真夏の夜の幻と駱駝~後編~(1989)

前編からの続きです。

劣勢から転じた高田延彦のローキックを、

船木優治(現・誠勝)はローブローと訴えましたが、
船木はローブローを主張

高田の場合、相手の正面から打つローは、

腰を返さずに最短距離の直線軌道で蹴るので、

どうしても下腹部に入りやすいんでしょうね。

高田は意に介さず、ここから猛ラッシュで追い上げます。

膝蹴りからフック気味の張り手、
高田の右フックから、

右ハイでスネをぶち込んでおいて、
右ハイキックは顔面!

首相撲からの膝蹴り!!
さらに膝蹴りも顔面に!

倒れ込みながらも足を取りに来たところへ、

追い撃ちの左は顔面直撃!!
沈みながら足を取りに行くところ追い撃ちの左!

たまらず船木は2度目のダウン。
たまらず船木も2度目のダウンです

ここら辺から非情な高田が出てきました。

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tag : 高田延彦 船木優治

真夏の夜の幻と駱駝~前編~(1989)

まずはこちらを読んで頂きたい。

 柳澤健「1984年のUWF」について より
序章 北海道の少年 /第1章 リアルワン

柳澤健の最新作は、筋書きに合う資料だけを連ねる偏りがあって、結果として佐山聡を持ち上げ、前田日明を貶めている。以下に検証する。

序章 北海道の少年
(P21)
試合開始早々、船木は掌底を次々に繰り出して高田をリングに這わせた。レフェリーの空中正三はダウンを宣言、リングアナウンサーがダウンカウントを数え始める。
10カウントがコールされた時、高田はコーナーポストに寄りかかったままだった。
当然、船木に勝利が宣言されるはずだったが、意外にもレフェリーの空中は試合を続行させた。

1989年8月13日、第2次UWF・横浜大会のセミファイナル。
さすがに10カウントがコールされたらゴングが鳴らされる。ビデオを見ればわかるが実際は、高田が立ち上がったところでカウントは9で止まっている。


「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社、1989年8月29日号、No.334)
しかもダウンカウントはナイン。高田はファイティング・ポーズを取らず、コーナーを背にして、ボウ立ちになっている。
ボクシングなら、これで高田はKO負けを取られても、しかたがないように見えた。高田、最大のピンチである。


ボクシング並みの厳格なルールの適用が必要である、との意見ならわかるが、「10カウント行ったのに試合続行」と書くのは嘘である。


詳しくは存じ上げませんが、

この方の柳澤氏への反論はプロアマ問わずナンバー1じゃないですか?

膨大な資料を基に一個一個検証しての反論が鉄壁なんですよ。

私の様な感情に任せたアレじゃなく(苦笑)。

ぜひ全章読んでみて下さい、これ凄いです。

では…1989年8.13 横浜アリーナ

高田延彦vs船木優治
を観ましょうか。
高田延彦vs船木優治

開始ゴング早々、

船木優治(現・誠勝)が躍動します。
中間距離から、

いきなり直線に伸びてきた掌打を、

モロに顔面へ食った高田延彦が、
船木の掌底が伸びてきた!

足元から崩れる様に後退すると、
足元から崩れる高田に、

そこを逃がさず飛び膝蹴り!
船木は飛び膝

さらに顔面めがけて追撃!!
さらに顔面を蹴り上げて、

そして掌底のラッシュ!! ラッシュ!!
掌底のラッシュラッシュ!!

防戦一方の高田は伏せる様にその場でダウン!!
高田がダウン!!

予想以上に早いダウンシーンに興奮の館内、

カウントはどんどん進む中、高田は動きません!!
うつ伏せに倒れて動かない高田、

何とか起き上がるも足元がおぼつかない高田、
何とかカウント9で立ち上がりました

空中レフェリーのカウントは9で止まりました。

これが世に言う“幻のKO”ですか?

ダウンカウントが意図的に9で止められたとやらの。

このダウンシーンに疑問を抱くのなら、

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史観の変遷

『1984年のUWF』に対する前田日明の反論の中で、

最もインパクトがあったのは、

私の場合、当然これでした(参照:1985年の高田伸彦)。

 カクトウログ より
高田伸彦(当時)の「俺、佐山さんをぶち殺しますから」発言とは!? 未読の『1984年のUWF』を前田日明が1時間激語り【週刊 前田日明】

前田氏
「佐山さん自体が俺たちとスパーリングやりたがらなかったわけですよ。それで大阪の臨海(1985年9月2日、大阪・臨海スポーツセンターでの遺恨試合)で俺とモメて、そのあと高田(高田伸彦=現『高田延彦』)もいきり立って、次の後楽園ホールということで、やってきて『俺、佐山さんをぶち殺しますから』って。それを聞いて(佐山さんは)ビビッて辞めたんですよ


似た様なエピソードを読んだ記憶もありましたが、

「ぶち殺します」なんて、

ずいぶん物騒なこと言ってたんだなぁ、と思いながら、

過去の前田氏インタビューを読み返してみました。
前田vsS・タイガー2

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tag : 前田日明 藤原喜明 高田延彦 佐山聡

Uの青春~another side~

新日の勢いに天龍引退も相まって、

今年はたくさんのプロレス書籍が出版されました。

でも、私が手にしたのは、

各種ムックを除けば2冊のみ。

 安生洋二『200%の真実』
200パーセントの真実表紙
と、

 垣原賢人『Uの青春~カッキーの闘いはまだ終わらない』
カッキー本表紙 です。

それぞれがUWF、Uインターに思い入れ深い私にとって、

貴重な資料となっております。

中でも読んでいて面白いのは、

道場をはじめとした若手時代のエピソードですね。
格闘技道場UWF

厳しい練習、特にスパーリング、

さらに先輩からの理不尽な要求、

過ぎてしまえば良き思い出…と呼ぶには、

ちょっとホロ苦すぎる伝説の数々なんですよね。

今回はこの2冊ではなく、

田村潔司が語った“Uの青春”をお送りしましょう。

聞き手はいつもの通り、堀江ガンツさんです。
老けた?変わってない?

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tag : 田村潔司 高田延彦 船木誠勝 鈴木みのる 垣原賢人 UWFインターナショナル

Yoji Anjo Is Alive vol.25~Future Killer~(1989)

UWFが新日との業務提携時代を終え、

新生UWFとして再旗揚げすると、

お世辞抜きで社会現象が巻き起こりました。
新生UWF旗揚げ

そこで安生洋二は三羽烏(参照:三羽烏のちゃんこ論)として、

中野龍雄宮戸優光とシノギを削ります。

そこに1年後、藤原喜明と同時に、

UWFとプロレス界の未来を背負って移籍してきたのが、

船木優治鈴木実でした。
船木、鈴木…若い

特別な存在の藤原はアレとしても、

二人はまさに上3人(前高山)と下3人(三羽烏)の壁を壊す存在として、

周りからの期待を受けましたが、

そう簡単に通用しないのがUのリングでした。

鈴木の移籍第1戦は1989年4.14 後楽園ホールでしたが、

その相手を務めたのが若くして既にポリスマン(?)の安生です。

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tag : 安生洋二 船木誠勝 鈴木みのる

背中合わせの二人~前編~

恒例のKAMINOGE引用記事行きます!!

先月発売のvol.29(参照:プロレスの黒帯)において、

前田日明のUWF30周年総括が完結致しました。
前田氏@KAMINOGE29の1

前号で高田との再会の可能性を全否定した前田氏(参照:前田氏が語った、和田さんも語った、キムケンは歌唱批評)。

だが、そこで終わらないのがKAMINOGEです。

高田延彦との愛憎劇を、

もうこれ以上は語りたくないはずの前田氏ですが、

井上小鉄編集長はグイグイと突っ込んでいきます。

KAMINOGE vol.29
 KAMINOGE vol.29 より

― 前号に掲載した内容で、特に注目されたのがT氏についての話、それと高田(延彦)さんとの再会の可能性について、前田さんが「自分の人生で必要ないことだと思う」とおっしゃったことです。ただ、ファンにしてみたら、お二人がいまのような絶縁状態に陥った流れが、わかっているようでわかっていないと思うんです。そこを説明していただけたりはできますか?

前田「いやーもう、なんて言うかね…。俺がいろいろ骨折ってやったことを、アイツはそれが当たり前になってきた。そのうちに『なんでおまえやってくれないんだ。おまえの立場だったらそれが当たり前だろ?』ってニュアンスになってきたんだよね」

― それはUWFの頃からですか?

前田「Uの頃から。俺は『この感じは嫌だな』ってずっと思ってた。ただ、俺もいつまでも選手でいるつもりもなかったし、引退をしてフロント側に回って、のちのリングスでやったような世界にネットワークを広げていくような運動体へとUを導いていこうという頭だったんだよね。その実現のために、俺は選手たちのわがままにもちょっとこらえてたんだけどさ。トドメはね、こないだも言った俺の自宅でUの解散宣言をやったあとのアイツらの動きをのちのち知ったら、もうダメだったね」

― 前田さんの主張だと、Uの解散は高田さんのクーデターであったという。

前田「そうだよ。俺はひとりで、寝ずに、自分のカネを遣ってみんなに給料入れながら走り回ってるときにだよ。いつも貯金通帳の残高とにらめっこでさ、『ヤバいな、ヤバいな』ってときに、高田が俺に何を言ったか知ってる? 『自分にはそういう力がないんで、自分は道場をまとめときますから、安心してやってください』って」

― それは…つまり「引き続き専念してくれ」ということですか。

前田「凄いでしょ? で、『安心してやってください』って言ってる間に、すでにUインターができあがってた」


「自分は道場をまとめときますから、安心してやってください」

これ実に高田らしいセリフですよ。

しかしそれって都合良く前田氏に責任負わせてるんじゃなく、

外で前田氏が奔走してる間にも、

若い衆がバラバラにならない様にします、と。

実際に当時の若手は「前田さん、藤原さんは道場に来ない」と、

不信感に近い感情を持っていた訳ですし。
獏さんvs前高山

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tag : 前田日明 高田延彦

UWF、それぞれの青春

GWいかがお過ごしですか?

私はほぼ仕事です。

まぁ慣れてるっちゃ慣れてることで、

別にどうって事ねえんですが、

帰宅の道がいつもの4倍くらい混み合ってるのを見てると、

「あぁ世間の日常とはかけ離れてるんだなぁ」と痛感します。

そんな中、今月号も購入しました。
KAMINOGE vol.17―世の中とプロレスするひろば 行こうぜ、綾小路翔の向こうへ。

表紙を見ると…ん? ってな感じにもなるのですが、

この綾小路翔氏のインタビューも含めて、

井上イズムというか、

紙プロゲノムというか、

とにかく人選と内容にハズレがほとんどないんですよね。

私なりに心に入ってきた部分=新生UWF関連を、

少しだけ抜粋させて下さい。
UWF道場での練習風景

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tag : 鈴木みのる 海老名保 超神ネイガー ファイヤーレオン

いつかは…きっと。

観戦された方、後日テレビ観戦された方々の評価がすこぶる高い、

3.9後楽園の『U-SPIRITS again』(参照:UWF、一つ終わり再び始まる)。
U-SPIRITS again集合写真

今週の週プロに大会記事が掲載されていたので、

目を通してみました。

その中で鈴木みのるのコメントが心を打ちました。

週刊 プロレス 2013年 3/27号 [雑誌]
 週刊プロレス No.1675 より

鈴木
「前田さんも高田さんも藤原さんも、アイツがいるなら行かないとか、忙しいとかじゃなくて、クソジジイになったときでもいいから、いつの日か。アンタらがまいた種がこれだけ花開いているんだ。人によってはただの通りすがりの団体だったかもしれないけど、みんな言葉に引き寄せられてやってきて、このプロレス界、格闘技界に生を受けたということを、産み落としたアンタらは忘れないでほしい」


UWFという言葉に胸を焦がし、

UWFの闘いに拳を突き上げた我々にとって、

再びオリジナルメンバーが集結するというのは、

夢のまた夢なのでしょうか。

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tag : 藤原喜明 山崎一夫 鈴木みのる 鈴木健

Yoji Anjo Is Alive vol.14~ルーツ・オブ・エンターテイメント編~(1988~1989)

前回の続き、

安生洋二の持ち味である、

パフォーマンス性…エンタメ性というんですか。

とにかくU系という括りを外しても安生の持つ、

幅の広さは特筆ものだと思います。

新生UWFの時代、

後の確執が信じられないでしょうが、

前田日明が安生に寄せていた信頼感は大きかったと思います。

力道山に対する猪木、猪木に対する藤原の様に、

最も長く付き人を務めていたのは安生でした。

前田が、G・ゴルドーとの異種格闘技戦を前にした公開練習での、

スパーリングパートナーにも安生を起用。
急角度のキャプチュード炸裂!!

必殺技も惜しみなく繰り出して、
食ったのは安生

安生も厳しい目に遭わされていました。
悶絶する安生

 プロレスライバル読本―リングを揺るがす、愛と憎しみの闘い! より
安生洋二「Uの幻想っていうのは選手の中にもあるんですよ」

安生
(よくかわいがってくれた先輩は?)やっぱ高田さんですね。オレのことをいつもブチのめしてたのも高田さんですけど、それには感謝してますよ。そのおかげで得るものも大きかったから。で、いちばんケガをさせられたのが前田さんですね。ヒャッヒャッヒャッヒャッ…(笑)」


この辺りは、「少々無茶しても安生なら大丈夫や」みたいな感覚だったのでしょうか。

オランダに選手を発掘しに行った際にも、

安生を帯同していましたので、

本当に頼りにしていたのでしょう。

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tag : 安生洋二 前田日明

Yoji Anjo Is Alive vol.13~ルーツ・オブ・レスリング編~(1986~1990)

Uインターにおける、

安生洋二の功績を振り返るこのシリーズですが、
ダメージ大

入門からデビューを果たした旧UWF時代。
組長のセコンドにて

中野とのタッグが前座の名物となった新日業務提携時代。
中野とのチームワークも良い

非凡な実力を知らしめた新生UWF時代。
鈴木実戦

このルーツともいえる下積み時代を思い返せば、

Uインターでのポリスマンっぷり(参照:Yoji Anjo Is Alive vol.6~ポリスマン最大の功績~)や、

ゴールデンカップスの原点が見えてきます。

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tag : 安生洋二 中野龍雄 船木優治 野上彰 新日本プロレス80'S チャンプア・ゲッソンリット

続・僕の好きなノブさん(1989)

前回記事(参照:僕の好きなノブさん)では、

新生UWF時代のさわやかな高田延彦をお送りしました。

そこでも書きました様に、

新生Uの中心には、

前高山の存在があったのです。
獏さんvs前高山

特に3人の直接対決、

中でも前田vs高田(参照:私についての説明から~高校編①~)はいつも壮絶でした。

私もaliveさんも観に行った、

1988年6.11 札幌中島体育センターの、

裏話です。

高田
「札幌で、(前田の)膝がここにモロに入って」

延トーク1

「夜、仕方がなく食事会に出なきゃいけなかったんですよ。で、出たんだけど、ここどこにいるのかわからないんですよね。横見ると山ちゃんがいて、前田さんがいて…」
延トーク2

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tag : 高田延彦

僕の好きなノブさん(1988)

今週の週プロ、

前田日明のインタビューが、

反響を呼んでいるようです。

前田が最も輝いた時代、

それはやはり86年の新日業務提携時代(参照:猪木なら何をやっても…いいんです。歴史は10月に作られる~昭和編~ 、 猪木流格闘技術vs前田流プロレス~前編~後編前田vs斎藤行間にシュート)から、

90年の新生UWF(参照:前高山+2の衝撃力測定)までだったと確信しています。

特に全盛期にあった新生UWF時代。

新生UWFはまさに社会現象となっていました。

1988年8.13 有明コロシアムでの、

新生UWF 真夏の格闘技戦

団体初のビッグマッチとなりましたが、
神社長らUのスタッフ

当時、屋外にあった有コロは、

前日に台風が直撃!!
台風直撃

中止になれば会場の延滞料やら何やらで、

赤字は免れませんでした。

ところが、

プロレスの神様(ゴッチさん?)は若き格闘集団に味方します。
奇跡の晴天!!

その日の試合前、

控室で呪文を唱える(??)高田延彦の姿がありました。
「ブツブツブツブツ…」

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tag : 高田延彦

前高山+2の衝撃力測定

いつもコメント下さるH.Tさん日刊H.T の記事、

橋本真也の蹴りと高田延彦の蹴りの威力 での衝撃力測定の記録を読んで、

書棚からこのビデオを下ろさずにはいられませんでした。

その名も『新格闘技伝説~これがU.W.F.のバイブルだ~』

新生UWFの全盛期に収録されたこのビデオは、主にルールブックの役割を果たしたものでしたが、

最も記憶に残ったのは前高山の三人と、若手二人の打撃の衝撃力測定です。

東大の先生による、

東大教授の協力により、

最新機器での測定は、

当時の最新機器で、

意外な結果をはじき出しました。

UWF戦士の打撃の威力を測定

まずはミドルキック。

トップバッターは前田からです。

前田の蹴り

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tag : 前田日明 高田延彦 山崎一夫 船木誠勝 宮戸優光 衝撃力 測定 日刊H.T

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Author:紫レガ 
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