田コロの伝説~後編~(1981)

前編からの続きです。

ボディスラムで一気に形勢逆転したスタン・ハンセンは、

アンドレ・ザ・ジャイアントの大きな背中に馬乗りとなって、

キャメルクラッチで締め上げます。
キャメルクラッチで締め上げるハンセン、

しかし何もかもが規格外なのが大巨人たる所以、

自らの上体を起こすだけで脱出成功なのです。
力で返したアンドレ

それでもハンセン、怯んでいる場合ではありません、

しばし四つん這い状態にあるアンドレの後頭部目掛けて、

体重の乗ったエルボーを突き刺します。
ハンセンのエルボーは麻酔銃の如く

すると巨象に麻酔銃を命中させたかの様に、

アンドレの巨体がマットに沈みました!!

このド迫力たるや…。

ゆっくりと意識を回復させたアンドレは場外へ、

当然ハンセンも追随して、

リング下での殴り合いが始まりました。
場外戦でカウント20

あれよあれよという間にカウント20!!

両者リングアウトの裁定が下されてしまいました。

「これからがいいところだったのに…」と落胆する会場の雰囲気に、

闘ってる当事者のアンドレももちろん納得していません。

WWFから帯同しているマネージャーのアーノルド・スコーランと共に猛抗議。
納得いかないアンドレ陣営

もちろんやっとペースを掴みかけていたハンセンだって、

全く闘志は萎えておりません。
ハンセンも同じです

緊急事態に山本小鉄審判部長もリングに駆け上がり、

Tレフェリーがマイクを持ちました。
マイクを持ったレフェリーの発表は、

そこで発表されたのが、

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tag : アンドレ・ザ・ジャイアント スタン・ハンセン

田コロの伝説~前編~(1981)

さて、今年最初の試合振り返り記事です。

一発目ですから思いっ切り、

気持ちのいいやつ行きましょう!!

東方ぁ、“ブレーキの壊れたダンプカー”スタン・ハンセン!!
スタン“ザ・ラリアート”ハンセン

西方ぁ、“ガリバーシンドローム”アンドレ・ザ・ジャイアント!!
大巨人アンドレ

そう!! お待たせしました、伝説の田コロ決戦、

1981年9.23 田園コロシアム

スタン・ハンセンvsアンドレ・ザ・ジャイアント
です!!

いつもの様にトップロープを跨いでリングインするアンドレに、

ゴングを待たずに猛然と突進していくハンセン。
トップロープを跨ぐと、

しかしアンドレの反応が早い、

右足を跨ぐとそのまま18文キックの迎撃!!
近付いたハンセンに18文キック

すぐにハンセンも体勢を取り戻すと、

強烈なエルボースタンプ。
いきなり乱打戦

激しい乱打戦の中、

一足遅れで開始のゴングが鳴り響きました。

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tag : アンドレ・ザ・ジャイアント スタン・ハンセン

追悼・スーパーフライ

“飛獣”ジミー・スヌーカが旅立ちました。
これまた懐かしいなぁ…

 新日公式 より
【訃報】“スーパーフライ”ジミー・スヌーカさんが逝去

アメリカマットや80年代には全日本プロレス、新日本プロレスでも活躍した“スーパーフライ”ことジミー・スヌーカさんが現地時間・1月15日に南フロリダにて死去した。享年73歳。

ジミー・スヌーカさんは、フィジー出身のプロレスラーで、1969年にプロレスデビュー。1971年に日本プロレスに初来日。1981年からは全日本プロレスの常連となり、リッキー・スティムボートとの抗争や、ブルーザー・ブロディとのパートナーとしても活躍。

1985年5月には新日本プロレスにも初参戦。当時、藤波辰巳(現・辰爾)が保持していたWWFインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦したが、ドローとなっている。

1996年には、WWEの殿堂入りもはたしていたジミー・スヌーカさん。謹んで故人のご冥福をお祈りします。


長いスパンで接してきたファンにとっては、

全日時代の印象が強いかと思いますが、

私にとってのスヌーカはやっぱり新日転戦後、

藤波辰巳との一連のシングルマッチですね。
藤波辰巳vsジミー・スヌーカ

筋骨隆々な褐色の肌に浮き上がる血管、
1985.7.28藤波vsスヌーカ1

当時は藤波の上半身も隆起していて、
1985.7.28藤波vsスヌーカ2

この二人の闘いはまさに、
1985.8.1藤波vsスヌーカ1

“日米フィジカルエリート”のぶつかり合いでした。
1985.8.1藤波vsスヌーカ2

そしてこの試合において私は、

プロレスの重要な技術を思い知らされたのです。

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tag : 訃報 ジミー・スヌーカ 藤波辰巳 木村健吾 ブルーザー・ブロディ WWWF~WWF~WWE

スキャンダルと男のけじめ(1986)

あれは突然の出来事でした。

“燃える闘魂”アントニオ猪木が突然の丸坊主!!

曰く「男のけじめ」
1986年の猪木スキャンダル1

何に対する「けじめ」かと言うと、

答えは当時の有名写真週刊誌『FOCUS』の、
1986年の猪木スキャンダル2

トップ記事となったこのスキャンダル。

アントニオ猪木「密会」の夜—六本木ホステスと“熱愛タッグ・マッチ”!?
1986年の猪木スキャンダル3

この当時、猪木は倍賞美津子夫人との関係が、

いろいろと取り沙汰されていた頃でした。

さらに時期は『86IWGP』開幕直後、

今で言うところの『G1クライマックス』ですね。
1986年の猪木スキャンダル6

この記事が出た直後、

猪木はすぐに頭を丸めた訳ですが、

そこに屁理屈はございません。
1986年の猪木スキャンダル5

 週刊プロレス No.147 より

猪木
「いや、夜遊びが過ぎてね(笑)。実は、フォーカスにやられてね。それで男のけじめをつけたわけ。やましいところはないんだけど、周りの人に迷惑をかけることになるからね。
(略)これを機に、心機一転ですよ。IWGPは必ず勝ちます。男のけじめ、です」


気持ちいいですね、はい。

男として恥じかいたのを逆利用して、

リーグ戦に臨むエネルギーに変えてしまえ、という。

すかさず追随する破壊王も最高ですが、
1986年の猪木スキャンダル4

こっちは違う理由でけじめつけさせられた説もありますね(笑)。

しかし、“けじめ”の後には“禊ぎ”も待っていました。

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tag : アントニオ猪木 アンドレ・ザ・ジャイアント ディック・マードック 坂口征二 藤原喜明 橋本真也 柴田勝頼

ジョージはOn My Mind

また新たな証言が出た熊本での旅館破壊事件(参照:真相究明! 旅館破壊事件謎が謎呼ぶ旅館破壊事件)、

 YAHOOニュース より
蝶野が明かす「旅館丸ごと破壊」の真実 

情報下さったチョ・ウノさん、ありがとうございました。

今回は事件の口火を斬った、

“床柱ヘシ折り”のドロップキッカー、

ジョージ高野の伝説についての記事です。
ジョージの如く!!

師匠にあたる山本小鉄さんの著書において、

ジョージと弟・高野俊二の桁外れな食欲が書かれています。

プロレス金曜8時の黄金伝説表紙
 プロレス 金曜8時の黄金伝説 より

小鉄さん
ジョージと俊二の高野兄弟と僕が三人で焼肉屋に行って、六十五人前をたいらげたこともあった。僕はふつうにしか食べなかったので、兄弟二人で三十人前ずつたいらげた計算になる。二人は「上カルビだ上ミノだ」と何でも上がつくものを次々と注文していたのを覚えている。当時、若手選手を連れて食事に行くときは、僕はいつも財布に百万円ぐらい入れていたものだ。


とにかく“上”が付くものを注文。

高野兄弟の上昇志向ぶりを表していますね(?)。
高野ブラザース@SWS

この小鉄さんのお金の使い方は、

長州本においてあれこれ書かれていましたが、

先行投資として決して間違いではなかったと思います。

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tag : ジョージ高野 山本小鉄 鈴木みのる

紫レガとは?

紫レガ 

Author:紫レガ 
44歳のプロレス話


待て待て待て待て!! 読め!! 俺の記事をこの野郎!! 待て貴様ぁ!!

どーですかぁーーーー!!

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