友情の『爆勝宣言』

プロレス界には様々な“ミスター○○”が存在していますが、

“ミスター・プロレステーマ”と言ったら、

鈴木修氏を置いて他にいないでしょう。
鈴木修氏

鈴木氏は元々『ワールドプロレスリング』のスタッフとして、

音響を担当していました。

その当時から熱いものを持ち続けていた様です。

1000のプロレスレコードを持つ男表紙
 1000のプロレスレコードを持つ男 より

鈴木氏
「音楽の方針に関しては、上司としょっちゅうケンカをしていましたよ。上の方たちに意見を言うと、当然『何言ってんだ、生意気な!!』となる。(略)だから僕、ずっと現場では印象が悪かったと思います。『お前は嫌なヤツだ』って言われてきたけど、お互い熱くなってしまうというのは適当にやっていないという裏返しでもあると思うんですよね。先輩は上の立場ですから、下の人間が意見を言うことに対して場をわきまえろって雰囲気がいつもありました」


そしてその熱さが、

橋本真也との出会いに繋がり、

上昇志向の強い二人の熱が、

名曲『爆勝宣言』を生み出しました。
橋本入場

鈴木氏
「その辺が、橋本真也さんと一緒に『俺たちでやっちゃおうぜ』って、オリジナル曲を作る流れに繋がっているんですけど。スマートで余裕のある馳さんや武藤さんに比べて、橋本さんはどっかで『一気に行くぜ!!』っていう気持ちが強かったですね」


しかし他のレスラーの何十倍もこだわりが強い破壊王ゆえに、

曲作りは一筋縄には行かなかった様です。

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tag : 橋本真也 鈴木修

破壊王まかりとおる!~後編~(1993)

外の雪を融かしてしまいそうな大声援の中、

前編から続いてまいりました。

武藤敬司橋本真也野上彰の連続エルボードロップに、
雪の札幌橋本天龍初遭遇35

天龍源一郎も面食らいますが、

すぐに体勢を整えての逆水平チョップ、
雪の札幌橋本天龍初遭遇36

ここら辺りはさすがですよね。

さらに自らロープへ走ると、

レフトハンドからのラリアート。
雪の札幌橋本天龍初遭遇37

代わった阿修羅・原もヒットマン・ラリアート!!
雪の札幌橋本天龍初遭遇38

この当時の阿修羅については、

技と言ったら頭突き、チョップ、タックル、そしてラリアート、

それくらいしかないんですよ。

でもどこにもしょっぱさはないんです、

なぜなら、そこに“魂”が込められていたからですね。

容易にヘッドロックに来たところを逃さず、

橋本もバックドロップで投げ切ってみせます。
雪の札幌橋本天龍初遭遇39

武藤にスイッチすると改めてフラッシング・エルボー!!
雪の札幌橋本天龍初遭遇40

これ映像を止めても、

武藤の姿が捕えられませんね~。

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tag : 武藤敬司 橋本真也 野上彰 天龍源一郎 阿修羅・原 石川敬士 WAR

破壊王まかりとおる!~前編~(1993)

さあて、“雪の札幌”回顧録もこれが最後。

会場で観て血中濃度が急上昇した試合、

1993年2.5 札幌中島体育センター

武藤敬司、橋本真也、野上彰vs天龍源一郎、阿修羅・原、石川敬士
です。
雪の札幌橋本天龍初遭遇1

前年秋からWARを率いて、
雪の札幌橋本天龍初遭遇2

天龍源一郎が新日に殴り込み敢行。
雪の札幌橋本天龍初遭遇3

1.4ドームで宿敵の長州力を撃破し、

さらにアントニオ猪木との頂上決戦(参照:つないでいくもの~前編~同~中編~同~後編~)も確約しました。

この流れを面白く思わないのが、

団体のトップを固めつつあった闘魂三銃士の三人、

特に“破壊王”橋本真也は、
雪の札幌橋本天龍初遭遇4

長年掲げて来た『打倒鶴田』『打倒天龍』『打倒前田』の一角である天龍の出現に、

コンディションの悪さをものともせず、

一直線に向かっていった訳です。

私自身ももう一度、

あの日の客席に座ってみます。

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tag : 武藤敬司 橋本真也 野上彰 天龍源一郎 阿修羅・原 石川敬士 WAR

テレ朝ch2で新日20周年大会を24年振りに観た

テレ朝ch2『ワールドプロレスリングクラシックス』で、

昨夜放送された『新日本プロレス20周年記念大会特集』を、

3時間ぶっ通しで観ました。
ワープロクラシックス番組内容

1992年3.1 横浜アリーナの、

『超戦士IN横浜アリーナ』ですね。

当時は当たり前の事ながら、

NJPWワールドもPPVも『完全版』も存在しておりませんので、

このフルバージョンは生観戦かビデオを購入しなければ不可能。

そのビデオにしても編集されていますから完全とは言えませんし。

とにかく24年越しで全試合観たんですよ。

そしたら…面白いんですよね、やっぱり。

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tag : アントニオ猪木 長州力 木村健悟 木戸修

いじられてこそトップレスラー(1995)

何度も書いてる通り、

今年のG1クライマックスの主役は、

オカダでも棚橋でも内藤でもありません。

断じて天山広吉(with コジ)なのであります。

現在、天山は4戦終えて2勝2敗で3位タイ。

近年、“史上最年少”といえば、

中邑やオカダの代名詞でもありますが、

元祖は天山、その人です。
凱旋当時の天山

1995年2.4 札幌中島体育センター

IWGPヘビー級選手権試合

橋本真也vs天山広吉

橋本真也vs天山広吉

もちろん私も生観した思い出の試合ですが、

天山が当時“史上最年少”IWGP挑戦記録となった一戦、

無敵を誇る橋本真也の壁に挑みます。
破壊王最強説

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tag : 橋本真也 天山広吉 IWGP

つないでいくもの~後編~(1994)

さあ中編からの続き、ラストです!!

完全にキラーと化したアントニオ猪木の攻めに対して、

逃げる事なく真っ向から受けていく天龍源一郎
キラー猪木全開

もはや名勝負を超えた死闘ですね。

終盤に来ても二人の初動は手四つから。
また手四つから、

WAR側コーナーで天龍の膝蹴りが炸裂、
天龍の膝蹴り、

さらに顔面に連打を入れていきます。
さらに顔面へも

たまらず猪木は一旦場外へエスケープし、

間を置いてからリングへ戻ると、
一旦場外で間を置きリングに戻った猪木にぶちかましから、

天龍はぶちかましから、

右肘の痛みを堪えつつ、コーナーでの逆水平連打。
コーナーでの逆水平連打

そして対角線コーナーに振ると、
対角線コーナー振っての攻撃に、

全力で突進していきますが、

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tag : アントニオ猪木 天龍源一郎 WAR オカダ・カズチカ

つないでいくもの~中編~(1994)

前編からつながってます。

均衡を破るには十分過ぎるアントニオ猪木の顔面パンチに、
躊躇なく入れるキラー猪木

天龍源一郎は激昂。
怒る天龍

それでも二人はロックアップに行きません。

当たり前の様に手四つになりかけますが、
天龍の組み手を、

それすらも猪木は嫌って、

天龍の手を払いのけます。
嫌う猪木

ならばと天龍は左の張り手から、
天龍は張り手、

数発打って猪木の頭が下がったところに、
数発入れておいて、

延髄斬り!!
延髄斬り

本家に対して放った一発が、

この試合最初の大技となりました。

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tag : アントニオ猪木 天龍源一郎 WAR

つないでいくもの~前編~(1994)

天龍源一郎が日本人レスラーとして初の偉業を成し遂げた試合、

それが、1994年1.4 東京ドーム

アントニオ猪木vs天龍源一郎
です。

Gスピリッツ37表紙
 Gスピリッツ Vol.37 より

マサ斎藤
「天龍がアントニオ猪木に勝った時にはビックリしたよ。俺にはアントニオ猪木が負けるなんて考えられないことだった。天龍はアントニオ猪木の引き出しからプロレスの教科書を1冊盗んだね」


既に当時のマット界においても異質な緊張感に包まれた一戦、

アントニオ猪木は実に20年ぶり、

大木戦(参照:昭和の日韓戦)の時のガウンを纏いました。
闘魂ガウンに袖を通し、

闘いの約束を交わしてから丸一年越し、

入場前の猪木の表情はこわばっています。
自らの出番を待つ猪木

天龍は気合十分、

「遂に新日の本丸まで辿り着いた」という心境か。
天龍も豪華なガウンでリングイン

猪木は花道を小走りに進みながら、

ゆっくりと闘魂に火を点けました。
小走りにリングへ向かう猪木

リング中央で向かい合った両雄、

遂に決戦のゴングは鳴りました。
向い合って遂にゴング

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tag : アントニオ猪木 天龍源一郎 WAR

追悼・オランダの赤鬼

偉大な格闘家が、

また一人、天に召されました。

 朝日新聞 DIGITAL より
72年五輪で柔道2冠のルスカさん死去 猪木氏と対戦も

1972年ミュンヘン五輪で柔道男子の93キロ超級と無差別級の2冠を果たしたオランダのビレム・ルスカ氏が14日死去した。74歳だった。国際柔道連盟(IJF)が15日発表した。

40年、アムステルダム生まれ。10代で入隊した海軍時代に柔道を始めたとされる。64年東京五輪男子中量級金メダリストの岡野功氏が主宰した正気塾でも学び、67年と71年に世界選手権93キロ超級で金メダルを獲得した。84年ロサンゼルス五輪を最後に無差別級が廃止されたため、五輪の柔道2冠は唯一ルスカ氏が達成した記録として残る。東京五輪の男子無差別級を制して日本に衝撃を与えた故アントン・ヘーシンク氏とともに、オランダが生んだ偉大な柔道家と評価される。

ミュンヘン五輪後に現役を引退し、プロの格闘家に転向。76年にはアントニオ猪木氏と「格闘技世界一決定戦」を行い話題を集めた。2001年に脳疾患で倒れ、闘病していた。13年にIJFの殿堂入りを果たした。(時事)


ビレム・ルスカ?…そう“オランダの赤鬼”ウィリエム・ルスカの事です。
コーナーで足捌きの確認をするルスカ

数年前、一度は前田日明の口から(参照:格闘王への反論)ルスカ逝去が告げられましたが、

実際には闘病生活が続いていた訳ですね。

記事にもあります様に、

史上ただ一人の五輪同一大会での2階級金メダリスト。

後にも先にもルスカだけの大記録として残って行く訳です。
猪木アリ@NHK-BS14

それでも私たちにとってのルスカの記憶は、

格闘技世界一決定戦を起点とした、

猪木との激闘の歴史な訳です。
ロープアウトするルスカにレフェリーが割って入る

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tag : 訃報 ウィリエム・ルスカ アントニオ猪木 格闘技世界一決定戦

血で血を洗う信頼感・੭~18年目の再会~

からのつづき…シリーズ最終章です。

1980年代に突入し、

黄金時代を迎えつつあった新日本プロレス

アントニオ猪木は新たな夢であるIWGP開催に向けて、

邁進していました。

そんな中、タイガー・ジェット・シンは一大転機を迎えます。

激化する全日本プロレスとの引き抜き合戦により、

不動のトップヒールの座を脅かす存在である、

アブドーラ・ザ・ブッチャーがやって来たのです。
ブッチャー新日登場1

1981年5.8 川崎市体育館での、

衝撃の初登場シーンは猪木とシンの抗争に、

終止符が打たれる布石となりました。
ブッチャー新日登場2

前回記事に記した通り、

同年6.4 蔵前国技館でのランバージャックデスマッチを最後に、

シンはセルリアンブルーのリングに別れを告げ、全日へ。
腕折りから、

アントニオ猪木50Years (上巻) (B・B MOOK 664 スポーツシリーズ NO. 536)
 アントニオ猪木50Years(上巻) より

シン
「いろんなことが重なったが、そのなかでも一番の理由は、私が望む状況にならなかったことだ。それによってイノキを信じることができなくなったし、オフィスの人間も私のことを考えなくなった。そのひとつがアブドーラ・ザ・ブッチャー。ブッチャーがニュージャパンに来るというウワサを聞いたとき、私は(真偽を)確かめた。だけど
『心配するな』と言われたし、『ブッチャーと闘わせることはない』とも、『ブッチャーとタッグを組ませることはない』と聞いた」


新日としては両団体のトップヒールを揃えた事で、

全日に対して圧倒的な差をつけようとした訳です。

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tag : アントニオ猪木 タイガー・ジェット・シン ビッグバン・ベイダー アニマル浜口

神と信者たちへの劣等感(1998)

先日のコメントにも記した様に、

私のプロレスファンとしての意識の中には、

アントニオ猪木に対して、

その絶頂期を体感する事が出来なかったという、

いわば“劣等感”が存在しています。

さらには、その時代に生きていながら、

プロレスラー猪木の最期を現場で看取れなかったというのが、

最大の劣等感として残っているのかも知れません。

いくら引退グッズを手に入れる事が出来ても(参照:1972薄野サミット血風録)、
ガクさんからのプレゼント5

猪木引退パンフ

その地にいられなかった事が、

最大の後悔として残っていく訳です。



今日で、あの日から丸15年。
19980404TOKYODOME

生観戦されたたかさんらの証言でも、

本当に埋め尽くされてた70,000人の大観衆の中、
史上空前7万人動員

モハメド・アリもやってきた、
モハメド・アリもやってきた

古舘伊知郎最後のプロレス実況でもある、
この二人しか語れない

1998年4.4 東京ドーム

アントニオ猪木引退試合
を振り返りましょうか。
アントニオ猪木引退試合

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tag : アントニオ猪木 ドン・フライ 引退

高い波に乗れる人間

昨年秋、思わぬ形で実現した、

高田延彦vs長州力、17年越しの再戦(参照:Uインターの2012年秋…リベンジ!!)。

カクトウログさんでも紹介されておりますが、

 カクトウログ より
週プレ大学「長州力×髙田延彦 今こそプロレスのSOUL(魂)を熱く語れ!!」公式動画が公開される

何とほぼノーカットの内容で、

動画がUpされていました。

高田
「トータルで5分しか喋った事がない」
二人。

 YOUTUBE より
週プレ大学「長州力×髙田延彦 今こそプロレスのSOUL(魂)を熱く語れ!!」


長州の過去の記憶が、

グチャグチャになってる部分も多々あるのですが、

非常に面白い内容だったと思います。

数々の長州名言が、

ほぼマスコミ発信だったという…(笑)。

Uインターについて語った長州の一言が、

非常に心に残りました。

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tag : 高田延彦 長州力 水道橋博士

17年も前の話

今、映像で振り返っても、

あの日の興奮は甦ってきます。

95 NEW JAPAN vs UWF インター【速報&ドキュメント】


当日の深夜、『トゥナイト2』での速報。

試合結果は明かされていませんが、

最後にトライアンフがかかってる時点でね(笑)。

あとは、インタビューを受ける新日ファンの、

ロン毛率が非常に高い。

それにしても、

勝負論がど真ん中にデーンとあって、

東京ドームが上から下まで、

びっしり埋まっていて、

…いい時代だったなぁ。

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tag : UWFインターナショナル 武藤敬司 高田延彦

全面戦争決着戦

まさか!? のイベント開催ですね。

 スポーツナビ より
長州VS高田が10・5トークイベントで初の“一騎打ち”

長州力(60)と高田延彦(50)がトークイベントで初めて“一騎打ち”することが28日、分かった。『長州力×高田延彦 今こそプロレスのSOUL(魂)を熱く語れ!!』と題して10月5日に東京・新宿FACEで開催。MCは浅草キッドの水道橋博士が務める。

2人の因縁は95年にさかのぼる。同年10月9日、東京ドーム。長州が現場監督を務める新日本と高田率いるUWFインターナショナルが全面対抗戦で激突し、6万7000人の大観衆で会場は熱狂した。開戦前夜、「Uをドームで消してやる」(長州)「団体のつぶし合いだ」(高田)と火花を散らした両雄は、同大会のDVDマガジン即日完売とファンの熱望を受け、18年越しの“遺恨清算マッチ”に臨む。

開始時間はプロレス黄金時代へのオマージュを込めた『金曜夜8時』。両者は87年11月、新日本・後楽園大会で前田日明の“長州顔面襲撃事件”が起きた6人タッグ戦などで戦ったが、シングル対決はない。“初激突”に、関係者は「引退後の高田が公開の場でプロレスの話をするのは初めて」と期待を寄せた。


長州との一騎打ち(トーク)にも驚きますが、

記事にある通り、

高田は引退後、初めてファンの前で、

プロレスについて語るんじゃないですか?

しかもMCが博士氏と来れば、
同い年

面白くない訳がないでしょう。

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tag : 高田延彦 長州力 水道橋博士 田村潔司 桜庭和志

宮戸語録 vol.17~イッテンヨン事変論~

本日7.3は、

破壊王・橋本真也の生誕記念日です。
橋本のマイク

そして早いもので、

もうじき七回忌をも迎えます。

今春には息子の橋本大地がデビューを果たし、

メモリアルイヤーとなりつつあります。

改めて思い返すと、

破壊王のターニングポイントとなった小川直也との“あの試合”が目に浮かんで来ます(参照:イッテンヨン事変~前編~~後編~~検証編~)。
遂に小川と長州が対峙

あの試合を語る際、

当事者も関係者もマスコミもファンも、

“感情論”が主になってくる訳ですが、

唯一人…と言ってもいいでしょうか、

客観的に第三者目線で感想を述べた人物がいました。

ご存知、宮戸優光です。
宮戸味徳1

宮戸が語った“イッテンヨン事変”…行ってみましょう。

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tag : 宮戸優光 橋本真也 小川直也

金原のプロレス(1995)

ちょっと前の話題で恐縮ですが、

Uインター出身の二人が、

実に久し振りにプロレスのリングに登場しました。

 スポナビ より
Uインター師弟コンビ発進
ZERO1『大和神州ちから祭り』
第3試合 タッグマッチ「Z vs U」
KAMIKAZE、●植田使徒(8分42秒・ワキ固め→レフェリーストップ)○金原弘光、松井大二郎


金原弘光はもちろんですが、

松井大二郎のレガース姿も懐かしい。

彼もかつてはIWGPジュニアに挑んだ程の実績を残しています。

さて、本題は金原の方なんですが、

気が付けば今年はデビュー20周年。

Uインター生え抜きとして、

デビュー第一号となった彼が、

最初にプロレスファンに認知されたのは新日との対抗戦(参照:封じられた“伝家の宝刀”~前編~~後編~他流試合らしさ)で間違いないでしょう。

同世代間のみならず、

ベテラン相手にも物怖じせず(参照:杜の都で稲妻 、 因縁の最終闘争~前編~~後編~)攻めて行くスタイルは、

Uインターファンの溜飲を下げました。

そんな中での隠れた名勝負。
金原、握手は拒否

1995年10.29 福岡マリンメッセ

大谷晋二郎vs金原弘光
を振り返りましょう。
大谷晋二郎vs金原弘光

アップライトで向かい合う立ち上がり、

金原はいつも通りに掌底からローキックで先制。
開始と同時に掌底からロー

対する大谷は鋭いタックルで懐に飛び込みます。
大谷は鋭いタックル

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tag : 大谷晋二郎 金原弘光 松井大二郎 UWFインターナショナル

今日という日(1998)

猪木とカーン

猪木と浜口

猪木と天龍

猪木と前田

猪木と長州

猪木と藤波

猪木とアリ1

猪木とアリ2

猪木とアリ3

道1

道2

「この道を行けば、

どうなるものか、

危ぶむなかれ、

危ぶめば道はなし、

踏み出せば、

その一足が道となり、

その一足が道となる。
道3

迷わず行けよ、

行けばわかるさ。

ありがとうーーー!!」

道4

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tag : アントニオ猪木 引退

イッテンヨン事変(1999)~検証編~

全プロレスファンの胸に、

途轍もなく重いものを落とした“1.4事変”(参照:イッテンヨン事変~前編~~後編~)。

騙し討ちに遭って、

怒りの収まらない橋本真也は、
「何がアントニオ猪木だよ!!」

試合の直後に永島取締役の携帯電話を通じて、

小川直也に詰め寄りました。
「これが猪木イズム」

子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争
 子殺し 猪木と新日本プロレスの10年戦争 より

橋本「小川、オマエ、これはどういうことなんだ!?」

小川「すいません。頭が飛んでしまって…すいません」

橋本「オマエには俺を救う義務があるんだぞ! 俺を助けなきゃいけない。どうする?」

小川「分かってます、すいません…」

橋本「本当にそう思ってるなら直接会って話をしよう!」

小川「すいません」

橋本「明日はどうだ?」

小川「すいません、明日はちょっとダメです」

橋本「じゃあ、明後日は?」

小川「明後日も予定があって…」

橋本「じゃあ、その次は?」

小川「その次もちょっと…」

橋本「もういい!」


これで橋本と小川の、

その後のプロレス人生が、

大きく変わってしまいました。

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tag : 橋本真也 小川直也 長州力 佐山聡 三沢光晴 宮戸優光 ジェラルド・ゴルドー

イッテンヨン事変(1999)~後編~

前編からのつづきです。

戦意を失いつつある橋本真也に、

小川直也は追い討ちをかけていきます。

その後ろでUFOの佐山聡はレフェリーを介抱するかのように見せて、

花道から下ろしてしまいます。
小川は顔面パンチから、

完全にレフェリー不在となったリング上で、

小川は闘う意思のない橋本の後頭部へパウンド。
強烈なパウンド、

さらに背中に乗っておいてから、

後頭部への踏み付け!!
後頭部踏み付け!!

ダメージの大きい橋本は花道へ出て、

大の字で山崎一夫と言葉を交わします。
もはや勝負あり

橋本の弟分である安田忠夫は心配そうに見つめ、

その横を通り過ぎる佐山。

いち早く藤田和之も反応しています。

やりたい放題の小川は、

さらに橋本を挑発して行きますが、
挑発する小川

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tag : 橋本真也 小川直也 長州力 佐山聡

イッテンヨン事変(1999)~前編~

これ本当だったら今月の初めに、

書いておきたかった記事なのですが…

今年の1.4(参照:20回目のイッテンヨン)が発表された当初、

コンセプトにあったのは『記念すべき大会ですので、世界中の選手が一同に会する大会』(菅林社長)ということでした(参照:格闘妄想☆闘強導夢)。

プロレスファンそれぞれにある“イッテンヨン”の記憶。

20回目の集大成として、世界の強豪とは別枠に、

私はあの男にオファーを出すと思っていました。

結局、決裂したのか? それとも初めからそんな話はなかったのか?

その男の名前はマッチメイクには現れませんでした。

今もなお、私らの目に焼きついて離れない“イッテンヨン”。

男の名は小川直也

そうです、1999年1.4 東京ドーム

橋本真也vs小川直也
です。
橋本真也vs小川直也

これが世に言う“1.4事変”です。

とにかくこの年の1.4は異常でした。

それまでには絶対にありえなかった、

大仁田厚の参戦。
邪道も来た

これに危機感を抱いたのが、

誰あろうアントニオ猪木でした。

猪木の仕掛けは“闘い”への回帰。

しかしこれを曲解(?)した小川は、
物々しく小川入場

思わぬ暴走をしてしまいます。

それを知ってか知らずか…、

対戦相手の橋本真也はリングへ。
孤独な破壊王の入場

「橋本~!! 死ぬ気があるなら上がって来い」
「死ぬ気があるなら上がって来い」

入場途中に繰り出された前代未聞の小川のマイクは、

暴走開始の合図でした。

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tag : 橋本真也 小川直也

月寒ドームは…グリーンだよ!!(1990)

前回頂いた、

さとさんからのコメント

ウォリアーズ対武藤 蝶野 たしかメインが橋本の異種格闘技戦


これは1990年7.22 月寒グリーンドームですね。

忘れもしないこの大会。

あの日はメインがウォリアーズvs武藤、蝶野でした。

セミで生涯初の異種格闘技戦を行った破壊王。
リングに熱い眼差しの破壊王

相手は柔道の猛者です。
その先にはA・チューリンの公開スパー

前週の調印式で、

カメラに向かって「プロレスが一番強いです。絶対に勝ちます」と言い放って、
「プロレスが一番強いです」

翌週を迎えました。
サマーフェスティバルINグリーン導夢

思えばキムケンの名曲『デュオ・ランバダ』で幕を開けた、

この日のアンダーカードで、

超闘王キャラとしては最後の新日マットを踏んだ元横綱。
出た! 超闘王

北尾光司vsU・ベルコビッチは最悪の内容でした。
北尾光司vsウラジミール・ベルコビッチ

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tag : 橋本真也 アレキセイ・チューリン 異種格闘技戦 北尾光司 ウラジミール・ベルコビッチ

大根にして名優(1996)

忘れられないコメントがあります。

以前頂いた病弱者さんの

黒澤監督の「蜘蛛の巣城」という映画で故三船敏郎に弓の名手が本物の矢を射掛けていたというのは映画通には有名な話ですが、普通の役者なら腰が抜けて失禁して演技にならなかったはずです。三船の人並みはずれた胆力・気力だから生死のただ中でも演じきる力があったのであって「つくりごと」なら誰でもできるわけではないはずです。


というものです。

この“生死のただ中で演じきる力”こそ、

三沢の例を挙げるまでもなくプロレスというジャンルそのものでしょう。

そういった意味で、

一流レスラーは“名優”であるという事が言えます。

ただ演技力というスキルは素人同然ながら、

プロレスファン皆の心に深く存在した名優がいます。

今は亡き“破壊王”橋本真也です。
“闘魂伝承”を背負って入場

彼のファンの間では、

小川直也との抗争以上の名勝負として語り継がれている一戦。
“最強復権”への入場

1996年4.29 東京ドーム

IWGPヘビー級選手権試合

高田延彦vs橋本真也


国歌吹奏での両雄

これまた“名優”である高田延彦にとっては、

年頭の武藤戦(参照:ちょっと待った!!~前編~~後編~)で奪取した、

王座の2度目の防衛戦です。

珍しく手四つの力比べからスタートしたこの試合。
手四つの力比べからスタート

早い段階から高田は、

得意技を仕掛けていきます。
早くも十字を狙う高田

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tag : 橋本真也 高田延彦 IWGP

ちょっと待った!!~後編~(1996)

さて、

前編のつづきです。

再び差し合いから右四つに。
再び右四つ、

武藤はさらに左を差して、

サイドにまわっていきます。
武藤はサイドを取って、

完璧な体勢で谷落しです。
ガッチリと谷落しへ、

これ武藤のバックボーンである柔道の技です。

自分よりも身長の低い相手を組み倒す際に、

かなり有効な技なのですが、

実戦でもここまで深く入ることは至難の業です。

しかも裸体ですから…

こういった裏技とも言える仕掛けを見るに付け、

武藤が、

単にプロレスだけの天才ではなかったという事がわかります。

しかし高田は、

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tag : 高田延彦 武藤敬司 IWGP アントニオ猪木 UWFインターナショナル

ちょっと待った!!~前編~(1996)

前々々々回(参照:続・田村潔司の源)に続いて、

kamiproからの引用です。

このやり取りを読んで、

反論せずにいられない私がいます。

kamipro No.146(エンターブレインムック)
 kamipro No.146 より
1990年4月27日の武藤敬司座談会

斉藤「Uインターとの対抗戦のときも動けてましたよね」

井上「全然あとづけだけど、やっぱり新日本としては高田が北尾戦みたいに仕掛けてくるんじゃないかっていう不安があって。だから油断はできないってことで武藤が大将戦に出たんだよね

斉藤「あっ、それは凄く納得できる話ですね!」

井上「それを踏まえて、あの試合を見返すと凄くおもしろい」

斉藤「そうだそうだ、なんだか武藤のフットワークがふわふわしてるんですよ、いつもと違って。『なんなんだろうな?』と思ってたんですけど」

ガンツ「ズバリ、騙し討ちされないように警戒してるんですよ。あのとき俺は高田を応援してたけど、4の字で負けたことが悔しいんじゃなくて、UWF信者の俺から観ても『これはリアルに武藤のほうが強いな』って心のなかで思っちゃったことなんだよね

井上「いやね、そこなんだよ、我々の心を捕らえて離さないのは(以下略)」


ちょっと待って、と。

Uに関して“語り部”ともいえるプロの変態三氏が、

本当に「リアルに武藤のほうが強い」って思ったのでしょうか?

あの10.9ならいざ知らず(参照:歴史は10月に作られる~平成編~)、
伝説の足4の字

翌年1.4のリベンジマッチは、

随所に高田武藤の格闘技術の攻防があり、

贔屓目抜き…とまでは言いませんが、

高田が圧倒していた印象があります。

とにかく振り返ってみましょう。

1996年1.4 東京ドーム
挑戦者・高田入場

IWGPヘビー級選手権試合
王者・武藤入場

武藤敬司vs高田延彦
です。
武藤敬司vs高田延彦

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tag : 高田延彦 武藤敬司 IWGP アントニオ猪木 UWFインターナショナル

極寒の他流試合(1992)

寒い!!

連日、北海道は極寒の気温が続いております。

仕事中、車の移動中に信号待ちしてる間で水温計が下のメモリ切ってますから…

このままじゃ死ぬって!! リアル寝ちゃダメだって!!

この寒さの中、今年も雪祭りが開幕しました。

雪祭りといえば…かつては新日の2連戦が恒例でした(参照:冬の風物詩は何処へ…)。
雪祭り

暖房設備のない体育館が、

常に熱気で満たされていた冬の風物詩。

幾多の名勝負の中で、

忘れられない一戦があります。

それは大通りに故・破壊王の雪像が作られた年でした。
破壊王の雪像も!

メイン終了後に、

番外戦=非公式試合として、

テーマ曲もかからない中で入場してきた二人。
彰俊入場

小原出陣

1992年2.8 札幌中島体育センター

プロレス対空手 異種格闘技戦

プロレスvs空手

小原道由vs斎藤彰俊
小原道由vs斉藤彰俊

会場にいた方なら覚えているでしょう、

あの興奮を。

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tag : 小原道由 齋藤彰俊 誠心会館 異種格闘技戦 雪祭り

追悼“バイキング”~もう二人ともいない~(1990~1991)

年頭から、

またしても訃報が海を越えてやってきました。

それもまた早すぎる死でして…

三沢と同学年なんですね。

 kamipro より
【訃報】異種格闘技戦などで活躍したトニー・ホームさんが死去

現地時間10日、かつて新日本プロレスなどで活躍したトニー・ホームさんが死去していたことが現地メディアなどの報道で明らかになった。


トニー・ホームといえば、

誰が何を言おうとも橋本との一連の大河ドラマ的抗争が忘れられません。

最初の一戦は、
“バイキング”トニー・ホーム

1990年12.26 浜松アリーナ
“破壊王”橋本真也

プロレスvsボクシング異種格闘技戦

橋本真也vsトニー・ホーム

橋本真也vsトニー・ホーム

開始早々、ナタを振り回すようなホームのラッシュに、

破壊王は防戦一方。
のっけからラッシュ

左が顔面に入って、
左が入って、

早くもダウン。
最初のダウン

異種格闘技戦2戦目にして、

橋本は強大な敵を迎えてしまいました。

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tag : 訃報 トニー・ホーム 橋本真也

震えた体を纏ってる 心を無くした僕がいる(1996)

長州とUインターを振り返って来ましたが、

いよいよ佳境に入ってまいりました。

前回のダブルバウトでの対戦(参照:長州 in UWF)で、

長州が敵ながらに大きく評価した垣原との一騎打ち。

それも1996年最初の大舞台、1.4東京ドーム大会です。

メインに武藤vs高田のリベンジマッチを控えたアンダーカードとして、長州力vs垣原賢人は組まれました。

尾崎豊のレガリテートの中、弱冠23歳のカッキーが入場。

ここまで対抗戦での成績は無敗です。

vs新日無敗のカッキー

ゴングと同時にラッシュします。

掌底マシンガンから、

掌底マシンガンから、

膝蹴りの連打。

膝蹴り、

さらにハイキック。

さらにハイキックまで出すが、

若さと勢いに任せて、長州の顔面に入れていきます。

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tag : 長州力 垣原賢人 UWFインターナショナル 全面戦争

Yoji Anjo Is Alive vol.9~安生洋二が生まれ変わった日~

前哨戦(参照:長州のプロレスリング)において先勝したUインター軍でしたが、

1995年10.9 東京ドームでの全面戦争は第1試合から負けがこんでいました(参照:封じられた“伝家の宝刀”~前編~~後編~忘れえぬ“熱い男”)。

ほぼ会場を埋め尽くした新日ファンにとってはイケイケ、

少数派のUインターファンにとっては重く沈んだムードで、

二人は入場してきました。

大ブーイングの中、安生登場

長州は気迫満点

長州力vs安生洋二の一騎打ちです。

申し訳程度のガードで前進する長州

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tag : 長州力 安生洋二 UWFインターナショナル 全面戦争

長州のプロレスリング(1995)

その誕生時からユニバーサル、UWF、そしてUインターと本当に因縁の深い長州力。

その長州がUのリングに初登場した試合(参照:長州 in UWF)を前回記事にしましたが、

その95年の新日vsUインターの開戦となったタッグマッチも振り返ってみようと思います。

試合は数週間後に控えた東京ドームでの全面戦争の前哨戦として、

1995年、新日の9.23 横浜アリーナ大会で実現しました。

遂にUインターが新日マットに殴り込み

長州力、永田裕志vs安生洋二、中野龍雄です。

「Uはドームで潰す!」と、高らかに宣言した長州はさらに試合に先立ち、「俺から正面タックル一本でも取れたら、あいつらの勝ちでいいぞ」と公約。

レスリング技術の差に絶対的な自信を持っていた長州は非公開だったパートナーにこれまたレスリング技術の高い永田を指名しました。

試合は永田のローから始まりますが、

ゴングと同時に永田のロー

すぐに安生も右からのストレート掌底を返します。

即座に安生の右ストレート

開始から激しい打撃戦に、長州も嬉しそうです。

打ち負けてない永田に長州ニヤリ

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tag : 長州力 安生洋二 中野龍雄 永田裕志 UWFインターナショナル 全面戦争

忘れえぬ“熱い男”(1995)

様々な伝説を残した14年前の東京ドーム決戦(参照:歴史は10月に作られる~平成編~)。

中でも第1試合の顔触れが代表的です(参照:封じられた“伝家の宝刀”~前編~~後編~)。

しかし、当時から技術的に高いレベルにあった四者のタッグマッチよりも、

喧嘩になってしまう危険をはらんだこのシングルマッチが、私には印象深いです。

噛み合うのか? 単なる喧嘩か?

1995年 10.9 東京ドーム

新日本vsUインター全面戦争

大谷晋二郎vs山本健一


大谷晋二郎vs山本健一

両者の意識の違いが、様々な食い違いを起こしたのですが、

それが緊張感となって昇華しました。

開始早々、ヤマケンは自信を持っている打撃から入ります。

序盤からラッシュ

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tag : 大谷晋二郎 山本健一 UWFインターナショナル 全面戦争

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Author:紫レガ 
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長州、これは俺のブログだ。

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