の事情は心を荒ぶ。

きっと当日帰宅中に、

スマホ見ながら歯ぎしりしてる事だろう。
人間風車炸裂!!

つぶピロングVer.20180104

いろんな意味においての仕事初め、

帰宅してすぐテレビをつけると、

ちょうどJrの4ウェイ終了のゴング。

棚橋の試合は、

第一線から完全に退いた寂しさを感じました。

あれだけ膝を痛めていて、

序盤であんな簡単にプランチャ行くかね?

終盤でのハイフライフローはわかるんですけど。

セミは世界基準なんですかね。

47歳で自分を出しつつも、

ケニーの土俵に乗っかるジェリコはさすがでした。

そして迎えたメイン、

more...

ヒーローいっぱい!(1983)

あけましておめでとうございます。

今年も宜しくお願い致します。
リズムタッチ

突然ですが、

“公共放送”NHKには本当に、

たくさんのお宝アーカイブが眠っているんですね。

NHK・Eテレで放送されていた『ミュージック・ポートレイト』で、

2016年11.24に放送された、

古舘伊知郎×大根仁』の回において、

カリスマたちがジャンルの垣根を飛び越えた、

まさしく“初夢コラボ”の秘蔵映像が見られたのです。
猪木たけし清志郎1

映画監督・大根氏の少年時代のヒーローたち、

アントニオ猪木ビートたけし忌野清志郎が、

教育テレビ『YOU』正月特番のゲストとして、

同じスタジオに勢揃いした訳です。
猪木たけし清志郎2

それは1983年1.2の放送でした。

タイトルもそのものズバリ、

『わんさか、わんさか、ヒーローいっぱい!』。

スタジオ観覧の人の波を縫って、

『炎のファイター』で入場してくる猪木、
猪木たけし清志郎3

当時の若者の悩み相談に答えます。
猪木たけし清志郎4

向かって左が番組MCの糸井重里

のちのリングス中継でおなじみですが、

前田氏の師である猪木との共演は珍しいですね。

そして向かって右にいるのが、

当時の漫才ブームの中心的人物、たけしですね。
猪木たけし清志郎5

このツーショット…ほぼ5年後にリングで実現(参照:天才・かんじの狂気が出るプロレス!!~前編~)した訳です。

そして番組終盤に夢のコラボが待っていました。
猪木たけし清志郎6

more...

tag : アントニオ猪木 ビートたけし 忌野清志郎 古舘伊知郎 大根仁

闘魂は連鎖している~後編~(2017)

中編からの続き、これが最終章です。

柴田勝頼が繰り出した一発の打撃技で、

オカダ・カズチカは怒りの導火線に着火しました。

リング中央で胡坐をかいて、

「もっと来いよ!! オラァ!!」とばかり柴田を挑発です。
オカダの怒りにも火がついた

そこは当然望むところの柴田、

向かい合って腰を下ろすと、

そのまま張り手の応酬が始まります。
柴田も腰を下ろすと張り手の応酬に

となれば、もちろん柴田ペースな訳ですが、

打ち勝った柴田が髪を掴んで引きずり起こすと、
打ち勝った柴田がオカダを引きずり起こすと、

オカダは逆に強烈なエルボーを見舞って、
逆に張り手をお見舞いするオカダ

コーナーに追い込んでのストンピング連打から、
そのままストンピングから、

対角線に距離を置くと、

充分な助走をとってのドロップキック!!
柴田のお株を奪うドロップキック!!

柴田のお株を奪うオカダ流のスペシャルエディションです。

more...

tag : オカダ・カズチカ 柴田勝頼 IWGP アントニオ猪木

闘魂は連鎖している~中編~(2017)

前編からの続きです。

斬り裂く様な一撃で、

エルボー合戦を制した柴田勝頼は、
打ち勝つ!

続けざまオカダ・カズチカの背中へキック。

それも蹴り当てるのではなく、

強烈に打ち抜く蹴り方です。
蹴り抜くサッカーボールキックから、

とにかく柴田…表情がいいですね。

そこから繰り出す技の数々はまた違った側面、

別の引き出しを開けていく訳です。

まずはオカダの長い脚を畳んでの足4の字固め。
柴田は足4の字固め

仕掛けてから微調整を重ねて、

オカダの膝頭が真上を向く様に持っていくという、

説得力十二分の足殺しです。

オカダはここも忍耐強く耐えてからエスケープ。
オカダが何とかエスケープすると、

お次は足を小さく畳んで交差すると、

リバース・インディアンデスロックから後方受け身。
今度はリバース・インディアンデスロック、

オカダの苦悶の声が鳴り響く中、

足を抜かずにそのまま弓矢固め。
さらに弓矢固め

ここで柴田が開けてきた引き出しの名は、

“ストロングスタイル”の中にある“闘魂”という、

最も奥行きの深い引き出しだったのです。

more...

tag : オカダ・カズチカ 柴田勝頼 IWGP

闘魂は連鎖している~前編~(2017)

さて、今年最後の試合記事です。

東スポのプロレス大賞をはじめ、

本年度ほとんどのアワードがベストバウトに選出したのは、

オカダとケニーの超絶バトルでした。

“世界第2位のプロレス団体”NJPWとしてなら、

それは当然の結果といえるでしょう。

事実、私も驚愕した試合です。

しかし!! 『ここは東京だぜ!?』と。

新日本プロレスリングだぜ!? となれば、

この一戦を通り抜けていくのはおかしいだろ、と。
オカダ・カズチカvs柴田勝頼

新日帰還から5年弱の時を経て、

遂にIWGP挑戦が決定した柴田勝頼は、

虚実入り混じった舌戦(参照:素面のマスカラ・コントラ・マスカラ)を経て、

いつも通りの佇まいで入場してきました。
柴田勝頼入場

受けて立つオカダ・カズチカも、

いつも通りの華を身に纏いながらリングに立つと、
オカダ・カズチカ入場

いつものルーティンを敢行。

柴田は一瞬視線を落として、

金の雨の中に立ち尽くしますが、
レインメーカーポーズを一度は無視して、

顔を上げるとすぐにオカダを一瞥し、

自らの闘魂へ静かに着火をしました。
睨み付けた柴田

3年越しの約束を果たして臨む、

2017年4.9 両国国技館

IWGPヘビー級選手権試合

オカダ・カズチカvs柴田勝頼


待ったなしです。
オカダ・カズチカvs柴田勝頼

more...

tag : オカダ・カズチカ 柴田勝頼 IWGP

月曜8時のワンダーランド

何やかんやで、

新日本プロレス今年最後の大会、

12.18 後楽園ホールを、

テレ朝ch2で観戦しました。
2017年12.18後楽園ホール

と言っても8時半頃、

セミの途中からですけど。

何となくですけど、

月曜8時の生中継という事で、

31年前の今時期を思い出していました。
ワープロOP@1986

more...

tag : オカダ・カズチカ 内藤哲也 棚橋弘至 鈴木みのる 後藤洋央紀 高橋ヒロム

紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
45歳のプロレス話


長州、これは俺のブログだ。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
UFC (1)
ISM (1)
最新トラックバック
検索フォーム
カレンダー
05 | 2018/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
月別アーカイブ
リンク
来場者数
QRコード
QRコード